トランプ米大統領が25日、国賓として来日する。首脳間の蜜月が突出する日米関係だが、ゴルフや相撲に晩餐(ばんさん)会。安倍外交は米国目線でどう見えるのか。アメリカの識者に聞いた。

ダニエル・ラッセルさん 元米国務次官補

 安倍晋三首相はトランプ氏に「取り入る」という賢い決断をしました。いわゆる「世渡り戦術」です。日本人の間には「褒めそやし」や「こびを売る態度」をよしとしない向きも多いでしょう。でも、必然性は明確です。北朝鮮、韓国、中国、ロシア――。日本が抱える地政学的な課題が多いからです。

 安倍氏は、日本の国益を守るために、ドナルド・トランプという人物とうまくやるのは必須と思い定めたのでしょう。トランプ氏は、側近から助言を得るタイプの指導者ではありません。徹底的に何かを事前準備するわけでも、書物を読むのでもない。だからトランプ政権の1年目では、彼が知らない部分を安倍氏が補っていたともいえます。アジアの歴史や政治、北朝鮮への対応、中国の見方など重要なテーマで安倍氏が理解を助けてくれたと思います。

 もちろん私は、国務省や中央情報局(CIA)などが大統領のために準備する報告書を読んでほしいと願っています。しかし、彼がそうしないこともわかっています。であれば、アジアの問題について、中国の習近平(シーチンピン)国家主席よりも安倍氏のような民主国家のリーダーから知見を得た方がはるかにましでしょう。

 しかし、トランプ政権の2年目から、それが機能しなくなりました。

 私がよく聞くのは、安倍氏がトランプ氏にどんなに話しても、本人の頭になかなか刺さらないようなのです。本人は「わかった」といいながら、実際には違ったふるまいをしています。

 日本の利害に直接影響する決断を事前の相談もなく突然に下す。いかに打ち解けたゴルフをしても、それを止められなくなっています。日本のアルミや鉄鋼への追加関税しかり、北朝鮮との首脳会談しかり。せっかく築いたトランプ氏との「個人的な関係」の効果が弱まっているのです。

 トランプ氏は就任1年目こそ直面する課題の大きさにたじろぎ、自分が仲間と見なす人々から助言を得ていました。不動産ビジネス時代からの古い友人からだったり、安倍首相を含む何人かの外国の首脳からだったり。

 2年目に入ってトランプ氏は自分の直感や本能に絶対的な自信を抱くようになりました。相手が自分に何を期待しているか、相手の関心事が何かに頓着しないタイプでもあります。安倍氏がトランプ氏をノーベル平和賞に推薦しても見合う効果はみえません。

 国と国の関係の根幹にあるのは国民同士の相互の敬意と価値観の共有です。トランプ氏の「米国第一主義」によって、米国と共有してきた価値観が壊されたと日本人が感じたら、通商などでひどい仕打ちを受けたらどうなるか。日米の連帯感はなし崩し的に弱まってしまうでしょう。(聞き手・沢村亙

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 1953年生まれ。米国務省日本部長などを経て、2013~17年、米国務次官補(東アジア・太平洋担当)。

マシュー・バローズさん 元米国家情報評議会顧問

 安倍首相は、トランプ大統領がおべっかを言われると、喜ぶ指導者であることを理解していると思います。首脳外交で、米大統領を持ち上げる外国指導者は、安倍氏だけに限りません。フランスのマクロン大統領も昨年4月に訪米した際、トランプ氏におべっかを使おうとする姿を見せました。そのことで多くのフランスの評論家たちが恥ずかしい思いをしましたが。

 では、安倍、マクロン両氏のおべっかが成功しているかといえば、そうとはいえません。安倍氏は、米国に環太平洋経済連携協定(TPP)に残留して欲しかったと思いますが、米国は離脱してしまいました。現在の自動車関税の問題も、日本にとっては不満でしょう。安倍、マクロン両氏が協力を求める割には、トランプ氏は多くの課題を実行してはいないのです。

 ただ、今の日米関係にたくさんの重要な課題が山積しているからこそ、私は安倍氏に同情しています。トランプ氏を一生懸命喜ばそうと頑張る姿は、ほぼ正当化できる行為だと思います。

