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報道するラジオ(2016/11/7) 最期の迎え方 特養常勤医の石飛幸三さんのお話 by limitlesslife
November 8, 2016, 1:39 am
Filed under: 死(関連死、・・・)

永岡です、第215回報道するラジオ、今週も毎日放送アナウンサーの水野晶子さんの司会で放送されました。

今週金曜日の11月11日は介護の日であり、親の介護、家族の介護、そして自分の最期をどう迎えるのか、介護地獄とも言われて、皆さん自宅で最期、看取りをと思っても、8割の方は病院で最期を迎えられて、2000年代になり、人工的に栄養を与えて延命も可能になりましたが、近年、自然の摂理による最期をという意向もあり、たくさんの方の最期を看取ってこられた特別養護老人ホーム「芦花(ろか)ホーム(http://www.setagayaj.or.jp/service/nursinghome/roka/ )」の常勤医の石飛幸三さんがスタジオに来られて、お話をされました。最期を、見送る側も見送られる側も納得できるものは何かを考えます。どう最期を迎えさせたらいいか、医師として最期を見られた石飛さん、東京から来られて、世田谷の特養で働かれて、一般の特養だと、医師の常駐はなく、医療施設ではなく介護施設であり、医療は部分的でいいとなり、特養に入っても、具合が悪くなったら病院に行き、自宅で最期をと思っても、結局8割病院で、であり、テレビドラマでは医師がご臨終と告げて、穏やかな死に際であるものの、その前に、死んでは行けないと、生かさないといけないとの医師と、家族の思いがあり、死なせないようにという葛藤の末に、最後に心電図が止まるもので、その前が大変であり、これを考えるべき、本人のためにやっていたのか、高齢者の、回復の見込みのない場合にも、死なせてはいけないと、延命措置が行われて、心電図が止まるのだが、それが本人のためかと石飛さん言われて、命を助けるのは間違いではないが、生き物には最期があり、科学の一つの医療で伸ばそうとしても、限界があるのを我々は忘れて、かつて命は地球より重いと言っても、戦争で多くの人を殺して、かつては若い人たちが結核で亡くなり、今日本は世界一の高齢社会、最期、老いて迎えるのを考えるべきであり、自然に亡くなることの意味を、今日も現場から来られた石飛さんのお話です。

石飛さん、もともとは大きな病院の副院長であり、消化器の外科医、切る方で、がんが問題になり始めた半世紀前、がんは母屋に取り付いて、母屋をダメにするので、体から切り離すしかなく、がんを治すのは外科医と思い、そして手術するかどうか、若き石飛さんは90歳の胃がんの方も手術で直して、しかしそれがその人の人生で、胃を無くしても、その人のためになったか、それより90歳の人を直したことを若いころは自慢されて、しかし年月を経て、病院→特養に変わり、変わるのにはきっかけがあり、自分も歳を取り、還暦で人生二回り目で、みんな自分の体力が落ちたことを感じて、石飛さんもそれを感じて、その前に、治さないといけないというのは、患者さんのことを考えていたのか、治せなかった人のところに足の向かない自分が嫌になり、治すことの意味を問い、治せた人治せなかった人の、その先のことを、医療のことを考えようと、芦花ホームは常勤で、いつも医師がいて、行って良かった、相変わらず、自然の摂理の最期で、食べたくない人に、しっかり食べろと叱咤激励して、それは本人のためではなく、治す意味はない、却って苦しめているものもあり、高齢者が誤嚥(食べ物が気道に入る)は大変で、高齢者は食べたくないのに、いつまでも元気に、それは切ない思い、あと一口で誤嚥があり、救急車→病院になり、しかし病院では高齢者を助けたらそのためではないと思わず、目の前にいるのは肺炎患者であり、高齢者で治療しないと言ったら週刊誌に叩かれて、しかし医療には過剰なものもあり、遺漏という処置、口から食べると誤嚥するので、今は技術が発達して内視鏡があり、ヘソの上からプラスチックのキットで、直接胃の中へ通じる井戸ができることを意味して、そこから食べ物、栄養、流動食を流し込み、重力で入り、喉を通らず、栄養、カロリーは計算できて、これで楽になると思ったら間違い、どういう相手にしているのか、喉を通ると危ない→直接、は、相手は食べられなくなり、食べたくない、体が受け付けず、十二指腸が処置できず、食道は上に通じているので逆流して、吐く、矛盾したことになり、誤嚥性肺炎になってしまい、相手が受け付けるのか。

