福澤諭吉は民主主義者ではなく軍国主義者だった(記事全文)

福澤諭吉は民主主義者ではなく軍国主義者だった

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。人間の自由平等を説いた福澤諭吉
。明治の偉人だが、その実体は超国家主義者だとしたら……。『マンガまさかの福澤諭
吉』(遊幻舎)の作者・雁屋哲氏が、検証した福澤のウラの顔を本誌に語った。

──「美味しんぼ」の原作者がなぜ福澤諭吉に関心を持ったのですか。

中学高校で教わった通り、福澤諭吉は民主主義の先駆者だと思い込んでいました。と
ころが30年ほど前にあるきっかけから福澤の「帝室論」「尊王論」を読むと、日本国民
は「帝室の臣子(家来)なり」と書かれていて驚いた。世間の福澤諭吉像を覆すような
文章がどんどん出てくる。それが興味を持った始まりです。

──あの名言も実は福澤の言葉ではなかった。

代表作「学問のすすめ」の冒頭には「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造ら
ず』と言えり」とあります。「言えり」は伝聞体で、本人の言葉ではない。一説による
とアメリカの独立宣言の一部を意訳したとも言われている。つまり、もともと福澤の思
想から出た言葉ではないのです。このことは福澤が創立者となった慶応義塾大学のウェ
ブサイトにも明記されています。

──「まさか」ですね。

まさに、まさかの連続でした。「学問のすすめ」だけを読んでも「分限(身の程)を
知れ」「(自分の)身分に従え」など、およそ自由平等とは程遠い言葉が次々に出てく
る。教育のない者を「無知文盲の愚民」と呼び、そうした人々を支配するには力ずくで
脅すしかないと言いきっています。独裁者でもここまで露骨なことは言えません。

──「学問のすすめ」は、教育の大切さを説く本です。なぜ、そんなことを言ったので
しょうか。

教育といっても、福澤は政府が政治をしやすいような人間になるために学問を推奨し
、その結果、国民に報国心を抱かせようとしていた。そうなると「天は人の上に人を造
らず、人の下に人を造らず」は単なるキャッチコピーに過ぎません。最初にこの言葉に
興味を持った人を、民主主義とは反対の方向へ導こうとする。これでは思想的な詐欺と
変わりありません。「学問のすすめ」では「大名の命も人足の命も、命の重きは同様な
り」など、人間本来の平等を説いている部分も何カ所かある。これは人が経済的、社会
的に成功するかどうかは智を持っているかどうかで、生まれつきの違いはないと福澤が
考えていたからです。こうした思想は、中津藩の下級藩士だった父親が身分格差から名
を成すことができなかったことが影響しているといわれています。一方で智なき愚人は
嫌悪の対象とし、当時の平民を「表向きはまず士族と同等のようなれども、(中略)そ
の従順なること家に飼いたる痩せ犬のごとし」と見下しています。

──福澤が明治15年に立ち上げた時事新報は、当時の新聞が政党機関紙化していたなか
で独立を掲げ、一躍日本を代表する新聞になりました。

ところが福澤はその新聞発行の趣旨で、自分が一番やりたいことは国権皇張だと言っ
ています。これは日本の権力を他の国に及ぼすという意味。つまりアジア侵略です。侵
略される側からしたらたまったものではありません。日本最大の新聞を発行し、慶応の
塾長も務めた人間がこんなことを堂々と述べていたのです。もともと福澤の大本願は日
本を「兵力が強く」「経済の盛んな国にする」こと。そのために天皇を国民の求心力の
象徴として利用しました。

──富国強兵ならぬ強兵富国とは。つまり民主主義者とは正反対の考えを持っていたと
いうことですか。

実際に、日本が朝鮮支配を進めるために福澤が果たした役割は小さくなかった。詳し
くはマンガを読んでほしいのですが、朝鮮宮廷内で起きたクーデターを計画したうえで
実行にも加担し、明治政府が仕掛けた日清戦争では言論であおりまくった。戦争に勝つ
と国権皇張ができたと嬉し泣きしています。そのうえ軍は天皇直属であり、日清戦争は
外交の序開きだと言うなど、侵略している意識すらなかったのです。戦争になったら国
のために死ぬことが大義だと言い、教育勅語を歓迎した人物が民主主義者のわけがあり
ません。福澤は天皇制絶対主義や皇国思想を日本人に浸透させ、朝鮮人、中国人への激
しい侮蔑心をあおった。そのレールの上を走り、日本は第2次世界大戦に負けました。
アジア蔑視は、現代の日本人にまで尾を引いています。

──しかし、福澤はそうした軍国主義的な思想を自分の新聞で堂々と述べています。そ
れがなぜいまや民主主義の礎を築いた偉人に?

昭和に入り福澤諭吉を高く評価し、その研究に多くの時間を割いた丸山眞男氏の罪で
す。丸山氏は福澤の言葉のなかから、自分の都合の良い部分だけつまみ食いしました。
例えば「市民的自由主義」という言葉を使っていますが、福澤の文章のどこをとっても
そんな表現はない。逆に福澤が「人民は政府の馬だ」と述べた部分は一切省いている。
丸山氏は福澤の文章の行間を重視したり、著書をバラバラにして再構築する方法を採っ
たと述べています。それでは一体、福澤が何を言いたかったのかわからなくなります。

──なんのためにそんなことを?

丸山眞男は戦後を代表する知識人。日本に民主主義を根付かせるために、あえて福澤
を誤読したとも言われています。ですが、そのためにオリジナルの主張を捻(ね)じ曲
げているとしたらとんでもない。多くの人は原本を読まず、丸山氏ら学者の権威に従っ
て福澤を偉人と思い込んでいるのです。

──福澤の思想が、現代の保守政治家たちにも影響を及ぼしているのが問題だと。

安倍晋三首相は2013年の施政方針演説で、福澤の「一身独立して一国独立す」の言葉
を使い、日本を強い国にすると言いました。また日本会議は天皇を中心とする大日本帝
国的な社会に戻ることを目指しています。これらの考えの最初の一歩を始めたのが福澤
諭吉。つまり、福澤が明治の人々に行った洗脳はいまだ続いています。いま日本は、駆
けつけ警護という訳のわからぬ言葉で、自衛隊が海外で敵と思った相手を銃撃できる国
になりました。人を殺す戦争のできる強い国を目指すのは、まさに福澤の思想です。

──日本会議は皇室を敬愛する国民の心が日本の伝統にあるといいます。でも明治時代
前の日本人は、殿様は知っていても天皇は知らなかった時代が長かったのでは?

日本会議の言う日本の伝統とは討幕後の明治時代に意図的につくられたもの。大日本
帝国時代のわずか80年の歴史だけをもって、日本の伝統ということ自体がおかしいので
す。

──いま福澤を知る意味はなんでしょうか。

日本がなぜこうなってしまったのか。まずそれを考えるには、その大本の思想をつく
りだし、日本人を洗脳した福澤を正しく理解することが必要です。そのうえで真の日本
のあるべき姿を議論できると考えています。(構成 桐島 瞬)

※週刊朝日  2017年1月27日号

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

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