(続)NHK特集『拝謁記』が暴露する昭和天皇の極貧しい人間性!?

(続)NHK特集『拝謁記』が暴露する昭和天皇の極貧しい人間性!?

皆様

 こんばんは。増田です。これは、BCCでお知らせしています。またまた(笑)重複・超々長文、ご容赦を!

先日、NHK特集『拝謁記』について、内容のご紹介と、自分的には(笑)最低限のコメントを付けました。

しかし、1、「南京事件も懐古」や

https://www3.nhk.or.jp/news/special/emperor-showa/articles/diary-repentance-02.html

2、「基地反対闘争に批判的見解も」

https://www3.nhk.or.jp/news/special/emperor-showa/articles/diary-armaments-04.html

には、またまた呆れてしまい、もう一度、史料を基にご紹介しておいた方がいいと思いました。

1、「南京事件」について、初代宮内庁長官・田島道治の昭和271952)年220日記録では、昭和天皇は以

下のように述べています。

「支那事変で南京でひどい事が行ハれてるといふ事をひくい其筋(そのすじ)でないものからウス/\(うすうす)

聞いてはゐたが別ニ表だつて誰もいはず従つて私は此事(このこと)を注意もしなかつたが、市ケ谷裁判で公ニ

なつた事を見れば実ニひどい。」(太字協調は増田)

つまり、南京虐殺事件については「ウス/\(うすうす)」しか知らず、一般国民と同じように1948S23)年

5月から始まった東京裁判で初めて知った、ということにしています。

しかし、これは真っ赤なウソであることを、昭和天皇の末弟・三笠宮崇仁さんが暴露しています。「ウス/\

(うすうす)」しか知らなかった、というのは「統治権の総覧者&統帥権者=大元帥」としての自分の不作為の正当

のためです。

三笠宮さんは『THIS IS読売』19948月号の「殿下に独占インタビュー」の中で、以下のようにハッキリと証

言しています。

中国側は、日本軍の残虐行為を『勝利行進曲』という映画にしていましたが、それを日本側が重慶あたりで没収し

てきたものを手に入れた私は、東京に連絡で戻った時に、その映画を持っていき、昭和天皇にもお見せしたことがあ

ります。もちろん中国が作った映画ですから、宣伝の部分も多いでしょうが、多くの部分は実際に行われた残虐行為

だっただろうと私は考えています。」

三笠宮さんは「若杉参謀」として中国での皇軍の残虐行為をいやというほど見聞して、それを直接、兄の昭和天皇に

「ウス/\」どころか「濃く濃く」(笑)伝えていました。

「三笠宮(若杉参謀)」って「ひくい其筋(そのすじ)でないもの」ですか?

宮さんは、兄昭和天皇が、田島に対してそんな真っ赤なウソを言っているとは考えたことは無かったでしょうし、昭

和天皇は死後5年経って、弟が自分のウソを暴露するなんて考えたことは無かったんでしょう。嘘はいつかはバレル…

ものなのかも…

この『拝謁記』は、最悪の場合は絞首刑、そこまでいかなくとも証人として出廷を命ぜられる可能性はあった東京裁判

の弁明用に昭和天皇の発言を記録した『昭和天皇独白録』(文藝春秋)をさらに詳細にした、昭和天皇による極めつき

の正当化・言い訳・強弁集と言っていいのではないでしょうか? 「真の『反省』や『悔恨』などは含まれていなかっ

た」ということをこの上なく明瞭にしています。

それは、さらに以下2-①②③が、極度に(?)証明しています。

2、 昭和天皇の「米軍基地反対運動」嫌悪!?

