その都市は「Pass(パス)」という名を持つ。

 米南部テキサス州のエルパソ(El Paso)。メキシコと国境を接するこの都市を3日、銃の乱射事件が襲い、死者は22人、負傷者は25人に上った。「全米一安全な都市」を揺さぶった悲劇が浮き彫りにしたのは、分断が幾十にも重なる米社会の姿だった。

「またか」から始まった取材

 米東部時間8月3日午後1時10分(日本時間4日午前2時10分)、よく晴れた土曜日の昼間だった。事件・事故を覚知するスマートフォン用アプリが、1件のニュースを知らせた。

 「エルパソのウォルマートで銃撃。多数が撃たれた」

 正直、またか、と思った。銃撃事件をまとめるネットサイト「ガン・バイオレンス・アーカイブ」によると、今年に入ってから銃による事件は3万4千件以上に上る。1日平均約160件。これが、人口よりも多い銃を抱える米国の現実だ。

 だが、この事件は徐々に、「日常的な」ものとは一線を画する装いを見せ始める。最初に通知を受けてから40分後、地元テレビ局が「18人が撃たれたことを確認」と速報。さらにしばらくしてから、「ヘイト」(憎悪)が背景にあるのではないか、という米メディアの報道が増え始めた。

 その日のうちに、確認された死者数は20人まで膨れあがった。そして、容疑者の白人の男(21)が犯行直前、メキシコ人などのヒスパニック系を嫌悪する「犯行声明」を投稿していたとみられることも明らかになった。

 非白人、移民に対するむき出しの敵意であふれる4枚の「犯行声明」。それは、読むに堪えないものだった。一方、この事件は、現代の米国社会に巣くう負の側面が顕在化したもののようにも感じた。

 翌日からのエルパソ出張で、その思いは強まることになる。

奪われた「日常」

 勤務地であるニューヨークから飛行機を乗り継ぎ、米山岳部時間4日午前11時(日本時間5日午前2時)ごろ、現場付近に着いた。

 事件があったウォルマートは、全米に5千店以上を展開する米小売り最大手。ただ、「小売り」と言ってもショッピングモールのような広さで、事件当時は約3千人の客や従業員がいた。

 事件から一夜明けた駐車場には、現場検証を待つ数百台の車が止まっていた。店の裏手には買い物カートが散らばり、あるカートには、ドッグフードや洗濯用洗剤、ヨーグルトやドライマンゴーが入っているのが見えた。ありふれた日常の一コマが、たった一人の男によって、大きく姿を変えてしまったのだ。

 現場には、献花する市民が続々とやってきた。

 エルパソ在住の医師、ジュリオ・ノボアさん(52)は、妻と生後10カ月の息子とともに花を供えた。ウォルマートはいつも利用する店。「事件が起きた30分後にここ来る予定だった」と言った。

 ノボアさんが嘆いたのは、米国の変容だった。

 「米国はここ数年で変わった。レイシズム(人種差別主義)がはびこっている。より多様で寛容で、違いを認め合う社会にならなければいけない」

エルパソ、愛すべき都市

 この都市は人口68万人のうち、約8割がヒスパニック系。現場のウォルマートは、最も近い国境の検問所からわずか車で5分の距離にある。衣服や文房具などはメキシコで買うよりも安いといい、事件の被害者の少なくとも7人がメキシコ国籍だった。

 エルパソはどんな都市ですか? 取材で出会った多くの市民に、この質問を投げかけた。すると、ほとんどが「loving(愛にあふれた)」という表現を使った。

 臨床心理士の白人、ラッセル・シュワイガーさん(58)もその一人。「大きな都市だけど、小さな町のように感じるんだ」と力を込めた。「多くの友人はヒスパニック系だし、このコミュニティーでレイシズムや危険を感じたことは一度もない」

 「safest(最も安全な)」という市民も目立った。地元警察によると、昨年、殺人事件は23件。2009~18年の年平均は16件だった。地元メディアによると、今年2月、連邦捜査局(FBI)の統計を基にしたランキングで、エルパソは人口50万人以上の都市の中で「最も安全な都市」第1位に輝いた。これは、3年連続のことだ。

 街を車で走れば移民申請を代行する弁護士の看板がそこかしこにみられ、レストランに入ればスペイン語のメニューが用意される。ヒスパニック系の移民を包摂し、移民とともに成長し、安全であり続けてきた都市が、たった1日で、22人もの犠牲者を出す現場と化してしまったのだ。

