ネットワーク1・17 阪神・淡路大震災22年スペシャル(2017/1/16) 震災体験のバトンをどう受け渡すか、ここから始める~阪急伊丹駅前からの中継

永岡です、第1049回ネットワーク1・17、阪神・淡路大震災22年スペシャル、MBSアナウンサーの千葉猛さん、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会、防災教育が専門の、神戸学院大学の舩木伸江さんの案内で放送されました(以下は概要です)。

 

震災20年から追悼行事の始まった阪急伊丹駅からの生中継、なぜ追悼行事を20年を機に始めたのか、伊丹西台商店街の皆さんの参加があり、また、阪神・淡路大震災後に生まれた神戸学院大学の2年生二人も参加されて、震災で母と弟を失った、当時小学2年生の男性から聞き取りして、震災の体験をどう伝えるかを報じます。伊丹のリスナーからも、伊丹のことが取り上げられず、この番組への期待の声もあり、震災20年で行事を取りやめたところもある中、20年目で始めた伊丹であり、阪急伊丹駅の特設スタジオからの放送で、舩木さん、自身も、学生さんにも伝えてもらうというのです。

南方さん、伊丹の商店街(伊丹の駅ビルの中でカバンの店を経営)、今38歳、震災時は高校2年で、お店は家業、震災で駅ビルは倒壊、5時46分には寝ていて、近くの祖母の安否を確認して、姉二人と現地に行き、完全に崩れて、1階2階が店で、上が駅、電車で駅舎は倒壊して、何もかも無になり、今では考えられないが、店主はヘルメットをかぶり、自分の大事な商品を、バケツリレーの形で入り、商品を取り出して、当時高校生、翌日から修学旅行で、父は泥まみれで戻り、店から帰ってきて、アカンと父は青ざめたのが一番印象に残っているのです。

そんな中、商品を取り出して、埃、泥がついていて、それを使って商売、数日後広場の青空市で、何百円、震災の被災者に、少しだけお金をもらって被災者に役立てるというもので、60数店舗、商品の出せたお店はそうして、千葉さん、それから大変と問われて、南方さん、仮設店舗の出来るまで数年で、仮設店舗は2年くらい、建て直すまでのものであり、駅も倒壊して、南側に移動して、それで商売人も苦労して、震災後、伊丹駅前はそういう経緯で再開は大変であり、今のビルが手来た時に、南方さん、仮設を出たのは大学を出てから、震災以降、人の流れも変わり、阪急伊丹駅は再建に時間もかかり、先に再建したJR伊丹駅に客が流れて、ポスターの取り組みもあり、南方さん、震災を節目に、商売人も、一般の方も、当時と大きく変わり、得たもの、失ったものがあり、成人を迎えた若い人たちは阪神・淡路大震災を知らず、また万が一震災になったら、助け合い、後世に伝えたいと言われるのです。

南方さんは震災時に高校生、今は経営者で、当時の父親の立場に近く、父は3年前に他界し、震災のことを父に聞きたいという人もいて、もっと父に聞いていたら、と父親のことを思い、舩木さん、原点は1月17日、商店街の取り組みは、そこから未来へのものであり、頑張ったお父さんの後を継ぐもので、有意義と指摘されて、南方さん、たくさんの人に伊丹に住んで、町を元気にしてほしいと締めくくられました。

リスナーより、加古川の方より、震災で母が行方不明になり22年の方で、母の遺体が見つかっていない方で、母の歳に近づき、新たな感慨ともあり、心の中で時間は止まったままで、伊丹市のリスナー、震災当時は堺市にいて、子供二人は震災を知らず、震災のイベントに行っても、なかなか伝わりにくいともありました。震災を知らない若い世代にどう伝えるのか、神戸学院大学の岡本さん、松本さんが参加されて、お二人は船木さんのゼミの学生さんで、お二人とも95年の生まれ、震災の記憶はなく、岡本さんは大学に入るまで、阪神・淡路大震災について、神戸の出身でも、被害が少ない地区で、実感がなかった、家がつぶれるところもなかったと言われて、松本さん、赤穂市にいて、少し揺れただけで、被害は少なく、今も赤穂にいて、震災を我が事ととらえるのは難しいと言われて、船木さんのゼミの方は、小学生向けの活動を、学生さんが企画してやっており、岡本さん、松本さん、今の3年生は、阪神・淡路大震災の遺族のお話を聞いて、紙芝居でするもので、岡本さん、小学校3年生に、当時2年生の長谷川元気さん、今30歳、小学校の先生をされて、お二人とも、紙芝居を作ってよかったと言われて、普段の生活を聞いて、表現して、岡本さん、長谷川さんのお話で印象に残ったのは、あかんかった、これは軽い言葉ではなく、家族を亡くす意味であり、これは重く、舩木さん、学生さんと、遺族の言葉を聞くためにアドバイスは、語り部のビデオを見て、登場人物の生活を知らないとストーリーはできず、食べ物など、普段何気ないことから入ると言われて、長谷川さんもインタビューされて気づいたこともあり、岡本さん、紙芝居を見せるだけでは小学生は飽きるもので、3つ考える場面を作り、先生に声をかけてもらった元気くんの気持ちは何か、夢で弟と母が出てきて、夢から覚めてどうかなどあり、夢から覚めて悲しかったという意見が小学生に多いと紹介されて、夢から覚めて、悲しい気持ち、しかし現実で、振り返ることはできないと、長谷川さんから聞かれて、授業は、45分で、お話、長谷川さんのVTRも使ってやり、その際の子供たちのことは、紙芝居を見ると真剣だが、みんなで話し合う際は、意見が違うと声が大きくなり、震災を伝えるのは、岡本さんも体験がなく、体験者のことを聞いて、インタビューもこまかくやり、物語にするのは大変で、お二人、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本、鳥取でも被災者になったことはなく、被災された方のことを聞いても、自分のことではないのが難しい、迷いはあるが、これを克服する必要があり、出会う人により話は異なり、違う被災状況があり、これからもたくさんのことに話を聞く必要があり、震災の全部が悪いことになったのではなく、前向きのこともあり、舩木さん、学生さんたちの取り組みについて、長谷川さんのさんの体験と、学生の授業は異なり、学生たちは経験のない人に、体験者の声をどう伝えるか、経験していない子供たちに伝えるポイントをとらえて、授業するとして、紙芝居の絵も自分たちで描いて、震災を体験していないお二人の思い、岡本さん、経験しておらず、しかし自分たちだから伝えられるものもあり、充実した仕事で、学ぶことを伝える意味を説かれて、自分たちだからできることがあると言われて、松本さん、防災は面白いと多くの人に知ってほしく、防災に入る導入に、この教材がなってほしい、防災と接するきっかけに、これから災害で命が失われないように、きっかけになってほしいと、お二人は締めくくられました。

 

本日のスペシャル、リスナーの声、高松の方から、自分に何ができるか、震災のことを伝えるとあり、毎年追悼行事が減り、新たに始められたものへりエールもあり、舩木さん、伝えるということで、体験していないと伝えられないのではなく、そうだといずれ伝える人はいなくなり、体験していない世代だから伝えられて、松本さんも言うように、体験した人のことを、自分が伝えると思って聴くべきと言われました。姫路のリスナーから、明日で22年、姫路は震度4でも覚えており、世界でも地震、子供たちにも伝えたいとあり、震災から22年、新たに伝える、震災と向き合うことは大切だと、千葉さん説かれて、伝えたい気持ちを持ち続けたいと野村さんも言われました。明日はMBSラジオでも伊丹駅からの中継があります、以上、ネットワーク1・17スペシャルでした。

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