[43]「政策の錬金術」に転化した公的統計

拡大衆院予算委で、立憲民主党会派の大串博志氏の質問に答弁するため挙手する麻生太郎財務相=2019年2月4日
 

 厚生労働省の毎月勤労統計(毎勤)や賃金構造基本調査などをめぐり、法に違反した調査方法が相次いで発覚し、公務員への風当たりが強まっている。政策を決めるために不可欠な基幹統計が法律に定められた手法を逸脱して行われていたことは、確かに大きな問題だ。だが、それ以上にいま問わなければならない問題がある。それは、客観的データによって国民生活を向上させる政策作りを支えるものとしての公的統計が、政権の失政をカバーする錬金術としての公的統計へと奇妙な変質を始めつつあるのではないか、ということだ。

統計への強い関心

 2月3日のNHKの「日曜討論会」で、岸田文雄・自民党政調会長は不正統計問題に絡み、「統計の信頼性に対する意識を強く持って取り組んできた道半ばで(不正の)事実が明らかなったことは大変残念」と語った。この言葉通り、第2次安倍政権以降、政権は統計に対し、「強い意識を持った取り組み」を見せ続けてきた。

 経済政策を左右し、株価の変動にも影響を与える統計に関心を持つことは当たり前、と言われるかもしれない。だが、その関心の度合いは突出している。その一例が、このところ国会でも取り上げられている2015年10月16日の経済財政諮問会議での麻生太郎副総理兼財務相の発言だ。

 議事録によると、麻生氏は「私どもは気になっているのだが、統計についてである」と口火を切り、「家計調査等々は、消費動向をタイムリーに把握する指標として期待されているにもかかわらず、有識者がよく指摘をされるように、販売側の統計、小売業販売と異なった動きをしている。また、高齢者の消費動向が色濃く反映された結果が出ているという言い方もされている。毎月勤労統計については、企業サンプルの入れ替え時には変動があるということもよく指摘をされている。また、消費動向の中に入っていないものとして、今、通販の額は物すごい勢いで増えているが、統計に入っていない」とし、拡大しているネット販売が反映されていないことなども挙げて「総務省を始めとした関係省庁においても、GDP統計を担当する内閣府と協力して、これらの基礎統計の充実にぜひ努めていただきたい」と、主要な統計のそれぞれについて、こと細かに要請している。

 発言の中の家計調査については、当時、百貨店やスーパーなどの販売側の統計である経済産業省の「商業動態統計」の小売業販売額が堅調なこととの乖離があり、年金頼みで消費を抑えがちな高齢者の消費動向が反映されやすいことが取り沙汰されていた。毎勤についても、2015年に調査対象企業の入れ替えに伴い、現金給与総額が大幅に下方修正され、「アベノミクスによる賃上げ」に疑問符がついた時期だった。

統計がもたらす政策目標の達成

 麻生氏は2月5日の国会中継でこの発言について、統計の指標が今の時代には即していないという問題意識にもとづいたものにすぎない、という趣旨の釈明をしている。だが、この発言以降、統計の指標を変えることによって政治の成果の見え方が変わる、という発想が広がっていく。たとえば、3日後の同年10月19日付「日本経済新聞」の「エコノフォーカス」は、そのひとつだ。

 「GDP600兆円、政府が掲げるアベノミクス『新三本の矢』目標、新基準、20兆円上積み」と題したこの記事は、「新三本の矢」で掲げられたGDP600兆円の目標は、意外と容易に達成できるかもしれないと述べる。ここでは、16日の麻生発言を「一部指標は調査サンプルの偏りで実態以上に悪いと指摘し、基礎統計の精度向上を提案した」と引用、GDP推計の基準とされる国連の「国民経済計算(SNA)」の新しい基準に沿って、現在は付加価値を生まない「経費」として扱われている研究開発費を「投資」としてGDPに算入すれば、名目GDPが20兆円かさ上げされると指摘する。そのうえで、年3%の名目成長率が続けば2020年には600兆円を超えるとしている。

 3%成長は起きず、この記事は構想倒れとなった。だが、ここで重要なことは、麻生発言以後、継続調査を通じて社会の変化を客観的につかみ恣意を排した適切な政策を打ち出す、という従来の統計の役割が、この記事のように、政策を効果的に「見せる」ショーケース、政策の不備を数字の操作で補う「政策の錬金術」の道具へと転換させられる事態が相次いでいることだ。この間、国会で問題になってきたいくつものデータ改変の背景には、そうした統計観の変化がうかがわれる。

