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朝日放送ラジオ おはようパーソナリティ道上洋三です(2017/4/11) 安斎育郎 飯舘村調査報告 by limitlesslife
April 12, 2017, 3:25 am
Filed under: アベノミス, 原発事故・責任・補償

永岡です、朝日放送ラジオの、おはようパーソナリティ道上洋三です、今朝の話のダイジェストに、放射線防御学が専門の立命館大名誉教授、安斎育郎さん(http://asap-anzai.com/schedule/ )が、福島原発事故6年、飯舘村の調査について報告されました。

安斎さん、飯館村は人は少ないものの車は行き交い交通事故もあり、車は回復、田んぼに廃物のフレコンバックが山のようにあり、これは何とかしないとならず、道上さん、田んぼのツタは異様と言われて、安斎さん、フレコンバックに雨に耐えるシートが無数にあり、太陽光発電が多数設置されて、これは普通の村と異なり、太陽光発電は設置したら、電気がまかなえて、家の電気をまかない余りも出て、避難指示解除は、山は移染できず手付かず、人の住む周囲、道路は移染して線量は下がり、しかし家から離れたところや、ホットスポットがあり、一概に下がったと言えず、そのところを測らないとわからず、6年経っても放射線量は異なり、天候に左右されることは少なく、セシウム137、半減期30年のものが地べたに定着→ガンマ線にさらされて、半分が30年、1/10は100年、生活圏から除去しないダメ、移染した廃棄物処理が必要で、放射性物質は無害化不可能、科学が進歩しても消せない、放射性物質は隔離するしか方法はなく、ガンマ線は1/10になっても問題、ホットスポットではレンガ、瓦で遮蔽するしかなく、1/10でいいのではなく、対策が必要。

福島の4つの自治体で避難指示解除であり、個人の家を調査されて、6軒の民家で測ってほしい、避難されても、戻って生活したい希望があり、そこで新しい家を建てて長期滞在したい人たち、避難先→飯舘村に戻りたい人たち、調査の結果は、移染の効果はあり線量は下がっても、雨どいや土手に汚染はあり、雨どいのところを除去して、石、煉瓦で放射線を下げて、1年の被爆が1ミリシーベルト増えるか、5~20ミリよりはかなり低くなっている。これで住んで大丈夫か?安斎さんの測定では大丈夫であり、20ミリシーベルトは、国際放射線防護委員会が原発事故の突発時の値で、これは緊急時の目安で、これにこだわってはいけないのに、日本はこれにこだわり、しかし低くすべき、20ミリは高く、5年で100ミリシーベルト、広島、長崎の被爆者のデータからがんの発生率が0.5%増えるものであり、実際に示されて、年間20ミリはアカン、1ミリシーベルトだと、100ミリに100年で、何とか耐えられて、大変なことが起きている。

県外避難者が350人いて、復興大臣が自主避難者は自己責任と言ったことを道上さん問われて、安斎さん、苦境に人を立たせてあなたの勝手というのは違う、事故を起こしたのは電力会社と国家、つまり原子力マフィアの責任で、これを被災者に転嫁するのは卑劣と言われて、現地の方も怒っておられて、安斎さん、6年現地で測定されて、解除、町の復興について、決定的に遅れている、原発事故の様子は、本体のことが現場がわからず、周辺の帰還困難区域はめどもつかず、その周囲での避難指示解除に安斎さんも支援したい、家は建っていても中は死臭、様々な野生動物が跳梁して、獣害が心配で、避難指示解除→即帰れる、ではなく、事故時の見立てと異なり、このような獣害はメディアでは報じられず、道上さん、福島の青年たちがU235の芝居をして、前を向いて復興しろというのに反発、大丈夫でないのに大丈夫と言われて、安全でないものを受け入れさせられることへの抵抗を表現していると指摘されて、これからの飯舘村、避難指示解除された地区は復興できるか、安斎さん、復興できても、最初から安全の結論ありきでみんな帰すのは本末転倒、低下したところとそうでないところを把握して、ここでどう生活できるか把握して、全体に安全というのは本末転倒で危うい、そして原発の現場に働く人もあり、廃炉に関して、安斎さん、廃炉には政府は40年かかるというものの、6年経っても中は見えず、とても40年での前提は無理、場合によっては一世紀見るべき、廃炉には技術が必要で、しかし原子力への若者の関心も低く、廃炉40年はもっと遅れて、道上さん、廃炉を担う東芝の苦境に言及されて、廃炉も絵に描いた餅になる、原発=臭い物に蓋になり、廃炉の研究が必要と言われて、安斎さん、日本の原子力産業は廃炉産業に特化したら、世界で廃炉ラッシュになり、それに対応できると言われて、これは安斎さん以外にも言っているものの、大きな声にはなっていない。

安斎さんはこの活動とともに、絵手紙の個展も京都でされて、4/16、安斎さんの誕生日(喜寿)に開始、23日まで、古典でも通信手段、手紙は手元になく、美術館のこたえで返してもらってのもので、原発の絵手紙も、調査に行った被災者あてにあり、原発、平和問題の言及もあり、絵手紙の平和活動をされて、それで楽しんでほしいと締めくくられました、以上、安斎さんのお話でした。

 

 

 

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