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TBSラジオ 荻上チキ SESSION-22(2017/3/13) 崎山敏也 福島原発事故6年、地域で歴史と文化から復興に取り組む皆さんを語る by limitlesslife
March 14, 2017, 10:41 am
Filed under: 原発事故・責任・補償

 

永岡です、TBSラジオの、荻上チキ SESSION-22、昨夜の放送で、福島原発事故6年について、TBSラジオ記者の崎山敏也さんがメインセッションで報告されました、TBSクラウドで公開されています。

http://www.tbsradio.jp/127361

取材報告モード、福島原発事故6年、地域の歴史を通して復興に向かう皆さんのこと、崎山さんの取材された写真もHPにあり、2時46分にサイレンで、東日本大震災、福島原発事故6年、まだ収束しておらず、原発の中も分からず、56000人が国の避難指示、一部解除されても、帰還しない人が多く、地域の復興が課題で、崎山さんが注目されたのは、地域の文化、お祭り、食を通して復興に向かう皆さんのことで、福島県浜通り、81000人に避難指示、7割の区域、57000人まで解除あるいは予定でも、2,3月に浪江町や富岡町の住民説明会を見て、避難先で仕事、家を建てて、戻るにも医療、食べ物を買えない、交通機関なし、移染への不満が住民にあり、子どもの教育もどうなるか?放射線への不安もあり、長距離通学を強いられる可能性もあり、親子で帰るかどうか迷う人もあり、その中で、地域の歴史、文化に取り組まれて、崎山さん、ラジオ取材は政治部や文化部に分かれているのではなく、避難指示解除でお店も出来て、原発作業員の方で繁盛する店もあり、核の取材、衣食住の問題も大切で、インフラの復旧がいるが、家と店だけで町が復活したのではなく、町は大きさも異なるが、元の人口に戻ったから復興ではなく、半分でも、文化が継承されたら、町が再生したことになり、衣食住だけでなく、文化と言っても、無形文化財などだけでなく、新しいところに焦点を当てたい。

南相馬市、小高区、避難指示が昨年7月に解除されて8か月、避難指示が長く続くと、帰りたい人は減るのに、小高区は楢葉町を抜いて、帰るペースが大きく、しかし平日は人もあまりいない、会う人はみんな知り合いで、なぜ帰るペースが速いのか、去年の避難指示解除時に、桜井市長が、馬追のことを語り、侍文化を維持して、日本の文学の先端、日本国憲法の草案を作った鈴木氏の出身で、相馬藩のことを知らせたい、人間の心の拠り所を、祭りを世界に示すのが務めと言うもので、相馬の馬追は有名、3日あり、2日目のものが知られているが、3日目の馬掛け、神社の人たちがやって、1000年前から伝わり、今の相馬市には城もあるもの、小高の文化があり、島尾としおさん、お孫さんが有名な作家が小高の出身で、墓も小高にあり、文学館もあり、色々なものを産んだ土地であり、古い木造家屋もあり、鈴木氏はGHQ草案のさらに草案を作り、文化の元になり、知られていないものもあり、それを街づくりに生かせないか、南相馬市の文化構想、歴史の好きな方が町にいて、小高などに歴史的な価値があり、文化遺産を結び付けてやることも計画されて、南相馬の古代の物語、製鉄が平安時代にさかんで、石の仏などのものもあるのです。

南相馬市、相馬の文化には意味が深く、南相馬市の大きな特徴は、起伏が激しく、山で鉄を作り、仏教の力で治めた国家、お寺と仏様の仏教的な意味もあり、政治、宗教が南相馬市の古代の歴史を作っていると言うのです。

こういうものを調べて発表するのは楽しく、山で鉄、製鉄の町、常磐道を行って仙台に行くなら、昔に思いを馳せてほしく、山のところに石仏、大分などに負けないもので、崎山さんも現地で行くように勧められて、観光ボランティアの方から、石仏のことも聞かれて、原町などのものがあり、学校の再開もあるが、小高に観光で来てほしく、大分、宇都宮より驚く石仏があり、大悲山に、驚く大きさの仏像、9m、石によるもので、他にも仏像など、驚くべきもので、ボランティアガイドの皆さんも、今の震災のことも言うものの、いずれは石仏の観光を伝えたかった。

観光に行くには、現在のことも伝えたく、小高スタイル、全国的にも知られて、常磐道の開通により、建物、町並みで、仏像、文化のことを現地では伝えたく、小高の産業の発展で、他にないスタイルもあり、文化、技術が独自に伝えられており、崎山さんの取材した写真もあり、蔵もあり、現代建築のようなものであり、屋上にも上がれて、ひし形の穴で、鉄道が早く開通して、このような文化も発展した、モダンなもの、90年ほど前のもので、古い時代のつながりを伝えたいと、地元の皆さんも語り、素敵な建物、人達も素敵な町で、小高の町が生まれ変わるように、と、財産を継承して、文化を再認識したもので、南相馬市の歴史文化構想であり、市民も発見して、物置だと思っていたものが文化財であり、花火を見るなどして、不思議な建物、3/10,11に崎山さん小高におられて、移動式のカフェがあり、30代の若者有志でやり、学校が統合されて、高校生にも来てほしく、今は何もなく、何とかしたいという意欲、町が寂しく、一人一人のチャレンジをして、小高は、荻上さんも行かれて、今風のキッチンカーが活動して、崎山さん、人がいないが、迎えられる体制をとっており、発起人の方は、高校時代、終わって駄菓子屋に行っており、コミニュケーションも取れて、高校生の集まる場所が小高になく、それを作りたいもので、若者のたまり場、おしゃべりだけでも、何かやれるカフェが必要で、崎山さんはこれも文化の一つ、石仏だけでなく、若者のカフェも大切で、若い人たちも、外の文明が常磐線で来た町、アイデアがカフェから生まれる。

