Global Ethics


前川・前文科次官が反乱した本当の理由 安倍“暴走”政権と霞が関の「致命的な軋轢」=伊藤智永 by limitlesslife
June 6, 2017, 12:30 pm
Filed under: アベノミス, 前川喜平(前次官)

学校法人「加計学園」が開学予定の岡山理科大獣医学部の建設現場=愛媛県今治市で2017年5月18日、本社ヘリから久保玲撮影

 公正な行政が政治にゆがめられたのか、ゆがんだ行政に政治のメスが入ったのか――。

 この議論の黒白を、獣医師という特殊専門分野で判定するのはかなり難しい。専門家の検討に委ねた結果、「メスを入れよう」とゴーサインが出た。それも首相が率先して既成の行政ルールを変える「国家戦略特区制度」(中身の割に名前が大げさすぎるが)を使うという。それなら「総理のご意向」「官邸の最高レベル」が介在してもおかしくはない。

 加計(かけ)学園問題は、何を問題にし、どこを目指しているのかが分かりにくくなっている。半世紀ぶりの獣医学部新設が「普通でない」のは当然だろう。前川喜平前文部科学事務次官が証言する文書が本物でも、首相補佐官や内閣参与ら官邸の要人から催促や働きかけを受けていても、そういうことは行政の現場でいくらでもある。

 規制緩和によって多くの希望者に公平なチャンスが与えられ、民主的で透明な選考の結果、首相の「心の友」が選ばれたのなら、事業者から政治家や官僚に賄賂でも渡っていない限り、それが政治決定というものだ。判定の妥当性を再検証しても水掛け論になる。「李下(りか)に冠を正さず」で、首相は改革に着手した時から「心の友」とのつきあいを自粛すべきだったが、緊張感が欠けていた。でも、それは手続きを踏んだ慢心の表れでもあるだろう。前川氏や多くのメディアが追いかけている筋道の先に、安倍晋三首相の責任問題や、ひょっとして退陣といった結末が描けるかといえば、今の材料では首を傾(かし)げざるを得ない。問題のとらえ方を修正する必要がある。

 森友学園問題が発火した時から、加計学園問題の構図は報道されていたが、ここへ来て一気に盛り上がったのは、前次官が実名告発した衝撃が大きいからだ。正確に言い直すと、前川氏の証言内容は興味深いが、印象や感想めいた表現も多く、政権の「不正」を暴くには必ずしも決定的とは言えない。それより、たとえ半年でも教育行政の事務方トップを務めた元高官が、記者会見やインタビューや番組出演で、公然と精力的に政権批判を繰り広げている言動そのものが異例で、そこに今のところ最大のニュース価値がある。

 安倍政権も前川証言の中身は「知らぬ存ぜぬ」で押し通しても、前次官に反乱を起こされた政治的ダメージは深刻だ。「1強政権」と言いながら、「強さ」の内実は不満を抑えつけている「強圧統治」であることが露見し、権威失墜にとどまらず、「1強の内側の面従腹背」という弱点をさらけ出したからだ。

 そうであるなら、前川氏はなぜ実名告発に踏み切ったのかを、もう少し掘り下げる必要がある。前川氏は霞が関で「人望の厚い、腹の据わった、頭脳明晰(めいせき)な人」と評価が高い。「無謀」とも「異様」とも驚かれる「たった一人の反乱」に打って出た動機や背景には、加計学園問題にとどまらない奥行きと広がりがあるのかもしれない。

「新国立競技場」から確執が始まった

 前川氏は今年1月、就任わずか半年で次官辞任に追い込まれた。役所のOBたちに以前から天下り先を違法にあっせんしていた責任を問われた。組織的な違法行為なので悪質であり、処分されて逆恨みする筋合いではない。しかし、内閣人事局が公表している退職官僚の膨大な再就職先リストをめくってみても、似たような「天下り」はほとんどの役所で行われている。

 もちろん簡単に露見する組織的に違法な仕組みはないだろうが、霞が関では当時「文科省はやり方がお粗末すぎたので、官邸に狙われた」という風説がもっぱらだった。官僚人事は3年前から、官邸の内閣人事局が握っている。局長は内閣官房副長官だが、実質的に菅義偉官房長官が霞が関ににらみを利かせる力の源泉になっている。その「聖域」で不届きな脱法を続けていたのだから、官邸が激怒するのは無理もないが、気になるのは他省庁が文科省、とりわけ前川氏は「狙い撃ちに遭った」と見ていた事情だ。

