東電福島第一原発事故からすでに8年が経った。東京電力は今年2月13日、2号機格納容器の内部調査を行い、初めてトングの様なロボットハンドで格納容器底部にあるデブリに触れた。小石状のデブリは挟んで持ち上げることはできるが、固くてつぶすことはできなかったという。また粘土のように見えていた部分も、固着して挟んで持ち上げることができなかった。
 炉心溶融を起こした1号機から3号機の中で、格納容器内部の調査が最も進んでいるのが2号機である。本格的な内部調査は2017年、2018年に続いて今回で3回目だ。東電は小石状のデブリをロボットハンドが把持したことで、あたかもデブリ取り出しに向けて一歩を踏み出したかのように喧伝するが、内部の状況が明らかになるにつれ、「デブリ取り出し」が極めて困難であることが明らかになってきた。これまでの2号機格納容器内部調査で何が分かったのか、デブリ取り出しとはどういうことなのか、希望的観測や幻想を捨てて冷静に考える時である。

溶けた燃料、解けない疑問

 東電福島第一原発事故で、1号機から4号機のうち唯一水素爆発を免れたのが2号機である。一方で最も大量の放射能放出したのも2号機である。忘れもしない2011年3月14日夜、3号機爆発の緊張が解けない中、東電と当時の原子力安全・保安院は「2号機が空焚きになった可能性がある」と発表した。テレビで解説を担当していた私は、ついに来るものが来たと覚悟した。夜を徹して記者会見の内容を整理、分析するとともに、最悪の場合、日本はどうなるのかと思いを巡らせていた。明けて15日早朝、「2号機が爆発した」との一報が入ってきた。1号機、3号機の爆発に続き、2号機が爆発したとすれば、むしろ当然だとの思いがよぎった。同じような原子炉が、同じ状況に置かれれば、同じことが起きるのは理の当然である。

 その後爆発が起きたのは4号機だと訂正された。4号機は定期点検中で「爆発するはずがない」と思い込んでいたが、「使用済み燃料プールの水が干上がった可能性がある」との発表を聞いて、地に足が着かないほど緊張した。大量の使用済核燃料を貯蔵するプールは格納容器の外にあり、溶け始めれば放射能を「格納」する「容器」さえないのである。
 その頃現場では退避が始まっていた。2号機圧力抑制室の圧力は「爆発音」とほぼ同時にゼロを示した。2号機はこの日、大量の放射能を放出し、東京を含む関東地方も高濃度のセシウム等で汚染することになったのである。

 以来、私は2号機で何が起きたのか疑問に思っていた。「爆発音」と「圧力抑制室の圧力ゼロ」は本当に無関係だったのか、2号機から大量の放射能が放出されたのはなぜか、いきなり「空焚き」になった理由は何か、本来は均衡しているはずの格納容器ドライウェルと圧力抑制室の圧力の乖離は何を示すのか、圧力抑制室の底部が破損した理由は何か、調査報告書を読んでも納得のいかないことばかりだった。2号機内部調査の結果と照らし合わせて、一体何が起きたのか、格納容器底部の堆積物は何を示すのか、デブリ取り出しの可能性は本当にあるのか、現時点でわかることを私なりに整理してみたい。

3回の調査で見えてきたこと

 2号機の原子炉内部に初めてアクセスを試みたのは2012年のことだ。原子炉内の温度計がかなり破損したことから、TIP案内菅を利用して代わりの温度計を設置したのが始まりである。TIPは中性子を計測するための装置で、案内管は原子炉圧力容器の内部まで通じている。この時の調査では、少なくともアクセスした案内管は健全であることが分かった。
 本格的な内部調査は2017年に始まった。この時の調査では自走式のロボットを格納容器の貫通部から送り込み、ペデスタルの入り口から内部の状況を撮影した。分かったことはペデスタル内のグレーチングが一部脱落していること、グレーチングの上に堆積物が見られたことなどである。とくに格納容器を貫通するCRDレールの上の堆積物は、黒いペースト状のもの、薄い破片状のもの、それに小石状のものが混じり合っていた。

