地下水位は約束していた水位を大きく上回った。市場内の物流が制限される。商品の取扱量の試算もデタラメ…。これら3つの大問題を何ら解決することなく無視したまま、小池百合子東京都知事は“臭いものに蓋”をして、築地市場の豊洲への移転を強行する考えだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 岡田 悟)
11日ついに江東区の豊洲市場へ
移転後も解決できない3つの問題

土壌汚染、構造計算の疑義、6000億円という巨額の総工費の是非…。侃々諤々の議論を経て今なお反対の声が消えない中、東京の胃袋・築地市場が11日に、江東区の豊洲市場に移転する。しかし豊洲には、今なお解決していない、もはや解決できないであろう3つの問題がある。
1つ目は地下水位だ。
都は今年7月までに、豊洲の土壌汚染が地下水に混ざって地上の施設に及ぶのを防ぐため、地下にコンクリートの床を敷いたり、地下水をくみ上げる巨大なポンプを設けるなどの追加対策工事を実施した。
その上で、9月に農林水産省から市場移転の認可を受けたが、前述の安全対策も認可の前提の一部となっている。小池百合子東京都知事は8月の認可申請を前に「都民、市場関係者には、豊洲市場は安全で、安心して利用していただけると伝えたい」と述べ、事実上の“安全宣言”をした。

これに先立ち、都が設けた「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議」の平田健正座長は7月末の記者会見で、安全が確保できる地下水位の基準について「全ての観測井戸がA.P.(東京湾中等潮位)+2.4メートル以下で維持されるようにすること、その上でA.P.+2.0メートル前後で地下水位が常時維持されるようにA.P.+1.8メートルを目標管理水位として地下水管理システムを稼働させていくことが望ましい」と説明していた。
そもそも専門家会議は、2017年11月にまとめた報告書の中で、対策として「早期に目標管理水位(A.P.+1.8メートル)まで地下水位を低下させるとともに、地下水位上昇時の揚水性能を強化する」とだけ述べており、+2.0メートルとか+2.4メートルといったバッファーへの言及はなかった。
専門家会議の今年7月の変節ぶり自体、理解に苦しむところだが、週刊ダイヤモンドはその前からダイヤモンド・オンライン上で
「小池都知事の憂鬱、豊洲の地下水位は追加工事でも下がらない!?」
「小池知事最側近が「絶対にできない」と断言!豊洲地下水管理のまやかし」
のように、地下水位を基準値まで下げることがいかに難しく非現実的であるかを再三指摘してきた。

そして、実際の結果はいたってシンプルだ。地下水位は下がらなかった。
台風24号が関東地方に襲来する前の9月19日、1カ所で3メートルを、1カ所で2.5メートルを超えた。21日以降はさらに上昇し、30日に台風24号が来る前に3メートル超の場所が増えた。それも、地下のポンプに加えて、「ウェルポイント工」と呼ばれる、本来は土木工事で一時的に用いられる強力な真空ポンプを、地下水位を観測する井戸のすぐそばに設置するという“裏ワザ”まで駆使しているのに、である。
都新市場整備部の山本諭・環境改善担当課長は週刊ダイヤモンドの取材に「9月の降水量は27日までで282.5ミリと例年より多かったため」と水位超過の原因を説明した。
台風24号の分を加えた9月の合計降水量は300ミリを超えたが、過去に9月の降水量が400ミリを超えた年もあり、今年の9月だけが記録的に多かったわけではない。近年、想定外のゲリラ豪雨や長雨が頻発していることを考えれば、降水量の平均値にこだわるべき理由もない。
そしてそもそも、降水量が多ければ水位が基準を超えても良いとは、誰も言っていない。
山本課長も「いつ水位を低下させるのかという見通しを、われわれが示せるものではない」と認めた。このままでは、小池知事の安全宣言の根拠を欠いたまま、豊洲が開場されることになる。
ただでさえ物流効率が下がる豊洲で
フォークリフトが運べる重量も減少

