書評:「原発と放射線をとことん考える!
いのちとくらしを守る15の授業レシピ」
(家庭科放射線授業づくり研究会編、合同出版、 2016年8月、B5版168頁、2000円+税)
「実践を伴わない理論はナンセンス」とは、私が大学院時代に社会運動に参加した中で先輩から学んだ言葉です。
東日本大震災以後、「いのちを守ること」を標榜する家庭科にかかわる小中高大学の有志の先生方が、東日本大震災を教材にした授業が不可欠と考えました。そこで、有志の先生方は自主的に集まって話し合い、まとめた理論に基づき教育実践し、その結果を集団的に討議する中で生まれたのがこの本です。従って、この約5年間、理論と実践が繰り返されており、実践編部分で未だ不十分な報告が見られるものの、全体としては現時点において得られる、この種の本としては唯一の貴重な本と言えましょう。
本の構成も①「はじめに」、②実践編、③解説編、④「おわりにかえて」となっており、①と④には、集団討議でまとめた理論として、【Ⅰ.家庭科は、人間として生きるための「いのちとくらし」の具体を総合的に、学際的に学ぶ教科である。Ⅱ.授業方法は、「同一課題に対する意見の違いや立場の違いを知り、それらを検討する中で自己の認識を深めて自己の意見を確立する」という民主的な思考方法を基本に据える。】が示されており、②の実践編で、その理論に基づく実践例が、読者の誰でも分かり易く利用できるように「レシピ」として提示されています。そして、③の解説編では、個々の「レシピ」では表し切れない基本的で総合的な内容が、【1.放射線の身体への影響および安全基準、2.原子力発電に対する異なる見解、3.放射能汚染地域に定住するか・避難するか】の3課題について懇切丁寧に解説され、利用者への配慮が図られた素晴らしい実践書となっています。
例えば、読者が放射能汚染地域に定住するか・避難するか悩んだ時、国の放射能被曝基準に頼ります。その際この本によれば、《我が国はICRPの勧告【一般人が1年間に浴びる放射線量を1mSv/y未満にとどめるべきである。ただし、緊急時は、20~100mSv/yとする】に基づき、一般人: 1mSv/y、原子力作業員:20 mSv/y(但し継続した5年間)としています。ところが学校再開の基準と避難指示解除基準を5年経過した現在も緊急時の最低値20mSv/yとしたまま見直していません。ICRPが、がんとか白血病は20mSv/y以下でも被曝線量の減少に比例して発病率が減少する事実を指摘していることを考慮せず、日本政府は100mSv/y以下の低線量被曝による発がんリスクは、他の要因によって隠れてしまうほど小さいとし「20mSv/yは安全である」と説明しています》と解説し、判断を読者に任せています。
私は、細胞分裂の激しい成長期の子供たちの白血病や発がんリスクを最小限にするためには、学校再開の基準と避難指示解除基準を少なくとも平時の一般人の基準1mSv/y未満にするのが、基準を決めた意義と考えます。我が国の政治がかつての原発『安全神話』のように科学を軽視または無視して進められる時、事故を起こし想定外の被害を国民に与えたことを教訓とすべきと考えます。
願わくば、この本が全国の先生方に利用され、理論と実践が繰り返され、より良い教材に磨き上げられると共に、そのことによって東日本大震災がヒロシマ・ナガサキ・オキナワなどと同様に、風化させてはならないこととして、学校カリキュラムの中に位置づけられることを期待します。
(日本科学者会議埼玉支部代表幹事 杉浦公昭 2016年11月29日記す)