ワガママ三昧な独裁者というイメージも強い金正恩氏だが、PR作戦的に見れば、極めて高度な戦略に基づいてミサイルを撃っている。そしてトランプ大統領と安倍首相の腹の内は? 写真:労働新聞(電子版)より

内政が行き詰まったとき、為政者たちは安全保障ネタに食いつく。これは古今東西、あらゆる国家で観察されてきた真実だ。今回勃発した朝鮮半島有事も、この視点に立って考えると、金正恩氏やトランプ大統領、そして安倍首相のホンネが見えてくる。(ノンフィクションライター 窪田順生)

安倍政権がピンチになる度に
北朝鮮はなぜかミサイルを発射する

日本国民にとって最大の脅威となっている「北朝鮮のミサイル」だが、ほんの1ヵ月半ほど前にはこんなダイナミックな「風説」がネットを賑わせていたのをご存じだろうか。

「北朝鮮のミサイル発射は安倍晋三首相の自作自演!? 作家やジャーナリストもツイートして話題に」(ライブドアニュース 2017年3月6日)

安倍政権最大のピンチといわれた森友学園問題のきっかけは、今年2月9日の「朝日新聞」のスクープなのだが、実はその4日後、北朝鮮は中距離弾道ミサイル「北極星2号」を発射。その後、「森友爆弾」は大騒ぎになったものの、「北朝鮮の危機」報道に徐々に追いやられて収束。そのあまりのタイミングの良さから、ネットや一部言論人から「マッチポンプ説」が出ているというのだ。

いくら安倍首相憎しとはいえ妄想が過ぎる、と思うかもしれないが、実はこの説は、そこまで荒唐無稽な話ではない。

森友以前に安倍政権にダメージを与えたスキャンダルといえば、甘利明・前経済再生相の金銭授受疑惑だが、これを「週刊文春」がスッパ抜いた16年1月28日の5日後、北朝鮮は「光明星」という衛星を打ち上げると通告し、実行に移している。

また、第二次安倍政権がはじめて支持率50%を割ったのは14年7月(NHK世論調査)。これは7月1日に憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使容認したことも大きいといわれるのだが、実はその2日前には、やはり北朝鮮が日本海に向けて複数のミサイルを発射しているのだ。

このように、起きた現象だけを見ると、「安倍政権が窮地に立たされると、北からミサイルが飛んでくる」という構図は確かに存在しているのだ。

ただ、だからといってこれを即座に「マッチポンプ」だというのはいささか乱暴な気がしている。なんてことを言うと、反安倍のみなさん方から「安倍信者が事実を必死に火消ししているぞ!」なんて叩かれてしまうかもしれないが、私はそういうイデオロギッシュなものはまったく持ち合わせていない。

あくまで金正恩氏を取り巻く環境と、目下のところ彼が血の流れない「情報戦」を仕掛けているという事実を客観的に分析すれば、「安倍政権の窮地にミサイルを飛ばす」というのが至極まっとうな政治判断だというのは明白だからだ。

「世界から一目置かれる」ことが狙い
情報戦に長けている金正恩

たとえば13年に「毎日新聞」(13年5月10日)が入手した朝鮮労働党高級幹部が内部向けの講演で話した音声データがわかりやすい。

この高級幹部は、12年12月12日に発射した長距離弾道ミサイルについて語っている。覚えている方も多いかもしれないが、この時の発射は完全に韓国、日本、アメリカは「不意打ち」を食らった形となった。

12月1日に発射予告をしてから「中国からの圧力で金正恩氏が迷っている」「技術的な欠陥が見つかった」などのさまざまな憶測が飛び交うなかで、11日に発射台が撤去されたという情報が流れた。日米韓は「やれやれ人騒がせだな」と胸をなでおろした直後、ドカンとミサイルが発射されたのである。

この「奇襲」が成功したことを受けて、先の高級幹部は、「(これまでとは)少し異なる報道戦を繰り広げた」として、「敵は我々の意図が分からず、時間だけが長くなって飽き飽きし、我々の思惑に引っ張られていくようになった」と完全に「勝利宣言」をしている。

日本のマスコミはよく「北朝鮮の暴走」という表現を好んで使うが、そういうアウトロー的なイメージとかけ離れた、かなり高度な戦略に基づいてミサイルを撃っていることがよく分かるが、それよりも個人的に衝撃を受けたのは、この高級幹部が同じ講演のなかで、金正恩氏が以下のように述べたと明かしたことだ。

「実は賛成の中で発射するより、反対の中で発射する方が、我々の威力を誇示できる」

自分たちがミサイルを発射すると宣言をしたら、「そちらの要求を聞きますので、まずは話し合いで解決しましょうよ」などという弱腰の国しかないような場合、実は北朝鮮的にはあまり美味しくない。「ひとりぼっちで暴れているだけなので、単に世界中に悪評が広まるだけだ。

一方、発射宣言に対して顔を真っ赤にして猛抗議をしてくれる国がいるなかで発射を強行すれば、世界が注目をする。特にアメリカや中国という大国の言葉に耳を貸さなければ、「あの国は何をやらかすかわからないぞ」と驚かれる。悪評に加えて、国際社会に恐怖と動揺を与えることができるのだ。

