国境なき医師団日本 事務局長 ジェレミィ・ボダン
朝日新聞 2017年1月5日
昨年11月21日、1本の短いビデオ声明で、12カ国が数年かけて大筋合意した
環太平洋経済連携協定(TPP)が暗礁に乗り上げた。
トランプ次期米大統領が、この巨大貿易協定からの米国の離脱を発表したのだ。
TPPがもし実現していたら、手が届く価格の薬によって命をつないでいる
域内の数百万人にとって悪夢となっていただろう。
これまでは、各国の法の下で公衆衛生の保護条項(セーフガード)として、
特許で守られた高額の薬を買う余裕がない場合、
それに代わるジェネリック薬(後発医薬品)を作ることなどが認められてきた。
しかし、TPPの条項では、セーフガードは無効にされ、
ジェネリック薬の流通が妨げられるおそれがあったのだ。
TPPの頓挫で安心したのもつかの間、陰からすでに新たな脅威が姿を現している。
米国は不参加だが、日中韓など計16カ国が参加する東アジア地域包括的経済連携
(RCEP)という貿易協定の交渉だ。
RCEPはTPPを「青写真」とした協定で、
医薬品の知的財産権の保護条項などで多くの問題を含む。
日本はRCEP交渉で、製薬企業の特許権拡大に重要な役割を果たしたほか、
より長期にわたり薬価を高止まりさせ、
ジェネリック薬の市場投入を妨げる「裏口」を付け加えた。
その一つは「データ保護」で、これにより先発薬の特許が切れた国でも、
ジェネリック薬メーカーは一定期間、後発薬の承認申請ができなくなる。
これらの条項で犠牲になるのは人の命だ。
独立した医療・人道援助団体として活動する国境なき医師団(MSF)は、
南アフリカからミャンマーにいたるまで、ジェネリック薬を使って
患者の多くを治療している。
例えば、活動で用いるHIV治療薬の97%は、
「途上国の薬局」として知られるインドで生産されたジェネリック薬だ。
ジェネリック薬は結核やマラリアなど、世界で最も貧しく弱い立場
にある人々を苦しめるさまざまな感染症の治療にも欠かせない。
日本は昨春の主要7カ国(G7)伊勢志摩サミットの前に、
国際保健システムを強化する取り組みを表明した。
知財保護で膨張したRCEPを支持することは、
国際保健のリーダー格である日本の姿勢に反する。
弱い立場の人々の保護は、入手と購入が容易な医薬品なしには実現し得ない。
医薬品の知財保護に関する限り、現在のRCEPが合意に至ることが
あってはならない。
購入しやすいジェネリック薬で命をつないでいる人たちは大勢いる。
日本はこうした人々の命を脅かす提案から離脱し、
国際保健分野で命を優先する流れを主導すべきだ。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12733456.html
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2017.2.23 18:42
RCEP:神戸会合開催--MSFは日韓政府に対し有害な条項案の削除を呼び掛け
ジェレミィ・ボダン
「日本は国連やG7で、高額な薬価への対策と、手頃な費用の治療の必要性を訴えてきま
した。その一方で、RCEPにおいては従来よりも厳格な知的財産条項を主張しており、矛
盾が生じています。条項案の1つは、特許独占を長引かせ、法外な薬価をさらに長期化
させることになります。また、脆弱な保健システムを揺るがせ、公衆衛生に関わる新た
な課題への取り組みに欠かせない、患者重視の研究開発を抑止してしまうでしょう」
http://www.sankei.com/economy/news/170223/prl1702230294-n1.html
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RCEP:インド交渉会合――各国は有害な知財条項の削除を
2017年7月24日
ジェレミィ・ボダン
「インドをはじめとしたRCEP交渉国は、命をつなぐための薬を手頃な価格で製造・輸出
・使用する能力を持っています。これを制限してしまうのは、国際公衆衛生上も得策で
はありません。もし2000年代初めにこのような条項によって知的財産権が支配されてい
たとしたら、HIV治療薬の値段は下がらず、HIVとともに生きる数百万人の人びとは命を
落としていたでしょう。日本には、将来起こり得る同様な危機を回避するため、重要な
役割を果たす余地があります。RCEPから命を脅かす知財条項を削除すればそれは可能で
す」
http://www.asahi.com/and_M/information/pressrelease/CPRT201746709.html