提供:Mass Communication Specialist 3rd Class Ford Williams/U.S. Navy/AP/AFLO

米国が4月6日突如シリア空軍基地を巡航ミサイルで攻撃した。午前3時40分(現地時間)、地中海シリア沖の米駆逐艦「ポーター」(8814t)と「ロス」(8364t)がシリア中部ホムス近郊のシュアイラート空軍基地に対し「トマホーク」ミサイル59 発を発射した。ロシア国防省によれば同基地には23発が落下、MiG23戦闘機6機や軍需物資の倉庫、無線施設などが破壊された。空軍大佐1人を含む軍人6名と周辺の民間人9人が死亡したと報じられる。

攻撃は米国の自衛行動ではなく、国連安全保障理事会の決議によるものでもないから「侵略行為」に当たると考えられる。トランプ大統領は、シリア空軍が4日に同国北西部、イドリブ県のハンシャイフン市に籠る反政府武装勢力「シャーム解放委員会」(元「ヌスラ戦線、アルカイダ所属)の部隊を攻撃した際、「恐ろしい化学兵器で罪のない市民を攻撃した」と述べた。だが仮にそうだったとしても米国が報復攻撃をする法的根拠はない。そもそもが本当にシリア軍が攻撃に化学兵器を使ったのか、疑問の余地が大きいのだ。

化学兵器使用の必要性は少ない
「自作自演」や「飛散」説

シリアが化学兵器を使ったとは思えない理由はいくつかある。

被害者の症状から見て、ハンシャイフンで使われたのはサリン等の神経ガスによる可能性は高いが、第1にシリア軍にとり、内戦のいまの状況でそれを使うことには百害あって一利もないからだ。

シリア軍は昨年12月23日、反政府勢力の最大の拠点であった同国北部のアレッポを奪還した。内戦前のアレッポは人口167万人シリア最大の都市、交通の要衝だったからその攻防戦は内戦の行方を決すると言われていた。同市が陥落したため、反政府側の部族7武装集団(約6.5万人)は12月30日、ロシアとトルコを保証役とする政府側との停戦協定に署名した。反政府武装集団が政府に対する反抗を中止する停戦合意は事実上の降伏や帰順に近い。

だが旧「ヌスラ戦線」部隊と「イスラム国」はこの停戦協定に加わっておらず、ロシアとトルコはシリア政府と協力しこの2大テロ組織との戦いを続けることとなった。トルコは従来シリアの反政府勢力を支援し、アサド政権打倒を目指していたが、アレッポ陥落で、その目標をあきらめ、アサド政権下のシリア政府を支援してきたロシアに接近、反政府勢力への支援を止めたから、旧ヌスラ戦線も孤立、衰弱に向かいつつある。

「イスラム国」はイラクでの支配地を次々に失い、その牙城モスルも米軍の支援を受けるイラク政府軍に包囲攻撃され、いずれ陥落の形勢だ。「イスラム国」が“首都”と称するシリア北部のラッカも米国の援助を受けるクルド人部隊「シリア民主軍」による攻略作戦が始まっている。

これらの状況を見れば、シリア内戦の大勢はすでに決し、シリア政府軍が着実慎重に平定作戦を進めて行けば内戦は一応終了する形勢で、化学兵器などを使う必要はありそうもない。もし化学兵器を使えば外国から人道支援団体も入っているからすぐに露見し、非難を浴びることは必定で、シリア政府は折角の順風を、少なくとも一時的には、失う結果になりかねない。

一方、このままでは滅亡、の窮地に立つ「イスラム国」や旧「ヌスラ戦線」は一挙挽回の策を考えざるをえない。シリア空軍の攻撃を受けた際に神経ガスを放出し、シリア政府軍の行為として非道を訴え、米国を介入させようとする戦術に出る可能性はある。支配地域の住民を犠牲にすることになるが、ヌスラ戦線は大規模なテロ活動で多くの民衆の命を奪ってきたアルカイダの一派だ。それ以上に残虐な行為を続けてきた「イスラム国」はモスルなどでも住民を「人間の盾」として使っているから、冷酷な行動を取ることをためらわないだろう。

オウム真理教は簡単な施設でサリンを製造したし、シリア反政府派が出撃基地としていたトルコ南部でサリンを造ろうとして、トルコ警察が摘発した事例もあった。また反政府勢力がシリア軍の基地を占領した際に化学兵器を奪取した、との情報も2013年に出ていた。

