統計の不正が起きた理由と罪の深さ

統計の不正が起きた理由と罪の深さ・上

毎月勤労統計の問題を考える

舟岡史雄 信州大学名誉教授

2004年から不正な調査が続く「毎月勤労統計」を報じる朝日新聞拡大2004年から不正な調査が続く「毎月勤労統計」を報じる朝日新聞

国家の存するところに統計あり、だが……

 昨年12月に厚生労働省の毎月勤労統計の不適切な調査の実施が判明して以降、この問題はマスメディアで連日のように報道されている。

 統計データを見直して推計すると、雇用保険や労災保険などが564億円の過少給付で、その対象者は約2000万人に達し、影響が広範囲に及ぶことが明らかになったことによる。また、追加給付に必要なプログラム改修などの関連事務費が約200億円かかり、そのために予算案を修正し閣議決定をやり直すという異例の事態も起きた。

 その後も、国の重要な統計である基幹統計の約4割で誤りが判明し、賃金構造基本統計においても調査の不正が発覚するなど、政府統計に対する信頼は大きく揺らいでいる。19世紀フランスの統計学者モーリス・ブロックの「国家の存するところに統計あり」に象徴されるように、統計は国家の基盤を成す情報であり、国の政策の企画立案の根拠となるだけでなく、国民が国の運営の実情を知り、政策を評価し、意思決定に利用するために不可欠の社会的インフラである。

 その統計で起きた不祥事だけに、事は極めて重大であろう。そこで今回の事案について、どのように受け止めるべきか、その背景は何か、どのような影響が出て、それにどのように対応すべきか。2回にわけて、考えてみたい。

「不適切」ではなく「不正」

 1月22日に公表された特別監察委員会の報告書を一読し、私は多少の違和感を持った。報告書の文中の「不適切な……」「一部齟齬(そご)が生じる」などの表記から伺えるように、「対処の仕方が適切でなかった」、あるいは「ちょっとした不適当な処理であった」という認識が全体を通じて流れていたからである。

 ほどなくして、報告書の原案が厚生労働省内部で作成されていたことが明らかになった。むべなるかなと妙に納得した。

 報告書を受け、新聞やテレビなどマスメディアも、当初は「不適切調査」、「不適切な対応」といった表現を使用していた。だが、その後、隠されていた事実が明らかになるにつれ、朝日、毎日、産経、NHKなどは「不正」な調査と断じるに至っている。

 今後、統計に関して真摯(しんし)な改革を目指すなら、その第一歩は、起こしてしまった問題に真正面から向き合うことに尽きる。「不適切」というどこか及び腰の姿勢ではなく、「不正」と認めることがまずは肝要であろう。

特別監察委員会の奇妙な論理

 2007年に改正された統計法は、第9条第1項で「行政機関の長は、基幹統計調査を行おうとするときは、あらかじめ、総務大臣の承認を受けなければならない」と規定し、第2項で申請書の内容として「報告を求めるための方法」を示している。

 また、第11条第1項で「第9条第1項の承認を受けた基幹統計調査を変更しようとするときは、あらかじめ、総務大臣の承認を受けなければならない」と規定し、第10条でこれを満たしていれば承認しなければならないとされる三つの要件の一つに、「統計技術的に合理的かつ妥当なものであること」を挙げている。

 今回の事案の主要な問題は、2004年1月調査以降、東京都にある常用雇用者500人以上の事業所について、本来は「全数調査」とされていた方法を、承認手続きを取ることなく、「抽出調査」に変更したことに端を発している。

特別監察委員会であいさつする根本匠厚生労働相=2019年1月17日、東京・霞が関 拡大特別監察委員会であいさつする根本匠厚生労働相=2019年1月17日、東京・霞が関

 特別監察委員会の報告書は、2011年8月に統計委員会に諮問され、承認を受けた調査計画と実際の調査方法が異なることについて、調査方法の変更の承認手続きを取らなかったことを根拠に、「統計法違反であると考えられる」と記述し、2018年1月の承認についても同様としている。

