市民のための自由なラジオ(2018/3/24) 思想に固執せず変化に対応することで己を通す、安全な農産物で社会を変える男の哲学、藤田和芳さんのお話
永岡です、市民のための自由なラジオLIGHT UP! 第104回、今週は木内みどりさんの司会で放送されました、木内みどりの指差し確認です。今週は市川うららFMを聞きました。
この番組は次回で最終回ですが、4月から「木内みどりの小さなラジオ」がwebラジオで始まり(不定期放送、第1回のゲストは小出先生)、また、毎日放送ラジオの、報道するラジオの後は、MBSラジオの改編で、ニュースなラヂオになるとわかりました。
http://www.mbs1179.com/info/kaihen/201804.pdf
これらの番組も追跡します。水野晶子さん、土曜日の早朝の川柳番組のしあわせの五・七・五は3月でちょうど10年であり、今まで生放送であったものが、水野さん、しあわせの五・七・五は収録のスタイルになり、4月からも継続であり、金曜日の夜に収録になり、そのためにリスナーに生電話もできて、スタジオに遊びに来てもらえることになったと言われて、川柳を一緒にひねる句会もできるということで、近藤勝重さん、水野さんが遠慮なくされて、組織は「そうは言っても」の世界での、人生の第2幕第3幕、近藤さん、ラジオはテレビみたいに取り繕うことはない気楽さを語られて、水野さんの魅力がさらに出ると、化粧してよりすっぴんでもろ肌で(笑)、人生の節目を再発見した人も多い、近藤さん、水野さんは無所属になると言われて、生き方再発見を川柳で教えてほしい、リスナーに、これからもよろしくと言われました。
木内さん、今回のゲストはオイシックスドット大地(https://www.oisix.com/OtameshiTouroku.lp.g6–top–top-shinki_domo_a__html.htm?SESSIONISNEW=TRUEID&mi2=7749 )の藤田和芳さん、大崎の本社を訪れて、大地を守る会(http://www.daichi-m.co.jp/ )を1975年以来43年続けられて、有機農産物・安全な農産物の宅配にこだわり、有機肥料を使わず、農薬を使わないことでファンを増やして、木内さんも会員、大手のデパートで買えて、食だけでなく、日常の安全にこだわり、3・11以降は反原発の立場も表明された藤田さんのお話です。
藤田さんにインタビュー、岩手県の稲作農家の次男坊、転機は何か、高校は岩手県でバスケットのキャプテン、県内で1度も負けず国体、インターハイに出て、国体全国5位になり、上智大学に入り学生運動、故郷のために何かしないといけない、2・26事件の青年将校は、岩手県で貧しい女性が身売りなのを心痛めて、東京に出て、故郷の共同体のためであったと本で読み、藤田さんの村も貧しく大学に行く人はほとんどなく、志はあり、学生新聞のクラブに入り、早稲田、慶応で学費値上げ反対、安保闘争、ベトナム戦争のこともあり、バスケットのキャプテンが社会のために、故郷のために、バスケットボールは自信がり、様々な大学から推薦入学の誘いもあったが、藤田さんより上手な人もいて、彼らが練習をもっとしたら敵わず、バスケットボールの道はあきらめて、全く別の道として、新聞を発行して、デモに行き逮捕される学生もあり、逮捕、政治活動は禁止で、停学にされて、しかし日本中の学生が活動しているのに停学はおかしいと書き、政治的な気持ちになり、全共闘の中で活動家になり、上智大学でもバリケードを作り、大学新聞の最高責任者であり、特定の党派に入らず、闘争にいて、しかしバリケードができてその外にいるのか、中にいるのか、過激になり、家族から止めろと言われなかったかと木内さん問われて、藤田さん、長男が農家の跡を継ぐべきなのに