サンテレビニュースPORT(2018/2/27) 阪神・淡路大震災23年、行方不明の母の足跡を探す女性

 

永岡です、サンテレビのニュースPORT、火曜日の震災、災害特集、阪神・淡路大震災23年、6434人が亡くなり、未だに3人が行方不明、加古川市におられる佐藤悦子さん、今だに母親が行方不明であり、24年目の佐藤さんの軌跡です。

どこに行ったかわからず、残された家族には過酷で、慰霊と復興のモニュメントには佐藤さんの母、正子さんの名前もあり、今年の1月17日、東遊園地には雨でも多くの遺族が来て、その一人が佐藤悦子さん、23年前のあの日から、母の行方は分からず、いつもそばにいてくれた母、またこの日、1月17日が来たと言われて、5時46分、突然の大地震で多くの犠牲者を出して、佐藤さんの母がいた神戸市須磨区の実家は全焼、3日後に駆け付けた際に母の姿はなく、どういう状態で母が亡くなったのか知りたい、それができず大変で、震災の半年後、悦子さんは母の葬儀を出し、裁判所に失踪宣告して、正子さんは法律上亡くなったことになり、もちろんそれでけじめのつけられるわけはなく、月日は流れて、町は以前の姿に戻っても、母はどこにいるのか?思いが消えることはなく、母の面影を追い、どのようにして亡くなったのか、母だと思って駈け寄ったら別人であり、手元にはわずかな写真や遺品が残ったのみで、悦子は生前の母を知ろうと、友人などを訪ねて、九州で一回結婚して娘を産み、様々な経緯があり、悦子さんは亡くなった母の歳に近づいて、母に孫も見せたく、さらに曾孫もいることになり、母と分けあいたかったたくさんの喜び、これを元に今も生きて、悦子さんは1・17に毎年、母に会えるのかと来られて、阪神・淡路大震災から23年、悦子さんの時間は止まったままなのです。

正子さんの行方不明になったのは、須磨の板宿という、最大の被害を受けた長田区との境界で、当時私のいるところからも大火が見えて、私も23年前のことを思い出しました、以上、ニュースPORTの内容でした。

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