 しかしながら、実際には調査方法は2011年には変更されておらず、変更承認の手続きを取ることは必要ない。あまりに奇妙な論理である。

 前述の統計法第9条と第11条の規定は、改正前の統計法の規定を引き継いだものであり、その逐条解説において、申請書の具体的な内容として、それを取り纏めた調査計画(調査要領等)について承認されることを求めている。さらに、「方法とは①自計方式・他計方式、②調査員調査・郵送調査・他の方法③全数調査・標本調査などの具体の調査方式に加え、どのような調査組織(都道府県等)によって行うかである」という解説がなされている。

 報告書によれば、2004年1月以降の調査変更は事務取扱要領および年報に明記されており、当然、調査計画の変更に該当する。したがって、2004年時点で統計法違反行為があったと考えるのが妥当であろう。

適切な復元処理があれば問題なかったか

 報告書は「今般の事案でも、適正な手続きを踏んだ上で抽出を行い、集計に当たってこれに適切に復元処理を加え、それをきちんと調査手法として明らかにしていれば、何ら問題はなかったと言える」とも記している。他の箇所でも、適正な手続きを取らなかったことと、調査方法の正確な開示が行われなかったことが大きな問題であると繰り返し記している。だが、問題は本当にそれだけであろうか。

特別監察委員会がまとめた報告書 拡大特別監察委員会がまとめた報告書

 標本の抽出率が1/1の調査計画(全数調査)に対し、実際は1/3を抽出して調査(標本調査)している。したがって、標本調査の結果を3倍すればなんら問題はなかったという考えは、識者の意見でも述べられている。確かに、毎月勤労統計で行われてきた単純に集計した計数に比べると、全体の集計結果の偏りは小さくなるであろう。ただし、調査対象を全数から一部の標本に切り替えることの妥当性については、その実証的な根拠が必要である。 分かりやすい実例を示そう。法人企業統計は毎月勤労統計と同じく、産業別・規模別に層化して、それぞれ異なる抽出率で無作為に抽出して調査している。たとえば資本金10億円以上の階層は、全数を調査対象としている。では、この最上位階層を1/3の抽出調査に変更すると、どのような結果がもたらされるだろうか?

 トヨタ自動車はわが国を代表する自動車メーカーで、単独決算ベースの2017年度の年間の売上高は12兆円、経常利益は2.2兆円である。一方、自動車・同付属品製造業に属する資本金10億円以上の企業170社の1社当たりの売上高は2970億円、経常利益は312億円である。調査対象にトヨタ自動車が無作為に抽出され、計数が3倍されて集計される場合と、トヨタ自動車が抽出されない場合とでは、自動車・同付属品製造業の計数は著しく異なる。このような集計結果の信ぴょう性が極めて低いことは言うまでもない。製造業の全ての企業を集計しても、売上高が406兆円、経常利益28兆円であるので、製造業全体の実態すら分からなくなる。

 雇用や賃金の格差はこれほど極端ではないとしても、大規模事業所の間ではかなりの乖離(かいり)があるはずだ。それを十分に分析、検討したうえで、毎月勤労統計調査の当初の設計において、大規模階層を全数調査としたものと想像される。

 日本統計学会が1月28日に出した「厚生労働省毎月勤労統計調査における不適切な方法による調査に関する声明」でも、「標本調査の場合、全数調査と比較して……調査全体の誤差を比較検討するには専門的な知識が要求される。誤差評価のためには、母集団の分布に関する情報、標本の大きさ、標本抽出と推定方法の詳細、回答率および非回答事業所の処理など、調査の設計に関する基本情報が必要であり、最終的にこのような諸条件を勘案して調査方法が選択される」と指摘されている。

 2004年以降の調査変更が、研究会などの検討結果に依拠して行われたのであれば、その検討の詳細が開示されるべきであるし、担当者の独断で行われたのであれば、あまりの専門的知識の欠如に驚くばかりである。いずれ、追加的な調査を通して、事実が明らかにされることを期待したい。