ロシアでは「シリア空軍が旧ヌスラ戦線の弾薬庫を爆撃した際、そこにあった化学兵器が飛散したのではないか」との説も出ている由で、これもありそうな話だ。シリア政府が、誰が考えても、自らにとって有害無益なことが明白な化学兵器使用をあえてした、という説よりは、旧ヌスラ戦線の「自作自演説」や、シリア軍の航空攻撃の際の「飛散説」の方が可能性は高いと思われる。

神経ガスの過去の使用者
国連調査で特定されず

第2の疑問はシリア政府軍が神経ガスを持っているのか、という点だ。2013年の3月、4月にアレッポなどで化学兵器が使われる事件が4回起きた。シリア政府は国連に調査団派遣を要請。調査団が同年8月18日にダマスカスに到着、調査を始めようとした矢先の21日夜、ダマスカス郊外の反政府派支配地域に対し大量の化学兵器が使われ、約300人が死亡する事件が起きた。

反政府勢力を支援していた米国は「シリア政府軍が化学兵器を使用」と断定したが、国連調査団はどちらが使用したか特定する証拠はなかったと、国連安保理に報告。安保理は「シリアにおける化学兵器使用」を非難する決議をしたものの、どちらが使ったかは特定しなかった。英国議会が政府のシリア攻撃参加案を否決したのも、シリア政府軍が使ったとの証拠がなかったからだった。そもそも国連調査団はシリア政府が呼んだもので、その目の前で自分が化学兵器を使った、と言う米国情報機関の説は不自然の極みだった。

シリアは9月9日ムアツリム外相をモスクワに派遣し、ロシアのラブロフ外相は会談の後、「シリアは化学兵器を国際管理に委ねる」と発表し、12日にシリアが化学兵器禁止条約加盟に要する文書を国連に提出した。さらに、「化学兵器禁止機関」(OPCW、Organization for the Prohibition of Chemical Weapons)は2014年6月にシリアの化学兵器をすべて搬出、処理し終わった、と発表した。

シリアの申告漏れがなかったか、との検証、査察はその後も続けられ、昨年1月OPCWは任務終了を宣言した。このOPCWの活動には陸上自衛隊化学防護部隊の将校3人も参加したが、米国の専門家が多く、化学兵器は地中海上の米国の専用船「ケープ・レイ」の船上で分解、処理された。OPCWの活動には2013年にノーベル平和賞が授与されている。

米国は自国が深く関わったシリアの化学兵器廃棄、処理の経緯を知らないはずがない。また今回、4月6日のトマホークによる攻撃ではシュアイラート空軍基地の弾薬庫も標的としていた(米国防総省声明)。もしこの基地に神経ガス兵器があると思っていれば、その飛散、汚染を恐れて攻撃をためらわざるをえなかっただろう。

シリア政府軍は、今日ほど優勢でなかった2014年と15年に塩素ガスを使った、との指摘もある。塩素ガスは第1次世界大戦初期に使われた最も初歩的な化学兵器だが、工業用に広く使われ、廃棄の対象になっていない。それをシリア軍が使った可能性は否定できない(シリア政府は否定)。だが4月4日のハンシャイフン市での被害者の症状は神経ガスによるもので、塩素ガスとは無関係だ。

イラク戦争では
米国の情報に誤り

米国は2003年3月にイラク攻撃を始める際にも、冷静に見ればイラクに大量破壊兵器はもはや存在していないことが分かったはずなのに、国連安保理の決議もなしに攻撃し、大失態を演じた。

イラクでは1991年の湾岸戦争後、国連調査団等による大量破壊兵器の査察が行われ、核関連施設は全て破壊され、化学兵器の生産も中止され、98年までに査察は事実上終了していた。

2001年「9・11」でのニューヨークなどでの大規模テロの後、米国では「サダム・フセインがアルカイダと共謀している」との説が流布され、イラク攻撃論が高まった。だが、世俗的で社会主義的だったフセインとイスラム原理主義のアルカイダは対立関係にあり、フセインはアルカイダの暗殺目標の1人だったとも言われる。