、東京の大学に行きたいとして岩手に帰らず、警察官になり(笑)、兄は藤田さんに不満でも、藤田さんは兄の職業に不満(笑)、親もオロオロであり、不思議な兄弟、弟も学生運動をして、5人兄弟、兄は下が、家族の中で支持しないのはしんどく、弟は事務所を岩手でやり、学生運動の藤田さんがなぜ野菜を売るのか、大学→出版社に行き、学生時代の整理を付けず就職したことに異議を覚えて、天下国家、革命を思い、どれだけに支持されているのか、小さな市民になり、自分の生活のみを考えるようになってしまい、しかし、藤田さんたちの世代の最後は、連合赤軍で殺し合いになってしまい、なぜそうなったかは痛切で、真剣に考えないといけないと思い、シューマッハのスモールイズビューティフルを読み、日本、世界の文明に行きつく先に疑問、科学技術、資源を使い果たすことに危惧であり、スモールイズビューティフル、文明の起点にいて、原発反対、農薬も環境破壊、健康を阻害すると知り、そして一人の医師が、サンデー毎日に紹介されて、医者なのに、毒ガスを中国で研究して、731部隊との関連はないものの、シベリアに抑留されて、やっと釈放されて、新潟でDDTをかけられて、DDT=塩素化合物、自分の研究していたもので、茨城県の水戸が故郷でも、そこに帰れず日本中を転々として、ところが田畑にDDTが農薬としてまかれていたのに、これはアカンと思い、医者として、これで被害者が出ると思い、水戸に帰り医者を開業したら、そういう患者が来て、近所の農家に農薬の使用をやめろ、土壌を変えたら使わなくて良くなるということで、この話をサンデー毎日で読んで、毒ガス博士が変わり(放送禁止用語)博士、そこに藤田さん行かれて、自分の女房を農薬をまいた畑に行かせたくないというもので、藤田さん、農薬なしでやったら虫食いになり、キャベツの抜き打ち検査で虫食いだと農薬を使わなかったのかと言われて、農薬なしに農業が成り立たない、スーパーも虫食いを買ってくれないであり、なら、買ってくれる人を作ろうと、藤田さん買う、生協もあり、生協の友人も賛同してくれて、農家が数人来て、生協は無農薬野菜に賛同して、最後のところで価格はと生協の担当者が訊くと、農家は虫、病気で1~2割収穫が減る=1~2割高くなるであり、生協は高いのは遠慮して、産直でその値段はダメ、それで、別の生協も価格面でアウト、日生協も値段でダメで、農薬を使わない有機農業は命にかかわるものの、当時の生協は大量生産大量消費のなかにあり、その中で安くする動きで、産直で高くなるのには、当時抵抗があり、藤田さん、挫折しかけたものの、なら自分たちで売るしかないと、江東区の団地で、中庭で野菜を売る許可を得て、農家と行ってゴザを引いて、トマト、ニンジンなど売り、子育てのお母さんもいて、無農薬、安全、おいしいと売り始めたら、お母さんたちが注目して、チャンスと思い、試食してもらうと、ニンジンも好評で、子供ころに田舎で食べていた味と評価されて、藤田さん、岩手の出身で、水は塩素くさく、野菜も違和感があり、団地のお母さんたちは田舎から来て、故郷の本物の味を知っていて、団地の中で話題になり、別の団地でもやってくれとなり、練馬区のお母さんたちにも場所を作り売って、千駄ヶ谷でもやり、青空市が広がり、これは出版社勤務の土日にやって、学生さんのアルバイトもいて、妻も仕事をして、子供のできたばかりで、出版社を辞めて、野菜の販売に妻も賛同して、それに専念して、藤本敏夫さんが刑務所から出て、藤田さんが農業をしていると言うと、仲間になり、強い能力のある人が参加して、そして大地を守る市民の会、農家、消費者を集めて結成大会、NGOを作り、団地などの青空市をして、農家から、なぜ市民かと問われて、大地を守る会にして、藤本登紀子さんが来て、リーダーが来て行ける、大地を守る会は43年目!