①「昭和28※年6月1日)では『平和をいふなら一葦帯水(いちいたいすい)の千島や樺太から 侵略の脅威となるものを先

(ま)づ去つて貰ふ運動からして貰ひたい 現実を忘れた理想論ハ困る」(※1953年)

「田島長官が、理想論者は『千島の前ニ日本国土から 米軍を引いて貰ひたいを申すかと思ひます』と述べると、昭和天皇

は「それニ対してハ 私ハ朝鮮を見たらすぐ分ると思ふといひたい」

②「昭和28年5月25日…、石川県内灘(うちなだ)の米軍基地反対闘争に触れ、「小笠原でも奄美大島でも米国ハ返さうと

思つても 内灘でも浅間で貸さぬと(原文ママ)いはれれば返されず、米国の権力下ニおいて そこでやるといふ事になる。

米国の力で国防をやる今日 どこか必要なれば我慢して提供し 小笠原等を米国が返すやうにせねばいかんと思ふのに(※

米軍基地反対運動する国民がいるとは困つた」(※は増田の補)

「昭和28年6月17日…『日本の軍備がなければ米国が進駐してヽ 守つてくれるより仕方ハないのだ。内灘の問題なども

その事思へば 已むを得ぬ』」

③「外交上正しく主張するに 軍備がものをいふ訳故、日本の軍備をやめた事は現実の状況としてハ 米軍二依る外(ほか)

ない。米軍中 不都合を働くものは不都合故 これハ罰すればよい そういふ難点ハ難点で考へてもよろしいが その事の為

ニ 根本的ニ反米とか 米軍が日本の準備なき内ニ 退去するやう仕向ける事ハいかんと思ふ。私ハむしろ 自国の防衛でな

い事ニ当る米軍ニハ矢張り感謝し酬(むく)ゆる処なけれバならぬ位ニ思ふ」

「昭和281124日…基地の問題でも…全体の為ニ之がいゝと分れば 一部の犠牲ハ已(や)むを得ぬと考へる事、その

代りハ 一部の犠牲となる人ニハ 全体から補償するといふ事ニしなければ 国として存立して行く以上 やりやうない話で

あるのを、憲法の美しい文句ニ捕ハれて 何もせずに全体が駄目ニなれば 一部も駄目ニなつて了(しま)ふといふ事を考

へなければと私ハ思ふ」

「自分の利益権利といふ方に重きをおいて 全体の為ニする義務といふ考えがないから困ると思ふ。日本の国防といふ事を

現状ニ即して考へて、日本としてなすべき事たるが分かれば 誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ その犠牲ニ

ハ 全体が親切ニ賠償するといふより仕方ない」

***************************

2-①から分かること

 19458月に「千島や樺太」がソ連に占領されたのは、昭和天皇が当年2月、近衛からの講話提案を「もう一度、戦果を

挙げてから」と拒否し、3月東京大空襲~の米軍全国空襲にも講和を考えず、4月~6月の凄惨な沖戦敗北も依然「もう一撃

」にこだわり、726日のポツダム宣言さえ、「国体=天皇制」の保障がはっきりするまでは、と直ぐ受け入れず、やっと

89日未明のソ連参戦によって、初めて講和を決意した、という経過がありました。(詳細は『昭和天皇は戦争を選んだ!』社会

批評社、参照)

昭和天皇は、自分が何をしたのか、何をしなかったのか? 「千島や樺太」がソ連に占領されたのはなぜか? について、

全く無反省⁉ であることがわかります。

その無反省の上に、連合軍の占領が終わり独立国家となった日本国の主権を守る立場なら当然の「千島の前ニ日本国土から

 米軍を引いて貰ひたい」という主張に対して「朝鮮を見」ろっ⁉とは…

2-②について

「米国の力で国防」とは昭和天皇にとっては「米国の力で天皇制防衛」です。もう少しはまともな講和・安全保障体制を考え

ていた吉田茂首相を差し置いて、積極的に沖縄県&県民をアメリカに差し出し、日本国憲法に違反する政治干渉をして日米安

保体制を敷いた昭和天皇(豊下楢彦『安保条約の成立』『昭和天皇・マッカーサー会見』岩波書店、参照)にしてみれば、あのアジア太

平洋戦争のときと同じく、天皇制護持の為には米軍のために自分の土地を「我慢して提供し」ろっ!?

