安倍晋三首相の唐突な解散で始まった衆院選は、与党の大勝に終わり、野党の構図は激変した。この国は、どこへ向かっていくのか。選挙結果の背景と今後について、政治学者の野中尚人氏、安全保障を専門とする植木千可子氏、憲法学者の南野森氏の3人が語り合った。(司会は国分高史編集委員)

■変化夢見て安定選んだログイン前の続き国民 植木/首相が封じた国民の選択権 野中

――朝日新聞の出口調査では安倍政権の継続を望む人は46%でしたが、自公は3分の2の議席を確保しました。勝者は誰だったのでしょう。

野中 自民党が勝ったのは間違いないが、野党勢力が分断か分裂していたことが流れを決めた。当然、野党側に問題があり、民進党の対応に、責任の大半は帰着するだろう。

植木 小選挙区制では、野党が割れていれば、与党が勝つ。今回、安倍・自民党政権を継続させるのか、代えるのかを有権者は考えたと思う。自民党は「政権担当能力がある」「実績がある」という訴えをした。多くの国民は、変化を夢見ながらも、安定を選んだのだろう。政権の手法などに対して違和感を抱き、全面的に支持はできないなと感じていても、野党側のこの数カ月のゴタゴタや民進党の前原誠司代表の判断の甘さとミス、そして分裂という流れを見てそうなったのだろう。

野中 ただし、深刻な裏の補助線がある。解散権だ。野党の態勢が整わないタイミングを狙って解散するのは、国民の選択権を事実上奪う許し難い行為だ。世界的にも、先進国ではもうほとんどやっていない。参議院選挙では日程が決まっていて、野党はいろいろな話し合いを積み重ね、共闘ができた。今回のように、不意打ちをして選挙をすることが、いかに深刻な結果をもたらしているか。

挑発的な言い方をすれば、安倍首相が野党に勝った側面はあったが、首相が国民の選択権を封じ込めることに成功したのではないか。これが民主主義を破壊している。

南野 解散権は、全衆院議員の首を一斉に切る強大な権力なので、行使には正当な理由が求められるが、それは主観的にならざるを得ない。立憲的でないとか憲法の趣旨にそっていないといった言い方はできるが、はっきりと憲法違反だと言うのは難しい。

他方、今回は、4野党が憲法53条に基づき臨時国会召集要求をしたのに、3カ月たなざらしにし、開いたら100秒で解散という問題もある。憲法学の立場からは、憲法の規定に対する軽さ、非立憲的な政治運用は、指摘しておかねばならない。それは憲法的に良くないと声を上げることが大切だが、聞く耳のない人には届かない。そこが歯がゆく、憲法問題の悩ましいところだ。権力者を縛るのは本当に難しい。

植木 この間安倍首相はギリギリのことをずっとやっている。解散も正当な理由ではないとほとんどの国民は思っていたにもかかわらず、与党が勝利した。横暴でも、与党は解散のタイミングを選べるし、国民に実績を示しやすい。野党は「許せない」と言うだけで政権がとれるわけではない。いつ解散されても受けて立つような努力を、与党の倍以上やらないと勝てない。

――安倍政権は若い世代から強い支持を受けています。

植木 私が指導している学生でも、安倍首相の外交や政策に批判的で、主張としては野党に近いにもかかわらず選ぶ政党は自民党だという。実際、国会議員と話していると、やはり自民党の議員はよく勉強している。仕組みとして、政権の側は情報が入りやすく、官僚も説明にやって来る。野党は相当に努力しないと差がついてしまう。

南野 学生は、ものごころついたときから安倍首相民主党政権はみんなが失敗だったと悪口を言うので、ほかに選択肢を思いつかない。それなりに勉強している大人は、じゃあ野党にやらせてみようとか、冒険するという選択肢を思い浮かべられるが、若い人はなかなかそうならない。

野中 経済的な保守主義もあるだろう。自分たちの将来は基本的に就職できるかどうかにかかっている。今はいいらしいからこれは変えない方がいいという意識ではないか。

植木 若者は、私たちの頃よりは不安を感じていると思う。右肩上がりの時代は終わり、もう戻ってこない。余裕がないから、野党を選ぶ冒険はしない。

――野党はどう対抗すべきですか。

野中 野党が、政権の失敗を待つ「受け皿」ではなく、「本当の選択肢」として競合することが重要だろう。風を起こすことも含めて、自分たちでつくっていくという姿勢が必要だ。そのためには、総選挙後の1年間が重要になる。この期間は、よほどのことがなければ衆院は解散されない。その間に、きちんと組織をつくって、自公に対抗できるだけの政策を提示できるかどうかが鍵になる。

■賛否答えようない改憲議論 南野/対北朝鮮で具体策語られず 植木

――自民党は改憲4項目を公約に掲げましたが、改憲は争点になったといえるのでしょうか。

南野 自民党を支持した人が憲法を改正してほしいから投票した、とは思わない。自民党の候補者は選挙戦で改憲を強く訴えていなかった。憲法のどこをどう変えるのか、といった意味のある改憲議論はなされなかった。