オイシックスと合体して、日本の第1次産業を守るもので、TPPが亡霊のように復活して、海外から洪水のように安い農産物が来てしまい、農地法改悪、種子法改悪、しかしグローバリゼーションでは日本の農家は生き残れず、デモや署名では日本の農業は守れず、それなら、企業として消費者とともに農業を守るために、オイシックスと経営統合して、オイシックスはインターネットを活用して農産物を売る若い力を持ち、大地を守る会は生産者と一体で、農業の展望を見出すことになり、今年は、らでぃっしゅぼーやの株式を倍に出来て、2/18に株式移譲してもらい、650人事務所にいて、秋には850人の企業になり、日本の生協の、有機農業の勢力もあるものの、有機農業の企業はオイシックスと大地を守る会、らでぃっしゅぼーや、統合して、日本の第1次産業をまもりたい、アメリカのアマゾンもネットで野菜を販売して、アマゾンもオーガニックに参入、フランスのオーガニックの会社も日本のイオンと提携して、麻布十番に店を出し、海外から巨大な有機農業の企業も来て、市場規模は1400億、しかしアメリカは4.6兆円もあり、ドイツでも兆を超えて、なぜ日本で有機農業は少ないのか、様々な理由もあるものの、日本は伸びしろもあるので、アマゾンも参入して、それでオーガニック分野でも、グローバル企業が、日本の農業を守るのではなく、TPP的な観点で来るので、3つの企業が手を組み、可能なところまでやってみたい、先を見越して、強くなる、ダーウィンはの生き残るのは周りに対応することといい、藤田さんも思想を純化して、農家とも、社会の変化に対応して、志を達成する、日和見ではなく、自分が何をしたいか持ち続けて、これを、アメリカのニューズウィークが、世界を変えるビジネスマン100人に選んだのです。
ここで音楽、大地を守る会を支えてくれた、加藤登紀子さんの、百万本のバラです、これはライヴ映像がYouTubeにありました。
https://www.youtube.com/watch?v=dOHF8FuNyC4
そして、中国からも求められて、北京と上海でやり、藤田さんの本も中国語版、大根一本からも売れる、中国で高度経済成長であり、環境問題などの歪みもあり、日本も公害、工場からの垂れ流しがあったが、中国でも同じことがあり、日本だとデモ、市民運動で、自動車会社に改善させたことがあり、環境問題、人間の尊厳を取り戻したが、中国だと政府には歯向かえず、署名、デモはできず、環境問題は深刻であり、大地を守る会のやってきたのは、学生運動もしたが、ビジネスの手法で環境問題を解決したい、農薬なしで農業ができて、健康を守れる、ビジネスの手法で変えられると40年やり、中国でもできるとして、木内さん、藤田さんは中国では偉人と言われて、パレスチナにも木内さんと藤田さん行かれて、イスラエルに遠回りをさせられて、ならここに道路を作ろうと、大地を守る会の寄付を求めて寄付金は十分できで、ダフダフロードになり、一直線、大きなカメが来て、藤田さんに感謝するかの様で、しかし、藤田さん、道路を作ったのは自分ではなく会員と言われて、藤田さん、オリーブ畑の先にイスラエルの入植地があり、農家の方も、イスラエルからとの緊張の中でパレスチナの方はオリーブを作り、道路があったら緊張感も和らぐと思い、パレスチナの方と相談して、道路が瓦礫の中に出来たのは感激で、それで電気も通り、木内さんは辺境に良く行き、藤田さんに連れていってもらったのが、イスラエルとパレスチナ、ミャンマー、パプアニューギニアetc、藤田さんは飛行機もエコノミークラスで行き、藤田さん、他の社員と行くのに自分だけビジネスクラスは嫌として、エコノミークラスであり、成田で結団式をして、帰国時に解団式をして、藤田さんの、上下関係なし、生まれつきの正義感もあるが、一人だけビジネスクラスは嫌で、木内さん、安倍氏や麻生氏は藤田さんを見習えと言われて、藤田さん、陣地を広げること、自分と違う人も、原発には意見が様々なものがあるが、核を否定するなら多様性を認めるべきと問われて、木内さん、今の社会は不寛容、しかしミスを許すことから多様性を認めるものだと言われて、藤田さん、畑はそういう多様性を教えてくれる、作物は天候に左右されて、天気のいい時だけのことは許されず、変化の中に、自分の志を全うしようと、締めくくられました。
今週の特集、木内さん、藤田さんに教わることは多く、大きな会社のトップでも偉ぶらず、大地を守る会の会員であることを誇られました。
木内さん、自由なラジオで25人の方を取り上げて、これが最後で、木内さん自由なラジオを卒業されて、リスナーに感謝、素晴らしい方と出会えて、25人の方との対談、アーカイブにも残り、またどこかでご一緒出来たらいいと木内さん締めくくられました。以上、今週の自由なラジオでした。
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Preview YouTube video 加藤登紀子 Jazzy「百万本のバラ」
加藤登紀子 Jazzy「百万本のバラ」