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MBSラジオ 報道特別番組 語り部を辞めたい94歳 戦後71年の夏(2016/11/21) by limitlesslife
November 23, 2016, 12:41 pm
Filed under: 戦争

永岡です、MBSラジオの、報道特別番組、元海軍兵の瀧本邦慶さん、94歳、ミッドウェー海戦の敗戦を目の当たりにして、戦争の語り部を務められたことを語られました。進行はMBSアナウンサーの水野晶子さん、ナレーションは上田崇順さんでした。2016年度、文化庁芸術賞の参加作品です。

瀧本さん、中学校で講演されて、戦争のことを話されて、瀧本さんがお話しできるのはこの日のみ、生徒たちはもう話を聞けず、大人になり、子どもを持っても、伝えてほしいと言われて、瀧本さん、毎回、これが最後、遺言のつもりと、マイクも使わず、椅子に座らず1時間講演、名も知らぬ島で、瘦せこけて死んでいく悲惨さを「国に騙された」と言われて、瀧本さんが若い世代に伝えたいのは戦争の現実、しかし、語り部を始めて10年、語り部を止めたい、戦争になったら国民が泣くのに、なぜもっと怒らないのか、安倍自民党を勝たせるのかと、なぜ、語り部を止めたいと言われるのか、その瀧本さんの夏の記録です。

瀧本さんは大阪・東淀川区に、奥さんを亡くされて一人暮らし、毎朝5時に起きて仏壇にお経をあげて、仏壇の前で腕立て伏せをして、20回やるのです、これを40年されて、はじめは40回→今20回、剣道や居合道もやられて、子供たちに剣道を教えて、そのためか今も風邪をひかず、その瀧本さん、毎日近所にいる息子さんの奥さんがお世話をされて、カレーを食べて、穏やかな暮らし、しかし「戦場での経験を思い出さない日はなく」、瀧本さん、1921年に香川に生まれて、実家は商店、4人兄弟、父の手伝いをして、自然の中で生きて、生まれた村は養蚕業の村であり、桑の実を取るなどして、たいへんおいしい、小学生では丈夫で、山にも入り、きのこ、わらび、薪を取ってきて、それで母が喜び、しかしのどかな村に戦争の影が迫り、瀧本さん、講演で、軍国主義時代、男の子は大きくなったら兵隊になり、天皇陛下のため、お国のために死ぬのが最高の名誉だと教わり、1937年に日中戦争、20~30代の男は全員招集、戦地に行き死んで、戦死者の遺骨が戻り、市町村で合同の葬儀をして、年老いた母親が息子の遺骨を見て、涙が出る、息子が親より先に死ぬから当然で、しかし泣いたら、息子はお国のために死んだ、めでたいのに、泣くとは何事かと、一般の人に言われたのです。

瀧本さん、軍国少年、1939年に17歳で入隊して、お国のために働きたいと、佐世保で訓練を受けて、軍艦での任務、新兵が軍艦に乗っていたら、情感から棒で殴られて、生命の危険を感じて、しかしそれが伝統、瀧本さんそれが嫌で、船を下りたく、海軍には様々な学校、大砲、魚雷などの整備をする学校に行き、軍艦でのいじめから逃れて、航空機の整備の技術を身に着けて、軍艦、飛竜の整備兵になり(1945年)、しかし、戦艦の時代から、戦闘機の時代になり、軍艦は時代遅れで、空母がものをいう時代、燃料、爆弾を積んでいくものであり、飛竜は帝国海軍の花形であり、そして、1941/12/8、真珠湾攻撃、アメリカとイギリスに戦争を仕掛けて、太平洋戦争の開始、瀧本さんも飛竜の整備兵として、真珠湾攻撃に参加して、しかし、大日本帝国の良かったのはたった半年、ミッドウェー海戦(1942年)に瀧本さんは参加、アメリカの航空母艦を叩くつもりで、日本の4隻の航空母艦がミッドウェーに行き、母艦で戦争を支えて、整備して戦闘機の送り迎えを命がけでやっても、敵は動きをすべて知り、戦闘機の帰ってきたところで4隻の航空母艦を爆撃、火の海、ガソリンの塊=爆撃されたら火だるま、その爆弾も何十発、それが爆発して、飛竜から、他の母艦が沈むのを見て、残ったのは飛竜のみ、総攻撃、爆撃されて、大火砕流、飛竜もやられて、エンジンルーム、タンクなどが下にあり、上が火災で、下にいた兵士はみんな蒸し焼きで殺されて、船の前と、後ろに発着の空間があり、瀧本さん、後ろの空間に逃げて助かり、飛竜は、燃えるもの、爆発するものはすべて燃えてしまい、艦長から戴冠命令が出て、何とか助かり、しかし兵士は無数に殺されて、火災で蒸し焼き、爆弾でやられた兵士もあり、戦闘機のパイロットは母艦がやられて帰るところがなく、撃墜するしかなく、瀧本さんは、飛竜の最期をご覧になり、しかしこれを放置したら、アメリカに接収されて展示されて恥=逃げた船から魚雷を撃って、飛竜を沈めて、帰還した、日本海軍は、壊滅的な敗北を喫したのです。

