2018年10月25日05時18分
3年余りに及ぶシリアでの拘束の末、突然のタイミングで解放されたフリージャーナリストの安田純平さん。急展開の背景には何があったのか。実行犯とされる過激派組織を追い込んだ戦況の変化だけでなく、仲介したカタールの影響力も浮かび上がってくる。
安田さんが滞在するのは、周囲を3メートル以上の壁に囲まれたトルコの4階建て入管施設。シリア難民らが収容されている。難民の親族を訪ねてきた女性(45)は24日、「室内は清潔で食事もおいしいようだ」と話した。
シリアでの拘束から3年4カ月。日本やトルコの関係者は一様に、安田さんがこの時期に解放された理由を「過激派組織の焦り」とみる。シリア内戦はアサド政権が優勢を固め、反体制派の武装組織や「シャーム解放委員会」(旧ヌスラ戦線)などの過激派組織は、トルコ国境にある最後の大規模拠点・イドリブ県に追い詰められている。
政権側は今年4月以降、首都ダマスカス近郊や中部を制圧してきた。7月には南部の反体制派拠点もほぼ奪還し、イドリブ県の総攻撃を模索。安田さんの動画が2回にわたって公開されたのはそんな時期だった。
動画の中で、安田さんは過激派組織「イスラム国」(IS)をほうふつとさせるオレンジ色の囚人服を着せられ、銃を手にした黒装束の男2人が背後に控えている。総攻撃を受ける前に、身代金を取ろうという過激派組織の焦りが透ける演出だった。
同県の緊張が続くなか、政権支援のロシアと反体制派を支えるトルコは9月中旬、両勢力の間に、10月15日までに非武装地帯を設けることで合意した。ロシアはその条件として、トルコに同県からの過激派組織の排除を強く要求。これを受け、トルコは過激派組織に、反体制派武装組織の傘下に入るよう説得を重ねているとみられている。
日本政府の関係者はこうした戦況が解放に有利に働いたとみる。「トルコは非武装地帯を実現するため、過激派組織と接触する機会を増やした。撤退が選択肢に入ってきた過激派にとって、人質を抱えているのが重荷になった可能性がある」と言う。
一方、シリア反体制派の在英NGO「シリア人権監視団」のラミ・アブドルラフマン代表は24日、朝日新聞に、信頼できる情報筋から得た情報として「カタールが身代金を支払った」と述べた。かつて安田さんの身代金を求める動画の公開に関わってきたシリア人男性は「これまで日本政府が身代金を払おうとするそぶりを見せたことはない。今回も支払ったとは思えない」と指摘し、こう分析した。「過激派はロシアとトルコの合意で圧力をかけられている。安田さんの解放で、自らは排除対象のテロリストではないと訴えたかったのではないか」(アンタキヤ〈トルコ南部〉=其山史晃、渡辺丘)
過去にも「実績」
安田さんの解放情報を日本政府に寄せた中東の小国カタールは、シリア内戦でアサド政権軍と戦う反体制派の過激派組織と太いパイプを保ってきた。これまでも過激派に拘束された欧米人の解放に影響力を発揮してきたとされ、その存在がたびたび注目された。
エジプト在住のイスラム過激派研究者アフマド・バン氏によると、カタールは天然ガスと石油輸出による豊富な資金を背景に、シリア内戦では旧ヌスラ戦線などを支援してきた。これらのイスラム勢力が将来、シリアで政権を担う可能性を考慮したためだったが、この関係の強さが「過去の人質事件を解決するのに役だった」(バン氏)という。
2015~16年にヌスラ戦線に拘束されたスペイン人ジャーナリスト3人が解放された際は、スペイン政府が、カタールとトルコに支援を要請したと報道された。14年に米国人のピーター・テオ・カーティスさんがヌスラ戦線から解放された時も、カタールの仲介があったとされる。
日本政府が安田さんの解放をめぐってカタールを重視したのも、こうした「実績」を考慮した結果とみられる。ISによる後藤健二さんと湯川遥菜さんの人質事件では、ヨルダンを通じた交渉ルートを重視していた。
首長制のカタールは秋田県ほどの面積ながら、世界最大の液化天然ガス(LNG)の輸出国で、日本にとっては3番目の輸入先だ。小国であるがゆえに、安全保障の観点から一国に頼らない「全方位外交」を進めた。1996年には中東初となるニュース専門衛星テレビ局アルジャジーラを設立して存在感を示した。
米国やサウジアラビア、イランとも良好な関係を保ってきたが、イランを敵視するサウジは昨年6月、アラブ首長国連邦(UAE)などとともにカタールと断交した。
そのカタールと近年、関係を強めていたのがトルコだ。両国首脳は14年9月、政治、経済、軍事、文化などの分野で協力を進めることで合意。トルコは、サウジと断交したカタールに対する影響力を強めるため、食糧支援などの動きを加速させた。
協力分野には、諜報(ちょうほう)部門も含まれるとされる。このため、安田さんの解放交渉を巡っても、カタールとトルコの間で水面下の協力があった可能性がある。
湾岸情勢に詳しい日本エネルギー経済研究所中東研究センターの堀抜功二氏は「カタールがこつこつと積み上げてきたパイプが、人質解放に影響力を持つ結果につながっている」と話す。一方、過激派に詳しいシリア人男性は「目の敵のサウジがトルコで記者を殺害したことで、世界の非難を浴びた。安田さんの解放に一役買うことで、カタールは民主主義や言論の自由を尊重する国だとアピールする狙いもあったのでは」と推測する。(リヤド=高野裕介、イスタンブール=北川学)
トップニュース
注目の動画
-
注目の動画
-
注目の動画