 2018年の裁量労働制のデータ改変は、裁量労働制で働く人の方が長時間労働の傾向がある、という客観的な調査結果がすでにあったにもかかわらず、裁量労働制下の労働時間の方が短いかのように改変した別のデータが、政府答弁に繰り返し用いられた。また、外国人労働者の拡大をめぐる出入国管法改定の国会審議でも、外国人実習生の失踪理由として、「より高い賃金を求めた失踪が87%」と言う政府答弁がされた。法務省の実際の調査結果は最低賃金や契約賃金を下回る「低賃金」を理由とするものが67%とされており、調査結果の解釈を歪めて答弁していたことがわかった。

 第2次安倍政権発足の翌年の2013年、厚労省が新設した「生活扶助相当CPI」は、こうした統計の役割の変質の先駆けともいえるものだった。この指標の問題点をいち早く指摘し、取り上げ続けてきたジャーナリストの白井康彦氏によると、この新指数は、デフレによる物価下落に合わせた生活保護費をはじき出すためとして、従来のCPIを所管する総務省にも聞かずに考案された。物価が大きく上昇した2008年を起点に選んだうえ、その後の値下がり率が特に大きかったパソコンなどの家電製品の影響が非常に大きくなる計算方式を使うことによって、生活に必要な支出の下落率が実態以上に大きく表れた指標になったという。これをもとに改定された生活保護費は大きく下がったが、生活保護受給世帯の多くはパソコンなどの家電を買う余裕がないため下落の恩恵を受けにくい。統計操作による実態に合わない切り下げによって、受給者の貧困化が促されたと白井氏は言う。

「公務員たたき」で終わっていいのか

 これらの一連の問題は、一見、公務員の恣意的な統計操作の問題であるようにも見える。たとえば、現在問題になっている毎勤統計は、統計法で500人以上の事業所を全数調査すると決まっているにもかかわらず、高賃金の大手企業が多く集まる東京都について調査対象を法改定なしで3分の1に減らし、その結果、労災保険や失業給付の額が過小になったとされる。また、賃金構造基本統計では、調査員による調査のはずが郵送調査に切り替えられ、後になって制度を郵送調査に切り替えて実態に合わせようとした形跡があることが問題になっている。

 だが、毎勤のサンプル数が減らされたとされる2004年は「小さな政府」をスローガンにした小泉改革のさなかで、「公務員はムダ」とするバッシングが吹き荒れていた時期だ。自治体や企業からも公的統計の調査の手間を嫌がる声が寄せられ、統計にかかわる一線の公務員からは、サンプルの縮小は、そうした反発に対処するための一線の「工夫」「運用」の範囲内として行われたのではないかとの見方がある。復元処理を怠るという信じられないミスと、「公務ムダ論」の嵐の中での一線のモラルの衰弱の関係についても検討の必要がある。しかも、失業率がピークを迎えていた当時の状況での失業給付の抑制は、当時の政権の期待に合致していた。

 郵送調査という不正についても、厚生労働省は、2006年時点で調査の大半が郵送で実施されていることを担当課が把握していたことを明らかにしている。同じく、「小さな政府」へ向けた効率化が求められていた時期だ。労働局によっては担当職員が1~2人しかいない中で大量の質問用紙の回収を迫られ、担当職員は自力の解決で対応しようとした可能性があることを一線職員らが指摘している。統計部門は軽視されがちで生え抜きの管理職が極めて少ない部署とも言われ、正攻法の法律の改定より人員・経費削減の中での現場の「工夫」に走ったという見方だ。だからこそ、担当課もこれを認めていたのではないか。

 また、「生活扶助相当CPI」も、「不正受給者には厳格に対処」をうたった自民党が政権に返り咲き、第2次安倍政権が始まった2012年12月以降、生活保護費削減の動きが強まった時期に始まった。いずれも、公務員の「役得」のための不正というより、政権の意思を実現する役割を課せられた公務員の「工夫」として表れたと見る方が妥当だ。

 そうした文脈で考えるなら、今回の統計不正問題は、厚労省をはじめとする公務員たたきに終わらせることはできない。参考人の国会招致などを通じ、過剰な「工夫」を招き寄せたかもしれない「政治の責任」そのものを究明することが不可欠だ。それなしでは、さらなる「公務員たたき」によって、やみくもな「小さな政府」化は一段と進み、公的統計の一層の劣化を招く恐れさえある。

 

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筆者

竹信三恵子

竹信三恵子(たけのぶ・みえこ) 和光大学教授・ジャーナリスト

和光大学現代人間学部教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

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