天皇陛下の退位をめぐる有識者会議のヒアリングが終わった。退位の是非について意見を求められた16人の賛否は、ほぼ伯仲する結果となった。

この色分けにさほどの意味はない。すでに見解を明らかにしていた人がほとんどで、人選の段階でほぼ予想されたからだ。

あらためて浮き彫りになったのは天皇観の違いである。

退位に反対する人の多くから「天皇は国民にとってまず神道の大祭司」「存在の継続が国民統合の要」「宮中でお祈りくださるだけで十分」「いてくださるだけでありがたい」といった発言が相次いだ。宮中祭祀(さいし)を天皇の公的行為と位置づけるべきだという訴えもあった。

これらの主張は多くの国民の意識からかけ離れ、一部は政教分離原則にも反する。有識者会議メンバーからも疑義が出た。

憲法は、天皇は国民統合の象徴であり、その地位は国民の総意に基づくと定めている。

陛下は現憲法の下での天皇像を追求し、国民の幸せをただ祈るだけでなく「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」が大切だとの考えを確かにしていった。しかし高齢に伴う体力の衰えで、そうした務めを引き続き果たすのは難しくなろうとしている。そこでビデオメッセージを通して、みずからが到達した象徴天皇観を社会に広く説明した。

国民もこの考えを理解し、受けいれ、高齢社会における天皇のあり方に思いを寄せたからこそ、退位に賛成の世論が形づくられたのではないか。これを同情・センチメンタリズムと評した論者もいたが、陛下の長年の歩みを否定し、国民を見下した見方と言わざるを得ない。

多くの国民が現に共有している天皇観を踏まえず、明治憲法がつくりだした特異な神権天皇に通じる主張を展開しても、皇室と国民の距離を広げ、存在を不安定にするばかりだ。

一方、退位を認める論者の間でも、恒久的な制度とするか、一代限りの特例法で対処するかについては意見がわかれた。

むろん前者が筋だが、皇室典範の見直しに頑強に抵抗する勢力があり、混乱も予想される。要する時間や人々の認識の深まりを見きわめながら、どうやって代替わりを円滑に進めるか、政権の力量が問われよう。

頭におくべきは退位問題とは別に、皇族の数が減るなか、皇室活動をどう維持するかという難題が手つかずになっていることだ。女性皇族の処遇など、典範改正は近い将来に必ず向きあわねばならないテーマである。