
大幅な値引きなどの不透明な国有地払い下げが疑われてきた学校法人「森友学園」(大阪市)との売却契約などの決裁文書を、財務省が改ざんした問題で、当時の理財局長、佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問が3月27日に行われることになった。公文書を改ざんしてまで隠さなければならなかった事情は何だったのか取材した。(ダイヤモンド・オンライン特任編集委員 西井泰之)
佐川局長の国会答弁に
合わせたのが「動機」と説明
財務省による決裁文書の改ざんが明らかになったことで、「森友問題」は、新たな局面に入った。
改ざんは、問題が表面化した直後の2017年2月下旬から4月に、本省の理財局が主導して行われたとされる。事前の価格協議を否定した佐川宣寿・理財局長(当時)の国会答弁と、決裁文書の内容に「齟齬があった。答弁に合わせ」(麻生財務相)たのが、その“動機”だったとされる。
「答弁」とは、「国有地の割安払い下げ」の疑惑を追及された昨年2月から3月にかけての衆院・財務金融合同委員会での発言。「記録は廃棄され残っていない」(2月24日)、「価格を(財務省から)提示したことはない」(3月15日)と、価格協議や本省の関与などを真っ向から否定するものだった。
だが当時から、こうした「佐川答弁」に対し、財務省関係者の間でも「真意を図りかねる」との声があった。
「交渉記録が残っていないことはあり得ないし、こうした案件は、本省の判断や指示なしでやれるものではない」「国会答弁は、言質をとられないように、ぼやかして言うのが役人の心得。どう転ぶかわかならい段階で、あんなにはっきり否定して大丈夫なのかと思った」(財務省関係者)
安倍首相の「辞める」発言が
そもそものきっかけか
佐川局長は、なぜ「全面否定」にまで踏み込んだのか。その理由として考えられているのが、その1週間前の2月17日、安倍晋三首相が予算委員会でこの問題を追及されて答えた発言だった。
「私や妻が関係していたことになれば、首相も国会議員も辞める」
自らの「辞職」にまで踏み込んだ首相答弁は、与党や霞が関で話題になった。
この首相答弁との関連を、ある財務省OBはこう話す。
「総理が『辞職』するとまで言って、国会審議を乗り切ろうとしている。佐川局長は、『総理案件』であることや、そうした政権の正面突破の姿勢を“忖度”して、便宜供与などの疑惑の要素が全くないかのように全面否定したのではないか」
ところが、その後、近畿財務局の決裁文書に、安倍昭恵首相夫人に関する記述を始め、予想以上に詳細な経緯が記述されていたことが分かり、あわてて書き換えが行われたというのだ。
だが、「局長である佐川氏が、誰の指示もなしに虚偽答弁や、文書改ざんをやったとは考えにくい」というのがもっぱらの見方だ。
というのも、首相の国会答弁や、関連する各省の官僚の答弁は、官邸の首相秘書官らと、各省の文書課などの国会担当窓口、担当部局との間ですり合わせながら、内容が調整されるのが通例だからだ。
そこで浮かび上がるのは、佐川局長が官邸の「指示」を受けたり、直接、受けなくても官邸の意向を“忖度”したりする形で、「全面否定の国会答弁」をし、つじつま合わせの文書改ざんに手を染めることになった可能性だ。
野党の質問を突っぱねるような国会答弁が批判された中でも、官邸からは「佐川(局長)はよくやっている」といった声が上がっていたことも、こうした見方に現実味を持たせることになっている。
“正面突破”を演出したと
見られている今井首相秘書官
こうした強気一辺倒の「答弁」で“正面突破”を演出したと見られているのが、これまでも、原発の再稼働や消費増税の先送りなど、重要政策が打ち出される局面を仕切ってきたあの人物。首相の最側近である経産省出身の今井尚哉・首相政務秘書官だ。
秘書官経験もある省庁の幹部はこう話す。
「今井秘書官からは、政策のみならず、国会答弁に関しても、『これではだめだ』とか、『もっとはっきり言え』といった指示が飛んでくる。踏み込んだ総理発言に関しても、『疑惑がないのならはっきり否定した方がいい』と、総理にアドバイスをしたのだろうと、当時、霞が関で話題になった。その流れで、佐川局長にも、官邸から『はっきり否定しろ』と指示が伝えられたのではないか」
