市民のための自由なラジオ (2018/2/3) 原きよの教えて!小出先生 第2回 除染ではなく移染、核事故は起こったらすべて終わり、もんじゅは廃炉すら出来ない、刹那的な生き方は破滅を導く&原さんの詩の朗読

 

永岡です、市民のための自由なラジオ Light Up! 第97回、今週は先月に続いて、一人の生活者、一人の女性、一人の母親である原きよさん(通常版のナレーションをされています)が松本市の小出先生を訪ねての第2回目、今週は市川うららFMを聞きました。

原さん、先月来の、教えて小出先生2回目、楽しむには重く、希望の見出しにくい内容ですが、拳を振り上げての運動から、日常に大切なことを伝えたいとして、運動家でもない原さん、3・11以来の、戦争と核のことなどを取り上げられて、小出先生は3・11以前から核に反対、今は退官されて、仙人になりたいと松本市におられて、薪ストーブ、太陽光発電で自活される小出先生、松本城の見える部屋での収録です。

小出先生が核に反対するきっかけは、女川原発を仙台市ではなく女川、三陸の漁場に押し付けたことで、女川に住み着いて小出先生も漁民とともに反対運動、しかし漁協はある時賛成にひっくり返り、漁業権の放棄、当時100億!の保証金を東北電力が出して、当時としては法外な金額、日本の17カ所の原発サイトで喜んで受け入れたものはなく、経済的にしんどく狙い撃ちされて、しかし、当初計画されたのは40以上、拒否した町もたくさんあり、しかし人間はお金に弱いと原さん指摘されて、危険なものを過疎地に押し付けて、3・11、福島第一原発事故、大熊町、双葉町は町ごとなくなり、しかし住民は核は安全と聞かされて仕事もあったのに、事故で人生、生活を破壊されて、そして福島原発事故の報道はほとんどなくなり、汚染された土がフレコンバックに詰め込まれて、除染の美名で移染、汚染の実態は放射能で人間の手で消せず、人の住んでいる住宅の土をフレコンバックに入れて移動させるだけ、移染と小出先生は言われて、しかし移染しても放射能は処置なし、フレコンバックは山のように積み上がり、中間貯蔵施設を双葉町、大熊町に国は作りたいとしてももちろん進むはずはなく、他方フレコンバックは破れて処置なし、中間貯蔵施設に入れても、30年後に移動はもちろん出来ず、除染は福島原発事故後作られた言葉で、フレコンバックが山ほどあり、その上にテーマパークを作ることもある日本だと原さん言われて、それだけ莫大な量の汚染物、日本の法律では100ベクレル/kg以上の放射性廃物(廃棄物ではない、放射能は捨ててはいけないため)は厳重な管理が必要なのに、原子力緊急事態宣言下、8000ベクレル/kg以下のものは野放し、日本政府は全国の公共事業に福島の汚染物をばらまくつもりで、原さんも知らないうちに自分の足元に置かれると言われて、小出先生、そうされるし、福島原発事故について、どうしようもなく、原子炉のメルトダウンが1~3号機で起きて水素爆発、しかしほとんどの放射能は熔けた炉心にあるのに、炉心のことは7年経っても分からず、火力発電所なら消火、対策は可能だが、事故が原発なら7年経っても分からない、人間が近づくと即死、ロボットを使ってもロボットは放射線に弱く、胃カメラみたいなものでやることを小出先生提案されて、東電はそれを採用しても、炉心に地下ずくとカメラ自体がだめになり、国と東電は熔け落ちた炉心が格納容器にまんじゅうのようにたまっていると言うが、そんなことはあり得ず、実際裏付けられて、格納容器の真下には炉心はなく、放射線測定装置を胃カメラのところにつけて測定したら、炉心は各地にばらまかれて、国と東電は収束の工程表を作り、30~40年後に熔けた炉心を取り出すと言うものの、工程表では炉心は真下にあり、取り出せるとしているが、もちろんそんなところはなく、100年経っても炉心の回収は無理、国や東電の言う通りに行かず、100年後に炉心を取り出せてもそれで収束ではなく、メルトダウン後にそれだけ危険だから情報は隠されて、小出先生は核の現場にいて、福島原発で炉心のメルトダウンはすぐにわかり、小出先生は3月14日からMBSラジオのたね蒔きジャーナルに出メルトダウンと発言、東電の専門家もメルトダウンを知っても、社長が風当たりを恐れてメルトダウンと使わなかった。