遺漏は、食道が通っていない赤ちゃんが口で食べて行けるまでのピンチヒッター、これからの人生のある人のためのものなのに、しかしやる必要のない人があり、体に無理やり入れるのは問題であり、遺漏で肺炎になったら救急車行き、石飛さんも特養で100の席のうち、25は空いており、介護保険ではだめで、特養は経営もしんどく、遺漏だとまたしっかりいれないと→また遺漏、本人には地獄であり、遺漏はやるべきでないと石飛さん考えて、しかし他の形で点滴などはあり得て、本質を考えておらず、医療を過信しており、しかし、家族なら、1日でも長く生きてほしいが、石飛さん、順番があり、親が先に行くべきと言われて、どういう1日なのか、どういう残った親の人生なのかを、生きる親のことを考えるべきであり、しかし遺漏をしないと、あと1週間で亡くなると医師に言われたら、どうしたらいいか、普通お願いしますになり、しかしその親の身になり、自分ならつけて欲しいかと考えてみるべきであり、おいしくもないものを胃に入れられて、本当はおいしいものを食べたくても食べられず、朝入れられて、気持ち悪いのに続けられて、止めてくれと言えない人たちなのです。

また、遺漏する意識のことはどうかと、自分の口で食べておいしい、食べすぎるから止めると、健康なら加減する生き物を機械扱い、決まった時間に決まった量を入れるのはどうか、脳は追い詰められて、ムンクの叫びのように形で寝ており、魂はなく、手足は硬直であり、膝があごに着くようなものすらあり、その患者の部屋には、若かった頃の写真もあり、それがこうなるのか、有名な人が、自分の最期をこんな形で行かせるべきか、患者のことは分からず、しかし、芦花ホームでの石飛さんのやることは、我々は生き物で、いつまでも元気というのはお題目であり、本人のために、無理やり食べさせるのがいいのか?

食べないと死ぬが、生き物はそのようになっており、生物はそうして生きて、最終章は必ず来て、本人は食べたくなくなり、無理に食べさせるのは苦痛であり、死ぬような状況だと食べなくなり、必ず食べたくなくなり、食べなくなったら、そろそろと、用意を、周りも勘づくべきであり、神様は、そうなったら本人は夢の中で、今までのいいことを見て行けるように、自然の恵みであり、それを早く知るべきであり、高齢の、他死社会、90歳を超えて自然死を迎えることが多く、しかし多くの人たちは静かに行きたく、遺漏もせず、チューブも入れず、何もしないことで、医療措置をしない方が、痛み、苦しみが泣なく、平穏死と、石飛さんたくさんの死を見て、痛まない、苦しまないは、特養の最終章の、終の棲家を現場で見ており、人生の先のある人を助けるのは病院、しかし特養は平均90歳、人生を伴走していたら、この人は最終章だと、常勤医だとわかり、ここからは延命治療は要らないとなり、現場で見ており、リスナーの意見があり、がんで親を亡くして、モルヒネをどう使うか、これは病院=治さないといけない、最期苦しみ、モルヒネで交わすのもやった、芦花ホームの常勤になったのは、死ぬ館であり、麻薬の使い方も、と思ったものの、1回も麻薬を使う必要はなかった、食べなくなったら、眠り、しずかに、麻酔がかかったような状態になり、食べない=静かに眠る、食べ過ぎたらかえってしんどい。

リスナーより、父親が苦しみまくって死んだ、苦しまずに見送るのはどうかとあり、石飛さん、本人を治せるならいいが、治せないなら、本人の苦しみを増す、抗がん剤もそうであり、手術で肺を取ったらもっと大変であり、このリスナーと例は違うが、芦花ホームで麻薬の必要がなかったのは、胃がんか、すい臓がんか、調べていない、食べなくなったら、眠っている、そしてそのまま遺漏なしなら10日後に静かに亡くなり、認知症でいろいろあり、それをどうするのか、芦花ホームで平均90歳であります。

また、リスナーより、高齢の母がいて、管をつなげて生きるくらいなら、死なせてほしいと言っており、自分は納得しても、別の親族が納得しない場合があり、どうしたらいいかとあり、石飛さん、親のことを考えるべき、親は管で時間のみ伸ばされるのは嫌と言っているのは、親の立場で、子どものことではなく、本人の一生は本人のもので、家族に口出しする権利は憲法になく、家族がいるのは、勝手に思いはかるのみと言われました。