もともと佐川氏と今井秘書官は省は違うが82年入省の同期。佐川氏は若いころは、経産省(旧通産省)に出向していたほか、予算編成をする主計局時代は、経産省担当の主計官や主査をやっており、今井氏を中心とした首相周辺の人脈に連なっていたと見られている。
首相側近が、政権運営や個別問題の対応で、「総理の意向」を忖度して、事細かく指示を出し、各省が従う。何やら、加計学園の獣医学部新設問題で、首相補佐官らが文科省に早期認可を求めた疑惑と同じ構図だといえる。
経産省に追いやられていた
財務省の焦りも原因か
では、3月27日に予定されている証人喚問で、佐川氏はどこまで口を開くのか。「真相」の解明はこれからだが、官邸への忖度が現実味をもって受け止められるのは、安倍政権のもとでの財務省の微妙な立場がある。
首相の側近や政策ブレーンが、「成長戦略」を担ぐ経済産業省出身者とリフレ派の学者らで固められ、「アベノミクス」を推進してきた中で、財政健全化を進めようとする財務省は後ろに追いやられてきた。
例えば、今井秘書官も経産省出身、森友学園との土地取引交渉の最中、財務省に問い合わせの文書を送るなどした首相夫人付き職員も、経産省からの出向のキャリアだった。
支持率が低迷していた民主党政権末期、安倍政権誕生を見越して、経産省がアベノミクスの土台になる成長重視の政策作りで自民党に積極的にアプローチをしたのに対し、当時の野田佳彦首相が掲げていた消費増税による「税と社会保障の一体改革」を担いでいた財務省は出遅れた。
かつては国会運営や与党との調整などを担う「黒子」として、政権運営の主導権を握っていた財務省には “焦り”があった。
安倍政権が発足すると、第一次安倍政権の際、首相秘書官で仕えた田中一穂氏を財務次官に起用。同期入省の3人が三代、次官をするという異例の人事をしてまで、首相との距離を縮めようとした。
だが、2014年春の消費税率の5%から8%への引き上げこそ実施されたものの、10%への税率引き上げは二度、先送りされ、2017年に入っても、政策運営で後ろに置かれる状況は続いていた。
佐川局長は栄達を考え
麻生財務相も禅譲を狙っていた?
そうした中で、森友問題で官邸に“忠誠”を尽くすことで、安倍首相との距離を縮める好機だという空気が、財務省全体の中にあった可能性は否定できない。
佐川局長自身も、こうした状況をうまく乗り切ることで、さらなる栄達を頭の中で考えたのかもしれない。理財局長というポストは、次官コースとされる本流の主計局長につながるポストでもあるからだ。
一方で麻生財務相も、この事態をうまく収拾することで、首相に“貸し”を作り、場合によっては、将来の“政権禅譲”をという思惑が働いていた可能性もある。財務省にとっても、消費増税や日銀総裁人事などで、意向を主張してもらえる唯一のパイプだった麻生財務相の思惑を、おもんばかる空気も生まれていた。
財務省幹部の一人は言う。
「安倍政権で、なかなか言うことを聞いてもらえないのは確かだが、言うべきことは総理にも言おうということでやってきた。しかも、増税や財政健全化の正面にいる主計局や主税局が政権をおもんばかるのは分かるが、理財局がそこまで忖度する必要はないはずなのだが…」
このように見てくると、財務省が政権内での主導権争いに走ったことが、一連の「森友問題」の“一端”になっていたと思わざるを得ない。だが、そうした姿勢は、財務省の組織の末端にも大きな“ひずみ”を生んでしまっていた。
今回、本省理財局から書き換えを指示されたとして、自殺した近畿財務局の職員は、森友学園への国有地払い下げを担当し、国会などで森友問題の疑惑追及が続いていた昨年、体調を壊して休職。「心と体がおかしくなった」「自分の常識が翻された」などと、知人らに漏らしていたと報道されている。
本省の身勝手な理屈によって、末端の職員が振り回され、その結果、命を絶つまでに至った可能性が高い。
政権へ忖度をする一方で、書き換えは現場に押しつけ、「組織防衛」と「自己保身」を図る姿に、エリート官僚たちのモラルハザードを感じざるを得ない。
これも「安倍一強」の長期政権が続く中で、「政」と「官」のパワーバランスが大幅に崩れ、たがが外れてしまった異常な事態の現れだ。