米軍基地に苦しむ「国民の幸福」なんぞ全く全く考えず、「米国の力で国(天皇制)防衛」のためには、税金から金をやっ

てそれぐらい「我慢」させろっ⁉

3-③について

「外交上正しく主張するに軍備がものをいふ」!? とは…

相変わらずのパワーポリティクス信仰…「軍備がものをいふ」と「日中戦争が拡大した1937年(昭和12年)に軍事費は激増

し、以後終戦まで軍事費は国家予算の7割台から9割近くにまで拡大」し

cp.or.jp/akahata/aik07/2008-04-26/2008042612_01faq_0.html

軍備に邁進したにもかかわらず、「外交上正しく主張する」どころか、あの凄惨な戦争と日本史上最大の犠牲を国民…植民地

台湾・朝鮮半島出身者を含め…に強いた人物が、これを言う!? 若い人のスラングでいえば「おまゆうっ」…「お前がゆうか

っ」!?

「戦争に対する反省と深い悔悟」が、どこにあるのか?

そして「米軍中 不都合を働くものは」いるけれど「その事の為ニ 根本的ニ反米とか 米軍が日本の準備なき内ニ 退去するやう仕

向ける事ハいかん…私ハむしろ 自国の防衛でない事」日本の天皇制防衛「ニ当る米軍ニハ 矢張り感謝し酬(むく)ゆる」ことをし

ないといかんぞっ⁉

そして、極めつけの名(迷)モンク!? は米軍「基地の問題でも…一部の犠牲ハ已(や)むを得ぬと考へる事、その代り…

体から補償する」「誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ その犠牲ニハ全体が親切ニ賠償する」!?

米軍基地の犠牲になる「国民」はしょうがないよ、一部だし…税金で補償金出してやればいいんだよ⁉ 自分及び一家族は

絶対に20000%⁉ 「犠牲」に中に入ることは無いので、「犠牲」になる人たちへの想像力・思いやりゼロの極貧しい人間性⁉

これが、後掲、前天皇明仁さんが言う「ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され」「いかなるときも国民とともにあることを

念願された」昭和天皇の実像です。

昭和天皇は、戦争中はもちろん、1989年に死ぬまで、こういう考え方で生きていたんですね…だから、国体護持=天皇制護持の

ために、原爆を除けば日本国内で最大の戦争の犠牲者を生んだ沖縄県&県民を、敗戦後「一部の犠牲」は「不利を忍び犠牲を払ハね

ばならぬ」として、アメリカに差し出すことも躊躇しなかったし、原爆犠牲者に対しても「この原子爆弾が投下されたことについて

遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒ですが、やむを得ないことと私は思って

おります」(751031日、昭和天皇初の訪米後の記者会見)などと平気で述べることができました。

さて、裕仁さんの息子の前天皇明仁さんは即位時198919、以下のように述べました。

「(昭和天皇は)御在位60有余年,ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され…ここに,皇位を継承するに当たり,大行天皇の

遺徳に深く思いをいたし,いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ,皆さんとともに日本国憲法を守り…」

今までも、たくさんの昭和天皇研究によって、この天皇明仁さんによる昭和天皇評価が真っ赤なウソであること、昭和天皇は、国民

主権の日本国憲法を蹂躙し続け、憲法9条が大嫌いで、米軍に感謝し続け日米安保条約の絶対順守を憲法に違反して渡米する重光葵外

相に命じたりした…詳細は前記『昭和天皇は戦争を選んだ!』参照…人物であることは、証明されていました。この『拝謁記』は、更

にその見方が正しかったことを十二分に補強するものだと思います。

 

ーーーーー

参考:(続)の前の投稿とコメント(本ブログ8月18日掲載):

 

