ネットワーク1・17(2018/3/18) 東日本大震災7年 避難者を支えた臨時災害放送局が閉局、吉田恵子さんのお話

永岡です、災害と防災を考えるネットワーク1・17 第1112回、今週も毎日放送アナウンサーの千葉猛さんと、フリーアナウンサーの野村朋未さんの司会で放送されました。

今回もシリーズ東日本大震災7年特集、リスナーより、震災7年、復興には遠すぎる現実を見せられて、故郷に戻れない現実を見たとの声で、福島原発事故があり、今週も被災地の福島県富岡町のおだがいさまFM、お互いさまではなく、臨時災害放送局、富岡町から避難された方に避難情報を全国に流して、方言を現地で使えない方のために、方言を使って放送、しかし富岡町の人口16000人のうち、帰還したのは429人、臨時災害局からコミュニティFMに移行するハードルも高く、3月で放送はおわり、昨年も出られた、パーソナリティで富岡町の社会福祉協議会の吉田恵子さんのお電話でのお話がありました。

吉田さんは富岡町に昨年4/1には避難指示解除、職場がそこにあり仕事をして、しかし新築中のもので、居住制限区域が解除されて、吉田さんも家を建てて、3/1に458人帰還、16000人いた町がこの有り様で数%しか帰還せず、帰還困難区域が残り、面積は小さいが、そこに多くの方が住んでいて、おだがいさまFMの放送、3/7の録音が紹介されて、出荷制限、スーパーのものを食べたら、富岡のタケノコのおいしさがわかるもので、色々な山菜がおいしくなる季節…とあり、身近な話題を語られて、しかし今はタケノコを採れず、厳しい寒さから、山歩きで取って食べるものであるのに、避難されて、遠いところから聞いている方もあり、タケノコは買うものではなく採るもので、しかしラジオの終了は昨年暮れ~今年初めに、新聞記者から町の決定を聞かされて、放送は富岡でしているのではなく、避難指示解除で富岡町からやりたかったが、1年間は郡山市の、仮設住宅などあるところでやり、町にタブレット端末があったものの、コミュニティFMは終了、リスナーも、全国に避難されている方も多く、県全体をカバーしないとダメ、今の情報が伝わらず、自治体の用意していたタブレット端末は使えなくなり、富岡のアプリのダウンロードが必要で、お年寄りには、これを聴くためにスマホを買った人もあり、以前と異なりアーカイブを聴けず、リアルタイム放送しか聴けず、いつまでもこれでやるのは大変で、どうせやるなら、双葉郡を巻き込んでやりたい、富岡でやりたいとした6年、認められず、燃え尽きであり、終了は富岡町の決定で、現場のパーソナリティの吉田さんには決定は伝えられず、富岡でやるために尽力したのに、臨時災害FMからコミュニティFMへの以降は、昨年来検討しても、協力は得られず、燃え尽き、続けるのは難しく、コミュニティFMに移行するには、放送法でハードルが高く、自治体を巻き込むことと、スポンサー企業が町にない。

吉田さんの他のパーソナリティの方は、富岡でやっていたのは2人のみ、郡山のボランティア2人、吉本の住みます芸人の方もいたものの、郡山の方もラジオを聞いてくれて、今がっかりしている。

3・11から7年の放送が紹介されて、帰還時のバスから降りた皆さん、うなだれて、もうダメと、震災半年の富岡の、人の気配のない、地震で壊れた町、天気もどんより、震災7年経っても、富岡町で仕事しているもので、帰還困難区域もあり、元のようになっていないが、生活する人、働く人がいるというもので、7年経った思い、吉田さん、3・11に地震と津波、翌日に避難しろで、7年色々な思いがあり、富岡町に戻り、本来あった職場に戻ると、7年の記憶が抜けて、何事もなかったような感覚になり、故郷の風景を見て、忘れてはいけないものだと吉田さん自分に言い聞かせているもので、放射性物質もそこに残り、移染したことを信じるしかない。

富岡町のこれから、理髪店がなくみんな困り、タクシーの本数も問題で、普段の生活は戻らず、スーパーやホームセンターはあるものの、富岡町に住みたい、住んでよかったというものを増やしたいと語られて、おだがいさまFMはミニ局から7年、放送を聞いているだけでなく、リスナーより、メールもたくさんもらい、町民に参加してもらい、感謝もされて、避難地区で受け入れてもらった感謝があり、これはラジオの力ではあり、富岡に戻る、県外に避難された方に、富岡の笑顔を伝えることを続けたく、これまでで一番心に残っているのは、毎週土曜日の町民を招いての放送は楽しく、震災の時のこと、うつになり、人と会うのも嫌という人がラジオに出られて、これに出たことがきっかけで楽しいことがあると知った、放送を聞いて生きる勇気が出たというものの、うちが届けなかつたらどこがやるのかと吉田さん問われて、おだがいさまFMは人と人を繋げて、6年間、ラジオは娯楽ではなく福祉であり。皆さんが様々な地域で生きていく情報を届ける、地域で安心して生きる情報を届けたく、吉田さんは富岡で生きるのです、以上、吉田恵子さんのお話でした。

 

ラジオは福祉は千葉さんも心に残り、野村さんもラジオの役目を知ったと問われて、先週は原発事故避難者の斎藤さんが出て、京都地裁で国と東電に賠償命令、自主避難者にも賠償であり、避難の意味は認められても、原告174人のうち110人しか認められず、年間1ミリシーベルトを原告は求めても、64人は認められず、福島→京都に避難された斎藤さんに聞いて、賠償が認められなかつたケースもあり、64人も認められるように、控訴審で闘いたいと言われました。

野村さん、来週でネットワーク1・17を卒業、来週が野村さんの最後の放送になり、思い出を語られるとのことです、以上、今週のネットワーク1・17でした。

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