「反貧困」から首相への道 ■若者が支持した「倫理的な力」
(書評)「候補者ジェレミー・コービン」 朝日新聞 2019年6月8日
若者が支持した「倫理的な力」
突如、思いがけぬ人物が時代の最前線に登場することがある。政治もそうだ。いや、組
織に依存する従来型のプロが力を失い、流動化した状況に対応できる新たな人材が求め
られているのは、政治が一番かもしれない。
ブレグジットの迷走によりメイ首相が辞任を表明、その後継者に注目が集まる英国で、
やはり見逃せないのが労働党党首ジェレミー・コービンである。といってもコービンは
70歳、けっして若いとは言えない。政治家としての経歴も古く、「新たな人材」とは
ほど遠いようにも思える。
しかも、このコービンは、労働党内において、長く不遇な立場に置かれた政治家であっ
た。英国議会では、その他大勢の代議士は後方に退き「バックベンチャー」と呼ばれる
が、コービンはその一人であった。
ところが、2015年、若手の有望株だったエド・ミリバンド率いる労働党が手痛い敗
北を喫する。候補者の乱立した党首選を勝ち抜いたのは、予想外にもコービンであった
。トニー・ブレア以来の「ニューレイバー」と呼ばれる改革派とは対極の、伝統的な政
治家と思われたコービンが旋風を巻き起こし、勝利したのである。
当選後のコービンは、党内外から妨害を受け、四面楚歌(そか)に陥る。にもかかわら
ず、17年の総選挙で労働党は大幅に議席を伸ばす。コービンを支持した中心は、不安
定な雇用状況にある若者であった。反貧困を掲げ、反緊縮を訴えたコービンが、彼らの
共感を呼んだのである。
著者によれば、コービンに目立つのは「個人的な温かみや寛容さ」、そして「誠実さ、
原則を守る姿勢、倫理的な力」であるという。
本書は無名のコービンが労働党党首になり、総選挙で躍進するまでのルポルタージュで
ある。今後、コービンが再度、人々を驚かすことがあるのだろうか。政治における「倫
理的な力」の行方とともに注目である。
評・宇野重規(東京大学教授・政治思想史)
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『候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道』
アレックス・ナンズ〈著〉 藤澤みどりほか訳 岩波書店 3996円
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Alex Nunns ライター、編集者、活動家。
18年秋、コービン労働党党首のスピーチライターに就任。
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