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ネットワーク1・17(2017/1/8) 阪神・淡路大震災22年 息子を亡くした母の思い、高井千珠さんのお話 by limitlesslife
January 8, 2017, 1:18 pm
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ネットワーク1・17(2017/1/8) 阪神・淡路大震災22年 息子を亡くした母の思い、高井千珠さんのお話

つらい気持ちを抱えながら、この気持ちが変わったのは、息子のために何ができるか、高井さんお骨を墓に入れず、刺繡を始めて、息子のために何かしようと、震災から3か月で始めて、泣いて娘の世話もできず、娘がかわいそうと、半年くらい経ち思い、音楽教室に行き、朝、主人、娘にご飯を作り、それくらいしか覚えていない。 永岡です、第1047回ネットワーク1・17、今週もMBSアナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

2017年、1/5に福島沖の地震が2度、震度4、早朝の地震で、東北、関東で不安な夜であり、2016年の暮れにも茨城で震度6であり、2017年は1月17日が近づき、リスナーから、元旦の放送で、一日も早く元通りに、との声があり、またハガキで、倉敷のリスナーから、あの日から22年、心の復興はなったのかともあり、番組では今秋から特集で、阪神・淡路大震災22年、今回は震災で1歳半の息子を亡くされた、高井千珠(ちづ)さん、当時住んでいた山口県から兵庫県西宮市に里帰りされている時に被災し、震災から5年、息子のためのHP(http://www.ne.jp/asahi/sho/yu/ )を立ち上げて、震災で子供を亡くした方と交流し、息子さんが20歳になるはずの時に絵本を出版されて、震災で子供を亡くされた母の思いを伝えられます。

震災で6400以上亡くなられて、野村さんは直接の体験はないと言われて、高井さん、スタジオでのお話で、95/1/17の被災、山口→実家の西宮、ご主人のみ前日に帰り、高井さんと子供、母がいたときに地震、お子さんのまともに家具が落ちて、関西に地震なしと思っており、揺れが地震とはわからず、子どものことを、揺れにびっくりして何もできず、息子さんの声で我に返り、タンスを持ち上げようとしても、家が壊れて、座ったままタンスを持ち上げられず、こういう状況だと、真っ暗で見えず、1歳半の息子さん、両脇に息子と娘、さらに母であり、高井さん母として子供を守れなかった悲しみと、自分が生き残った罪悪感、ケガもせず生き残ったことは、母としてつらく、そして娘さんは生き残り、母が娘を守ってくれて、それで母親失格の罪悪感、守れなかったものであり、息子さんは助け出して脈がなく、家族が心臓マッサージをしても、その知識なし、大人の心臓マッサージと、赤ちゃんのものは違い、赤ちゃんのやり方を知らず、それで助けられなかったと自分を責めることになり、その時はもちろん必死、心臓マッサージをしたら体が暖かくなると、1時間以上やった。

その後、山口県に戻り、自分だけ子供を失い、主人は震災体験がなく、主人もそばにいたら、であり、泣くだけの生活、思い出のある家で過ごすのはつらく、自分の気持ちを吐き出す場も、最初の数か月はなく、震災で子供を亡くした親の会があると知り、年に2回の文集に投稿するようになった。

それが、文集に気持ちを書いて変わり、インターネットを通してやるようになったのは、当時ネットは普及しておらず、本音をしゃべれない友達に、5年たっても癒されない中、5年たってもつらい、忘れたくないのに記憶が消えて、消えないために、記録のために書いて行こう、地震は高井さんのみ経験して、娘のために伝えるために、HPを立ち上げて、見えないものも書くもので、最初は友達にしか知られなかった。

息子のために、絵本も書いて、絵本出版のきっかけ、3年前に娘が20歳になり、息子のためにも何かと思い、あなたのことを今も覚えていると、息子の成人式の思い出に、やさしい灯りに包まれて、という本、娘さんの成長も記録したものであり、息子さんへのプレゼントだけでなく、自分の人生を振り返り、娘がいつもいて、それで癒されて、きっかけは息子の成人式のプレゼントから、娘へのものともなった。

絵本で、娘さんのことを追ったもので、何歳の時に何と、これは日記を書いており、娘の言葉を書き留めていたものから、娘さんに、亡くなった息子さんのことをどう伝えたか、写真を、息子だと思い、ご飯は息子の分も用意して、写真のところに置いて、娘はその写真を息子と思い、プールの時は、息子に変わる人形を持ち、そのままの生活で、娘は写真の兄弟、1歳半で当時の記憶はなく、幼稚園に行くと、兄弟がもう帰ってこないと知り、見えない巨大にやきもち、泣いている姿を見て、自分より兄弟が優先されたことも娘さん思い、そして高井さん、自分が死んだら、ママに愛されているか、娘は不安で、息子が生き返ったら、とも言われたもので、1年前に聞かれて、息子が死んで20年以上、悲しみがわかるから、娘に死んでほしくない、20歳を超えても、娘は震災のことを感じて、娘は、生きていてほしいと聞きたかったと思われて、成長の中で何度も聞いて、それで高井さん、ほっとされた。

やさしい灯りにつつまれて、これはアマゾンでも、人と防災未来センターの売店でも手に入り、CDも20歳の時に、幸せはこべるように、を作曲された臼井さんの作曲、高井さんの作詞で、このCDもアマゾンで購入できて、笑顔の向こうに、という曲が流れて、高井さんのお話は締めくくられました。

 

今週の高井さんのお話、娘さんも震災と向き合った22年であり、皆さんの思いがあるのです。来週は地震後の火災に立ち向かった消防士の話、1月16日は阪急伊丹駅からの生中継の特番があります。リスナーの、阪神・淡路大震災22年についての声や、震災を知らない若い世代は、こういうことを知りたいという声を募集しています。以上、今週のネットワーク1・17でした。

