老後の生活費は2千万円不足するとした金融庁の報告書。反発が広がると、政府はそれをなかったことに。「100年安心」と言われた年金と老後のおカネ、どう考えればいいのか。
岩城みずほさん(ファイナンシャルプランナー)
金融庁の報告書が話題になってから、老後資金に関するセミナーの参加者が増えたと聞きます。しかし、その裏に売りたい商品がある場合、コストの高い商品を薦められてカモにされます。不安だからといって、金融機関や保険販売の窓口に行って商品を買うのは待って下さい。まずは、一人ひとり違う必要な貯蓄額を知ることです。老後の収入の柱になるのは公的年金です。その受給額によって、必要な貯蓄額は違います。
公的年金を補う自助努力が必要で、長期・積立・分散投資が有効だと伝わったのは良かった点です。私の20代の娘が、SNSでの炎上を見て、年金について聞いてきました。老後資金に興味がなかった人が、興味を持つきっかけになったと思います。
残念だったのは、平均値の数字が独り歩きして不安を覚えた人が多かったこと。金融機関の商品パンフレットなどでは平均値を示し、足りないから、この商品がお薦めですという言葉はよく使われています。月5万円不足するなら、それなりの生活をすればいい。どんな生活をしたいのか、そのための必要貯蓄額はいくらなのか、といった、自分の老後の生活を考える方法を伝えるべきでした。
必要な貯蓄額は、今の手取り収入、年金額、老後の生活費は現役時代の生活費に比べて何割程度にしたいか、などから計算できます。特に自営業者などで基礎年金だけの人は、必要な貯蓄額は大きくなる。保険料と通信費の削減が効果大です。一発逆転を狙う投機的商品ではなく、税制優遇の大きい個人型確定拠出年金「iDeCo」や少額投資非課税制度「NISA」で販売手数料ゼロの商品を使い、広く分散して長期で運用をしましょう。そうすれば、インフレになっても購買力は減りません。そして、なるべく長く働き続けることで、老後不安は解消されます。
報告書では、アドバイザーに相談することの必要性に触れていました。しかし、今の日本では、顧客本位の人を見つけるのは難しいのが現状です。なぜなら、商品を売りたい側からの商品販売手数料を収入源としているアドバイザーが多いからです。助言を受ける際は、その人の総収入に占める手数料の割合を聞いてみて下さい。どの立場に寄っているのかがわかります。今後、顧客本位のアドバイザーを育てること、うまい話にだまされないように義務教育などで投資や金融を学ぶことも必要ではないでしょうか。
社会全体で大切なことの一つは、収入が低すぎて貯蓄もできないような人を減らしていくことです。誰もが、貯金や運用をしながら、ある程度の生活ができるような賃金を得られる環境を整えることが、政府の仕事ではないでしょうか。(聞き手・後藤太輔)
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1965年生まれ。NHKアナウンサー、金融機関を経て現職。著書に「腹黒くないFPが教えるお金の授業」。
山田俊浩さん(週刊東洋経済編集長)
定年後のお金について特集すれば、販売部数が伸びる傾向があります。都市部だけでなく郊外でも売れ、家族の問題として読んでいただいているようです。
関心の高さの背景にあるのは、不満と不安でしょう。就職氷河期に正社員になれず低賃金に苦しむ人は、一部の恵まれた人が優遇されていると感じています。不安をあおって売ろうとするメディアがあり、金融機関から「不安ですよね」と説明され、政府も「足りない」と言えば、不安になるのは自然です。
「2千万円報告書」を出した金融庁の審議会は、そんな世の中の敏感さを理解していませんでした。過去20年間、「年金は破綻(はたん)する」とあおられては、それを打ち消すのに苦労してきた厚生労働省も審議会オブザーバーだったのに、「もっと危機感をあおれ」という委員に押されて、あのような報告書になってしまった。理解に苦しみます。
年金制度は人口や経済情勢に応じて不断に微修正する必要があり、「100年安心」という言葉は有害無益です。今回のような騒動があると、「100年安心はやはりうそだ」と逆に国民の不信を高める原因にもなります。一方で、政争の具にして、不安だけをあおることにも疑問を感じます。人口の構成によって年金財政は決まるので、どの党が政権の座にいてもほとんど変わらないのですから。