そもそもゴリゴリの護憲論者でない限り、どういう内容の改正に賛成か、反対かを尋ねられないと答えようがない。立憲民主党も、首相の解散権を制約する憲法改正は考えるべきだと言っており、改憲派とも言える。

植木 9条が国際状況とあわなくなっている側面はある。専守防衛ならば国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を出すのはおかしいが、国連加盟国としての責任もある。軍事力を使わないことを厳守するのか、あるいはもっと積極的に参加するのか。そういう議論は今回の選挙では、出てこなかった。

いま行われている改憲の議論は情緒的だ。自衛官が子供に「お父さんは憲法違反なの?」と聞かれたとか、災害派遣などで一生懸命やっている自衛隊を憲法に明記したいとか……。

野中 憲法は、本来の意味で選挙の争点になったとはとてもいえない。これだけ大事なことを選挙で問うのなら、半年か1年は国会で議論して、与野党間の考え方の違いを析出すべきだった。それを一切やらずに「みなさん選んでください」というのは、国民を馬鹿にしている。

番の問題は、安倍首相という憲法を順守する意識の低い人が、憲法を改正すると言っていることだろう。いま守っていない人間が、改正した憲法を守るといえるのか。

――自公で衆院の3分の2を超え、希望と維新を加えれば「改憲勢力」はこれまでになく増えました。

南野 安倍首相の改憲論は、とにかく変えられるなら何でもいいからどこか変えたいという感じだ。維新がのるなら教育無償化でもいい、あるいは最近なら参議院の選挙区の合区。とにかく口を開けば、改憲条項が変わる。

解散権や強すぎる参議院など、現行の条文で不合理な点があるなら、改憲を検討してもいいが、まずはそれが本当に必要な改憲なのかを見極めなくてはいけない。

植木 何が問題で改正が必要なのかを、各党がきちんと説明できることが大切だ。もし9条を改正するならば、同時にいくつかの制度改正や制度作りが不可欠になる。安保法制もそうだったが、政府が判断を誤らないための制度づくりは重要だ。ただ9条に自衛隊を明記すればよい、という話ではない。

南野 憲法改正ではなく、一般の法律ではできないのか、という点も考える必要がある。日本の憲法は、条文の数が少なくて短いのが特徴だ。簡潔に書かれていて、細かいことは法律で、となっている部分が多い。例えば教育の無償化や環境権は、憲法改正しなければできないわけではない。

野中 私がやった方がよいと思う改正は、国会の本会議の定足数の見直しだ。憲法に3分の1以上と書いてあるが、もっと少ない人数でも討論が行えるようにすべきだ。国会での議論を活発にするには、国会の運営の仕方を、抜本的に変えていくことが必要だ。

――安倍首相北朝鮮問題を「国難」として争点にしました。

植木 争点にはしたが、実は具体的には何も語っていない。「強い外交をめざします」といった抽象的なことに終始している。

例えば、こういう一線を越えたら、日本は米国と一緒にこういう行動を取る。あるいはこういう行動を取れば北朝鮮の体制を保障する。そういったことを明示したうえで選挙で信を問い、300を超える議席を得たなら、北朝鮮に対して強いシグナルになったが、あいまいな言い方では効果はない。シグナルとして選挙を使うことは、それをほごにすると政権にとってダメージになるので信憑性(しんぴょうせい)がある。しかし、今回はそういう使い方をしていない。

野中 ただ「国難」と言って危機感をあおるのは、ポピュリズムの典型例だ。「あそこに黒い雲があるから大変だ」と言うのと変わらない。北朝鮮情勢が厳しい状況にあるのは確かで、現実的に対応するしかない。しかし、具体的な論点について触れられないなら、こうした形で争点にすべきではない。

南野 安倍政権こそある意味で平和ボケしているのではないか。どれだけ怖いことになるのかというリアルな感覚がない。「(軍事力行使など)あらゆる選択肢がある」といっているトランプ大統領を無条件に支持すると公言するのは、普通だとできない。

植木 軍事力を語るときは、夜も眠れないほどに悩まなくてはいけない。それを、非常に軽いかたちで言ってしまう。覚悟もないのにただ言うのは無責任だ。北朝鮮が目指しているのは、体制維持だ。2003年の米国によるイラク攻撃のような体制変革を恐れている。安倍首相は圧力を増すと言う。圧力だけで核開発を放棄させるには、体制変革よりもっと恐ろしいことが起こり得るという認識を、北朝鮮に持たせないと効果がない。

■現実的でない保守二大政党 野中/有権者も野党育てる感覚を 南野

――小池百合子氏が立ち上げた希望の党をどう評価しますか。

植木 最初は、「しがらみのない政治」への期待は大きかったと思う。国会が官邸をチェックできず、霞が関も官邸の意向に逆らえない。そうした状態を変えたいと思う人も多かっただろう。ただ、対話を軽視し、排除を公言する小池氏の言動に、安倍政権の姿勢に通じるものを国民が見たのではないか。それが失速を招いたのだと思う。

南野 希望の党が失速したのは、あまりにも雑多な集団だったからだろう。自主憲法制定を主張する候補者と、憲法9条改正は反対だという候補者が、同じ希望の党という看板で出ている。これは何なんだと有権者が思うのは当然だ。

植木 本来、政党は、組織でまとまっているから力を発揮できる。希望の党も民進党も、組織の体をなしていないことが露呈してしまった。

野中 保守二大政党の並立が現実的ではないということが、如実に示されたといえるだろう。小選挙区の比重が大きい以上、野党は結集することを考えなければいけないのだが、希望の党はそうしなかった。多様な理念をまとめていくという方向性ではなかった。それがわかったから、国民は離れていったのだろう。一方、立憲民主党は、リベラルな考えを持つ人が集まり、その核になろうとした。たかだか数議席の差とはいえ、立憲民主党が野党第1党になったというのは、かなり象徴的な話だと思う。

――立憲民主党の今後をどう見ますか。

植木 政策をどれだけ具体的に国民に提示できるかにかかっている。上からのトップダウンの政治ではなく、下からの草の根民主主義というのであれば、それを実際の政策にどこまで落とし込めるのか。憲法の問題は必ずしも国民の最大の関心事ではない。老後への備えや、自分たちは子供が持てるのか、子供の将来はどうかということが一番の関心だろう。

南野 立憲民主党を一時のブームに終わらせないためには、有権者が長期的に野党を育てるという感覚が必要だろう。かつて3年間やらせたら失敗した、だからもう二度とやらせないという発想ではいけない。失敗から学んだはずだから、次は頑張れよ、という感覚でやっていかないと、いつまでも政権交代が起きない。より悪い政権が出てくる可能性がゼロでないとしても、政権交代はあったほうがいい。

野中 日本の戦後政治が特殊だったのは、政権交代がないのが普通だという意識を国民に植え付けていたことだ。それをやったのは自民党だ。自民党は典型的な包括政党で、お金を使って、右も左も、あらゆる人の支持を集めようとした。問題の本当の意味での把握とその解決への取り組みを先送りしてきた。その一番の典型的な例が少子化対策であり、女性の活用だ。

――今回の選挙で、小選挙区制の行き詰まりがあらわになったという見方もあります。

南野 野党分裂で自民党が漁夫の利を得たというのは、明らかに小選挙区制の産物だ。私自身は、小選挙区制と日本社会が不適合を起こしていると思う。一つの解決策は、中選挙区制に戻すことだろう。もう一つの解決策は、小選挙区制を前提としつつも、去年の参院選のように、野党共闘や戦略的投票によって、よりましな民主政治の運営をめざすことだろう。国民の側が、現在の選挙制度がどういう特性を持っているかを理解し、どうするのがよりましかという発想で投票するというやり方もあると思う。

野中 小選挙区制中選挙区制に戻せば、政権交代を封印することになってしまう。中選挙区制では、自民党公明党の牙城(がじょう)を崩すのは極めて難しいからだ。小選挙区だからこそ、野党が選挙協力をやれば、自公にも対抗できることがわかった。政権交代が重要と考えるなら、今の選挙制度は決して悪くない。問題は、野党が今の制度をうまく使いこなせていないことだ。

――各政党の政策に大きな差が見られなくなっています。

南野 大きな違いがないのは確かだが、所得の再分配や税をめぐっては、自民党と立憲民主党共産党に政策の違いはあった。希望の党が、企業の内部留保への課税を唱えたことも注目していいだろう。そういう意味ではまだ政策論争の余地はあると思う。

野中 政策の選択肢が少ないことは、成熟した民主国家である以上、ある意味でやむを得ない。他方で、グローバル化がもたらす移民や難民の問題、格差拡大などをめぐる争点がこれからどんどん出てくるだろう。問題は、それをまとめ上げる構想力を野党が持つかどうかにある。

植木 日本はGDP国内総生産)の2倍以上という国際的に見ても類がないほどの借金をしている。今回、財政再建はまた棚上げにされた。与党も野党も国民に厳しい話を提示せず、先送りにするのは無責任ではないか。

のなかなおと 学習院大学教授 現代日本政治、比較政治が専門で、「さらばガラパゴス政治」「政策会議と討論なき国会」(共著)など著書多数。フランス、英国、イタリアでも研究を重ねた。

うえきちかこ 早稲田大学教授 専門は国際安全保障。北京大学客員研究員、防衛省防衛研究所主任研究官などを経て08年から現職。米マサチューセッツ工科大学博士。著書に「平和のための戦争論」。

みなみのしげる 九州大学教授 専門は憲法学。94年東京大学法学部卒業。九州大学准教授を経て、2014年から現職。編著に「憲法学の世界」、AKB48の内山奈月さん(当時)との共著「憲法主義」など。