2018年の2号機格納容器内部調査(東電HPより)

 2018年の調査では、脱落したグレーチングの穴からカメラを吊り下げて、ペデスタル底部の様子を撮影した。ペデスタルは原子炉圧力容器を支えるコンクリートの構造物で、2号機では圧力容器の底が破れて、溶けた燃料がペデスタルの内側に落下したと考えられている。調査の結果、ペデスタルの底部に小石状や粘土状の堆積物があること、本来は圧力容器の中にあるべき燃料集合体の一部が落下していることなどが映像として確認された。私は東電が公開した動画を見た瞬間、よくこれで冷却が進んだものだとむしろ感心した。当初は現在の4から5倍の水量だったとはいえ、日々注ぎ込んでいる冷却水はペデスタル底部の堆積物にパラパラと滴り落ちている状態で、ところどころ小さな水たまりが見られるだけだった。 
 「冷却水が雨のように滴り落ちて堆積物の上に溜まっている状況も分かり、全体的に冷却状態が維持されていることが確認されました」
 東電の広報ビデオはこのように強調しているが、大量のデブリが冠水せずにむき出しになっている状況は極めて異常なのである。

2号機の事故進展と燃料の溶融

 では2号機で何が起きたのか、大きな流れを振り返ってみよう。3月11日14時46分に発生したマグニチュード9.0の「東日本太平洋沖地震」で、運転中の2号機の原子炉は自動停止(スクラム)した。主タービンは停止し、非常用ディーゼル発電機が自動的に起動した。15時35分に津波の第二波が到達、15時41分には非常用ディーゼル発電機も停止して「全電源喪失」となった。
 2号機には隔離時冷却系(RCIC)と呼ばれる冷却装置がついている。RCICは原子炉の崩壊熱を動力に変えて、冷却水を原子炉の中に送り込む装置だ。正常に機能すれば毎時95トンの水を注入できる。運転員はスクラムの後、RCICを何度か起動したが、原子炉内の水位が高くなりすぎて自動停止を繰り返した。幸運なことに「全電源喪失」の2分前、運転員はRCICを再度手動で起動させた。これが功を奏してRCICは津波で電源を喪失した後も動き続け、原子炉への注水が続いた。

 2号機の事態が大きく変化を始めるのはRCICが停止したとみられる3月14日昼前からである。午前11時1分には3号機が水素爆発、消防車を使った注水の準備をしていたが、消防車とホースが破損した。原子炉内の水位はどんどん下がり続け、午後6時を回ったころには燃料集合体の露出が始まった。熱の逃し場である圧力抑制室(S/C)の温度が150度近くまで上昇、格納容器の圧力も5気圧まで上がった。
 圧力容器の圧力を下げて消防車で注水するため、SRVという弁を開放したが、これにより圧力容器内の水は一気に減った。「減圧沸騰」と呼ばれる現象である。圧力容器の圧力は通常約70気圧で、消防ポンプの吐出圧力では水を注入できないので、SRVという弁を開いて圧力を下げるのだが、それと同時に内部の水は一気に蒸発してしまう。午後7時前には燃料集合体の全体が露出した。19時54分、消防車による海水注入が始まったが、原子炉に注がれた水の量は極めて少なく、「焼け石に水」以下だった。

 2号機では水位が一気に下がったため、燃料被覆管などに使われるジルカロイと水による反応が起きる間もなく燃料の溶融が進んだとみられる。燃料から発せられる膨大な崩壊熱により、燃料集合体の中心部から溶け始め、溶けた燃料は原子炉の下部に溜まり、さらに厚さ14センチの鋼鉄製の圧力容器に穴をあけて、格納容器底部のペデスタルに一部が落下した。格納容器の底部はコンクリートである。溶けた燃料はコンクリートと反応し(MCCI)、格納容器の床を侵食したとみられる。

