「アベノミクス景気」で輸出による製造業の売り上げ拡大はなかった

純輸出の増加が牽引したのは
「いざなみ」と同じだが
2012年末から始まった景気拡大は、02~08年の前々回の景気拡大(「いざなみ景気」)に匹敵する長さになり、最長を超えた可能性もいわれている。
前々回の景気拡大は、輸出主導経済成長といわれた。今回の景気回復でも、円安や輸出が経済成長を牽引したという見方がある。
確かに、金融緩和や大規模な為替介入が円安加速のきっかけになったという点では似ている。しかし、データを見ると、前々回と今回の間には大きな差がある。
前々回は、輸出の伸びが製造業の売上高を増加させ、経済は量的に拡大した。
ところが、今回の景気拡大期では、輸出が製造業の売り上げや鉱工業生産を伸ばした効果は認められない。
純輸出が黒字になり、それが成長促進要因になったことは前々回と同じだが、それは原油価格の低下によって輸入が減少した効果が大きかった。
原油価格下落が止まったので、このような成長は、今後は期待できない。
図表1はGDP統計の名目純輸出の推移だ。
いざなみ景気のもとでの景気拡大期には、純輸出は、08年7~9月期まで(つまり、リーマンショックの直前まで)継続的に黒字を続けた。それがGDP増加の主たる要因になった。
また、図表2に示すように、輸出は、08年7~9月期まで(08年1~3月期に若干減少したことを除けば)増加を続けた。
このときには、自動車を中心に対米輸出が増えた。また一方で製造業の国内回帰があり、シャープの亀山工場などの大規模な工場の建設が行なわれた。
このように、リーマンショックまでの経済成長は、確かに輸出がリードする外需主導型成長だったのだ。
それに対して、今回の景気拡大期で純輸出が黒字になったのは、16年以降のことだ。
また、輸出増加は13年1~3月期から始まったが、規模は前々回のような大きなものではなかった。
そして、15年1~3月期からは、輸出の伸びが止まった。この期間も純輸出が増加を続けたのは、輸入が減ったからだ。
これは、原油価格が下落したからだ。原油価格は、14年夏から16年夏まで下落し、その後、17年夏まで低位にとどまった。
つまり、前々回の景気拡大期は輸出の増加による経済の量的拡大が顕著に生じたのに対して、今回は、その効果はそれほど顕著ではなかったのだ。
今回の景気拡大期は、
製造業の売上げは伸びなかった
以上で述べたことは、法人企業統計によっても確かめられる。
まず、製造業の売上高と売上原価の推移を見よう。
図表3に示すように、前々回の景気拡大期では、売り上げが顕著に伸びた。6年間で2桁の伸びだ。これは、円安と世界景気拡大で、輸出が伸びたことの影響だ。
それに対して、今回の景気拡大期では、図表4に示すように、売上高は、ごく最近になるまで増加しておらず、ならせばほぼ一定だ。
他方で、売上原価は、2015年頃に低下している。これは原油価格の下落によるものだ。
つまり、今回の景気拡大期では、13年1~3月期から輸出は増加しているものの、それが製造業の売上高に影響を及ぼすにはいたっていないのだ。
上で見たのは、製造業の全規模についてのものだが、製造業の中でも、輸出に直接関連しているのは大企業だと考えられる。
そこで、輸出が売上高に影響しなかったことを確かめるために、資本金10億円以上の大企業について売上高と売上原価の推移を見ると、図表5のとおりだ。
このカテゴリーで見ても、売上高は顕著な増加を示していない。16年頃まではむしろ減少気味だ。増加に転じたのは、17年以降のことだ。12年1~3月期の61.6兆円と18年1~3月期の60.2兆円を比べると、2.3%ほど減少している。
製造業と非製造業との比較で見ても、輸出が売上高に影響していないことが確かめられる。
仮に輸出が顕著に伸び、それが売上高に影響したのであれば、製造業の売り上げ増加率のほうが、非製造業のそれより高くなるはずである。
図表6に示すように、2000年代では、確かにそうだった。6年間の製造業の売り上げの伸びは30.7%であり、これは、非製造業の伸び率12.6%を上回った。
ところが、今回の景気拡大期は、非製造業の売り上げの伸びが6.9%なのに対して、製造業の伸び率はマイナス1.9%となっている。
鉱工業生産指数も伸びていない
輸出は量的拡大をもたらさなかった
今回の景気拡大期で、輸出が量的拡大をもたらさなかったことは、図表7の鉱工業生産指数の推移を見ても確かめられる。
2000年代の景気拡大期では、鉱工業生産指数が顕著に増加した。しかし、今回はほとんど増加しなかったのだ。
詳しく見ると、つぎのとおりだ。
前々回の景気拡大期の鉱工業生産指数は、02年の97.5から07年の114.6まで、17.5%増加した。
それに対して、今回は、12年の97.8から16年の97.7まで、ほとんど一定、ないしは若干の低下だった。17年には102になったが、それでも、12年から4.3%増加したにすぎない。
つまり、前々回の景気拡大は、生産の増加という量的拡大を伴うものであったのに対して、今回の景気拡大では、量的拡大がなかったのだ。
以上から得られる結論は、つぎのとおりだ。
いざなみ景気と呼ばれる前々回の景気拡大期では、輸出の増加が製造業の売り上げを増加させた。これによって、経済の量的拡大効果が生じた。
それに対して、今回の景気拡大期では、輸出の増加が製造業の売り上げを増加させた効果は認められない。
ところで、以上で見たのは、売上高や売上原価である。一方、株価に影響を与えるのは、営業利益だ。
この点については、さらに立ち入った分析が必要だ。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)