1月の任期満了を前に、籾井勝人・NHK会長(73)が受信料値下げに強い意欲を見せている。慎重論が多いことを承知の上で、8日の経営委員会に月額約50円の値下げ案を提案し、了承を求める構えで、周囲は「2期目続投への意欲の表れ」とみる。一方で有識者らは「続投阻止」を求める異例の要望書を提出。任命権を持つ経営委の会長選考作業に注目が集まる。

「反対されても出す。どちらが正しいか、国民や視聴者に判断してもらえばいい」。8日の経営委に受信料の値下げ案を提案するにあたって、籾井氏は周囲にそう語っているという。

籾井氏が、値下げに向けて具体的に動き始めたのは9月から。同月の幹部会議で「来春からの値下げが可能か検討を」と指示。10月11日には、2017年度の予算編成に向けた執行部と経営委員との意見交換の場に現れ、「今後5年で受信料収入は1千億円も浮く」「たまるものは返すのが普通だ」と熱弁を振るった。

ログイン前の続き関係者によると、経営委側からは、めどがついた新放送センターの建設費用には4K、8Kの設備費用が含まれていないなど、「時期尚早では」とする意見が相次いだが、籾井氏は「全て試算した上だ」と反論。ある経営委員は「なぜ今になって急に。過去の失言や非難された点を取り返したいという思いなのか」と戸惑う。10月6日の定例会見で続投の意思を聞かれた籾井氏は「100%経営委員会が決めること」としつつ、「普通の人は、やりますかって言われたら、やるって言うんじゃないですか」とも述べた。

「次期会長にはジャーナリズムや文化に見識のある人が就くべきだ」。10月31日、東京・永田町の衆院第二議員会館の会議室。元経営委員やメディア研究者らがマイクを握り、訴えた。

この日、児童文学作家の那須正幹さんや落語家の古今亭菊千代さんら有識者100人超が連名で、籾井氏を再任せず「政治権力からの自立を貫ける人物」を選ぶよう求める要望書を経営委に提出。NHKの会長選びで有識者らがアピールするのは異例で、世話人の服部孝章・立教大名誉教授は「言動が問題視され経営委から3回も注意された籾井氏が続投していいのか。会長選への世間の関心も高めたい」と話す。同月4日にはNHKの職員OBらが集会を開き、約200人を前に「よほどの覚悟がないと籾井氏の再選阻止はできない」「密室で進む選任過程を市民にわかりやすい形にすべきだ」と呼びかけた。

経営委は7月末に「会長指名部会」を設置。月2回程度のペースで協議を進める。籾井氏続投の選択肢も残しつつ、財界人などから候補を探し、年内に複数候補から一人を選ぶ方針だ。すでに大企業元トップやNHK幹部、経営委員らの名前も飛び交うが、ある委員は「部会で具体名が挙がるのはこれから」と話す。

NHKの会長人事では、これまでも政治の干渉が度々指摘されてきた。

会長の任命権を持つ経営委の委員は、内閣が衆参両院に人事案を示し、国会の同意を得て首相が任命する。それだけに「会長選びに政権の意向が影響することは避けがたい」(元委員)とされる。また指名部会での議論は非公開で、どの委員が誰を推薦したのかなどプロセスも不透明だ。

今回、政権側は「経営委が決めること」(政権幹部)と一定の距離を置く。背景には、随所で政権への配慮を示してきた「籾井NHK」への安心感がある。

今春、NHK予算の国会審議で籾井氏が聴覚障害者への蔑称発言を繰り返すなどして審議が紛糾した際には、政府内で「本当に勘弁してほしい」(官邸幹部)と資質を疑問視する声が上がった。だがその後は大きなトラブルもなく、最近は「失言さえしなければ業績や運営はしっかりしている」と評価する声も。露骨に介入すれば世論の反発を招きかねず、別の官邸幹部は「基本的には外部登用が望ましいが、籾井氏の続投もあるのでは」と話す。(小峰健二、岩尾真宏)