2号機燃料デブリ推定図

 東京電力が公表した「炉心・格納容器の状態の推定と未解明問題に関する検討」と題する一連の報告書によると、1号機と3号機では燃料のほとんどが格納容器に溶け落ちたとみられるが、2号機では圧力容器の底に大部分が残っており、格納容器に溶け落ちた量は比較的少ないと推定されている。

燃料デブリとは何か?~TMIの経験から

 デブリとはフランス語のdebris(ゴミ)の意で、原子力でデブリと言えば、溶けた燃料を含むゴミのことだ。もちろんただのゴミではない。極めて放射線量が高く、扱いは困難だ。デブリを取り出した唯一の例は米国スリーマイルアイランド原発(TMI)である。奇しくも今年はTMI事故40周年だ。事故を起こした2号機の隣の1号機は2034年まで運転が認められていたが、財政支援が得られず、今年5月8日に廃炉が決定した。TMI事故では約4時間原子炉の水がなくなり、燃料の45%にあたる62トンが溶融した。そのうち20トンが原子炉圧力容器の底部に溶け落ちた。
 炉心は水がなくなると中心部から溶け始め、やがて水が注がれると外側が固まり、「卵の殻のようになる」(ダグラス・エーカーズ博士)という。卵の殻が熱で破れると、流れ出した溶けた燃料(コリウム)は底部に溜まる。こうして原子炉の中で固まったものすべてがデブリである。

TMIの燃料デブリ分布

 TMIでは事故から4年後の1982年、原子炉内にセンサーカメラを挿入して、初めて燃料棒の半分近くが溶けてデブリとなっていることが分かった。デブリ取り出しには、どこにどれだけ、どんなデブリが固着しているか調べることから始めなければならない。TMIではカメラや超音波探査機を使って、精密なマッピングが行われた。
 事故から7年後に始まったデブリ取り出しでは、まず圧力容器を水で満たし、ふたを開け、炉内上部の構造物を取り除いた。その上でセラミックのように固くなったデブリを油圧式のドリルやのこぎり、ハンマー、プラズマ・アークソーなどで砕きながら、マジックハンドで特殊な容器(キャニスター)に入れて取り出した。1990年には133トンの取り出しを完了したが、まだ1.9トンが残っている。取り出したデブリは3000キロ離れたアイダホ国立研究所に保管されており、今も成分分析などが続けられている。

 福島第一原発では事情がはるかに複雑だ。TMIではデブリは圧力容器内部に留まったが、福島第一原発では格納容器の床に落下し、コンクリートと複雑に反応した。圧力容器内部に残るデブリとペデスタル内でコンクリートと反応したデブリは、全く性質が異なるとみられる。TMIでデブリ取り出しを主導した原子力規制委員会(NRC)のレイク・バレット氏に話を聞く機会があったが、「最も時間がかかったのは工具の開発と、工具の刃の交換だった」と振り返る。

格納容器内部の調査で見えてきたこと

 2号機格納容器内部の写真を見てみよう。圧力容器を斜め下から見上げた写真には、どろりとした溶融物がチューブやケーブルに固着している。圧力容器に穴が開いて、コリウムが流れ出た痕跡とみられる。燃料は中心部から溶け、炉心支持盤の穴から原子炉の底部に移行し、圧力容器の底を破って流れ出たとみられる。炉心支持盤も一部が溶けたか、大きく破損している可能性が高い。
 2018年の内部調査では燃料集合体の一部もペデスタルに落下しているのが見つかった。「上部タイプレート」と呼ばれる部分で、長さが13センチほどあることから、少なくともこの程度の穴が原子炉圧力容器に開いていることは確実だ。沸騰水型原子炉は圧力容器の底部に制御棒駆動装置や中性子計測系と言った貫通部がたくさんある。貫通部の多いことが、沸騰水型の弱点でもある。解析コードによる分析や模型を使った実験では、こうした装置がすっぽり抜けてしまうことはないと考えられてきたが、現実には溶けた燃料が厚さ14センチの鋼鉄を突き破って、10センチを超える穴を開けた。水の落下している箇所が複数あることから、穴も複数あるとみられる。