 

続いて、原発の反対側のところ、楢葉町、去年の夏に盆踊りが復活、若者は盆踊りを知らず、福祉施設の方が指導されて、いわきでも指導されて、楢葉の文化の伝承者の方が活動されて、崎山さんも楢葉に通い知り合い、開業して1年の古本屋さん、古い家屋で、建物に補修が必要で、先月リニューアルオープン、本も7000~8000冊、近所の方、作業員の方にも来てほしく、散歩がてら来てほしい店で、作業員の方は古いマンガが好きで、○○を集めてほしいともリクエストされて、通える本屋はありがたく、その他の方にも本を勧めて、他方で近所の方も帰りだして、ここでおしゃべりしてほしく、町の歴史の本もあり、崎山さんはアイドルの写真集も買われて、古本屋は、被災地になく、本はコンビニに雑誌であるものの、店主の岡田さん、本、活字を読める余裕があったら楽しいと言われて、文化は伝統文化だけでなく、文化なしで死ぬのではないが、しかし必要で、震災の後は余裕がなく、今は作業員の方が顧客だが、町の人に来てほしい。

楢葉町と、関東地区の方も、楢葉を考えるお祭りもあり、東京でイベント、ライヴ、ワーキングショップ、わらで出来た草履も出品されて、Tシャツから作られて、仮設住宅に寄せられた物資の再利用、会津の方に倣ったもので、震災で会津に避難された方が、余った物資で作り始めたもの、これを販売して、仮設住宅に閉じこもらず、やったことが原点で、避難先の会津は米どころ、わらで草履を作る技術があり、最初は売れるものではなかったが、今は販売に耐えるものになり、楢葉で、町を盛り上げないと、若い人が来ないものであり、この商品を通して活動したい、若い人を招きたいというもので、会津の草履の技術が楢葉の名物になり、もともと、一つの会社のメンバーが集まり、これを散発のものではなく、布草履を作り、編集者、デザイナーのいるところで、それでチラシも作り、若いクリエイターも参加して、楢葉のブランドになった。

鳥の卵を売る遠藤さん、ブランド鳥、ブロイラーとの中間のものを作り、やっと1年の会社、4人でやって、一人は焼き鳥屋、地元の鶏肉を提供したく、海産物の町から、海産物は試験操業で、それで町に産業をとして、もともと、海の漁の町→焼き鳥屋さん、崎山さんはここに行くと、楢葉、大熊町の人に会えるので深夜まで飲まれて、新しい鶏のブランド、浜通りで協力したく、交流があり、どこかでつながり、支え合えたらというもので、縁があり出会った4人が、みんな楢葉に関わって、産業を興して、若い人が新しいネット、ブランドを作るもので、いわきではまだ漁業が出来ず、このようなもので町おこし。

文化の試みは他にもあり、いわき出身の詩人のものに、打楽器を奏でる方が参加して、このコラボが楢葉で成立、音楽も織り込んでのもので、楢葉のお祭りに、医師の方や、ドローンでやるかたもあり、ドローンで被災地を撮り、解体される家の、前の記録を残したいという人に協力して、また仮設住宅もそのように記録して、浪江、富岡で解体するものも増えて、クラウドファンディングでやる松本さん、地域の高齢者から話を聞いて、松本さんのやったトークイベント、以前の風景を残し、田んぼが、米作っても売れず、寂しい状況は嫌であり、新興住宅地的なものを出したく、風景を撮り、感想を交わされて、楢葉の映像、問題を分かりやすく、東京から祭りに行く人もあり、これは大事で、いわき市は津波でも被害があり、なぜ映像を撮るか、原発のことばかり報じられて、しかし周りの風景は報じられず、何かしらできることをされて、立ち直った人、まだまだの人もあり、崎山さんも楢葉などを見ずに原発しか見られていないので、楢葉、富岡の歴史を見てほしいと言われて、来てくれた方の感想は、こういう機会だから聞けると、楢葉町に行くので、映像で見られてよかった、東京にいると情報が入らず、東京だと原発のニュースしかなく、イベントと絡めて、このように接することができたという感想があり、楢葉の佐藤さん、福島、楢葉だけでなく、楽しいイベントを通して、刺激により関心を持たせるものであり、文化が、当たり前のように生活に入れたらいいと、接してくれただけでも前進で、会話が生まれるのが復興、どう形になるか、どう続けるのかと言われました。

リスナーより、福島の方、沿岸部の実家に帰省して、今年は海に黙祷、震災前の光景もあり、今は原発が気がかりで、他方被災者と言われるのにも抵抗があると言われて、崎山さん、こういう文化も、たくさんの方がかかわり、新しい歌を作り、文化に着目して取材、神社などは事故前は当たり前で、文化により復興があると、崎山さん締めくくられました。以上、SESSION-22の内容でした。

 

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