「税の再分配」革命がニッポンを救う! 最注目の経済学者、井手英策・慶大教授が熱
弁
2017年6月29日
このままでは“暮らしが沈没”する
アベノミクスの成果なるものを、国民が実感できない日々が続くなか、民進党・前原
誠司衆院議員の調査会が対抗的な経済政策を発表。その理論的支柱が、若手経済学者の
井手英策氏だ。税を「蓄え」と捉え直し、再分配革命により暮らしの不安をなくすとい
う理論と展望を熱く語った。
驕慢(きょうまん)と嘘(うそ)の国会が閉幕した。安倍晋三政権は、このツケをいずれ
取らされることになるだろう。だが、ここで報告しようとすることは、与党内政局では
ない。どうあがいても支持率が2桁に達せず、政局的にはほとんど無視されつつある野
党第1党内で起きている、ある変化についてである。
それは民進党「尊厳ある生活保障総合調査会」(前原誠司調査会長)の中間報告(6
月13日同党「次の内閣」了承)という形で表れた。
尊厳死についての議論でもしているのではないか、とみまがう名称の調査会が、変化
の現場である。変化は二つの形で顕在化した。
一つは中間報告の中身である。アベノミクス後の経済政策の大転換を念頭に、秋に「
生活保障と税の一体的改革案」を提示する方針を明示した。政権が消費増税を3度先送
りしかねない情勢の中で、あえて増税を錦の御旗(みはた)に掲げている。
もう一つは中間報告の背景だ。ある一人の少壮学者が、学者生命を懸け、自らあたた
めてきた財政理論を手に民進党に乗り込んだ。理論と政治の二人三脚で日本のあり方を
大きく変えようという動きが始まった。
彼の理論は、従来の常識を引っ繰り返したところに特徴がある。そのコアにあるのは
「税とは分かち合いの蓄え」という思想である。
税とは強制的に徴収され無駄遣いされるものではなくて、何歳まで生きても、いつ失
業しても、誰もが安心して生きられる社会の共通の貯蓄であり、結果的に所得や納税者
数を増やし、財政を健全化するものである、という考えだ。
前提には、「日本も世界も縮減の世紀に入り、従来型の経済成長は困難」との時代認
識がある。成長への過度な依存から脱却、分配政策を革命的に転換することによって、
日本の社会経済構造を「自己責任」から「分かち合い」へ、「お金の保障」から「尊厳
の保障」へ、「人間を消費する経済」から「人間が乗りこなす経済」へ、「袋叩(ふく
ろだた)きの政治」から「温(ぬく)もりを育む政治」へとシフトさせていこうという野
心的財政理論だ。
以下は、その主唱者・井手英策慶應大教授(45)とのインタビューである。
そもそもはアベノミクスに対する根源的批判から出発している?
「アベノミクスの前提には、それが成り立つ社会、財政構造がある。成長して所得が増
え、貯蓄が増える、その貯蓄で生活に必要なもの、つまり、子供を塾や学校に行かせる
ことから、住宅の手当て、病気や老後の備えまで多くを自己責任でまかなっていく、と
いうものだ。成長が前提である以上、成長ができないとなると、人々は将来の不安にお
びえることとなる」
「だとするならば、アベノミクスへの根源的な批判とは、別の成長シナリオを出すので
はなくて、この財政・社会の構造そのものを変えることだ。つまり、人々の目的は、未
来への安心を勝ち取ることだ。だからこそ一生懸命働き、貯蓄する。成長は手段にすぎ
ない。その成長という手段がもう時代に合致しないのであれば、成長とは違う方法で国
民の不安をなくす方法を見つければいい」
アベノミクスは「成長は困難」を証明
本当に成長は不可能か?