原さん、原発のことについて知らなかったと言われて、他人事であり、日本は狭い島国でも、自分の生活と関係ないものは分からず、アーサー・ビナードさん、狭い日本に54基も原発があるのは、地震の多いところにあるのは信じられないと言われるもの、アメリカでは100も原子炉はあっても、ほとんどは地震のない東海岸のみ、しかし世界最悪の地震国の日本に原発を建ててはいけなかったのに、ビナードさんの呆れるほど54基も原発を建ててしまい、中間貯蔵施設の話もあるものの、今の世代が亡くなっても問題は解決せず(永岡注:私はやくざ、闇勢力の経営していた神戸製鋼にいて、最初にいた部署のトップが無謀な計画を立てて、実現しないと現場の我々が言うと、そいつは、いざとなったら会社が何とかしてくれる、竹やりでも頑張ったらB29を落とせると言い出しており、要するに、太平洋戦争時に、最後は神風が吹いて勝つと思ったのと同じ、こういう狂ったことを信じるものでないと、日本の組織では出世しないのです。今の安倍総理とその周囲を見たら、この国は太平洋戦争の思考のままだと痛感します…)、原さん、インタビューすることになり、もんじゅのことを思い出して、高速増殖炉は何で作ったのかと問われて、小出先生、これを詳細に説明するのは大変だが、過去に石炭、石油が枯渇するので核だと言われていたが、核燃料のウランを鉱山で掘り、しかしウランは資源として貧弱で、石油の1/数、石炭の数十分の一で、資源として成り立たず、核を進めてきた人たちは、ウランではなくプルトニウムを使うと言い出して、広島型原爆はウラン型、長崎の原爆のプルトニウムは自然界になく、人工的に作るしかなく、ウランには核分裂するウラン235と、核分裂しないウラン238があり、しかしウラン235は0.7%で資源にならず、ウラン238に中性子を当てるとプルトニウム239になり、アメリカはプルトニウムを作り長崎原爆を作り、これと同じことでもんじゅはプルトニウムを燃料とする原子炉、一見資源の有効利用だが、高速増殖炉は動かそうとすると実現は実質無理、ウランは貧弱で、アメリカもフランスも高速増殖炉をやろうとして破綻、しかし日本だけはこの悪夢にしがみついてもんじゅをでっち上げて、しかしもんじゅは試作機で1兆円ドブに捨てて、廃炉は不可能、放射能の問題、原子炉の冷却に水を使えず、金属ナトリウムを使うものの、空気に触れたら発火、水に触れたら爆発の代物で、これで炉心を冷やすのは無理、しかしもんじゅに使ったナトリウムは1000トン!(永岡注:私は学生時代に有機試薬から微量の水分を取るために金属ナトリウムをごく微量使っていましたが、あまりに危険で、これは企業の研究室ではできないもので、そんな危険物をこんな大量に使うなど、正気の沙汰ではなく、さらに危険物には消防法の縛りがあるのに、おそらくもんじゅや原発は消防法の対象外なのでしょう、恐ろしいことです)空気に触れたら発火するので不活性ガスで空気、水と遮断しているものの、ナトリウムの取り出しは実質不可能、もんじゅにはナトリウムを取り出すことを考えていなかった!廃炉にも処置なし、もんじゅは最初から神戸製鋼並みのデタラメな代物!ナトリウムの取り出し方法を開発するのに莫大なお金と時間がかかり!東京オリンピックで浮かれている場合ではなく、今だけ、金だけ、政治家も、企業の経営者も、労働者もそうであり、狭い視野でなくものを見ないといけないのです。