NHK特集:昭和天皇の呆れた「反省」&日本国憲法下で「統治権の総覧者&統帥権の保持者」気分⁉

皆様
 こんばんは。増田です。これは、BCCでお知らせしています。重複・超々長文、ご容赦を!
以下、見逃した方も多いかと思い、お知らせします。
NHKは8月17日(土)、8月18日(日)2夜にわたり、初代宮内庁長官・田島道治(たじま・みちじ)
の「5年近くにわたる昭和天皇との対話を詳細に書き残した『拝謁記』を入手しました。」として「
昭和天皇が、戦争への後悔を繰り返し語り、終戦から7年後の日本の独立回復を祝う式典で、国民に
深い悔恨と、反省の気持ちを表明したいと強く希望したものの、当時の吉田茂総理大臣の反対でその
一節が削られていたことがわかりました。」という趣旨のことを放映しました。
たぶん、この報道を見ていないで、NHKの見出しだけを見ると「裕仁さんは本当に反省してたんで、
それを表明させまいとした吉田茂は悪いやっちゃ」(笑)みたいに見えるかもしれませんが、それが
全く逆だってことが、このアーカイブを見ると、よく理解できると思います。
 NHK担当者やコメントした「専門家」さんは、裕仁さんは「戦争への後悔を繰り返し語り」とか「
国民に深い悔恨と、反省の気持ちを表明したいと強く希望した」などと言ってます。しかし、この田
島の記録を見ると、昭和天皇は、あのアジア太平洋・侵略戦争に対して全く無反省であることが明瞭
です。
「東京裁判で被告訴追を免れるための言い訳」集(笑)である『昭和天皇独白録』(文芸春秋 1995
年)と全く同じ…当然と言えば当然ですけど…で、戦争の原因は全部他人のせい(軍部、近衛、アメ
リカ)のせいにし、「私の届かぬ事であるが軍も政府も国民もすべて下剋上とか軍部の専横を見逃すと
か皆反省すれば」!? なんて言っているのが「深い悔恨と、反省の気持ち」という言葉に値しましょ
うかねぇ?
しかも、18日のアーカイブによると、彼は日本国憲法下で、自分が「この憲法の定める国事に関する
行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」(第4条)、即ち国事行為しかやってはいけない「
象徴」になった、という事は全く理解できず、ず~~っと「日本国の統治権の総覧者にして大元帥」
のつもりでいて「日本国憲法尊重擁護義務」なんて、一度も考えたことは無かった、ってことが、この
上なく、明瞭になりました!
以下、アーカイブから、抜き出します。
****************************
繰り返し戦争を回顧 後悔語る|昭和天皇「拝謁記」 戦争への悔恨|NHK NEWS WEB
8月17日 NHKスペシャル放映分
●昭和27※年4月5日の拝謁では、間接的な原因を結果に結びつけて厳しく批判する意味の「春秋の筆
法からすれば」という言い回しを使って、「太平洋戦争ハ近衛が始めたといつてよいよ」とも述べ、
米開戦を防げなかった責任は開戦時の総理大臣だった東條英機の前任の近衛文麿にあるという認識を示
した(※1952年)
●昭和25※年12月1日「米国が満州事変の時もつと強く出て呉れるか或いは適当ニ妥協してあとの事
絶対駄目と出てくれゝばよかつた」(※1950年)
●大正10年のワシントン海軍軍縮条約に触れ、「五五三の海軍比率が海軍を刺戟(しげき)して平和的
の海軍が兎に角く(とにかく)あゝいふ風ニ仕舞ひニ戦争ニ賛成し又比率関係上堂々と戦へずパールハ
ーバーになつた」と述べたと記されていて、アメリカとイギリスが中心となって日本を抑え込んだ「ワ
シントン体制」が太平洋戦争の遠因だという認識を示していたことがわかりました。
そのうえで、軍縮条約締結時のアメリカの国務長官の名前を挙げ、「春秋の筆法なればHuphes(ヒューズ
)国務長官がパールハーバーの奇襲をしたともいへる」と述べると、田島長官が「これは此(この)御部屋
の中だけの御話でございます」と決して他言しないよう釘を刺したことが記されています。