統計の改善に努めた戦後の日本

 今回の不正が起こった背景については、統計行政全般に関わることと、厚生労働省に特徴的なことに分けると、本質が捉えやすいと思われる。

 まず、統計行政全般について言うと、政府の中でもとりわけ統計関連の予算と人員が減少し続けていることが、不正の遠因となっているのは確かである。統計資源が厳しく抑えられてきたことは、私が40年くらい前から、統計審議会の専門委員や委員、各府省庁の研究会委員を務めるなかで年を追って実感してきたことである。

 2007年に設置された統計委員会は基本計画を策定する権限を付与されていたので、第1回基本計画の策定においては、統計委員会委員として、統計職員と統計予算の充実の必要性を盛り込むことに尽力したが、いまだ実現していない。ただし、この点についてはすでに広く指摘されていることでもあるので、ここでは他の要因を提示しよう。

 これまで日本の統計は諸外国に比べて高い精度を持つと言われ、実際にその通りであったと理解している。これには、戦時中の歪(ひず)んだ統計に対する反省から、政府を挙げて統計の改善に努めた歴史がある。

 終戦直後の食料の緊急輸入をめぐるGHQのマッカーサー元帥と吉田茂外相のやり取りは、戦時下と直後の日本の統計のいい加減さを物語る有名な逸話である。首相になった吉田は統計再建のため、自らが会長、大内兵衛を議長とする「統計委員会」を立ち上げる。委員を、当時の第一級の経済・統計学者である有澤廣巳、中山伊知郎、森田優三、高橋正雄が務め、事務局長は美濃部亮吉であった。

 統計委員会のもと、国の復興に統計が不可欠であるとの認識に立ち、政府は精力的に統計の整備を進めた。食料需給、景気動向、雇用状況、物価・賃金水準、商品流通などの把握や、住宅整備、学校建設、産業振興、工場立地などの政策立案に統計が有用であることは、政府において共有されていた。「統計整備は国家的な使命である」という時代の空気の中、統計業務を希望する優秀で志のある人材が広く参集した。

 統計法において、指定統計調査(基幹統計調査の前身)の事務のために、中央の統計機構に統計官、地方の統計機構に統計主事を必ず置くことが義務とされ、統計官など特別な有資格者のみが指定統計調査事務への従事を許されていた。こうした規定は、統計に関する専門性の蓄積を促すことに通じた。

統計人材の枯渇が進んだ90年代

統計不正問題で厚労省から経緯報告を受けるために開かれた総務省統計委員会の冒頭であいさつする西村清彦委員長(中央)=2019年1月17日  拡大統計不正問題で厚労省から経緯報告を受けるために開かれた総務省統計委員会の冒頭であいさつする西村清彦委員長(中央)=2019年1月17日

 高度経済成長が始まった1960年頃は、統計体系の整備が一段落した時期でもある。同時に、右肩上がりの急速な経済発展は過去の統計データの有効性を低下させ、政策立案において、次第に勘と経験が幅を利かせるようになってきた。

 私も委員として参加した、1996年度に行われた通商産業省の「利活用統計の変革に関する研究会」(竹内啓委員長)において、工業統計、商業統計など従来の通産統計の政策立案への利活用の状況について、政策部局の担当者からヒアリングした結果の報告があった。それによると、1970年代の半ば以降、これらの統計の大きな利用はほぼ無い、とのことであった。行政施策において、統計が軽視される潮流を如実に示している。

 さらに、1982年の行政改革以降、85年にかけて、統計法の改正で統計官および統計主事に関する規定がたびたび見直され、必置義務の規定が最終的には廃止された。統計業務に誇りを持った統計専門家の退場を促す法改正であった。

 国民の情報基盤としての統計を維持する仕事は、地味でなかなか評価されない。以前と異なり有為な人材が統計部署に集まらず、人事ローテーション制度の導入によって専門性を有する人材の蓄積が進まないなかで、戦後の統計再建時に入省した統計に志のある人たちが、1990年代になって定年退職する時期となった。行政における専門性を有する統計人材の枯渇は、統計予算・人員が削減されるすう勢と相まって、統計の質の劣化に作用するのは避けられないことであった。

労働統計の「もぐり調査」も背景に?