 

原さん、小出先生との対談2回目、小出先生の話しにくいものも聞いて、人間は弱く、しかし人間は自然と共存して、寒さ暑さの移り変わり、自然災害もあり、自然の大切さを知り、人間は自然に守られて、原さん、3・11以降季節が変わり、季節感が感じられず、3・11以降物凄く暑いのに、日陰だと涼しく木に感謝、せつない、自然が人間を守って暮れている、春夏秋冬の来てくれるのはありがたいもので、自然に、土に返ってはいけないものを人間は作りだしてはいけない、置いておけない、処理できないもの、放射能を作ったらアカンもので、原さん、3・11の1年後に岩手に行かれて、打ち上げられたものも多く、子供の半纏や、壊れた自販機があり、絶句、遠くから緑の雑草もあり、しかしもともと家のあったところ、それを見てたまらず、しかし草は生えてくるもので、生活があった物が津波に流されてしまい、災害の前には人間は何も出来ず、しかし人間の作った原発の被害はたまらず、受け入れられず、一昨年の夏に岩手に行かれて、親戚は自宅でないところで住み、店もプレハブ仮設、そんな中で、原さんが聞いてほしい詩、 原きよさんが朗読するのは水内喜久雄さん編の、いまあなたに私の詩を読んでほしいのです、2011年7月に出されたもので、名古屋の水内さんの編集、詩の夢ポケットを出されて、今は季刊、詩の大好きな皆さんが1万冊作り被災地に送り、さらに3000冊増刷、詩を書いているのはサラリーマン、学校の先生など、その中から、原さんの選ばれたもので、当たり前の日常がこんなにありがたいのかと思うもの、毎日感じている風はありがたく、その中で、君の町に、忘れないで、君の町に吹いていた風、四季の風を運んだもので、君がいたことを忘れないで、君の町にまた新しいものがあったことを、などの内容です。

りんごという詩、震災後、多くの励ましがあった中で、被災者同士の声掛けもあり、りんご、津波で流されたりんごの木、生き残った木も海水を浴びても、花が咲いて、作業をしている方もいて、折らずに持って行きたい、私はリンゴが好き、リンゴとともにこの話を忘れない、震災の被害は人間だけでなく、生きているものすべてが受けて、自然は大変で、遠くから声援を送った方もいて、視覚障害者の方の詩、お祈りさせてください、お元気ですか、大丈夫ですか、心は乱れていませんか、地震、津波、原発、一緒に泣かせてください、そして手を取り合い、人生半ばで病魔をいくつも持ち、介護状態の私に、早く、平和な時をくださいとの祈り、色々な祈りがあった。

内田麟太郎さんの詩、震災後すぐに生まれた赤ちゃんもいて、無事に育って行く世の中になってほしいと原さん願われて、命はなぜ生まれてくるのか、苦しいならうまれてこなければいい、とおい昔、世界は平和だったというように生まれてくる、僕らをやさしくさせてくれる、震災後生まれた赤ちゃんに多くの方が希望をもらい、世の中色々なことがあるが、生まれてくる命、人間だけでなく、動物、植物ともに、育つことを原さん願われました。

音楽は、MAY Jさんの、生きてこそ、でした。これはYouTubeにありました。

https://www.youtube.com/watch?v=DUPzjoSvYYQ

 

 

この詩集はたんぽぽ出版に少し在庫があり、被災地支援にもなり、03-5302-7870に連絡してください、以上、原さんの朗読でした。

 

今週の内容、原きよの教えて小出先生の2回目、次回は3月に放送、様々なことを原さん教わったと締めくくられました。以上、今週の自由なラジオでした。この内容は、例によりいくらでも拡散してください。来週は西谷さんの司会で放送されます。

 

 

 

 

 

 

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Preview YouTube video May J. / 『生きてこそ』Music Video(カヴァーAL『Heartful Song Covers』[3.26 Release] より)

May J. / 『生きてこそ』Music Video(カヴァーAL『Heartful Song Covers』[3.26 Release] より)

 

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