かばんもち

かばんもち

ひとりの少年が、うごめく人々の群から少しはなれて、 どこも見ずに、見ようともせずに、ぺたりと土ほこりのなかに 坐っていた。 彼は、少年に近づいた。 通訳を通して話しかけた。 少年は見上げもせず反応もしない。 むなしさに身と心を沈めて動こうとしない。 彼は、かまわずパスポートや現金や旅行者小切手の入った だいじなブリーフケースを少年のひざの上に置いた。 「きみは信頼できる子にちがいない」と彼は言った、 「ぼくがキャンプじゅうを見てここに帰って来るまで、 このだいじなかばんをあずかってほしい。 持ち歩いていたんでは、手がふさがって、メモをとるのも むずかしいからね」。 通訳が最後の文句を訳し切る前に、唐突に少年の表情が動いた。 何かが少年の衰えはてた肉体を突き抜けたようだった。 いま、視点の定まった眼で、彼をまっすぐに見た。 1秒、2秒・・・、少年の顔にふいと笑みがひろがった。 両手は託されたかばんを抱くように包んだ。 「いつまでも、たしかに、ちゃんとあずかると言っています」 と通訳は少年の、おそらく数ヶ月ぶり数年ぶりに口にされたに ちがいない言葉を彼に伝えた。 「あの子に」と、彼はのちに言った。 「かばんを託したことは、生涯を通じてぼくがおこなった最大の善だった・・・」。 あずかっただけではない。 衰弱のあまりよろめく足を勇んでひきずって、 少年はその日一日、彼と通訳のあとを、かばんをしっかり抱きながら ついて歩いた。 ときおり、かばんを叩き、彼を見上げ、笑みいっぱいの顔を輝かせて。 信頼された。 平等に扱われた。 だいじなものを託された。 自分は「他のふつうの人間たちにとってのいらない存在」 ではなかったのだ・・・。 通訳とキャンプ主任の話によれば、その日、少年は変わった。 劇的に変わった。 放心からせいいっぱい生きようとする人間に。 絶望のどん底のうごめきから、将来を築こうとする意欲の人間に。 過去を断ち切って、立ち上がった人間に。 「人にとっての最大のミゼールは」と、マザー・テレサは言っている。 「極貧ではない、飢えでもない、身内の者の虐殺を見た恐怖ですらもない。 最大のミゼールは『自分がだれにとってもいらない存在だ』 と感じさせられることなのだ・・・」。 「いらない」存在から、だれかにとって「いる」存在へ、 移行したとき、移行のきっかけを見つけたとき、 いかなる難民にも希望が生まれる!

(1979年 カオイダン難民キャンプ Khao-I-Dang) 【難民・終わりなき苦悩】 岩波書店 犬養道子 1986年 105ページ MLホームページ:

https://www.freeml.com/uniting-peace

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