 官邸と前川氏の確執は2年前、東京オリンピック・パラリンピックの新国立競技場建設を巡る騒動にさかのぼる。初めはスポーツ振興を所管する文科省が建設を主導していたが、工事規模が巨大すぎてゼネコンなど建設業界を仕切るノウハウがなく、最初の大型発注である旧国立競技場解体工事でトラブルが続出。新設備の建設費も、当初は1300億円と試算していたが、二転三転して2倍近い2520億円に膨れ上がることが分かった。2015年7月に安倍首相が森喜朗元首相と会談して計画の白紙撤回を決断。官邸が計画全体の仕切り役を文科省から取り上げて国土交通省に任せることになった。

 文部科学審議官だった前川氏は当時、整備計画の経緯を検証する委員会の事務局長を担当し、一連の経緯について報告書をまとめている。それによると、試算値は2012年7月から目まぐるしく変わり、専門家からは「利権や思惑から工事費の情報操作が行われていた可能性を示唆している書き方」という指摘があった。オリンピックは文科省にとっても大きな権益だったはずで、利権官庁としての「無念」は容易に推測される。

 官邸は以後の仕切り役を、杉田和博内閣官房副長官の責任の下、国交省OBの和泉洋人首相補佐官に担当させた。杉田氏は警察庁警備局長、内閣情報官、内閣危機管理監などを歴任した警察官僚で、菅長官の腹心の中の腹心。和泉氏は技官出身の元住宅局長。「行政手腕と政官財界の豊富な人脈」(政府首脳)が買われ、民主党・野田佳彦政権の内閣官房参与として予算編成の基本方針など国家戦略を担当していたが、政権交代後も菅氏が「一本釣り」して異例なことに首相補佐官として官邸に残った。東日本大震災の復興を含む社会資本整備、二階俊博自民党幹事長が旗を振る「国土強靱(きょうじん)化」など公共事業全般を調整する「スーパー官僚」である。

 前川氏は今回の告発で、杉田、和泉両氏を名指ししている。一つは昨年、前川氏が次官在任中に官邸に呼ばれ、「出会い系バー」なる風俗店に出入りしている行動について「杉田氏から注意された」という証言。もう一つは、やはり昨年秋、和泉氏に呼ばれて加計学園の獣医学部の開学手続きを急ぐよう催促され、その際、和泉氏が「総理は自分の口から言えないから私が言う」と発言したという証言だ。和泉氏については、野党が証人喚問を要求している。

「新自由主義経済路線」に反発

 杉田氏に対しても、どうやって前川氏の私的な行動情報を入手したのか、警察組織に尾行・監視させたのか、問い質(ただ)したい政治家や官僚は少なくないだろう。第2次安倍政権になってからの4年半、『週刊文春』『週刊新潮』両誌を中心に、主に自民党政治家の「下半身スキャンダル」スクープが多すぎるという印象は日本中が感じている。

 新国立競技場建設「権益」を召し上げられた後、担当を引き継いだ杉田・和泉両氏の名前が、出会い系バーと加計学園問題でそろって登場したのは偶然なのか、それとも前川氏の告発にこれまで明らかになっていない別の動機が秘められているのか。霞が関は、官邸主導による文科省の天下り摘発を、新国立競技場建設問題からの因縁とどこかで結びつけて理解し、前川氏の引責辞任を「官邸から狙い撃ちに遭った」と忖度(そんたく)したのである。

 複数の報道によれば、安倍政治を支える「保守」層が目の敵にする朝鮮学校の高校無償化問題で、文科大臣官房審議官だった前川氏は、当時の民主党の政策に賛同し、無償化推進に努力していたという。ある文科省関係者によると、第1次安倍政権の最大の「成果」の一つとされる教育基本法改正(戦後のリベラルな内容を改変し、「国を愛する心」「伝統の尊重」「新しい公共」などを盛り込んだ)にも懐疑的だったとされる(ただし、理由は明らかでない。文科官僚としてはデリケートな論点なので、断定は留保する)。