 次に、厚生労働省に特徴的なことについて述べたい。私は旧労働省において過去に散見された不適切な行為が、今回の不正行為に通底しているのではと感じている。ここでは、私の個人的感想を述べて、今後の問題解明の材料の提示としたい。

 1980年代以降、日本では働き方の多様化が進んだ。パート勤務における様々な形態、副業、業務請負、派遣従事等々である。それらの実態を把握するため、新規に統計調査を実施する際には、当時は統計報告調整法(現行統計法の一般統計調査の規定に相当する法)に従って申請書を総務大臣に提出し、承認を受けることが求められた。

 統計業務の人員が減少するなかで、報告様式やその他の参考書類を添付した詳細な申請書を作成することは多くの労苦を必要とする。また、喫緊の行政課題に速やかに対応するための時間的余裕も限られている。そうした状況で苦肉の策ともいえる調査方法が、外部への研究委託の方式であった。具体的には、外部の機関に研究を委託し、その研究の一環として外部機関が調査を行うやり方である。

 統計報告調整法は政府が行う指定統計調査以外のすべての統計調査について承認を得た上で実施することを求めていることから、このような調査実施機関を外部と装う方式での調査は「もぐり統計調査」と称され、厳密には脱法行為であると言える。だが、労働行政関係の調査では少なからずあるとの指摘は当時から耳にしていた。このような法に則った承認手続きを避ける方式の度重なる採用が、省内の法令遵守の意識を低くさせ、今回の不正の遠因として作用したのではと推察する。

 この点についても、今後の調査において吟味、検討されることを期待したい。(続く)

統計の不正が起きた理由と罪の深さ・下

毎月勤労統計の問題を考える

舟岡史雄 信州大学名誉教授

参院厚労委閉会中審査の冒頭、「毎月勤労統計」をめぐる不正調査について陳謝する根本匠厚労相=2019年1月24日、国会内拡大参院厚労委閉会中審査の冒頭、「毎月勤労統計」をめぐる不正調査について陳謝する根本匠厚労相=2019年1月24日、国会内

国民と政府に多大な損害を与えた統計不正

 2004年以降の毎月勤労統計の調査結果は、東京都において常用雇用者500人以上の事業所の調査方法を全数調査から抽出調査に変更し、さらに母集団の計数に復元すべきところを復元しなかったことによって、大きな偏りをもつものとなった。また、2009年~2017年において、東京都の常用雇用者30人以上500人未満の階層で、一部の産業について他道府県とは異なる抽出率で調査していたにも拘わらず、これを反映した母集団への適切な復元が行われないまま集計したことも、偏りを大きくした。

 復元の統計的処理方法の適否はともかくとして、厚生労働省は抽出率の逆数を復元乗率として標本データを機械的に母集団に復元して再集計した「きまって支給する給与」の結果を1月11日に公表した。これまでの公表値と再集計値、ならびに両者の乖離率を下図に示す。2012年以降に限られているのは、それ以前は復元に必要なデータなどが存在していないとのことによる。(これも統計法および公文書管理法に定める規定に違反している)

図拡大

 その結果、2012年~2017年の「きまって支給する給与」等の公表された金額が平均で0.6%低かったことが明らかとなった。「きまって支給する給与」は雇用保険、労災保険、船員保険の給付や雇用調整助成金などの算定の基礎となる計数である。そこにこれだけ大きな乖離が発生していたことは、労働行政を根底から揺るがせる事件であり、国民ならびに政府に多大な損失を与えることとなった。