 

 

Kouichi Nagaoka via post.freeml.com

3:00 PM (7 hours ago)
to uniting-peace

永岡です、第1047回ネットワーク1・17、今週もMBSアナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

2017年、1/5に福島沖の地震が2度、震度4、早朝の地震で、東北、関東で不安な夜であり、2016年の暮れにも茨城で震度6であり、2017年は1月17日が近づき、リスナーから、元旦の放送で、一日も早く元通りに、との声があり、またハガキで、倉敷のリスナーから、あの日から22年、心の復興はなったのかともあり、番組では今秋から特集で、阪神・淡路大震災22年、今回は震災で1歳半の息子を亡くされた、高井千珠(ちづ)さん、当時住んでいた山口県から兵庫県西宮市に里帰りされている時に被災し、震災から5年、息子のためのHP(http://www.ne.jp/asahi/sho/yu/ )を立ち上げて、震災で子供を亡くした方と交流し、息子さんが20歳になるはずの時に絵本を出版されて、震災で子供を亡くされた母の思いを伝えられます。

震災で6400以上亡くなられて、野村さんは直接の体験はないと言われて、高井さん、スタジオでのお話で、95/1/17の被災、山口→実家の西宮、ご主人のみ前日に帰り、高井さんと子供、母がいたときに地震、お子さんのまともに家具が落ちて、関西に地震なしと思っており、揺れが地震とはわからず、子どものことを、揺れにびっくりして何もできず、息子さんの声で我に返り、タンスを持ち上げようとしても、家が壊れて、座ったままタンスを持ち上げられず、こういう状況だと、真っ暗で見えず、1歳半の息子さん、両脇に息子と娘、さらに母であり、高井さん母として子供を守れなかった悲しみと、自分が生き残った罪悪感、ケガもせず生き残ったことは、母としてつらく、そして娘さんは生き残り、母が娘を守ってくれて、それで母親失格の罪悪感、守れなかったものであり、息子さんは助け出して脈がなく、家族が心臓マッサージをしても、その知識なし、大人の心臓マッサージと、赤ちゃんのものは違い、赤ちゃんのやり方を知らず、それで助けられなかったと自分を責めることになり、その時はもちろん必死、心臓マッサージをしたら体が暖かくなると、1時間以上やった。

その後、山口県に戻り、自分だけ子供を失い、主人は震災体験がなく、主人もそばにいたら、であり、泣くだけの生活、思い出のある家で過ごすのはつらく、自分の気持ちを吐き出す場も、最初の数か月はなく、震災で子供を亡くした親の会があると知り、年に2回の文集に投稿するようになった。

つらい気持ちを抱えながら、この気持ちが変わったのは、息子のために何ができるか、高井さんお骨を墓に入れず、刺繡を始めて、息子のために何かしようと、震災から3か月で始めて、泣いて娘の世話もできず、娘がかわいそうと、半年くらい経ち思い、音楽教室に行き、朝、主人、娘にご飯を作り、それくらいしか覚えていない。

それが、文集に気持ちを書いて変わり、インターネットを通してやるようになったのは、当時ネットは普及しておらず、本音をしゃべれない友達に、5年たっても癒されない中、5年たってもつらい、忘れたくないのに記憶が消えて、消えないために、記録のために書いて行こう、地震は高井さんのみ経験して、娘のために伝えるために、HPを立ち上げて、見えないものも書くもので、最初は友達にしか知られなかった。

息子のために、絵本も書いて、絵本出版のきっかけ、3年前に娘が20歳になり、息子のためにも何かと思い、あなたのことを今も覚えていると、息子の成人式の思い出に、やさしい灯りに包まれて、という本、娘さんの成長も記録したものであり、息子さんへのプレゼントだけでなく、自分の人生を振り返り、娘がいつもいて、それで癒されて、きっかけは息子の成人式のプレゼントから、娘へのものともなった。

絵本で、娘さんのことを追ったもので、何歳の時に何と、これは日記を書いており、娘の言葉を書き留めていたものから、娘さんに、亡くなった息子さんのことをどう伝えたか、写真を、息子だと思い、ご飯は息子の分も用意して、写真のところに置いて、娘はその写真を息子と思い、プールの時は、息子に変わる人形を持ち、そのままの生活で、娘は写真の兄弟、1歳半で当時の記憶はなく、幼稚園に行くと、兄弟がもう帰ってこないと知り、見えない巨大にやきもち、泣いている姿を見て、自分より兄弟が優先されたことも娘さん思い、そして高井さん、自分が死んだら、ママに愛されているか、娘は不安で、息子が生き返ったら、とも言われたもので、1年前に聞かれて、息子が死んで20年以上、悲しみがわかるから、娘に死んでほしくない、20歳を超えても、娘は震災のことを感じて、娘は、生きていてほしいと聞きたかったと思われて、成長の中で何度も聞いて、それで高井さん、ほっとされた。

やさしい灯りにつつまれて、これはアマゾンでも、人と防災未来センターの売店でも手に入り、CDも20歳の時に、幸せはこべるように、を作曲された臼井さんの作曲、高井さんの作詞で、このCDもアマゾンで購入できて、笑顔の向こうに、という曲が流れて、高井さんのお話は締めくくられました。

 

今週の高井さんのお話、娘さんも震災と向き合った22年であり、皆さんの思いがあるのです。来週は地震後の火災に立ち向かった消防士の話、1月16日は阪急伊丹駅からの生中継の特番があります。リスナーの、阪神・淡路大震災22年についての声や、震災を知らない若い世代は、こういうことを知りたいという声を募集しています。以上、今週のネットワーク1・17でした。

 

 


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