2つ目の問題は、市場内の物流が大幅に制限されることだ。築地では現状、使用されるフォークリフトは2.5トンまで荷物を運べるものが主流だとされるが、豊洲ではほとんどのフォークリフトが1.5トンまでしか運べないものになってしまうのだ。
築地で実際に荷物の運搬を手掛ける「小揚」と呼ばれる業者の労働組合で委員長を務める小鍋浩一さんによると、かつて築地では2トンまで運べるフォークリフトが使われたこともあったが、時間との勝負である場内で、小揚げの業者はどうしても一度に大量の荷物を運ぼうとする。2トンのフォークリフトでさえ、前部のフォークに乗せる荷物が重すぎて、車両の後部が浮き上がるほどだったため、今ではあまり使われなくなったという。
それでも豊洲では、1.5トンまでしか運べないフォークリフトを使わざるを得ず、小鍋さんは「一度に運べる荷物の量が減るので、その分作業時間が大幅に延びる。豊洲に新しく合理的な市場を造ったはずなのに、なぜ、そんな非合理的な働き方を強いられるのか」と憤りを隠さない。
一方、都新市場整備部の市沢拓也・物流調整担当課長は週刊ダイヤモンドの取材に「築地では2.5トンのフォークリフトに、荷物を最大限積んで運んでいるわけではない。業界団体からも話を聞いており、豊洲で1.5トンのフォークリフトしか使えなくても、物流効率が落ちるとは考えていない」と、小鍋さんとは真逆の話をする。日々、実際に市場で働いている小鍋さんは「(都の見解は)絶対にありえない。荷物を満載しているフォークリフトはいくらでもある」と反論する。
平屋の築地と異なり、上下の移動を要する豊洲の建物は、ただでさえ物流効率が下がると言われている。さらに、フォークリフトで運べる重量が制限されれば、何が起きるかは自明である。
現状と乖離する都の取扱量試算
築地のピーク時並みにV字回復?
最後に、3つ目の問題として、都が国に提出した信じがたい試算をお見せしよう。
「東京都中央卸売市場豊洲市場事業計画書」と呼ばれるもので、都が8月に農林水産省に、豊洲開場の認可を申請するために提出した書類の一部だ。
この中には、18年10月から23年度までの年度ごとの豊洲市場での水産物、青果、漬物、卵の取扱量と取扱金額の試算が記載されている。図表1はそのデータを19年度からグラフ化したものだ。
魚の消費の落ち込みに加え、流通大手が卸売市場を通さない独自の物流網を築いてきたため、卸売市場で取り扱う商品は量、金額ともに全国で減少傾向にある。
築地市場もご多分に漏れず、都が作成した図表2のように、1990年度の取扱量は約75万トンだったが、16年度は約41万トンと半分強に減った。金額も同じ年度の比較で、7550億円から4292億円に減少している。さらに築地から豊洲への移転に伴って、設備投資をする体力のない水産仲卸業者の廃業が相次ぐ。取扱量と取扱金額の減少は今後も避けられない。
にもかかわらず都の試算は、19年度に約79万トン、約6025億円と突如増加。その後も増え続け、23年度には約97万トン、約7467億円と築地のピーク時並みにV字回復するという夢の試算となっている。
なぜか。農水省への認可申請を手掛けた都新市場整備部の大場誠子・市場政策課長は週刊ダイヤモンドの取材に「試算は04年度に策定した『豊洲新市場整備基本計画』の中でまとめたもので、気密性の高い豊洲の構造の特性によって取扱量、金額ともに増えると考えた」と話す。
だが図表2によると、04年当時でも、築地の取扱量は60万トン程度。しかもその後激減しているにもかかわらず、10年以上前の試算をそのまま今年8月に農水省に提出したわけだ。
大場課長は「現状と乖離があるのは理解しているが、それでも都はこの数字の実現に向けて取り組んでいく」と言い切った。走り始めたら止まらない、ダメな公共事業のお手本のような回答だが、農水省もよく、都のインチキにお墨付きを与えたものである。
実は問題はこの3つにとどまらず、そもそも買い出しに来る業者の駐車場が足りないとか、周辺道路の大渋滞の可能性など、開場を間近に控えているとは思えないような課題が噴出している。にもかかわらず都は、これらをまともに解決することなく、ひたすら移転に向けて突き進んでいる。