 毎月勤労統計は「きまって支給する給与」のほかに、就業形態(一般・パート)別に毎月の「現金給与総額」、「所定外給与」、「実労働時間数」、「所定外労働時間数」、「常用雇用者数」なども調査している。いわば、雇用と賃金の動向に関する情報の根幹を成す統計であり、労働政策の企画立案、実施、評価に欠かせぬものである。今回の統計の不正がこれらの指標にどれだけの影響を生じさせたかは現段階では判然としないが、早急な結果の公表が求められる。

GDPや株式市場に影響も

William Potter/Shutterstock.com拡大William Potter/Shutterstock.com

 毎月勤労統計の調査結果の偏りは、労働行政に対する影響にとどまらない。その結果は景気関連の指標として、国内総生産(GDP)、景気動向指数、月例経済報告に利用されるほか、金融政策の判断資料として活用されている。 また、あまり詳らかになっていないが、2008年7月に総務省「サービス産業動向調査」が開始されるまでは、GDPの約7割を占めるサービス業で月次・四半期のデータが利用できない産業について、GDPの四半期計数は毎月勤労統計のデータを使用して推計していた。その対象は少なくないので、GDP速報値の公表に反応する株式・為替市場の動向にも多少は悪戯(いたずら)していた可能性は否めない。

代替指標を活用した再推計が必要

 2004年~2011年の再集計値を算出するためには、2007年1月調査における対象事業所の入替えに伴って生じる断層の修正、07年の日本標準産業分類の改定を受けて、10年に産業分類の変更を行った際の抽出率の調整、母集団を構成する雇用保険適用事業所に関する新設と消滅の調整が必要である。だが、今のところ、これらの作業を行うための資料は廃棄処分等によっていずれも見当たらないとされており、再推計を行えない状況にある。

 しかしながら、政策の効果を判断するときには過去との比較が必要であり、それは保存された正確な統計を有効に活用することによって可能となる。動向を把握する動態統計は時系列で継続して利用することに価値があり、何らかの代替指標などを活用して再推計を行う努力が強く求められる。

 また、2012年~2017年の再推計値についても、復元に際して、あらためて母集団の分布に関する情報の手がかりを入手し、それをもとに、より有効な推定手法の適用を検討し、誤差の評価を行うことが望まれる。そのためには、毎月勤労統計調査の実務に精通している者と標本設計の理論に詳しい統計専門家との共同作業が必須である。

深刻な政府統計に対する信頼の喪失

 毎月勤労統計の不正の発覚を契機として、総務省がすべての基幹統計を点検した結果、56の基幹統計のうち22で不備が見つかった。その後、厚生労働省から賃金構造基本統計においても誤りがあったとの報告を含めると、約4割の基幹統計で不備があったことになる。

AnemStyle/Shutterstock.com拡大AnemStyle/Shutterstock.com

 しかしながら、賃金構造基本統計の不正を除けば、大半は単純なミスによるものであり、毎月勤労統計のように、承認を得ず調査方法を変更したり、集計手順に問題があるものは無かった。近年、統計は国民にとっての公共財であるとの意識が徹底し、利便性を高めるために統計データに加えて多くの周辺データ(メタデータ)の公表が求められるようになっている。また、公表期日や公表方法をインターネットなどによってあらかじめ公表することを義務づけられたり、オーダーメード集計によるデータを提供したりで、統計行政に従事する担当者の負担は増大している。 他方、国の統計職員は削減の一途であり、2009年の3916人から2018年には1940人へと半減している。業務が増加する一方で人員が減少する状況は、業務上の軽微な過失を生じさせてもやむを得ないと、同情の念を抱いてしまう。

 統計の不備の主な内容は、調査計画に含まれていた集計事項であるクロス集計の一部が未公表▼結果数値の一部の誤った公表▼1、2日の公表の遅れ▼手続き上の不都合――などである。法人企業統計において、損害保険業についての配当率、配当性向、内部留保率の3項目がインターネット上では公表されていなかったという不備など、大半が重箱の隅を突いて関係省庁が発見したものである。