どんな制度で現実はどうなっているのか、理解を深めてもらうこと。繰り下げ受給と共に、高齢期の生き方の選択肢を増やすこと。年金だけでは老後に困窮してしまう可能性がある人に対して、生活保護で事後的に救うだけでなく、事前に彼らの所得増加を促す制度を考えること。そんな努力を、今こそやるべきです。
年金は、生活保護のような公助ではありません。保険料を払った人たちによる共助で、全てを国がまかなうものではないのです。老後の生活を支える基盤となりますが、このままの年金や退職金だけでは苦しい層がいることも事実。厚生年金の網を非正規雇用者へ広げることや、救貧政策の見直しを併せて考えていく必要があります。
高齢期の生き方は、特に知ってもらいたいです。引退を延ばして年金受給を1年繰り下げるごとに、8・4%受給額が増えます。5年繰り下げれば、42%増えます。
やりたい仕事で高齢期に収入が得られるよう、現役時代に勉強しなおし、資格を取ったりスキルを身につけたりする。自分への投資が、どんな金融商品よりも利回りが良い資産と言えます。消費する側ではなく、生産する側に長くいて、社会全体のプラスになる生き方をする。そんな前向きな行動を提案していくべきです。(聞き手・後藤太輔)
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1971年生まれ。東洋経済オンライン編集長などを経て現職。著書に「稀代(きだい)の勝負師 孫正義の将来」。
坂口力さん(元厚生労働大臣)
老後に2千万円が必要という金融庁の報告書をめぐる今回の混乱は、とても残念です。実態から言って、これまでの日本の高齢者の平均をとれば、年金のほかに月に5万円ほどがかかっているというのは事実。しかし、どこに住むのか、どんな暮らしをするのかによって、必要なお金は千差万別です。
高齢者の生き方、暮らし方の問題と、年金制度の持続性というまったく別な話がごっちゃにされてしまっているのが問題です。一律のデータを使って国民の不安をあおり、株や投資信託を始めさせようというのはおかしい。
「年金100年安心プラン」という言葉は、私が初代厚生労働大臣として年金改革に取り組んでいた2003年に、総選挙向けに公明党が打ち出しました。
当時、年金制度がコロコロ変わっていて、これから年金の制度そのものは大丈夫なのか、崩壊するのではないか、といった不満と不安が出ていたのです。04年に抜本的な改革を行ったのは、100年後も年金制度そのものが安心できる存在にしなければ、という思いからでした。
日本の年金制度は、現役世代が払う保険料を高齢者に渡す「仕送り方式」です。ですから、少子高齢化で高齢者が増え、働く世代の人口が減れば、給付は減ってしまうのです。そこで、現役世代の負担が重くなり過ぎないよう保険料の上限を固定し、国庫補助を増やし、年金積立金を100年かけて一部取り崩すことなどを導入し、安定化させたのです。給付水準を調整して減らすこともあり得ます。100歳までだれでも年金だけで十分生活できる給付が受けられるということをうたったわけではなく、100年後も公的年金が高齢者の生活の柱となるように、抜本的な改革を行ったのです。
結果として、今回の騒動で国民が不安になっているのは事実でしょう。かつての自民党であれば、あり得なかった事態だと思います。かつては与野党問わず「厚生族」「社労族」と呼ばれた専門家の議員がいました。自民党だと丹羽雄哉さん、橋本龍太郎さん、斎藤十朗さんら。社会党だと田辺誠さんが代表的でした。
1970年代、当時、公明党は野党でしたが、私は当選直後から、与野党を超えて、こうした専門家の議員と社会保障について勉強し、議論を重ねていました。いまはそういう専門の政治家集団の流れが途切れてしまっているのではないでしょうか。
それが続いていれば、あのような報告書がまとめられ、国民に不安を与えることはなかったと思います。あるいは問題が明らかになったときに、与党内の年金問題に詳しい議員から、まっさきに厳しい批判が出たはずです。政治家は官僚任せにせず、もっと自分の言葉でしっかりと国民に語りかけ、不安を払拭(ふっしょく)する議論を主導する必要があると思います。(聞き手・池田伸壹)
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1934年生まれ。医師。72年に衆院議員に初当選し2012年まで通算11期。公明党政審会長、労相などを歴任。