「事実と理論がある」
「まずは、事実を並べたい。バブルがはじけた1991年から2016年まで、まだバ
ブルの余韻の残る成長期も含めて、日本の経済成長率の平均値は0・9%。五輪(20年
)後の5年は0・5%、6年後から10年後までは『ゼロ』と言われている(実質ベース
・日本経済研究センター推計)。人口も30年にはピーク時から比べて1割近く減る」
「さらに言えば、アベノミクスという空前絶後の経済実験を4年半続け、それに五輪特
需が重なっているにもかかわらず、16年度の成長率は1・2%(同)。設備投資はリー
マン危機以前の水準にも戻っていない」
「理論的にも成長は困難だ。日銀が推計する潜在成長率という成長の実力を示す中長期
的指標がある。現時点でも、ゼロ%後半だが、今後も期待できない。その構成要素を見
ると、労働力人口は間違いなく減る。設備投資も、日本企業の多くが海外に渡ってしま
った現状からすると、伸びない。
労働生産性も、先進国の中では最低レベルだ。唯一残る期待が技術革新。日本にもい
ずれビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが現れて、バラ色の経済になるという楽観シ
ナリオを述べるのは自由だが、ただ起きるかどうかわからないイノベーションに国民の
未来を委ねるのは無責任だ」
「アベノミクスで一番効いたのは円安効果だ。安倍政権は、すでに円安のトレンドに入
っていた日本経済に対し、さらに異次元緩和によるサプライズで円安をぐっと加速した
。それによって、株価が動き、輸出業中心に企業収益が上がった。
ただ、日本の円安は米経済と歴史的に連動している、ということからすれば、12年の
段階で野田佳彦民主党政権がもう少し我慢して(政権を維持して)いれば、米経済の好
況と連動して、より徐々に円安に向かい、民主党政権であっても経済は成長したと思う
。民主党政権は恐ろしい円高に苦しめられていたが、それでもアベノミクスと同水準の
成長を実現していた」
「不幸にして政権が変わったが、アベノミクスをやったことで、私たちに新しい気づき
があった。あれだけのことをしても日本経済が成長しないことを見事に証明してくれた
のだから」
医療、介護の自己負担が相当軽くなる
将来の安心を勝ち取るための、成長によらない手段とは何か。
「分配だ。アベノミクスは、成長なくして分配なしだが、私たちは、分配なくして成長
なし、と言うべきだ。従来型の格差是正だけのための分配ではない。あらゆる人が受益
者になるような分配、財源も借金ではなくきちんと検討していくことだ。分配システム
を大転換することで結果的に成長を引き出していく。昔のような成長は無理だが、衰退
する経済を底支えするくらいのことはできる」
その分配革命の中心に税がある。
「税について誤解されていることがある。増税すると所得が減るとか、景気が悪くなる
と言うが、それは間違っている。確かに、税を徴収されれば収入も消費も減る。でも一
方で、政府がこの税を使って暮らしを保障すれば自己負担が軽減され、困っている人ほ
ど多く消費し、医療や教育というサービスが雇用と所得を生む。景気も実は駆け込み需
要で増税の前年度に上振れするから、足して2で割れば平均値になる」
「税がなければ収入は減らないが、税による公的サービスを期待できないのだから、暮
らしを維持するために自ら貯蓄しなければならない。人間はいつ死ぬかわからないので
必ず過剰貯蓄となり、消費も落ちる」
税について、あなたは「分かち合いの蓄え」だという。ある意味、革命的な発想転換
だ。それを現実政治にどう具現化するのか。
「最後は政治が決めることだが、一つ事例を示したい。消費税を15%にするとしよう。
一見、大増税だが、国民負担率からすれば、欧州の平均的な負担率であるドイツより軽
い。現行8%からすると、7%の増税で、1%で2・8兆円という計算からすると、約
20兆円の増収になる。このうち、10兆円を財政赤字の穴埋めに使えば、財政収支は黒字
化する。残り10兆円は、人々が医療、介護、教育、障害者の自立支援などで自己負担し
ている費用(年間10・9兆円)に充てられる。完全にタダにはならないが、驚くほど自
己負担が軽くなり、財政危機におびえずにすむ。そのために100円のジュースを10
7円にするということだ」
税としては消費税が使いやすい?