 これをとらえて、マスメディアは「政府統計に対する信頼が大きく損なわれている」「広がる政府統計の誤り」など、針小棒大な見出しとともに報じている。国の基盤である統計に必要な人員を充当しないから大変な状況に陥っているとのメッセージを、逆説的に伝えていると“裏読み”もできるが、国民の間に政府統計に対する不信を生み出し、助長する方向に作用していることは確かである。世論調査の結果によれば、政府統計が信頼できないとの回答が8割前後に達するとのことである。由々しい事態と言わざるを得ない。

 今日の情報社会において、国民が統計を信頼しないようになり、勘と経験によって意思決定するような事態になるのは大きな不幸である。企業活動で、いわゆるビッグデータを活用して他社より優位な地位を築き上げようとする動きが活発化しているが、その土台には共通の情報基盤である公的統計がある。その土台が信頼を失い揺らぐことで、雇用や投資の意思決定における確かな根拠が失われるのは望ましくはない。

統計資源の削減で政府統計への信頼が低下したイギリス

 では、どうすればいいのか?

 まず参考になるのがイギリスである。イギリスは現在の日本の状況をより極端に進めた状況を、すでに経験しているからである。

イギリスでは1980年代に統計改革が行われたが、その結果、統計の信頼性が著しく低下した(PHOTOCREO Michal Bednarek/Shutterstock.com)拡大イギリスでは1980年代に統計改革が行われたが、その結果、統計の信頼性が著しく低下した(PHOTOCREO Michal Bednarek/Shutterstock.com)

 サッチャー首相のもと、行政改革が進められたイギリスでは、改革の一環として1980 年代、レイナー氏の調査報告にもとづいて統計改革を実行した。国際的にも有名なこの「レイナー主義」は、政府は行政目的を主として、統計がほんとうに必要かどうか判断したうえで、統計需要に対応すべきであるとの考えに立っていた。 これに従って、1980 年代半ばまでの5年間に統計予算を3分の1、職員数を4分の1削減した。ところが80 年代後半になると、政府部門や学界から政府統計の信頼性の低下が頻繁に指摘され、国民からも懐疑的に見られるようになった。

 そのため、ピックフォード氏のもとに設置された専門委員会の提言に従って、統計改善のための組織の見直しや予算措置を講じ、以前よりも職員を増加させた。さらに1996年には中央統計局(CSO)と人口センサス局(OPCS)を統合して国家統計局(ONS)を設立し、統計機構の集中度を高めた。同時に、統計専門職の採用など政府全体の統計専門職員を横断的に人事管理できる仕組みを構築し、統計の品質向上を図った。

分散型の統計組織をとるフランスに学ぶこと

 日本と同様に分散型の統計組織をとっているフランスで、各省庁の統計部局の管理者に、中央統計機関である国立統計・経済研究所(INSEE)から職員が派遣され、分散型の下で人的・物的な統計資源を共有する工夫がなされている事例も、参考になるであろう。

 2004年に設置され、私も参加した「経済社会統計整備推進委員会」(通称、第1次吉川委員会)の使命は「農林水産統計などに偏った要員配置等を含めて、既存の統計を抜本的に見直す。一方、真に必要な分野を重点的に整備し、統計制度を充実させる」であった。翌年の第2次吉川委員会「統計制度改革検討委員会」を経て、統計行政は、60年ぶりの統計法の全部改正、および基本計画を建議できる司令塔の役割を有する統計委員会の設置を成し得たが、各省庁間の統計資源の共有や再配分は叶(かな)わなかった。省庁ごとに政策目的のために統計を作成する、極端な分散型の行政組織の壁が背後にあった。

 こうしたフランスの仕組みにならい、統計資源の配分や複数省庁にまたがる統計の作成などに調整権限を持つ司令塔の役割が強化されることも、統計改革の第一歩であると考える。

統計調査への国民の協力を損なう恐れも

毎月勤労統計をめぐる失態が次々と明らかになり、組織的な隠ぺいの有無さえ取りざたされている。くわえて、賃金構造基本統計においても、調査計画から大きく逸脱している不正行為が露見し、統計調査予算の使途にも疑問がもたれている。他省の統計の誤りもマスメディアによって大きく喧伝(けんでん)された。