●昭和27※年2月26日の拝謁では、昭和天皇が「実ハ私はもつと早く終戦といふ考を持つてゐたが条約の
義といふ事を私は非常ニ重んじてた為、単独媾和ハせぬと独乙(ドイツ)と一旦条約を結んだ以上之を破るは
わるいと思つた為おそくなつた」(※1952年)
――――――――――――――――――――――
                 ⇧
 これが、全くの真っ赤なウソだってことは、1945年2月14日に近衛が「敗戦は必至で、共産革命が心配だ
から、講和しよう」と内奏したのに「もう一度戦果を挙げてから」と拒否したことから明らかで、この事実は
有名です。
 で、以下は真実を語っているので、NHK担当者は、この裕仁さんのウソぐらいは注釈してもいいと思うので
すけど…
――――――――――――――――――――――
●昭和27年3月14日の拝謁では「私ハ実ハ無条件降伏は矢張りいやで、どこかいゝ機会を見て早く平和ニ持つ
て行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたような時ニ其時を見付けたいといふ念もあつた
」と語ったと記されていて、いわゆる「一撃講和論」にあたる考えを持っていた
●最初に昭和天皇が国民へのメッセージに言及したのは講和をめぐる日米交渉が本格化していた昭和26※年1月
24日の拝謁でした。(※1951年)
 この中で昭和天皇は「媾和となれば私が演説といふか放送といふか何かしなければならぬかと思ふがその事を
考へてくれ」
このとき昭和天皇は、自らのメッセージの内容について「困る事が二つあると思ふ」と、懸念を語った
その1つは領土の問題だとして小笠原諸島と沖縄を返還しないというマッカーサーの方針に言及し、「そうす
ると徳川時代以下となる事だ。これは誠に困つた事で たとへ実質は違つても、主権のある事だけ認めてくれると
大変いゝが…」
―――――――――――――――――――――――――――
                    ⇧
 よ~~、まぁ、しゃ~しゃ~と、おっしゃいますことよねぇ…裕仁さんが、自分の地位を守るために、マッカ
ーサー宛に送った1947年9月20日の沖縄売渡メッセージが、後でバレルなんて夢にも思ってなかったんでしょう
ね…
―――――――――――――――――――――――――――――――
●さらに、「今一つは再軍備の問題だ こゝで私の責任の事だが従来の様にカモフラージュでゆくか ちやんと実
状を話すかの問題があると思ふ」
――――――――――――――――――――――――――――
                   ⇧
 これには笑っちゃいますよね…「私の責任の事だが従来の様にカモフラージュでゆくか」!? 裕仁天皇には、
あのアジア太平洋戦争の「最高責任」が法的にもしっかりある、ってことを「カモフラージュでゆく」ことにし
てきたことを正直に告白してます!? もちろん、死ぬまでも死後も現在まで「カモフラージュでゆ」きました
が…
――――――――――――――――――――――――――――――
●昭和27年1月11日の拝謁では、昭和天皇が「私は例の声明メッセージには反省するという文句ハ入れた方がよ
いと思ふ/此前(このまえ)長官は反省するといふと政治上の責任が私にあるやうにいいがかれるといけないとい
つたが私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」と述べたと記されています。
さらに昭和27年2月20日の拝謁では「反省といふのは私ニも沢山あるといへばある」と認めたうえで、「私の届
かぬ事であるが軍も政府も国民もすべて下剋上とか軍部の専横を見逃すとか皆反省すれば」
――――――――――――――――――――――――――――――
                   ⇧
これが「深い反省・悔悟」!? って、理解できますか? 評判の悪かった東久邇の「一億総ざんげ」を当の裕仁
