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宙に浮く? 安倍首相の「中国包囲網」外交路線──自民党総裁「3期9年」はあるのか
5日開かれた自民党大会で総裁任期を「2期6年」から「3期9年」に延長可能にする党則改定が行われて、向かうところ敵なしであるかの安倍晋三首相だが、本当に1年半後の総裁選で3選を果たすことができるかどうかは、良くて五分五分、普通に考えて6:4かそれ以上で難しいのではないか。
本誌が最初から強調してきたように、安倍政治の根底に横たわる基本矛盾は、「親米保守」と「反米愛国」の矛盾である。それは、安倍首相に固有のものではなく、自民党そのものが発足当初から抱えてきた矛盾ではあるのだが、岸信介や中曽根康弘がそうであったように、本質的に反米右翼である指導者が親米保守の衣を被って上手に振る舞おうとしても、いずれは限界が露呈する。
安倍首相の場合、それは実体的には、トランプ路線と日本会議人脈との間の辻褄という形で表面化しつつある。
トランプと「価値観」が共有できない?
ここ数号で書き続けていることではあるけれども、先の訪米で安倍首相は米国と「自由、民主主義、基本的人権、法の支配など普遍的な価値観を共有する」というお得意の決まり文句を口にすることがなかった。それはそのはずで、トランプ大統領はそのような価値観の持ち主であるかどうか、極めて疑わしいからである。その決まり文句の裏返しは、「そういう価値観を共有できない中国とは絶対に相容れないので、日米が同盟を強化して中国を封じ込めるために戦いましょう」ということなのだが、表の論理が成り立たないのだとすると、どうやって裏の論理を貫くのか。
先の安倍首相訪米では、ワシントンでの首脳会談はわずか40分間、通訳時間を差し引けば20分間で、中身のある話は交わされているはずがない。フロリダに移ってゴルフだ宴会だとはしゃいで「親密らしさ」の演出に5時間も10時間も費やしたものの、安倍首相がトランプの対中国姿勢について見極めるだけのシビアな議論に火花が散った気配は絶無である。
ということは、現在の安倍首相は、何となく漠然と、トランプが反中国路線を採ってくれればいいなあという程度の期待感を持ちつつ、しかし本当のところどうなるんだろうかという不安感も抑えきれず、要するにどうしたらいいか分からないという心境であると推測される。
そもそも「価値観」で味方と敵との境界を決めるという発想そのものが、冷戦時代の遺物である。日本は、冷戦が終わって旧ソ連の脅威が基本的に去った後も、何か脅威が差し迫っていないと困るので、北朝鮮の核開発だ、中国の海軍力増強だと、私の用語では「脅威の横滑り」をさせて、冷戦時代と変わらない軍事的脅威が日本に降りかかっているかのような擬制の下で、国家運営を図ってきた。
その擬制を支える最近のバージョンが「価値観外交」で、それがトランプとの間で共有できないとすると、何らかのバージョンアップが必要である。
トランプ政権の分裂と混迷の酷さ
ところが問題は、トランプ自身にとっても、彼の対中国政策がどうなるか、よく分かっていない(ように見える)ことである。
まず、政権中枢における分裂がある。トランプの最側近で、首席戦略官という限定性が不明の肩書きでホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)のメンバーに加えられたスティーブン・バノンは、1年ほど前に自分のニュースサイトで「5年から10年の間に南シナ海で戦争に突入するだろう」と明言したことがあって、それがしばしば引用されているけれども、それがどれほど真面目な戦略分析に基づく発言なのか、また今なおその考えのままなのか、不明である。
また政権中枢近くには、ピーター・ナバロ=カリフォルニア大学教授が「国家通商会議」議長としていて、彼は『米中もし戦わば』の著作でも明らかなとおり、米中戦争不可避と見る極端な反中国派であるけれども、この政権の外交に口が出せる立場なのかどうかは分からない。
他方、トランプに直接電話をして外交政策について意見する立場にあるのは、共和党系外交政策エスタブリッシュメントの頂点に立つヘンリー・キッシンジャー=元国務長官である。彼はニクソン政権時代に米中国交樹立を成し遂げた親中派の頭目であり、中国と対決することなどありえないと信じている。
また、トランプの最愛の娘イバンカは、大学時代の大親友の中国人留学生の影響で大の親中派で、娘のアラベラに1歳半から中国語を習わせている。今年2月1日の駐米中国大使館の旧正月を祝う春節祭には、イバンカは娘を連れて参席し、娘に中国語で祝い歌を披露させている。これは、昨日今日の話ではない筋金入りの話で、トランプが溺愛する娘に逆らって中国と敵対するとは考えにくい。
そういうわけで、トランプの対中国姿勢はまことに測りにくいが、私の直感的な予想では、やはりイバンカ要因は大きくて、中国とは協調路線を採るのではないか。4月の習近平訪米が注目される。
日本会議勢力との間にも隙間が
仮にトランプ政権が対中融和に動くと、困るのは安倍首相で、日米同盟強化で対中対決という「親米保守」寄りの戦略論的な枠組みが半壊状態に陥る。
そうすると安倍首相は、急速に「米国など頼るに足らず」という気分になって、「反米愛国」に傾いていくかもしれない。その先に待ち受けているのは「日本会議」系を中心とする右翼勢力であるけれども、これがまた二重三重に安倍政権の存続と矛盾する。
1つには天皇の「譲位」問題で、この議論を通じて日本会議系右翼の知的レベルの低さは広く知られるところとなってしまった。結局、この連中は、明治憲法下での軍事強国路線に相応しい大元帥としての天皇に憧れているだけの復古趣味集団にすぎないことが明らかになった。
もう1つは、大阪の森友学園事件で、その解明はまだこれからであるけれども、日本会議を通じて安倍の周りに集まっている「愛国」的勢力のその愛国心とは、詰まるところ国有財産を掠め取ることでしかないことが明らかになった。
そのため、安倍首相の側近や取り巻きの記者たちの間では「日本会議も困ったものだ」と、同会議との間に距離を置こうとする考えが強まっており、反面、日本会議側では安倍不信が頭をもたげているという。
こうして、「親米保守」と「反米愛国」という2つの下駄の両方とも歯が欠けたようになって、歩きにくくなっているのが安倍首相であり、来年9月の「3選」に辿り着けるかどうかは確かではない。
image by: 自由民主党