なにやらワガママ三昧の独裁者イメージが強いが、金正恩氏は単なる気まぐれではなく、最大限のPR効果を考えたうえでミサイルを飛ばしているのだ。

そう考えると、「安倍政権のピンチになるとミサイルを飛ばす」という問題の本質が見えてくる。金正恩氏としては、莫大な費用をかけたミサイルをわざわざ海のもくずにするわけだから、韓国はさておき、日米には最大限大騒ぎをしてもらいたい。

つまり、もっとストレートに言えば、日米の首脳から「北のミサイルは大きな脅威だ」という言葉を引き出したいわけだ。

内政がピンチになると
為政者は安全保障ネタを持ち出す

では、為政者がこういう「安全保障ネタ」を持ち出すのはどんな時かというと、往々にして経済政策など内政がうまくいっていない、支持率が下がっている時である。

今回、雇用復活を掲げながらも支持率が落ち込んできたトランプ大統領が、いきなりシリアだ、カールビンソンだと騒ぎ始めたことからもわかるように、これは民主主義だろうが社会主義だろうが変わることがない。というか、金正恩氏自身にもあてはまる。

それを象徴するのが、「金正日の料理人」として知られる藤本健二氏の証言だ。金ファミリーと親交がある藤本氏は、数日前に情報番組のインタビューに答え、昨年も金正恩氏と面会したと明かした。そこで核武装についてどう思うかと問われ、「日本は被爆国ですから反対です」と答えたところ、金氏は机を叩いて「核武装しなければ敵に攻め込まれる」と反論したという。

歴史上で「独裁者」と呼ばれる人たちはほぼ全員、「強力な敵」と対峙するなかで現れている。敵から攻められる、恐ろしい脅威が差し迫っている、という国民の恐怖心が強いリーダーを求め、恐怖が現実のものとなることで、そのリーダーがさらに強い権力を握っていく、というのが独裁者の一般的なキャリアパスである。

金一族も然りだ。特に、国内の反乱分子から、いつ寝首をかかれるかわからない孤独な独裁者である金正恩氏にとって、北朝鮮に強硬な姿勢を見せる「安倍政権」や「トランプ政権」というのは、自らの地位を守ってくれるかけがえのない存在なのだ。

そんな馬鹿なと思うかもしれないが、プロレスでイメージするとわかりやすい。戦後の日本人は力道山の空手チョップに勇気をもらったが、なぜあんなに力道山に熱狂をしたのかというと、フレッド・ブラッシーやルー・テーズという、見るからに強いアメリカのレスラーをバッタバッタと倒していったからだ。「強い外敵」が国民的スターを生んだのである

これは中国共産党にも通じるが、「強い外敵」の存在は、強いリーダーの国内での地位をより揺るぎないものにして、内政を安定させるという極めてベーシックな政治手法である。

したたかなトランプ相手にも
金正恩流は通用するか?

そこで想像してほしい。こういう「為政者の常識」をわきまえている金正恩氏が、大金を注ぎ込んだミサイルのPR効果を最大限引き出そうと思ったら、どのタイミングで発射をするか。日米のリーダーたちを大騒ぎさせようと思ったらいつ撃つのか。

それぞれの政権がなにか問題を抱えている時に、「助け舟」のような感じで発射するのがベストであることは言うまでもない。そうすれば、安倍首相やトランプ大統領は、これ幸いと飛びつき、「北朝鮮の脅威」を喧伝してくれるということを、彼はわかっているのだ。

もちろん、それは金正恩氏にとってもメリットがある。

今回のミサイル発射後、安倍首相は「サリンを弾頭に付けて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と発言、北朝鮮は猛烈に反発した。憎き安倍首相が北朝鮮の攻撃を意識した発言をしたとなれば、北朝鮮国内の反日意識もぐんと上がる。そうなると、金正恩体制転覆を狙う国内の不満分子も「仲間割れをしている場合ではない」と刃を引っ込めざるを得ない。

そのような意味では、金正恩氏のミサイルを用いた「PR戦略」は、日本相手にはうまく機能しているかのように見える。が、アメリカに対しては不透明だ。

世界最大のプロレス集団・WWEのリングにも上がった経験を持つトランプ大統領が一流のプロレスラーであることは、これまでの選挙戦や発言も見ても明らかだ。当然、金正恩氏が仕掛けている「アングル」にも気づいているはずだ。が、それにやすやすと乗るとも思えない。カールビンソンの「実は北朝鮮に向かっていなかった」というのも伝達ミスではなく、何かしらの狙いがあってのことかもしれない。

「マッチポンプ説」を支持する人たちは、安倍首相と金正恩氏がいがみ合いながらも、実はテーブルの下で手を握り合っているという、アントニオ猪木とタイガー・ジェット・シンのような関係をイメージしているのかもしれないが、彼らのような信頼関係があれば、逆にもっと派手なパフォーマンスに出ているはずだ。たとえば、安保法制やテロ等準備罪をスムーズに進めるため、日本で「テロ」を起こすことだって考えられる。

しかし、現実はミサイルを介した「地味な情報戦」が何年も続いている。これこそが、「マッチポンプ説」を支持できない最大の理由である。

敵の手を読んで、そこに隠れた狙いをわかったうえで、自分にも得があるということならば敢えて乗っかる――。国際社会は、こうした高度な「忖度」で回っているものなのだ。