さんが言う!? 「反省といふ字をどうしても入れ」たい、ったって、その「反省」の内容ときたら「一億総ざん
げせよ」って…
*****************************************
8月18日(土)のアーカイブには、ただ、もう、唖然・茫然です!
東西冷戦下 再軍備や改憲にも言及
●「(昭和27※年3月14日)では、昭和天皇がおことばを通じて国民向けのメッセージを発する平和条約発効の記
念式典が、日本国憲法の施行5周年を記念する式典でもあるため「式辞の中ニ憲法の事ニ 少しもふれぬとふ訳ニは
いかぬと思ふ」と述べたうえで、「憲法中 必しも賛成でない条項もあるのだから憲法の総ての条項に賛成ととれぬ
やうに書いて貰ハないと困る。」!?(※1952年)
●「アメリカのダレス特使が来日し、講和をめぐる日米交渉が本格化していた昭和26年2月15日の拝謁では、田島
長官が「再軍備の声がありますれば 警察でも軍でも あゝいふ性質のものは中心の人を欲しますが 米国ハ大統領が
元首で首相でもありますから司令官ですが 日本では如何なりませうか」と尋ねると、昭和天皇は「それは元首象徴
だらうねー」と述べて、その場合は自分が司令官になるのではないかという認識を示したと記されています。
 そして田島長官が「政治ニ天皇は関与されぬ御立場上 如何(いかが)でございませうか」と言うと、昭和天皇は
「あれは政治ではないだらう 治安といふ事は政治とハいへぬだらう」と述べ」!?
――――――――――――――――――――――――――――――
                  ⇧
 昭和天皇は、自衛隊の大元帥になるつもりだったんですねぇ!? とにかく、日本国憲法なんぞ、全く頭に入って
なかった「象徴」=「日本国元首」=「統治権&軍隊統帥権の保持者」と天皇裕仁さんは思い込んでいた!?
――――――――――――――――――――――――――――――
●「昭和27年3月8日)で、田島長官が「吉田は矢張り憲法と再軍備で陛下の御心配の点で今度はひつかゝりました
ようでございます」と言うと、昭和天皇が「改正すればいゝではないか」と述べたと記されています。田島長官が「
国会ハ多数でありましても国民投票が十分見通しがつかぬ為ではございませんでせうか」と述べると、昭和天皇は「
そんなものが入るか」と驚き、田島長官が「今度の憲法ではそうだと存じます」と説明したと記されています。」!?
――――――――――――――――――――――――――――――
                  ⇧
 昭和天皇は、全く、日本国憲法を読んだことが無いんでしょうか? つまりは、初めっから日本国憲法を守る気なん
ぞ全く無かったんですね…吉田首相に対し「再軍備せよ」と政治干渉しようとしたのです。以下の記述も、この上なく、
このことを証明してます。
――――――――――――――――――――――――――――――
●「昭和27年3月11日の拝謁では、昭和天皇が「…侵略者のない世の中ニなれば武備ハ入らぬが 侵略者が人間社会ニ
る以上 軍隊ハ不得已(やむをえず)必要だ…」と心情を吐露したと記されていました。
 これに対して田島長官は「その通りでありまするが憲法の手間そんな事ハいへませぬ 最近の戦争で日本が侵略者と
いはれた計(ばか)りの事ではあり、それは禁句であります」と 苦言を呈した」
――――――――――――――――――――――――――――――
                  ⇧
 昭和天皇は初めっから、日本国憲法を守る気なんぞ全く無く、昭和天皇自身が命じた侵略戦争への「反省」なんて、こ
れっぽっちも無かった!? 
 でも、NHKの、この報道を担当した人たちは、本当に不勉強ですよね。山田朗・明治大学教授や吉田裕・一橋大学名誉
教授や豊下楢彦・元関西学院大学教授の昭和天皇研究の成果に全く無知なのではないでしょうか。せめて豊下氏の『昭和
天皇・マッカーサー会見 (岩波現代文庫) 2008年』ぐらいは、読んでから番組を作ってほしいものだ、とつくづく思いま

した。

ーーーーー
みなさん、
わたしは見逃してました。
それほど細心にTVチェックをしてないので。
増田さんの「眼くばり」に敬服。
さて、この増田さんの投稿に対してどのような反応が出るか、
それとも、沈黙あるいは黙殺するか。
みなさんがどう考え、どう行動するか、を、
わたしは、注視していたい。
わたし自身のがどう考えているかは、
いまは、言わないでおきます。
ひこ
ーーーーー

増田さん、ひこさん、みなさん

NHKがこれを放送したことは、戦争に関して
多くの特集を放送したことと共に良いことと
思います。
これにより昭和天皇も安倍も憲法というもの
の重大性を理解していないことが明確になり
ました:憲法が最高法規であるとする憲法第
十章の99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、
国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲
法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とありま
す。再軍備・憲法改悪などと言うことは全く
憲法無視の妄想であるばかりか、国家転覆の
クーデターと同等であり国家反逆罪に相当す
るものです。
天皇が権力者の錦の御旗に利用されて来た事
は歴史に明かで、昭和天皇の場合も同様(だ
から拝謁記の記述は当然で述懐・弁明も当然
でしょうが、これからも天皇象徴性は「国家
の神話」に悪用されることが危惧される制度
ですから犠牲を強いる天皇他皆の平等・自由
の為に可及的速やかに廃止に向かうのが良い
でしょう。
「群盲撫象」の真実を一人でも多くが一時も
早く理解して「共に友となるミロク」の理想
が一刻も早く実現するよう「ミロクML」の
皆さんと共に努めて行くことを念願し喜びと
しています。
キング牧師(独房から黒人解放運動擁護の)
手紙「どこの不正義でもあらゆる所の正義へ
の脅威である。」(“Injustice anywhere is
a threat to justice everywhere.” )
魯参
ーーーーー
みなさん
古川です。
憲法の前文には「天皇」の文字は存在しません。
「愛で身を固め
愛で国を固め
愛で人類が手を握ってこそ
平和で美しい世界が
生まれてくるのだよ」
(永井隆さんの息子 誠一・娘 茅乃への遺言)
このことが書かれているのが前文の心と思います。
長崎平和宣言2019では
「世界の市民社会の皆さん」と呼びかけています。これは政府と企業と市民社会を社会の構成要素とかんがえています。
私は「国家とひとびと」と言ってきましたが、「政府と企業とひとびと」といいかえたいとおもいます。
政府は昭和・平成・令和の年号と裕仁・明仁・徳仁を最大限に利用しています。
政府自ら名付けた平成は「消費税」、令和は「改憲」。
昭和(裕仁が名付ける)は加害の記憶をけしさり、裕仁美化のために。
ヒロヒトはヒトラーとムッソリーニの名と共に1945年8月までは全世界のひとびとに知れ渡っていました。
1950年以降は日本政府はアメリカの「核の傘」にあることは世界に知られています。
長崎平和宣言は朝鮮半島の完全非核化のうごきにあわせて、日本列島を「非核の傘」にすることが、日本のひとびとのなすべきことではないかといってます。
韓国と北朝鮮と日本は「北東アジア非核兵器地帯」をつくるために手を握ることを提起しています。
青年少年たちとちえをあつめなくてはなりません。後期高齢者はどうして戦争に巻き込まれてしまったのかをかたらなければなりません。だれもがひとり残らず輝く社会をいっしょにつくっていきましょう。
憲法の前文と第13条は指針です。
政府にはひとびとが乗せられないことに精神を研ぎ澄ませていきたいとおもいます。
台風・地震の報道が避難警告となっています。いのち輝かせる社会をめざすのがひとびとの使命でしょう。
ひろすけ
ーーーーー
コメント(FBへの):
 神話に繋がる天皇と実際武力者の権力がお互いを利用して「国家の神話」を悪用する歴史は「金字塔文明(国家:錯誤・束縛・差別・搾取・殺戮の五禍:核・戦争等)」未来にも諸悪を続行するので可及的速やかに改善・改革すべきでしょう。極少数の権力者は大衆・衆生の命・心を判らず金・力(国・核・戦争等)第一・必要とすることは五禍の罪悪を免れないから。(カッシラー「国家の神話」や「枠組転換」乞ご参照):https://heiwasekai.wordpress.com/…/%E3%80%8C%E6%9E%A0…/
(追記:国家・軍隊・勲章・五輪などは権力の悪用する道具であるが、大衆・衆生には血税・生命などの負担悲劇となる。天皇の言う「退位」は「退職」であり「制度廃止」ではない。)

 

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