 小泉政権の「三位一体改革(国庫補助負担金の廃止縮減・税財源の移譲・地方交付税の一体的見直し)」の時、前川氏は一介の初等中等教育企画課長だったが、自分のブログに「義務教育費の削減は道理が通らない。クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望」と書き込んで、今と同じく公然と政権を批判し、物議を醸したという(『産経新聞』による)。

 前川氏がどういう教育行政を目指していたのかは分からないが、自分の理想を持った骨のある熱血漢らしい。断片的に集め得たエピソードから、少なくとも戦後民主主義教育の精神と成果を否定する考えではないようだ。エピソードに共通するのは、たとえ「保守」を名乗っても、政策的には新自由主義経済路線に文教行政を組み込もうとする政治の動きに、その都度反発してきたように見える。本誌で何度か論じているように、安倍政治の「保守」「右傾化」といわれるイデオロギー政策(「愛国心」など)は、グローバル化時代を国家・国民一丸となった新ナショナリズムで勝ち抜く総動員体制作りの手段であり、伝統的な保守とは似て非なるものだろう。

 前川氏の反乱の本当の動機は、単なる加計問題の告発にとどまらない射程の長い教育行政観が底流にあったと言われてもさほど驚かない。むしろ戦後70年間の新しい伝統に照らせば、小泉・安倍政治を経済至上主義の行き過ぎと憂える立場はあり得るはずで、野次馬(やじうま)根性をそそるドタバタ劇から視点を引いて大きく見るなら、前川氏の反乱は「安倍暴走政治」への異議申し立てが、加計問題をきっかけに噴出した行動と理解できる。教育は安倍政治と「保守」層が、主要テーマと位置付ける「主戦場」である。

「1強政権」の地盤に深刻な亀裂

 もちろん役人を美化してはなるまい。勢いづいた政治の追い風を受けると、官僚は初めのうち「好機到来」とばかり便乗するが、そのうち政治に振り回されるようになると、「行政の公平公正」を口にしだし、それでも無理難題を押し付けられていると、悲鳴を上げて政敵の側に駆け込み助けを請う。前川氏の反乱も、よくあるそうした一幕なのかもしれないが、そうであっても「1強政権」に不穏なガスが溜(た)まっていることは間違いない。

 今は鳴りを潜めている森友学園問題も、財務省の怪しい裁量行政が原因だった。財務省は「1強官邸」のご機嫌を取るため過剰な忖度をしたと推測されているが、そこまで卑屈になるのは、役所の存在証明(アイデンティティー)とも言うべき財政再建=消費税率上げを繰り返し否定され、居ても立ってもいられない焦燥に駆られているからだ。

 外務省は実質的に外交権を官邸に召し上げられ、経済産業省主導の経済至上主義外交を強要されている。出世第一の幹部たちはいざ知らず、中堅・若手の気概に燃える外交官たちは、理念も原則もお構いなしの安倍外交に疲弊し、やりがいを見いだせない。気がつけば日米、日中、日露、日韓、日朝のいずれも外交が順調と言えるのかどうかは疑わしい。

 安倍政権は「経産省政権」と言われてきたが、東芝の経営危機といい、原発再稼働の行方といい、産業・エネルギー政策は迷走している。「経産主導」の代表格である今井尚哉首相政務秘書官と経産本省とは、必ずしも呼吸が合っているとは言えず、経産省にすら官邸主導への憤懣(ふんまん)はある。官邸人事で抜擢(ばってき)された異色の事務次官に省内全体が首をすくめる農水省しかり、4年半すぎた「1強政権」で官邸と霞が関にいくつもの軋轢(あつれき)が生じている。

 前川氏の反乱は、菅氏による強権的な「霞が関支配」の綻(ほころ)び以外の何ものでもない。軋轢が断層を作り、遠からず別のマグマも噴き出すのか。たとえ加計問題が煮え切らなくても、安倍1強政権の地盤には深刻な亀裂がいく筋も走っている。


いとう・ともなが

 1962年東京生まれ。毎日新聞政治部、ジュネーブ特派員を経て、編集局編集委員。毎月第1土曜日の朝刊にコラム「時の在りか」を執筆。著書に『靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男』(角川ソフィア文庫)、『靖国と千鳥ケ淵』(講談社+α文庫)ほか

(サンデー毎日6月18日号から)

Advertisements

Leave a Comment so far
Leave a comment



Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s



%d bloggers like this: