安倍晋三首相がきのう、9月の自民党総裁選への出馬を正式に表明した。これにより、既に立候補を決めている石破茂元幹事長との論戦が実質的に始まることになる。
総裁選が選挙戦となるのは、安倍首相が返り咲いた2012年秋以来だ。今回はその後の約6年を自民党として初めて総括する場となる。
現状では首相が優位な情勢は変わっていないようだ。3選されれば21年秋まで、第1次安倍内閣と合わせれば戦前・戦後通じて最長の「10年政権」となる可能性が出てくる。
それだけに首相はあと3年、どう政策を仕上げていくのか、具体案を提示していく必要がある。同時に3年後、どう政権を引き継いでいくのかという点にも首相は大きな責任を負っていると言っていい。
アベノミクスのひずみ
そんな重要な総裁選でありながら、出馬表明がほとんど言いっぱなしに終わったのは残念だ。
首相は「(次世代に)誇りある日本を引き渡すために、かじ取りを担う」等々と言葉を並べたが、具体的な中身はなかった。
そもそも訪問先の鹿児島県を表明の場に選ぶ異例の手法をとったのは地方重視の姿勢をアピールする狙いからだったと思われる。
国会議員票とともに、党員票でも圧勝しないと、その後の政権運営が厳しくなると首相は考えているのだろう。だが、こうした演出優先の姿がどれだけ国民の心に響き、3選への理解を深めたか疑問だ。
「地方創生」「女性活躍」「1億総活躍」「働き方改革」……。首相は毎年のように新しいキャッチフレーズを生み出してきたが、首相自身が認めるようにいずれも「道半ば」だ。実際には一つ一つ、きちんと成果を検証することなく、目先だけを変えてきたのではなかったか。
中でも行き詰まりを見せているのは第2次政権発足直後から鳴り物入りで進めてきたアベノミクスだ。
確かに、日銀の「異次元の金融緩和」によって円安が進み、恩恵を受けた輸出産業を中心に株価は上昇した。雇用は増え、企業収益は全般的に向上するなど、いくつもの経済指標が好転したのは間違いない。
しかし日銀は金融緩和を続けるとともに、巨額な上場投資信託(ETF)を買い入れて株価を支え、国債を大量に購入して結果的に政府の財政出動を後押ししてきた。そうした方法が市場をゆがめているという懸念は一段と強まっている。
当初2年程度で達成すると言っていた2%の物価上昇目標も達成されないままだ。デフレ脱却を大義名分に導入された「劇薬」は、今や効果より副作用の方が心配されている。
肝心の個人消費は思い通りに上向かない。多くの国民が今も景気回復を実感しているとは言い難い。とりわけ地方経済には効果は限定的で、地方の不満は強い。
そして消費増税を2度先送りしながら、予算は膨張し、将来世代への借金のつけ回しは増えるばかりだ。
石破氏との討論重ねよ
問題は安倍首相がこうしたマイナス面に目を向けないことだ。
首相が非を認めようとしないのは経済政策に限ったことではない。だが修正もせずに、また「道半ば」を繰り返して3年が過ぎれば、迷惑を被るのは次の政権であり、国民だ。
首相交代後、経済政策が急激に変われば市場は大混乱するかもしれない。さらに20年の東京五輪・パラリンピック後には日本全体の景気が後退局面を迎えるとの見方もある。
ひずみは次の政権に引き継がれる可能性がある。これらの「負の遺産」を清算する展望を首相は持っているのか。それがなく「後は野となれ山となれ」では困るということだ。
経済政策について、石破氏は金融緩和の出口戦略を模索して金融引き締めに転じる一方、財政再建を重視する考えを示している。論戦は国民にとっても意味あるものとなる。
無論、争点は経済だけではない。強引さばかりが目立つ首相の国会運営や、森友学園問題等々にみる行政のゆがみ、憲法改正、外交・安保など課題は多い。石破氏がテーマごとの公開討論会を求めるのは当然だ。
にもかかわらず、安倍首相側は討論には消極的で、この日の出馬表明と同様、総裁選期間中も候補者が一方的に考えを述べる街頭演説を中心にしたい意向だという。
「10年政権」を目指す首相だ。まさか堂々と論戦するのは自分に不利だと考えているわけではあるまい。