 安倍氏はマクロン氏と同じようにトランプ氏とケミストリー(相性)は合っているでしょう。ドイツメルケル首相とトランプ氏の関係とは明らかに異なります。しかし、安倍氏がトランプ氏に対して影響力のある人物だとは思いません。なぜならトランプ氏は2020年の米大統領選で再選することを最も重視して行動しているからです。

 トランプ氏が再選するためには、自らのサポーターたちを奮い立たせ、投票に行ってもらわねばならない。とくにトランプ氏にとっては勝てる見込みのないニューヨークやカリフォルニアではなく、ラストベルト(さびついた工業地帯)などがある中西部が勝負どころです。トランプ氏のサポーターたちは「米国は外国に搾取され続けた」と信じています。トランプ氏はサポーターたちを喜ばすため、欧州、日本の自動車関税の問題を持ち出し、攻撃的なトーンを強めるでしょう。

 安倍氏も時にはトランプ氏を批判するべきだし、政策面においてトランプ氏の主張を力強く押し返すべきだと思います。日本は米国に巨額の投資をしています。私が安倍首相の立場にあれば、米国内にある日本企業の自動車工場では大勢の米国人労働者が働いていることをより強調するでしょう。彼らの多くがトランプ氏の再選にとって極めて重要な州に住んでいることを、トランプ氏がたぶん気づいていないと思うからです。

 安倍氏にとって今回のトランプ氏の訪日はチャンスです。非公式の場で、トランプ氏が考える自動車関税がいかに米国自身と彼の再選戦略にダメージを与えるかを話すべきだと思います。(園田耕司)

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 1986年に米中央情報局CIA)入り。現在は米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」部長。

マイク・モチヅキさん 米ジョージ・ワシントン大学准教授

 安倍首相に対しては「トランプ大統領のペット」という批判があります。ノーベル平和賞の推薦文を書いたり、大相撲の表彰式という機会を用意したりと、いくつかはやり過ぎだと思います。

 ただ、理解もできます。トランプ氏に関して難しいのは、予測不能ということです。トランプ氏が嫌いだとしても、日本にとってはもっとも重要な国、米国の大統領です。大統領になる前の実業家時代は、米国の対日貿易赤字をかなり批判していました。日本にとって最悪のシナリオは、こうした大統領の下で、米国との貿易戦争に突入することでしょう。

 論理的ではないトランプ氏と議論しても勝てっこありません。日本の首相がやれることは何か。まずはトランプ氏をおだて、取り入り、気に入られ、個人的に良好な関係を築くことだったのでしょう。

 逆説的ですが、安倍氏はトランプ氏と個人的に近づけば近づくほど、外交的なフリーハンドを得ています。ロシアのプーチン大統領と会っても、オバマ政権時代とは違って、トランプ氏からは何も文句を言われない。米中は激しいライバル争いをしていますが、安倍首相は中国との関係を改善させるなど、うまくやっています。

 日米は表面上は良い関係に見えますが、再燃しかねない問題は埋もれたままです。貿易・通商交渉で、トランプ氏がいつ強硬姿勢に転じるかわかりません。いわゆる「思いやり予算」と呼ばれる在日米軍駐留経費の負担をめぐる交渉もあります。今回のトランプ氏の訪日も、とりあえずは参院選が終わるまでは問題を起こさせないという、短期的な計算があったのではないかと見ています。

 残念なことは、安倍氏が、トランプ氏との良好な関係という政治的な資産を、局面を打開するために使っていないことです。それは沖縄の米軍基地問題です。

 これは日米関係の「アキレス腱(けん)」です。沖縄の人々は不公平な負担を背負わされ、日本がまさに何とかしなければならない問題です。ところが、安倍氏からは沖縄問題に関与しようという強い姿勢が感じられません。辺野古沖に建設している普天間飛行場の代替施設は20年以上も前の計画です。最近、中国の台頭など戦略的な環境は劇的に変わっています。にもかかわらず、完成まで時間がかかり、莫大(ばくだい)な建設費をかけて辺野古移設を進めています。

 安倍首相は安保法制で日本の役割を拡大させました。在日米軍を整理すれば、こんなに多くの米海兵隊はいらなくなります。安倍氏がこの問題をトランプ氏との会談で取りあげ、少なくとも米側と対話を開始するだけの勇気があれば、と願っています。(土佐茂生)

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 1950年生まれ。著書に「朝鮮半島の危機」など。米軍基地問題を検討する沖縄県の諮問会議「万国津梁会議」の委員。