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対米従属国家の「漂流」と「政治的退廃」=特別寄稿・内田樹 by limitlesslife
June 6, 2017, 12:49 pm
Filed under: 憲法, 日米

安倍首相(左)と、トランプ米大統領

 安倍晋三首相による「1強体制」の下、国内外の危惧する声をよそに、「共謀罪」が成立しようとしている。一方で、国民が望む加計学園問題の疑惑解明は、果たされぬままだ。絶えず問題が起こる日本。どうしてだろう? 思想家の内田樹氏が「日本の諸問題の根底にあるもの」を解き明かす。

 私たちが「問題」と呼んでいるものの多くは長期にわたる私たち自身の努力の成果である。だから、それは「問題」というよりむしろ「答え」なのである。

 私見によれば、現代日本の問題点の多くは、私たちが久しく「ある現実」から必死に目を背けてきた努力の成果である。私たちが目を背けてきた「ある現実」とは「日本はアメリカの属国であり、日本は主権国家ではない」という事実である。この事実を直視することを集団的に拒否したことから、今日のわが国の不具合のほとんどすべてが派生している。

 日本は属国だというとすぐに怒り出す人たちがいるので、同じことをそれよりは穏やかな表現に言い換えてみる。日本国民は憲法制定の主体ではない。

 日本国憲法は1946(昭和21)年11月3日に公布された。公布時点では「上諭(じょうゆ)」(注1)というものが憲法の「額縁」として付されていた。その主語は「朕(ちん)」(注2)である。「朕は日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」。憲法改正を裁可し、公布したのは天皇陛下である。だが、当の憲法前文を読むと、その憲法を制定したのは日本国民だと書いてある。「日本国民は……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」これを背理とか没論理と言ってはならない。憲法というのはそもそも「そういうもの」なのである。

 憲法前文が起草された時点で、憲法の制定主体となりうるような「日本国民」は存在しなかった。いなくて当然である。憲法施行の前日まで全日本人は「大日本帝国臣民」だったからである。憲法を確定するほどの政治的実力を有した「日本国民」なるものは、権利上も事実上も、憲法施行時点では日本のどこにも存在しなかった。

 もちろんGHQと憲法草案について交渉をした日本人はいた。九条二項(注3)を提案したのが幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)(注4)だったというのもおそらく歴史的事実だったであろう。けれども、そのことと「日本国民は……この憲法を確定する。」という条文の間には千里の径庭(けいてい)がある。

 憲法の制定主体は憲法内部的に明文的に規定されない。現に、憲法の裁可主体が「朕」であり、大日本帝国議会が憲法改正を議決したという事実は、日本国憲法の本文のどこにも書かれていない。同じように、憲法を制定したのは日本国民であるはずなのだが、その「日本国民」が何者であるかについては憲法内部には規定が存在しない(十条に「法律で定める」としてあるだけだ)。でも、憲法というのは「そういうもの」なのだ。

 憲法の事実上の制定主体は、いかなる合法的根拠もなしに憲法を強制できるほどの圧倒的な政治的実力を有している。憲法を制定するのは超憲法的主体である。ふつうは戦争か革命か、あるいはそれに準じる壊乱的事態を収拾した政治主体がその任を担う。日本国憲法の場合はダグラス・マッカーサーである。

 米国務長官だったジョン・フォスター・ダレスは56年に、日米安保体制とは「アメリカが、日本国内の好きな場所に、必要な規模で、いつでも、そして必要な期間に基地を置くことができる」ことだと語った。これは「アメリカは超憲法的存在だ」ということを軍事用語に言い換えたものである。この言明は今に至るまで撤回されていない。

「主権在民」は本当のことなのか

 私たち日本国民は憲法制定の主体であったことはない。だから、正直に言って、私たちは自分たちがこの国の主権者であるという実感を持ったことがない。教科書では「主権在民」と教えられたけれど、ほんとうの主権者は太平洋の向こうにいるということを私たちはずっと知っていた。国に主権がないのに国民が主権者でありうるわけがない。

 けれども、日本がいつかアメリカから国家主権を奪還する日が来る、日本国民がいつか晴れて日本の主権者になれる日が来るのではないかということについては日本人は漠然とした期待だけは抱き続けていた。それが「対米従属を通じての対米自立」というのは国家戦略の意味である。対米従属は敗戦国にとってはそれ以外に選択肢のない必至の選択であり、また十分に合理的なものであった。そのおかげで日本は51年にサンフランシスコ講和条約で国際法上の主権を回復し、72年には沖縄施政権を回復した。これはまさに対米従属の「成果」と呼ぶべきものである。このペースでこのまま主権回復・国土回復(レコンキスタ)が続けばいずれ日本が主権を回復する日が来る、日本人はそう希望することができた。

