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ネットワーク1・17(2017/4/9) 福島原発事故6年、避難住民の心をつなぐラジオ 吉田恵子さんのお話 by limitlesslife
April 9, 2017, 11:08 am
Filed under: 福島原発事故


https://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201704/0010077338.shtml
 永岡です、第1061回ネットワーク1・17、今週も毎日放送アナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

標的の島、風かたかについて、神戸新聞の記事がありました。

今朝もリスナーの声、毎週聞いて震災を忘れないように、今村復興大臣の自主避難者への自己責任問題が気になったとあり、千葉さん激高した今村氏の態度が衝撃的で、野村さん、自主避難者は、これまで公営住宅に無償で住めたのに、放射性物質の被害はまだあり、事故がなければ避難しなかった、わがままではないと言われました。

 

今回のテーマはラジオ、災害時に被災者の安否情報や避難所、ライフラインを伝える、自治体の設置する臨時災害放送局、広域ではなく被災地に伝えるもので、阪神・淡路の被災地で第1号(FMわぃわぃ)、東北で24局作られたものの、補助金は打ち切られて、役目は終えたと閉局されたものもあり、今も開設されているのは4局だけです。

福島県富岡町のおだがいさまFM(http://www.odagaisama.info/?page_id=26 )、パーソナリティーの吉田恵子さん、富岡町の社会福祉協議会の方で、全国に散らばっている被災者に声を届けられて、4月1日に避難指示解除の富岡町のお話がありました。吉田さん、お電話でのお話で、おだがいさまFMは原発で避難しないといけないと、ビッグパレット福島に避難、大規模な避難所、3000人も避難されて、情報提供は最初紙でやり、トランジスタラジオが支援物資で送られて、ラジオを県の担当者が使うためにラジオをと、微弱な電波でラジオを、館内放送だと音量を上げたら、心地いいと限らず、ラジオ放送だと聞きやすく、聞いたときには、そんなことはできるかと思い、社会福祉協議会の方がラジオをやるのは、機材を買うために口説き落とすのが大変、震災時の5月の連休時に視察があり、避難所を見て300万円送られて、マイク、ミキサー、CDの機械を、ダンボールのスタジオで、ロビーにダンボールで仕切ったスタジオを作り、ラジオ放送、リクエストは高さ20cmものものが集まり、みんな音楽を聴きたく、みなさんの生活に関わること、申請のこと、自衛隊のお風呂の情報を提供して、最初の3日は生活に関わることをして、4日目にあるパーソナリティーが会場を笑わせて、女性専用スペース、男性は入れないところにおじさんが入ってしまい、そこに入ってはいけないと言ったら、自分が入ったと手を挙げた人がいて、お父さんダメという会話が受けて、笑い声があり、笑うチャンスを被災者も待っていたものであり、おだがいさまFMで笑いを届けて、微弱な電波から、おだがいさまの意味、おたがいさま、ビッグパレットに互いに助け合う意味を込めての命名で、おだがいさま、会津の方言で、浜通りとは言葉が異なり、それが復興の合言葉になったら、なのです。

ミニFMは避難所の閉所(8/31)とともに一旦休止、ビッグパレットのみで聞けて、そこから借り上げ復興住宅、仮設住宅に行き、しかしラジオのニーズはあり、臨時災害放送局に移るものの、被災地で行うのが条件で、富岡町は原発の近くで、全員避難、誰もおらず、避難先での立ち上げは前例がなく、苦労して、前例のないものには役所は厳しく、総務省に直接打診して、原発での強制避難、全国に避難して、富岡町での開設は無理と言い、総務省→東北の役所に掛け合い、郡山市にココラジがあると言われて、しかし自分はバラバラになった人たちをつなぎたいと、最後に電話して、原発を推進したのは国だと言い、その犠牲であり、どうにかしたいなら協力してほしいと言って、臨時災害放送局、電波の届くところだけでなく、全国の都道府県に富岡町民が避難して、全国に電波は届かず、タブレット端末で、おだがいさまFMを聴けるようにして、遠くの人も聞けるものであるのです。

どんな放送か、富岡セブンロックの昨年の放送が取り上げられて、被災者の声、神社のこと、楢葉町などのことを紹介して、今はいわき市に避難と、ローカルな話、富岡町の風景、思い出をたどる超ローカルなものであり、野村さんも感心されて、番組を作る上での注意は、どこに住んでいて、どこに避難しているか、などの被災者をつなぐもので、富岡町民に来てもらい、富岡町の言葉で話すもので、大阪に避難された方が郡山市に来て、大阪では言葉が異なり孤独、ラジオで富岡町の言葉を聴けて、言葉で思い出すものがあり、毎日聞いてもらわなくてもいい、富岡町のことをタブレット端末から聞けるものが必要で、町はいいものを作ってくれたのです。

4/1に避難指示解除、その前に自分の家に特例宿泊で帰れたことも取り上げて、灯りの付いていない家に帰るのはつらく、知らない人が来るのか?昼間、廃品回収の車も回り、そんなに車の通らないところに車、家でのイタチの駆除も大変で、細かく通い、泊まれる状況に、ホットスポットは必ずあり、それは注意しないと、というもので、ガラスバッチ、線量計があり、線量を気にしての行動で、町は大変であり、戻っていく人の支援は必要で、郡山市で放送して、伝えたく、吉田さんも、自分の家は解体して更地、職場は震災前のもので、過去6年何もなかったかのようなものであり、不思議な感覚で、忘れてはならず、震災のあったことで様々な人と出会えて、世界からの支援もあり、震災→ラジオの立ち上げ、しかし被災者のみにしかわからない感情があるというのです。

おだがいさまFM、富岡町の言葉で、遠く離れても方言でラジオによりつながるものであり、吉田さん、今の季節はやっと桜が咲いて、2.5kmの桜並木があり、富岡町民は桜とともにあり、しかし桜並木は300mだけしか人が入れず、帰還困難区域を隔てるゲートがあり、帰還困難区域に桜があるのはつらく、富岡町民に桜の話をさせたら大変盛り上がり、雨で桜を心配するものであり、桜への思いを、復興応援ソングとして作り、桜舞う町で、という歌で締めくくられました(これはyoutubeにありました、https://www.youtube.com/watch?v=ywLGbJroEr0 )、以上、今週のネットワーク1・17でした。

 

 

 

 

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Preview YouTube video 桜舞う町で 普天間かおり/村井敏朗

桜舞う町で 普天間かおり/村井敏朗

 

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