リスナーより、どこまでが延命かとの質問があり、余計な苦しみを与える、生きているだけの時間を延ばすのはおかしいと石飛さん言われて、延命治療は止めてくれと書いている人もあるが、石飛さん、詳しく書けることはなく、この時代に、高齢者の自然な最期を、医師も考えるべきであり、最終章、最期の来た人には、役に立つ医療はなく、医療の意味を分かった意思が大事と言われました。

水野さんも、石飛さんの書かれた平穏死を読まれて、人は枯れて死んでいく、余分な水を点滴などでやったら溺死したかのように体がしんどくなると書いてあると言われて、石飛さん、多くの医師、看護師が知っており、家族もあんなことをして、と後悔する例もあり、2000年前に、プラトンが老いて自然に亡くなるのが幸せと書いており、人間は生き物なのに、科学を過信して、いつまでも生きる錯覚になり、医療が発展しても、意味のある医療と、その人の役に立たない医療の意味を考える医師が必要なのです。

リスナーより、83歳の母を、延命治療なしで見送り、いい医師に恵まれたとあり、石飛さん、特養で、どこがどうなり、病院で診てもらおうと言ったら、90歳のおばあさんが、それは必要ないと言い、医療機関は検査、治療を強要できず、しかし調べたらすい臓がんであり、そして余計な治療はなく、最期食べずに、眠ったように、石飛さんに感謝されるように亡くなり、石飛さん、90歳で手術したのを自慢したのが恥ずかしい。

リスナーより、90歳の母、認知症であり、最期であり食欲がないのか、それとも具合が悪いのかわからないとあり、石飛さん、認知症だからわからないのではなく、もう朽ちていくものであり、それを親は知っており、無理に食べさせたら苦しく、それは高齢者にはしんどく、少しお腹が空いているのがむしろ自然なのです。

今週はリスナーの切実な声が届いています。

 

ニュースは上田崇順さんの担当でした。

戦争準備法案により、自衛隊は地球のどこでも米軍の支援が可能になり、墜落した米軍機の救出の訓練をして、明日はさらに広範囲な訓練で、有事を想定しての日米訓練は初であり、戦闘行為の場所以外での支援は可能になり、南スーダンでの駆けつけ警護では、政府が閣議決定に向けて検討しており、会合には柴山総理補佐官も、現地は比較的落ち着ていると報告し、菅長官は現地の状態や、熟練の様子を見て判断するというのです。

TPP承認案の、明日の採決は断念と与党は野党に通告、10日にやり、明日はカザフスタンの関係者が来るためであり、またパリ協定の採決は野党も納得したものの、野党は山本大臣の不信任決議を出すというのです。

特養の入所条件が厳しくなり、入所者は減っても、門前払いの例が多くなり、共同通信の調べで、入れないのは22万人で、2013年より待機者は40%減っても、自宅で介護できない人が門前払いで、家族の介護離職も懸念されているのです。

これについて、石飛さんのコメント、特養の内容のレベルは、常勤の医師がいるところは少なく、臨時に医師が来る場合があり、薬や検査をするものの、病人として、人間を見るだけであり、その人の人生の最終章のところにある人に、医療行為が役に立つかを、医療行為だけでなく、人生を伴走しないとわからず、常勤医でないとわからないと言われました。

電通の女性社員の過労自殺について、労基法違反で強制捜査、東京本社と、支社も捜索されて、厚労省は立ち入りで長時間労働を調べて、強制捜査、電通を書類送検の方針です。

FBIはクリントン氏の訴追を求めず、クリントン氏とトランプ氏の争いは、また風向きが変わります。

今年の参院選で、仙台高裁は違憲状態と判決、選挙無効は退けて、来年春に最高裁が統一の判断をしめすのです。

 

今週の特集、最期をどう迎えるか、石飛さんのお話、最期をどうするか考えて、遺漏なしで見送ったともあり、いい時間を過ごせたともあり、嚥下障害、54歳で遺漏であるとの声があり、延命の選択をすべき、石飛さん、本人のためか、迷うのはそれであり、議論して、考えるべきと締めくくられました。以上、今週の報道するラジオでした。

 


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