見つかった燃料集合体の一部

 堆積物全体を見てみると表面は小石状や粘土状のデブリに覆われている。ペデスタルの直径は5.4メートルで、堆積物の高さは70センチ程度なので、ケーブルトレイという構造物の分を差し引いても、デブリの量は約10立方メートルと推定される。まずはこれらが取り出しの対象となるだろう。もちろんデブリはペデスタルの外に存在する可能性もあるし、圧力容器の中には大部分が残っている。
 2019年の内部調査で小石状と粘土状の堆積物の様子が少しずつ分かってきた。今回ロボットハンドが摘み上げた小石状堆積物の写真を見ると、角張ったものが大半で、ものが溶けて固まった感じがしない。金属というより、砕いた石に近い印象だ。またペデスタル底部から3メートルほど上部にあるプラットフォーム上にも散乱していることから、小石状の堆積物は圧力容器の底に開いた穴から降り注いできた可能性もある。東電の報告書には、ペデスタルに落下した堆積物にはウラン燃料のペレットが含まれる可能性があると書かれている。

小石状の燃料デブリ(2019年の調査より)

 溶けた燃料が格納容器の床のコンクリートに接触すると、いわゆるコア・コンクリート反応(MCCI)が起きる。MCCIの実験は米国、ドイツ、韓国、日本などで数多く実施されていて、一酸化炭素、二酸化炭素などの気体を発生させるとともに、溶けた燃料の金属とコンクリートの無機物が反応して、複雑なデブリを形成することが知られている。また塊状のデブリの上に粒状の物質が堆積することが分かっている。
 今回の調査では堆積物の内部がどうなっているのか、依然として不明である。東電は2019年度内に伸縮ができるロボットアームを格納容器内部に投入して、堆積物の全体像をつかむとともに、サンプルを取り出して分析することにしている。この調査がうまく行けば、少なくともペデスタル内部の状況はかなり判明するだろう。

燃料デブリ取り出しとは何なのか?

 デブリ取り出しのためには本来格納容器に水を張らなければならない。しかし2号機では圧力抑制室の最も下の部分に穴があると見られ、水を張ることができない。格納容器の貫通部から気中でデブリを取り出す方法が考えられており、「気中工法」などと呼ばれているが、前原子力規制委員会委員長の田中俊一氏は、「気中で取り出すなんて、原子力工学を少しでもかじった人なら考えない」と語っていた。水は遮蔽体として、また高線量の粉塵を封じ込めるために必要不可欠の存在なのである。
 ペデスタル内部のデブリは体積から考えて10から20トンほどだろう。今回の調査で表面の状態は少しわかったが、堆積物の内部がどうなっているか、まだ全く分からない。またペデスタルの外に流れ出ている可能性も否定できない。
 取り出さなければならないデブリの量は100トンを超える。大半は圧力容器の内部にあるとみられる。ミューオンという素粒子を使った透視技術によると、圧力容器内部では本来核燃料があるはずのところに大きな塊がないことから、燃料の大半が溶けて圧力容器底部に溜まっているとみられる。装荷されていたウラン燃料の重量は100トン超、その他に制御棒や炉内の構造物も溶けて混じった可能性があるので、デブリ全体では100トンをはるかに超えるだろう。小石状のデブリをつまんで取り出すといったレベルではないのである。

 圧力容器内のデブリを取り出すには格納容器の蓋と圧力容器の蓋を開けなければならない。しかし水を張らない状態で蓋を開けるのはほぼ不可能である。仮に格納容器が修復されて水を張れたとしても、デブリ取り出しは極めて困難だ。圧力容器内には上部に蒸気乾燥器、気水分離機、炉心スプレイ系の配管、上部格子版などの炉内構造物があり、これらを取り除かなければならない。中心部にはまだ燃料が残っているかもしれず、下部のデブリに到達するには炉心支持盤などが障害となることが予想される。
 さらに原子炉全体の廃炉となると気の遠くなるような危険かつ困難な作業が待っている。デブリで汚染された圧力容器本体や格納容器本体など、解体すべき高レベル線量の構造物が立ちはだかっているのである。