「もちろん他の税との組み合わせは考えてよい。ただ、負担の痛みも分かち合うが、全
員に配ることによって受益の喜びも分かち合うというのが、僕の基本思想だ。消費税に
は逆進性があるが、貧しい人も含め、きちんと給付すれば格差は解消される。負担面だ
け見て消費税はダメだという人がいる。もしそうなら、先進各国の中で消費税率の低い
日本がなぜ格差大国なのか」
いずれにせよ、租税負担率が全体として高まる。
「それが再分配の原資になり、ゼロ成長の下でも経済を循環させ活性化する。それに加
え、民主主義もまた活性化する。今は皆、負担を我慢し、取られたから仕方ないとあき
らめている。だが、日本の租税負担率が欧州先進国並みに上がっていったら、国民は絶
対に使い道を監視するだろう」
「これまで、日本国民は税の使い道についてそれほど関心を持ってこなかった。例えば
、民主党政権時代の『社会保障・税の一体改革』で、5%から10%へと消費税率の引き
上げを決めた時、増税分のうち4%は事実上、借金返済に充てられ、社会保障に使われ
るのは1%にすぎなかった。しかもその大部分は貧困層対策で、中間層の取り分はゼロ
だった。だが、ほとんどの国民が関心を持たず内容を知らなかった。政府は隠してもい
なかったし、インターネット上でオープンにしながら議論していたのにだ」
「振り返ると、民衆が革命を起こし、血を流してまで国王や宗主国と戦ってきた理由は
、どこにあったか。税の取り方、使い方を自分たちが自分たちの議会を通じて決めるた
めだった。英国の権利章典も、フランスの人権宣言も、米国の独立宣言も、そのために
人間は命を懸けてきた。財政民主主義という言葉がある。その原点が日本の議会にも蘇
(よみがえ)ってくる可能性がある」
オール・フォー・オール(皆が皆のために)
分配革命では、公正さの基準の転換も必要だと言う。生活保護を念頭に、救済される
屈辱から人々を解き放つ、と主張している。
「僕の生い立ちから話さなければならない。うちは母子家庭だったが、母は常に家にい
た。小学校3年の時、生活保護の仕組みを初めて知り、学校帰りに『おかあさん、うち
は生活保護もらっとるんやろ』と言ったら、母が『そげん恥ずかしかカネは一切もらっ
とらん』と血相変えて飛び出してきた。僕は怒られてワンワン泣いた。実は、障害のあ
ったおじ、朝から晩まで働いてくれたおばが家計を支えてくれていた。今になると、母
のあの大声はご近所向けだったと理解できる。だが、その時以来、僕の中で『助けられ
る』ということが心に引っかかり続けた。人を助けるのはいいことだが、気をつけない
と、傲慢や自己満足と紙一重になってしまう」
「人々に恥ずかしい思いをさせたり、申し訳ない気持ちにさせる制度はよくない。生活
保護がそうだ。ただ、その4割以上を占める医療、介護、教育などの自己負担を軽減す
るという先のプランを実行すれば、どんどん生活保護がいらなくなる。貧乏人に施す社
会ではなくて、誰もが医療、教育、介護をお金のことを気にせずに堂々と受けられる、
人々の尊厳を公平化する社会だ。だから所得保障ではなくて、尊厳保障という言葉を使
っている」
財政政策というより社会政策の領域にまで踏み込んでいる感がある。オール・フォー
・オール(皆が皆のために)というコピーにもその含みがある。
「財政は経済を成長させるためにあるのではない。人々を不安から解き放つためのもの
だ。僕が不安な時、仲間たちが僕のために税を払ってくれる。その逆もある。これが財
政だ。だからオール・フォー・オールだ。ワン・フォー・オール(1人が皆のために)
では全体主義になるし、オール・フォー・ワン(皆が一つになって困った人を助ける)
という余裕を日本人は失っている。英国の総選挙で保守党に肉薄した労働党のマニフェ
ストの中には、繰り返しフォー・オール(皆のために)という言葉が出てくる。やはり
これは強いという確信を持った。僕らのほうが早かった。だが、僕らはオール・フォー
・オールだから、先を行っている(笑)」
理念と政策の大枠は理解した。どう実現させる? 民進党にその力があるのか?