 そのうちに高度成長期が来て、「経済戦争でアメリカに勝つ」という途方もない希望がいきなり現実性を持ってきた。「エコノミックアニマル」と国際社会では蔑(さげす)まれたが、あれは「もしかすると国家主権を金で買えるかも知れない」という敗戦国民の脳裏に一瞬浮かんだ夢がもたらしたものだったのである。しかし91年のバブル崩壊でその夢はついえた。

 国際社会で地政学的な存在感を増して、実力を背景にアメリカに国家主権を認めさせるというプランは2005年の国連常任理事国入りの失敗で終わった。このとき日本の常任理事国入りの共同提案国になったアジアの国はブータン、アフガニスタン、モルジブの三カ国のみだった。中国も韓国もASEAN諸国も日本の大国化を非とした。日本が常任理事国になってもそれは「アメリカの票が一つ増えるだけ」という指摘に日本の外交当局は反論できなかった。

 この時点で、政治・経済分野における「大国化を通じての対米自立」というプランは水泡に帰した。指南力のある未来像を提示して国際社会を牽引(けんいん)するとか、文化的発信力で世界を領導するなどというのはもとより不可能な夢である。だから、05年時点で、「対米従属を通じての対米自立」という戦後60年間続いた国家戦略は事実上終焉(しゅうえん)したのである。そして、それからあとは「対米自立抜きの対米従属」という国家の漂流と政治的退廃が日本を覆うことになった。

 12年のアーミテージ・ナイ報告書(注5)は「日本は一流国家であり続けたいのか、それとも二流国家に成り下がって構わないのか? 日本の国民と政府が二流のステータスに甘んじるなら、この報告書は不要であろう」という恫喝(どうかつ)から始まる。日本政府はこの恫喝に縮み上がって「一流国でありたいです」と答えて、報告書のすべての要求に応じた(原発再稼働、TPP交渉参加、掃海艇ホルムズ海峡派遣、特定秘密保護法の立法、PKOの法的権限の拡大、集団的自衛権の行使容認、武器輸出の解禁などなど)。「一流国でありたければ、言うことを聞け」というような剥(む)き出しの恫喝に叩頭(こうとう)する国を他国は決して「主権国家」とはみなさないだろうということが頭に浮かばないほどに日本人はいつの間にか「従属慣れ」してしまっていた。

対米従属こそ国益という偽装

 この急激な「腰砕け」は世代交代のせいだと私は思っている。1980年代まで、政官財の主要なプレーヤーは戦前生まれであり、「日本が主権国家であった時代」を記憶していた。彼らが生まれた時に祖国は主権国家であった。そして、自国の運命にかかわる政策を(それが亡国的なものであってさえ)、他国の許諾を求めることなく自己決定することができた。それが「ふつうの国」であり、敗戦国日本はそこに回帰すべきだという「帰巣本能」のようなものをこの世代までの人々は持っていた。

 けれども、21世紀に入ってしばらくすると「主権国家の国民であった記憶」を持ったこの人たちがいなくなった。今の日本の指導層を形成するのは「主権を知らない子どもたち」である。この世代(私もそこに含まれる)にとって「アメリカの属国民であること」は自明の歴史的与件であり、それ以外の国のかたちがありうるということ自体をうまく想像することができない。

 敗戦国が戦勝国の属国になるというのは歴史上珍しいことではない。敗戦国がそのあと主権を回復したのも同じく珍しいことではない。それができたのは、「われわれは属国という屈辱的な状況のうちにある。いつの日か主権を奪還しなければならない」という臥薪嘗胆(がしんしょうたん)・捲土(けんど)重来という気概を人々が長期的に保持していたからである。