ロードマップという足かせ

 廃炉や汚染水対策は「東京電力福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」に沿って進められている。「ロードマップ」によると2019年度に「初号機の燃料デブリ取り出しの方法を確定」し、2021年内に「初号機の燃料デブリ取り出しを開始する」となっている。目標を立てることは悪いことではない。しかし原子炉内部の状況が分からないまま、「ロードマップ」が独り歩きすると、結局無理を重ねることになる。現在のペースで考えると、ロボットを投入する内部調査は年1回が限度である。「2019年度に方法を確定」するには、あと1回のチャンスしかない。
 TMIではまず徹底的な建屋の除染が行われた。除染によって作業環境を整備することが第一である。バレット氏によると、「ロボットでできることも多いが最後は人間がやらなければならない仕事が多かった」と語る。またデブリ取り出しには正確なマッピングが不可欠だ。どこに、どんな性質のデブリがどれほど存在するのか不明なまま、むやみに取り出すことは危険極まりない。

 前述の通り、「使用済み」とはいえ「核燃料」である。取り出し作業中に臨界を起こす可能性さえある。現在はキセノンという物質で臨界をチェックしているが、日本原子力研究開発機構(JAEA)のレポートは、キセノンのチェックだけでは不十分と指摘している。とくにデブリに混じっているコンクリートは中性子の吸収が少なく、「MCCI生成物はごく少量の水分で臨界の可能性」があると警告している。本来は冷却水に中性子を吸収するホウ素を混ぜればよいのだが、冷却システム全体が循環システムではなく開放系なため、ホウ素を入れることができないのである。
 仮にペデスタルのデブリが取り出せたとしても、圧力容器のデブリを取り出す際に落下してきたらどうなるのか。またペデスタルのコンクリートはかなり傷んでいる可能性がある。コンクリートの硬さの本質は水である。コンクリートから水を取り去るとボロボロになることはエンジニアなら誰でも知っている。果たしてデブリ取り出しが終了する30から40年後まで、ペデスタルは100トンを超える圧力容器を支え切れるだろうか?ましてや1号機、3号機は…。

事故原因の究明は闇のかなたへ

 私はこれまで何度も原子力規制員会の記者会見で「事故原因の分析を続けるべきではないか」と問い続けたが、前任の田中俊一委員長も現更田豊志委員長も、再開には否定的だ。原子力規制委員会は「設置法」によって、事故原因の究明の任を負っているが、「東電福島第一原子力発電所における事故の分析」検討会は、2014年10月に「中間報告書」を出したまま一度も開かれていない。その「中間報告書」も「国会事故調報告書」が提起した疑問を否定する目的で作られたようなものだ。
 更田委員長は「デブリ取り出しのプロセスは同時に現場検証でもある」と語った。まさにその通りである。ならばなぜ事故分析を継続しないのか。理由について更田氏は「新しい知見が出てこないから」と語る。2号機ではペデスタルの全体を見渡せるロボットによる内部調査が予定されている。また1号機での内部調査も準備が整ってきたという。ぜひ「取り出しの方法を確定」する前に、再度事故分析に取り組んで欲しいと願う。事故原因の究明を闇に葬らないために…。

倉澤 治雄
千葉県生まれ、開成高校卒。1977年東京大学教養学部基礎科学科卒、79年フランス国立ボルドー大学大学院修了(物理化学専攻)、80年日本テレビ入社。原発問題、宇宙開発、環境、地下鉄サリン事件、司法、警察、国際問題などを担当。経済部長、政治部長、解説主幹を歴任。著書は「福島原発事故に至る原子力開発史」(中央大学出版部)、「原発ゴミはどこへ行く」(リベルタ出版)、「原発爆発」(高文研)、「テレビジャーナリズムの作法」(花伝社)、「徹底討論 犯罪報道と人権」(現代書館)「原子力船『むつ』 虚構の航跡」(現代書館)ほか
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