ミッドウェー海戦は、連戦連勝の海軍が軍艦や戦闘機、整備兵を失い、アメリカは暗号解読で日本の動きを知り、日本は油断もあり、この後、日本は破滅へ行き、瀧本さんは九死に一生を得て、米軍の機銃掃射を間一髪免れて、しかしその後右腕が上がらず、玉の破片が体に入ったためで、機銃掃射の直撃を受けていたら、瀧本さんは殺されていたのです。瀧本さんは、銃弾摘出のために、佐世保の病院に入り、しかし飛竜の生還者は、病院に隔離されて、要するに帝国海軍惨敗のことを外に知られたくないものであり、看護婦さんの持ってきた新聞には、帝国海軍が勝ったと、大本営発表であり、ミッドウェー海戦で航空母艦は全滅、これはおかしい、国民を騙していると思い、それで瀧本さん、軍、政府の発表を信じなくなった。

瀧本さんたち、ミッドウェー海戦の生き残りは隔離されて、国は嘘をつき、国民はたやすく騙されると言われて、安倍総理は、ドアホノミクスを争点に参院選に勝ち、その途端に、選挙戦で言わなかった憲法改悪を口にして、自民草案はそのままではなくても、これをベースに2/3を取ったとして、憲法改悪に意欲を見せて、参院でも、憲法改悪の勢力は2/3、発議ができるようになり、瀧本さん、争点が隠されて、国民が騙されて、太平洋戦争の前と似ていると見て、参院選の翌日の瀧本さん、義理の娘さんが、国民に自分の訴えが伝わらないことを怒り、瀧本さん、2013年の秘密隠蔽法以来、日本が危険になったと思われて、戦争準備法案時には、日本は戦争すると思われて、そして憲法改悪、9条を抹殺して、国の進む方向が180度変わることを危惧して、戦争になったら、国民が泣かないといけなくなる、なぜ本気で怒らないのか、何十回騙されたら目が覚めるのか、語り部を止めたい、いくらやってもダメ、太平洋戦争と同じ苦労を繰り返されないと、分からないのかと、語り部を止めたい、訴えたことが、世の中に伝わっていないのに憤り、さらに、瀧本さん、大阪市内の中学から講演をキャンセルされて、校長も、現政権の批判をされたら困ると、こんなキャンセルは初めてで、しかし、現政権の批判とは何か、戦争は起こったら大変なことなのに、今、昔と同じ方向に駆け足で行っており、戦争を絶対にやってはいけないのに、政府は、憲法を変えて、戦争をしたがつていると、学校で言えなくなり、この校長はMBSラジオの取材を実質拒否。

戦争体験も語れず、戦争に反対→逮捕の時代なのかと、瀧本さんは語り部を10年されて考えられて、そしてこの夏、瀧本さんもしんどい模様ですが、8月のある日、瀧本さんを命の恩人と慕う女性、現役の中学の先生、名前を出せませんが、A先生(女性)、75歳の時に瀧本さんが語り部をされて、A先生の息子さんが瀧本さんに剣道を習い、それで語り部を瀧本さん始めて、しかし、講演をキャンセルされたこと、学校への締め付けもあり、学校は中立で、超える話は学校ではできず、その最終の判断は校長がして、参院選に瀧本さんショック、締め付けはもっと厳しくなると言われて、自分を守ることもできず、息子さんの夫婦に迷惑もかけられず、もう、やめる方向になり、A先生、日本人がみんな考えていないのではないと言われて、瀧本さんそうかと言われて、A先生、瀧本さんの気持ちはわかる、しかしやめないで、と言われました。

語り部を支えたのは、瀧本さんの、南洋での飢えの経験、1944年、上陸時に、日本軍は壊滅、日本からの食糧、弾薬の供給を絶たれて、体が衰弱して死んでいく、餓死は生き地獄であり、兵士の半分は食料がなく死に、ジャングルで木の葉っぱを取って食べて、青虫のような生活を半年して、しかし、士官たちは、瀧本さんたちが苦しい時に、銀めしを食べていた、これが軍隊、末端の兵士に命の尊厳はなく、上官は、兵士がいくら死んでも痛くもかゆくもない、一銭五厘の召集令状でいくらでも補給できると上官は嘯き、食べ物なし、南洋の、名も知られぬ島で死にたくない、何が国のためだ、国に騙された、親は戦死と聞いたら華々して戦って死んだと思うが、実際は野垂れ死に、一旦戦争が始まったら、戦場へ行くのは、講演を聞く若者たち、お国を守るときれいごとで言われるが、それは嘘であり、国に騙された悔しさが、瀧本さんの語り部の原動力であり、230万の戦死者の6割が餓死、補給を無視した、人の命を軽視した帝国軍隊のデタラメがこれだけアホな結果になったのです。

瀧本さんのところに、講演の依頼が来て、お寺の住職さんも、講演をお願いに来られて、お寺は平和を大切にするというもので、住職さんは、瀧本さんが中学校でキャンセルされたと知り、それでうちで講演してほしいと、大阪のある市で中学の校長をされて、10数年前の、国旗国歌法があり、子供たちに、自分で考えることをしてほしく、しかし国旗国歌法は強制で、反対したら、この方の学校が不利になり、この方も退職を余儀なくされて、校長会でも話が出来ていたのに、物言わぬ校長会になったと言われて、国旗国歌法への強制に疑問を呈したら、予算を削られて、退職を余儀なくされて、それで実家のお寺を継いで、瀧本さんと同じ体験であり、瀧本さんに語り部を止めないでほしいとして、瀧本さんの気持ちは変わってきて、瀧本さんから語ることを取ったら、生きる価値はなくなると言われて、瀧本さん、戦争体験を語ること=生きることであり、なぜ自分は生き残ったのか、3つの奇跡、ミッドウェー海戦での銃撃から生き残り、トラック島での飢えから助かり、2つ目は、防空壕、爆撃されて、安全な防空壕の方に入り、別の防空壕は頼りなく、空襲時に、防空壕は、1トン爆弾の直撃でやられて、20人の兵士が亡くなり、その時に、いつもと違う防空壕に入り助かり、そして、3つ目は、フィリピンのレイテ島への転勤、2000kmあり、船も飛行機もなく、海軍の小型の潜水艇に乗せられて、1日も早くトラック島から出たく、しかしくじ引きで5番目、そして、瀧本さんの番だとなったら、潜水艇が攻撃されて沈んでおり、太平洋戦争の決戦で大敗、陸軍8万全滅であり、予定通りレイテ島に行っていたら、瀧本さんは死んでおり、3つの奇跡で生き残り、生き残ったものの責任として、語り続けるものであり、若者に戦争体験を伝えて、命を大切にしてほしいとして、講演を聞いた高校生との反応、敗戦時の瀧本さんの思いなどを高校生が聞いたら、瀧本さん、これで助かったと思われた、トラック島にいたら死ぬ、国に騙された、母親の顔が浮かび、父親の顔は浮かばず、それが人間の姿。

高校生から、ミッドウェー海戦とトラック島の体験を聞いて、殺された方には失礼かも知れないが、ミッドウェー海戦に勝っていたら、語り部をしていたかとあり、瀧本さん、大変に難しい質問であり、今は事実を言うのみで、事実以外の、仮定のことは言えず、「しかし戦争は勝っても負けてもやるべきではない」と言われるのです。

瀧本さん、散髪をしてもらい、黒い毛が生えてきたと言われて、瀧本さんのカレンダーには、年末までの講演の予定があり、四国に102歳の姉がいて、100歳までがんばれと電話で言われて、それで、語り部を続ける、青春はなく、自分がかわいそう、思い残すのはそれだけ、体も弱くなり、しかし、語り続ける、精神的には二十歳と言われて、瀧本さん、明後日(23日)に95歳、若者たちが、自分と同じ苦しみを味会わないように、語り部を続けたい、ミッドウェー海戦を知っているか、語り部をやめたいと思った、敗戦71年の夏を迎えて、お国のために兵隊さんになれ、お国のために戦争へ行けと言われても、何が国のためか、美しい言葉で、国民、若者を騙す言葉であり、誰が騙すのか、国の指導者が騙すのであり、自分で考える力をつけて、瀧本さんのようなみじめな経験をしてほしくない、戦争を否定して、世の中を変えるのは若者の力、若者の責務として講演を締めくくられました。若者の拍手に、瀧本さん感激され「国はいざとなったら皆さんの命を守らない」と最後に言われました。

話を聞いて、書き起こしして、頷くことばかりであり、そして、過労死などは、現在の太平洋戦争です。以上、報道特別番組でした、例により、いくらでも、拡散してください。

 

 

 


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