 日本の危機はその気概そのものが失われたことにある。今わが国の要路にある人々はおしなべて対米従属技術に長(た)けた「対米従属テクノクラート」(注6)である。彼らはアメリカの大学で学位を取り、アメリカに知友を持ち、アメリカの内情に通じ、アメリカ政府や財界の意向をいち早く忖度(そんたく)できる。そういう人たちがわが政官財学術メディアの指導層を形成している。彼らは「対米従属」技術を洗練させることでそのキャリア形成を果たしてきた。そして、21世紀のはじめに「対米従属は対米自立のための戦術的迂回(うかい)である」ということをかろうじて記憶していた世代が退場したあと、自分たちが何のためにそのような技術を磨いてきたのか、その理由がわからなくなった。もちろん彼らが対米従属技術に熟達したのは、たかだか個人的な「出世」のためにすぎなかった。だから、「対米自立」という大義名分が失われたとき、彼らはほとんど本能的に「対米従属こそが日本の国益を最大化する道だ」という新しい大義名分を発明し、それにしがみついた。これはほとんど宗教的信憑(しんぴょう)に類するものであった。

 だが、「対米従属テクノクラート」たちのこの信憑を揺るがすものたちがいる。それは「アメリカから国家主権を奪還したい」という素朴な願いを今も持ち続けている人たちである。この「素朴な」人々は日本の国益とアメリカの国益はときに相反することを現実的経験として知っており、その場合には日本の国益を優先させるべきだと思っている。この人々の「常識」が開示されることを対米従属テクノクラートたちは何よりも恐れている。

 それゆえ、「日本はすでに主権国家であるので、主権奪還を願うというのは無意味かつ有害なことである」というイデオロギーを国民に刷り込むことが対米従属テクノクラートにとっての急務となるのである。ここまで書けば、安倍政権に領導される極右の政治運動が「国民主権」という概念そのものの否定に踏み込んでいること、そしてそれが国民から一定の支持を受けているという「矛盾」の意味が少し理解できるはずである。

「廃憲」で非国民主権を明文化

 先に書いた通り、私たちは「日本には国家主権がないこと」を知っている。それは当然「日本国民は主権者ではない」ということを意味する。むろん国家主権がないがゆえに私たちは主権の回復を願っているわけだけれど、極右の政治思想はそこを痛撃してくるのである。「主権の回復を願うお前たちは権利上何ものなのだ?」と。

 お前たちは主権者ではないし、かつて主権者であったこともない。アメリカによって「主権者」と指名されただけの空疎な観念にすぎない。お前たちがいつ憲法制定の主体となるほどの政治的実力を持ったことがあるか? こう言い立てられると、私たちはたじろいでしまう。まさにその通りだからである。彼らはこう続ける。お前たちはその実情にふさわしい地位と名を与えられなくてはならない。それは「非主権者」である。だから、これから憲法を改定し、基本的人権を廃し、日本国民は日本国の主権者ではないという現実を明文化する。

 極右の「廃憲」論の本質は約(つづ)めて言えばそういうものである。空疎な理念を捨てて痛苦な現実を受け入れろと彼らは命じているのである。曲芸的な理路なのだが、なぜか妙な説得力がある。もちろん「日本の国益とアメリカの国益は完全に一致している」という命題そのものが偽なので、論理は土台から崩壊しているのだが、それでも「お前たちは主権者ではないのだからその無権力にふさわしい従属状態を甘受せよ」という決めつけには尋常ならざるリアリティーがある。

 というのは、それがまさに対米従属テクノクラートたちがアメリカとのフロントラインで日々耳元でがなり立てられている言葉だからである。「お前たちは属国民だ。その地位にふさわしい従属状態を甘受せよ」と。それを言われると彼らも深く傷つく。でも、ほんとうのことなので反論できない。そのフラストレーションを解消するために、対米従属テクノクラートたちは彼ら自身を傷つける言葉をそのままに日本国民にぶつけているのである。

 日本人が国家主権の回復をめざす対米自立の道をもう一度たどり直すまで、この自傷行為は続くだろう。

 病は深い。


注1=旧憲法下で法令などが公布される際、冒頭に記された天皇の裁可を示す文章

注2=天皇、皇帝、国王の自称

注3=戦力の保持と交戦権を否定

注4=戦前は外交官から外相となり、国際協調路線を推進。終戦から約2カ月後の1945年10月、首相に就任

注5=リチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ・ハーバード大教授(元国防次官補)を共同座長とする知日派有識者グループの調査報告書

注6=その分野において高度な専門的知識を持つ官僚


うちだ・たつる

 1950年、東京都生まれ。思想家。武道と哲学研究のための学塾「凱風館」(神戸市)を主宰。東京大文学部卒。神戸女学院大名誉教授。専門はフランス現代思想だが、論じるテーマは社会、政治、歴史、教育、宗教など幅広い。著書は『街場のメディア論』(光文社)など多数。近著は『街場の共同体論』(潮新書)

(サンデー毎日6月18日号から)

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