このような状況が続けば、国民は統計に対する信頼を失うとともに、次第にそのような統計が作成される仕組みそのものに対して疑念を抱くであろう。ただ、ここで留意するべきは、統計が作成される仕組み自体に、実は国民自身が組み込まれているということだ。

国民には重要な統計である基幹統計の調査に申告する責務が課せられており、統計法は申告に応じなかった者、または偽りの申告をした者に罰則が適用される旨が定められている。だが、終戦直後の混乱期を除き、罰則の適用は無かった。罰則の適用が正確な申告の妨げになり、統計調査への協力意識を減退させることが危惧されたからである。

これまで国民の協力意識に十分な配慮をして統計調査を維持してきたなか、今回、統計をめぐる事件が大々的に報じられた。国民の統計行政への不信感を募らせるもので、統計調査への協力を著しく損ねることが心配される。

仮に統計関係の職員が大幅に増やされ、予算も増額されたとしても、申告者たる国民から正確な情報が提供されなければ、いわゆる「仏作って魂入れず」になってしまい、質の高い統計は望むべくもない。国民の統計調査への協力意識を、今回の事件で減退させないようにすることもまた、見逃せない重要な論点である。

統計不正による被害者は国民

厚生労働省の統計不正問題に関する合同ヒアリングで、厚労省、総務省などの担当者(手前)の説明を聞く野党議員(奥)=2019年1月30日、国会内拡大厚生労働省の統計不正問題に関する合同ヒアリングで、厚労省、総務省などの担当者(手前)の説明を聞く野党議員(奥)=2019年1月30日、国会内

毎月勤労統計の不正によって、雇用保険や労災保険などの給付が過少となり、直接的な被害者は約2000万人に上った。また、追加給付のための多大な予算が必要とされ、その費用は究極的には国民が負担する。 要は、今回の事件は国民に多大な損失を与えるもので、国民が被害者である。被害が法令違反によって引き起こされたのであれば、被害に見合った処罰が下されなければ、国民の納得は得られないであろう。

 統計法は第60条第2号で、「基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」への罰則規定が設けている。報告書は、一連の不正は「意図的ではなかった」ことを理由に、罰則規定の適用には当たらないとしている。判断は法律家に委ねるとして、法律に疎い私個人としては、法令違反である状態にあり、それが真実を損ねることを知りながら何の対応もとらなかった行為は、「不作為の作為」に該当するのではと自分勝手に思っている。

 

統計の重要性を国民に示せ

 ただ、国民の統計調査に対する協力意識を維持・高揚するには、今回の事件に対する即応的な対処よりも、国民に統計の重要性を深く理解してもらうことがより重要かもしれない。

 たとえば、選挙区の画定、議員定数の決定、消費税の地方配分、過疎地域の認定等々の政策の運営や、少子化対策、都市計画、福祉対策の策定、保育所等の整備等々の行政施策の企画・立案、あるいは将来人口の推計、世帯構造の分析等々の将来予測などに、統計が幅広く利用されていることを、行政が目に見える形で広報するべきであろう。

 あるいは、身近な課題について国民が統計を活用して解決に近づける事例を数多く提示する。各人の意思決定にとって、統計に親しむことがいかに有用であるかを幼い頃から浸透させてもいいだろう。そんなさまざまな活動を幅広く展開することが大いに期待される。

 毎月勤労統計の不正は、正しくない統計の作成によって国民が不利益を受けることを顕現させ、統計が国民にとって身近な存在であることをはからずも意識させた。今通常国会における統計に係る質疑応答を見聞きしても、統計についての知識がいかに不正確で十分でないかが分かる。小中学校から統計教育をしっかり行うことの必要性を痛感する。

 ビッグデータの時代と言われ、情報がますます大きな価値を生み出すようになった今こそ、国民が統計に親しみ理解を深める機会が数多く提供されることを期待したい。

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