トランプ大統領就任後、揺さぶられ続けた

 事件翌日の追悼式には、1千人を超す市民が集まった。その中に異彩を放つ横断幕が掲げられていた。

 《移民家族の分離、国境の壁、人種差別的扇動、そして銃の乱射事件。胸が痛い。ヘイト(憎悪)は、私たちを定義づけるものじゃない!》

 エルパソで生まれ育ったルーベン・セグラさん(51)が作り、棒で固定して広場に立てかけた。

 母はメキシコ、父はカリフォルニア州の出身のセグラさん。多様性があり、寛容なこの町が好きだった。でもいまや――。

 「エルパソは、トランプ大統領からの攻撃を受ける最前線だ」

 その口ぶりは、明らかな怒気を含んでいた。

 追悼式には、エルパソ出身で、民主党の大統領候補者指名争いに名乗りをあげているベト・オルーク前下院議員も参加した。オルーク氏は、100年以上前にメキシコから来た不法移民が第1次世界大戦で米軍に参加したこと、彼が「ここは私の国だ。これは私の戦いだ」と言っていたことを紹介するなどして、エルパソの歴史を紹介。そして、この都市について、こう語った。「移民の、難民申請者の、難民の都市なんだ」と。

「犯行声明」とトランプ氏と分断と

 容疑者の男がネット掲示板に投稿したとされる「犯行声明」には、トランプ氏との関連づけをいやがる文言がある。

 「メディアは私を白人至上主義者と呼び、トランプ(大統領)の物言いを責めるだろう。メディアはフェイクニュースで評判が悪い」。だが、その言葉遣いには、トランプ氏の影響が色濃く見てとれる。

 たとえば、「犯行声明」はヒスパニック系などについて、米国に対する「侵略」「侵略者」だと計7回、表現している。これはトランプ氏が選挙期間中から使ってきた言い回しだ。

 また、「犯行声明」は移民について、「米国の未来にとって有害」とし、米国に「なだれ込んでいる(flood)」と表現。ニューヨーク・タイムズによると、この言葉は、トランプ氏が好む保守系メディアで多々使われてきたものだった。

 もちろん、事件がトランプ氏の責任と断言することはできない。

 「大統領を責めるな。犯人を責めろ」

 トランプ氏支持者の学生、ミクロ・バウマンさん(21)は、そんなメッセージを書いた紙片を掲げ、追悼現場に立っていた。

 「大統領が何をしたっていうんだ。彼はたまに言い過ぎてしまうことがあるけど、あまりにも多くの人がトランプの悪口を言っている。事件をあんまり政治化しすぎるべきじゃない」

 あらゆる事象の「政治化」。もっと言えば「トランプか否か」。

 この構図が現在、米国にはびこっている。エルパソの乱射事件も結局はこの枠組みにあてはめられ、そして、分断が加速していく。

 それを象徴するシーンが事件から4日後、市内で開かれた「トランプ氏来訪反対集会」でみられた。

 40度にも迫ろうという炎天下、300人以上の市民が「Send Him Back(彼を送り返せ)」と大合唱を始めたのだ。これは、トランプ氏の支持者が先月の集会で、民主党の非白人女性議員を「Send Her Back」と連呼したことを念頭に叫ばれた文句だ。

 聞いていて、耳をふさぎたくなった。政治的主張よりも、いまは犠牲者を悼むべきではないかと思わずにはいられなかった。

 参加者に話を聞くと、みな、事件の「責任」をトランプ氏が取るべきだと訴えた。トランプ氏はもちろん、「関係ない」と一蹴する。その言葉が、さらに「反トランプ派」の怒りを買う。

 こうして、分断に、分断が、重なっていく。

国境の声を聞く

 エルパソに滞在中、どうしても行きたい場所があった。国境だ。

 事件のあったウォルマートからわずか5分。米国からメキシコに向かう通路は、驚くほど無防備だった。警察官が2人立っているが、特に市民に声をかける様子はない。リュック一つで、あるいは手ぶらで、多くの市民が国をまたいでいく。

 そう、ここは「Pass」という名を持つ都市なのだ。

 国境で話を聞いたカルロス・カマリロさん(62)はメキシコ生まれ。いまはエルパソに住み、両方の国でプラスチック関連の会社などを営んでいる。

 2001年の同時多発テロ後、メキシコから米国に入国するのに最大で3時間ほどかかるようになった。6人の子どもがいるカマリロさん。子どもの学業への負担を考え、エルパソに移住したのだという。

 容疑者の男のものとされる「犯行声明」で憎悪の対象とされたヒスパニック系の移民として、カマリロさんに問うた。この事件に、何を思いますか。

 彼はよどみなく答えた。「壁が必要だね」と。「米国に入ってくるひとを防ぐ壁ではなく、今回の容疑者のような男を防ぐ壁が」。そう言い残し、カマリロさんはノートとスマートフォンだけを手に、国境を抜けていった。(エルパソ=藤原学思)

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