「もし民進党が政権獲得に近い野党であれば、増税を打ち出せなかったと思う。増税は
政治家の生き死にに直結する。その意味で、今回、民進党が人々の暮らしを良くするた
めだけに増税を党の旗として立てたという覚悟を買ってほしい。のるかそるか、生きる
か死ぬか、の賭けに出たんだと思う。これがいかなる結果に結びつくかは誰にもわから
ないが、とうとう政治生命を賭してでも人々の生活を良くするという政党が現れた、と
いうことだ。僕は20年の五輪までは徹底的に付き合う。民進党の皆さんと運命を共にし
、生活の不安におびえる一人一人に丁寧に説明していくつもりだ」
あなた自身が政治家になる気は?
「ありません。20年の五輪後には撤退する。なぜ五輪までか。五輪後には、祭りの後の
寂しさ、思想的空白ができる。それまでに、その穴を埋める理念、政策の支柱を打ち立
てなければ。それができないとすれば、僕が無能か、思想に力がないのか、どちらかだ
」
「小泉進次郎さんに『あなたは革命家だ』と言われたことがある。僕は革命家ではない
。社会を変えたいのではなく、全く異なる選択肢を作り、新しい思想の旗を立てたいの
だ。選択肢を作れるということを次の世代に見せる。これは学者でなければできない仕
事。僕は絶対に学者をやめない」
「重要なのは19年10月に8%から10%に引き上げ予定の消費増税がどうなるか。この2
%を何に使うかが運命の分かれ道になる。現状では、2%のうち1%が貧困対策、残り
1%が財政赤字の穴埋めに使われるが、僕は財政再建の1%を人々の暮らしのために使
うべきだと思う。1%だと2・8兆円。介護と幼稚園と保育園の自己負担が1・6兆円
だから、そこに2・8兆円を使う。想像してほしい。私たちの暮らしがどれだけ楽にな
るか。国民がこれで成功体験すれば増税の印象が変わる。そうすると次の増税が可能に
なる。財政再建は次の増税の時から少しずつ入れていけばいい」
「議論開始の1年後が最初のヤマ場だ。その時に増税と貯蓄が同じコインの裏表だとい
うことをどれだけ国民にわかってもらえるか、思想的な闘いが始まる」
日本に残された数少ない選択肢
今後は包括的で実現可能な政策体系を構築する仕事が待っている。その工程表からす
ると、今は何合目か?
「僕は東日本大震災直後の4月に脳内出血で死にかけた(居酒屋で倒れ、急性硬膜下血
腫になる)。その時に今この瞬間死んでも後悔しない、という生き方をしなければと痛
感した。前原誠司さんと1年以上議論し、民進党の皆さんと11回にわたって勉強会を開
き、増税を打ち出す画期的な中間報告までたどり着いた。今倒れても悔いはない。その
日その日がピーク。一体どこまで登っていくのかもわからない。何合目という感覚はあ
りません」
井手氏の熱弁は1時間半続いた。人をそらさない。人にこびない。あらゆる疑問に対
し考え抜かれた回答を持っている。単なる学者ではない。相互扶助社会という理想郷を
求める求道(ぐどう)者といった顔ものぞく。
彼の理論が今後どう肉付けされていくのか。民進党が最後までこの増税立国とでもい
うべき逆説的コンセプトを守り切れるのか。まだわからないことも多い。
ただ、彼の理論が新自由主義やアベノミクスの行き詰まりに対応しようとするもので
あり、根源的な価値観の転換を含むものであること、そして、彼が政治と手を組み、日
本社会を根本から変えたいとする情熱と覚悟が生半可なものではないことは十分伝わっ
てきた。
税を消費拡大、民主主義覚醒の手段とする発想転換。アベノミクス後の日本に残され
た数少ない選択肢の一つになるであろう。
くらしげ・あつろう
1953年、東京生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、
整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員
いで・えいさく
1972年福岡県生まれ。慶應義塾大経済学部教授。民進党「尊厳ある生活保障総合調査
会」アドバイザー。相互扶助社会を目指す処方箋としての財政学を大胆に提起し、注目
される。著書に『経済の時代の終焉』(大佛次郎論壇賞受賞)『18歳からの格差論』ほ
か
(サンデー毎日7月9日号から)
https://mainichi.jp/sunday/articles/20170626/org/00m/070/004000d
MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace