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トランプ大統領のアジア歴訪で注目された対北朝鮮問題での習近平・中国国家主席との会談は、進捗がないまま終わった。今後、米国は軍事介入に踏み切るのか、次に打つ手は何なのか。駐米武官や防衛省情報本部情報官などを歴任し、米国の国防関係者らとパイプを持つ伊藤俊幸・元海将(金沢工業大学教授)に聞いた。(聞き手/ダイヤモンドオンライン特任編集委員 西井泰之)

米国にとっての北朝鮮問題は
対中国戦略の一つに過ぎない

――米中首脳会談では、企業間での“巨額商談”が結ばれるなど、成果が演出された一方で、北朝鮮問題では大きな進捗は見られませんでした。

もともと今回のアジア歴訪は、中国と安定的な関係を作るため、先の共産党大会で権限を一手に掌握した習氏と、どういうやりとりをするかに主眼が置かれていたと思います。

米国の国益を考えても、またアジアにおいて今最も重要なことは適切な対中国戦略を構築することです。米国と並ぶ世界の二大強国になりつつあり、南シナ海への海洋進出など軍事的にも存在感を強める中国を封じ込めるために、日韓やアセアン諸国と連携を強化するかも含めて、対中国問題が、大統領の頭の中の中心にあったことは確実です。

伊藤俊幸・金沢工業大教授

日本に事前に来て日米連携を誇示したのも対中国をにらんでのことでしょう。北朝鮮問題は、安倍首相がトランプ大統領に話をして関心を持たせた面がありますが、米国にとっては、数ある対中国戦略の中の一つと位置付けられていることを押さえておく必要があります。

中国側もそのことはわかっていますから、成果が見えやすい「ディール(取引)」でトランプ大統領に花を持たせ、一方で、対北朝鮮への圧力強化や、突っ込まれたくない南シナ海での中国軍基地建設問題の議論を巧みにかわしたということだと思います。

中国に対抗するための軍拡が目的
北朝鮮問題はそのための“カード”

――日本と米国でも北朝鮮問題では温度差があるということですか。

駐在武官時代、多くの米国人と付き合った経験から言えば、米国人には皮膚感覚として北朝鮮という国への興味はほとんどありません。地球の裏側のこととしてとらえている感じで、トランプ大統領も極東のことは基本的には何も知らなかったと思います。

実際、2月初めの安倍首相との首脳会談時に北朝鮮がミサイルを発射、また金正男氏が暗殺されたにもかかわらず、同月末に行われた初の一般教書演説では、トランプ大統領は北朝鮮について何も言及しませんでした。

ただその後トランプ大統領も、北朝鮮のミサイルが米国本土を狙う、といった露骨な挑戦をし続けたため応戦するようになりましたが、北朝鮮問題は対中国政策を考慮する上でのカードの一枚と考えている、ということだと思います。

――それはどういうことですか。

一つは北朝鮮問題に対応する、という理由で軍拡を進めることができるからでしょう。軍事力整備は最低でも5年から10年かけて完成するものです。したがって早い段階から構想や計画を明確にして、国民や議会の説得、支持を得た上でないと予算がつきません。その意味では米国まで届くかもしれない北朝鮮の核とミサイルの脅威はわかりやすい理由の一つになります。

本丸は、軍拡を続ける中国に対抗することですが、中国との外交・経済上のデメリットを考えるとそれは大きな声で言えない。それで北朝鮮を代わりに使いたい人たちが出てくるわけです。これは日本も同じだと思います。

軍事技術的に見ても、核付ミサイルが完成レベルにあるのは、南(韓国)を攻撃するまでのものだと思います。2013年3月の3回目の核実験で、1トン~1.5トンまで核弾頭小型化に成功したと見積もられますが、その重さの弾頭をミサイルで運べるのは300kmがせいぜいです。1万km以上離れた米本土まで運ぶには、その半分以下まで小型軽量化することが必要です。

米軍の情報サイドは、当面は核ミサイルが米本土には飛んで来ない、と見積もっているでしょうが、中国に対抗するため軍事力整備を進めるのに、北朝鮮問題は使えるのです。

――トランプ大統領の頭の中には対北への軍事力行使の考えはどこまであるのでしょうか。

軍事については素人でしょうから、何をやろうとするかわかりません。北のミサイルが北海道上空を通過した時にも、「どうして日本は撃ち落とさないのか?」と発言したと報じられました。ミサイルが飛んだのは成層圏(宇宙空間)であって、日本の領空ではありません。ただ、軍事素人の大統領の考えがそのまま戦略や政策にならいないようにしているのが、いまの大統領補佐官、国防長官及び国務長官です。

トランプの暴走を止めるバランス取る
スリーゼネラルとワンボーイスカウト

最近も国防省の元高官と話す機会がありましたが、政権内では、「スリー ジェネラルズ(three Generals)&ワン ボーイスカウト(One Boy Scout)」といって、元海兵隊大将のマティス国防長官とケリー大統領補佐官そして現役陸軍中将のマクマスター大統領補佐官(安全保障担当)らの「3人の将軍(Generals)」と、ボーイスカウトにいたことのあるティラーソン国務長官の4人が常に連絡を取り合って、過激になりがちな大統領の言動を抑えてバランスをとっている、と言っていました。

4人が知らない間に大統領がツイッターで過激なことを書く、ということがしばしばあるようですが、その時も4人でフォローし、波風を最小限に抑えていると言っていました。

マティス長官の古今東西の戦史についての博識ぶりは有名ですし、マクマスター補佐官には、ベトナム戦争の失敗を分析した著書もあります。軍事素人の大統領を軍事の専門家がいわば、教育している最中ということでしょうか。

ティラーソン長官がトランプ大統領を「能なし」と言ったなど二人が「不仲」という話も、国務省などの高官の政治任用が遅れている、といわれているのも一定の理由があるようです。

それはポストの削減です。そもそも国務省高官ポストは、国防省の3倍以上あるそうです。減税政策を進めようとするトランプ政権においてティラーソン長官は、国務省の高官ポストそのものを大幅に削減しようとしている、と聞きました。そして当然それに不満を抱く国務省役人サイドから「長官更迭」を狙って、色々な話を流しているというのです。

そういう話を聞いても、大統領と「3人の将軍とボーイスカウト」との関係はそんなにぶれていない気がします。ティラーソン長官が「北との交渉を打診」と発言した矢先に、大統領が「交渉は無駄だ」と言ったのも、二人で役割分担し、押したり引いたりして、北を交渉に乗せるための手段の一つ、と見ることができます。

軍事カードのベースになる
核戦争前提の「5015作戦」

――仮に軍事介入ということになれば、どういうシナリオが考えられていますか。

すでに北の2013年の3回目の核実験を機に、2015年に「韓国に対する核戦争」を前提にした「5015作戦」が作られました。

本来、こうした作戦計画は極秘ですが、韓国では報道で多数リークされますから、韓国の報道をまとめると次のようなことになるのだと思います。

通常兵器での戦争を前提にした従来の作戦は、北が攻撃してきたら、当初は韓国側が後退を余儀なくされるが、その後米韓の地上部隊を中心にして押し戻すシナリオでした。ところが北が核ミサイルを撃つとなれば、それだけで韓国は壊滅的状況になりますから、悠長なことはいっていられません。

「5015作戦」の考え方は先制攻撃です。北の南に対する核ミサイル攻撃の「兆候」を「探知」したら、まず「攪乱」するのです。核兵器を韓国に撃ち込むことは、さすがにトップである金正恩氏の命令がないとできません。

ですからトップが命令を出すために必要な現場からの情報や、トップが現場に下ろす情報のコミュニケーションラインをサイバー攻撃などで攪乱するのです。実はこれはイラク戦争でも米国はやっています。

「斬首作戦」は、トップを暗殺することだと思われていますが、それは誤解です。コミュニケーションラインを攪乱し、頭(トップ)と胴体(ミサイル部隊などの実行部隊)を切り離すことです。核ミサイルは持っているけれど撃っていいのかよくわからない状態にして、その間に、先制攻撃で北のミサイル基地や司令部などを「破壊」する。

これが「5015作戦」の一番の肝だと言われています。その副次作戦として特殊部隊による頭(金正恩)の拿捕、殺害があるのです。

「兆候探知」→「攪乱」→「破壊」と、鎖のようにつながっていく一連の作戦は、「キルチェーン(kill chain)」と言われています。韓国は「5015作戦」に対応する対北用の軍事体制を「3軸系」と呼称していますが、キルチェーンが第一軸で、そのために衛星購入などの予算要求が出されています。

第二軸が、イージス艦などによるミサイル防衛システム、第三軸が、「玄武2号」「玄武4号」などの北朝鮮攻撃用ミサイルによる大量報復戦略です。韓国は核を持っていませんが、このミサイルに1トン爆弾を搭載して、平壌に撃ち込むと言っています。北の1トン~1.5トン級の核弾頭を意識して、同じぐらいの破壊力を持つ通常爆弾の弾頭を搭載し、北が撃ったら、直ちに撃ち返すぞ、というわけです。

文在寅・韓国大統領は対北融和路線だと言われていますが、それを目指すとしても、一方では「5015作戦」に応じた軍事力整備も着々と進めているのです。

>>(下)に続く