原子力規制委員会の新規制基準や電力会社の安全対策に理解を示し、合理的だと結論づける。安全に対する意識が、福島第一原発の事故前に戻ったような司法判断だ。

関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定について、大阪高裁は関電側の訴えを認め、決定を取り消した。

焦点の一つは事故後にできた新規制基準への考え方だ。

大津地裁は、福島事故の原因究明が「道半ば」で基準が作られたとし、安全の根拠とすることを疑問視。新基準を満たしただけでは不十分とした。

きのうの高裁決定は福島事故の基本的な原因は各事故調査委員会の調べで明らかにされているとし、新基準についても「原因究明や教訓を踏まえたもの」と評価、「不合理とはいえない」と正反対の判断を示した。

さらに耐震安全性のための補強工事についても、高裁は「規制委が規制基準に適合していると確認した」とし、「相当の根拠にもとづいている」と評価した。関電が耐震設計の基本とした基準地震動に疑問を呈した地裁の決定とは全く逆だ。

あまりに電力会社の言い分に沿っていないか。規制基準は正しく、それに適合さえしていれば安全だと言わんばかりだ。

技術面で素人である住民や一般の人が不安に感じるなら、納得が得られるよう安全性を追い求める。そうした姿勢の大切さが、事故の示した教訓だったはずだ。

住民の避難計画についての判断もそうだ。今の計画について「様々な点でいまだ改善の余地がある」と指摘しながら、対策が検討されていることを理由に追認した。複合災害や渋滞などで避難できないのではないかという住民の不安を、正面から見据えたものとは到底いえない。

行政手続きさえ整っていればよく、安全は専門家の判断にゆだねよというなら、司法の役割は何なのか。

福島事故から6年。甚大な被害を国民が目の当たりにした今、裁判所として原発にどう向き合うか。大阪高裁はどこまで突き詰めて考えたのだろう。

決定を受け、関電は高浜3、4号機の再稼働に向けた準備に入る。だが関電も国も「これで安全性にお墨付きが得られた」ととらえるべきではない。福井県に多くの原発が集まる集中立地のリスクや、使用済み燃料の処分など、議論は不十分だ。

山積する問題を残したまま、再稼働に突き進むことは許されない。

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コメント:

山下郁夫裁判長は自分の命と金のどちらが大切かを考えたら判り、こんな判決は出さなかっただろう。それが出来ないのは裁判官に値しない。
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憲法かえるのやだネット長野

 

Rosan Daido
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Rosan Daido
Rosan Daido 大津地裁は命が金より大切と判断、大阪高裁は金が命より大切と判断。後者は自分の命と会社の金とどちらが大切か判らない裁判官である。原発が安全でないことは福島事故・原発放射能放出・廃物処理不可能などで証明されており、事故が何時起こるか判らないし、新基準でも100%安全でないことは周知の事実である。人為作為による原発は100%安全でないことは誰でも認めることである。自然生態系に無い人為作為の原発を本来の生態系に入れ生命体を傷害・破壊することは許されない(原発導入は止めようとすれば止められるのであるから不可抗力の自然災害とは違う、それに逆らって導入するのは金の為であり、金の為に命を軽視したのである。本来命が先か金が先か、どちらが絶対重要であるかを誤った、判断力誤謬の「裁判」に不適格な人間である)。

 

Rosan Daido
Rosan Daido 高浜原発決定、あまりに甘い安全判断http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=n…「安全神話」・規制委の「安全基準」・首相の「全電源喪失無い」の言明などにも拘わらず起きた事故・被爆・死亡などに対する洞察・同情・判断など人間性・専門性に欠ける。

 

Rosan Daido
Rosan Daido 「福島忘れた高裁決定」大阪高裁前に怒りあらわhttp://mainichi.jp/articles/20170329/k00/00m/0… 保身(政治的屈従・左遷恐怖)なら更に不適