米国は「イラクが大量破壊兵器を廃棄する義務に反している」と主張したため、国連は2002年11月から査察を再開、03年3月7日の国連安保理では、核兵器・原子力関係で247回、生物・化学兵器関係で731回の査察を行ったが、大量破壊兵器の保有の証拠は全くなかった、との報告が行われた。査察官の米国人もそれを語っていたから安保理が米、英が求めた武力行使容認決議を認めなかったのは当然だった。ブッシュ(息子)大統領は「米国が安全保障に必要な行動を取るのに国連の許可を得る必要はない」との無法な声明を出してイラク攻撃に踏み切った。

今回もトランプ政権がOPCWの査察、廃棄に加わった米国専門家に問い合わせれば「神経ガスはもうないはずです」との答えになっただろう。だが不都合な情報は無視して行動し、失敗するのは米国人の通弊だ。

支持率回復狙った軍事行動
ロシアとの通謀疑惑隠し?

米国は「化学兵器がテロリストの手に渡ることは米国にも世界にも脅威である」として今回のシリア攻撃を正当化しようとする。だがそうであれば「イスラム国」やアルカイダ系の旧「ヌスラ戦線」と戦っているシリア軍をロシアと共に支援し、それらの拠点を包囲、制圧して彼等が隠し持っている可能性がある化学兵器を押収するしかない。今回米軍がシリア軍を叩いたことはアルカイダを支援、激励する逆効果になる。トランプ大統領は以前「IS撲滅のためにはロシアと協力すべきだ」と述べたこともあるが、今回の攻撃はそれと正反対の行動で全く支離滅裂だ。

そうなった理由としては大統領選挙でロシアがトランプ陣営と協力しハッキングによりクリントン候補の信用失墜をはかる情報を窃取、流布させたことが明るみに出て、FBIの捜査が進んでいるため、反露的姿勢を演出する必要があったことが考えられる。

またトランプ政権が発足して50日もたった4月1日になっても、政治任用で議会の承認を要する米政府高官553人中、議会承認を得たのは21人、指名はしたが未承認が44人で残る488のポストは指名すらされていない。国務省では119人のうち3人(国務長官、国連大使、イスラエル大使)しか承認がすんでおらず、承認待ちが6人という。

トランプ大統領は政官界に知人が少なく、共和党主流派には反トランプの人材が多いから、政府の主要幹部の指名すらできず、指名しようとしても拒否されるなどで政府を組織できない難局に直面している。

お先真っ暗な状況を打開するには軍事行動しかない。戦争になれば人類の本能から国民は少なくとも一時的には指導者の下に結束する。米国ではカリブ海の小国グレナダやパナマに侵攻しても大統領の支持率は急上昇した。

クリントン大統領は1998年1月にホワイトハウスの実習生モニカ・ルインスキー嬢との性的行為が報道され、8月19日に法廷でそれを認めざるを得なくなったが、その翌日8月20日、突然スーダンのオサマ・ビン・ラディンが出資したとされる“化学兵器工場”(実は全くの医薬品工場とのち判明)やアフガニスタンのゲリラ訓練施設を「トマホーク」で攻撃させ「スキャンダル隠し」と評された。さらに米議会で弾劾手続が進んでいた12月17日から19日にかけては、すでに大量破壊兵器の廃棄と査察がほぼ終了していたイラクに猛爆撃と420発の巡航ミサイル攻撃を加えた。米下院は12月19日に弾劾を決議し上院に送付したが、イラク攻撃の効果もあってか大統領の支持率は高く、上院は翌1999年2月に無罪の判決を出した。

クリントン大統領独断のスーダン、アフガニスタンへのトマホーク攻撃には、同年8月7日にケニアのナイロビとタンザニアのダルエスサラームで同時に起きた米大使館爆破事件がアルカイダの犯行、と見る根拠があり、その報復という名分が立った。だが、今回トランプ大統領が命じたシリア攻撃はアルカイダ系の旧ヌスラ戦線(改名して「シャーム解放委員会」)の拠点をシリア空軍が爆撃したことへの報復だし、米国人が被害者でもないから、米国民に対してすら説得力に欠け、攻撃の反復継続は難しいと思われる。

おそらくシリア軍はこれにさほど動ぜず平定作戦を進めるだろうし、トランプ大統領がこの一挙によって窮地を脱することもないのでは、と考える。

(軍事ジャーナリスト 田岡俊次)