論点 「拝謁記」から象徴天皇制考える

論点

「拝謁記」から象徴天皇制考える

1952年5月の独立回復式典で「お言葉」を述べる昭和天皇

 初代宮内庁長官が終戦後、昭和天皇とのやり取りを詳細に記したいわゆる「拝謁記」には、新憲法で天皇の政治関与が制限される中、新たな「象徴天皇」像を模索していた様子が生々しく記録されていた。政治とのあるべき関わり方を探る道は昭和から平成、令和へとどのように続いてきたのだろうか。

初代宮内庁長官の「拝謁記」

政治的発言、影響研究を 吉田裕・一橋大特任教授

吉田裕 一橋大特任教授

 「象徴天皇」という概念は非常にあいまいだ。そこに権威主義的なものを付与しようとする動きと、より限定的、形式的・儀礼的に解釈しようという動き、この二つの力のせめぎ合いが日本国憲法の最初からあった。

 今回確認された「拝謁記」をみるまでは、私は昭和天皇がもう少し象徴天皇としての地位を受け入れようとしていたと思っていた。しかし天皇は明治憲法下での意識、君主としての自意識が変わっていなかった。憲法が目指す象徴天皇に適応できていない。

 たとえば憲法を変えるべきだという意見を吉田茂首相に伝えようとした。それは明らかに政治的な行為だ。天皇が政治的権能を有しないとする日本国憲法とは矛盾する。

 「拝謁記」からは象徴の枠から逸脱しようとする天皇を初代宮内庁長官、田島道治がいさめていたことがわかる。彼の強い責任感が伝わってくる。

 田島はもともと昭和天皇の退位論者だから、改革をやるつもりで乗り込んだのだろう。君主としての意識が抜けきれない昭和天皇が象徴天皇になっていく上で、田島の果たした役割は大きい。

 その責任感は田島個人だけのものではない可能性がある。田島は外相や首相を歴任した芦田均との関係が深い。芦田は侍従など古いタイプの側近を事実上更迭して、民間人である田島のような新しいタイプを送り込んだ。

 芦田はまた、明治憲法下で行われていた、担当閣僚らが天皇に政務を報告する「内奏」にも消極的だった。象徴天皇制をゼロから作っていく上で、芦田と田島が問題意識を共有していたようにもみえる。

 改憲だけでなく、戦争を巡る反省を表明することにこだわる天皇を吉田の意をくんだ田島がとどめて、結局見送られた。

 反省を明らかにできなかったことは、昭和天皇個人にとっては不幸なことだった。亡くなるまで、あるいは亡くなってからも戦争責任の問題がくすぶり続けたからだ。その清算を明仁天皇(現上皇)が担うことにもなった。

 一方で田島が退任した後、天皇が政治に関わる君主としての意識をぬぐい去っていたとは考えにくい。たとえば1973年5月、防衛庁長官が、昭和天皇が「防衛の問題は難しいが、国を守ることは大切」などと話したことを明らかにした。長官は「天皇の政治利用」と批判され辞任に追い込まれたが、昭和天皇はこの一件について「もうはりぼてにでもならなければ」と話していたことが、入江相政侍従長の日記で明らかになっている。

 このように田島の後も、昭和天皇は政治的発言をしていた。他にどんな発言があったのか、またそれが政治にどう影響したのか、しなかったのかなどについては、今後の研究が待たれる。

 権威主義的ではない、田島たちが志向した象徴天皇は平成の時代に固まっていった。上皇は天災の被災者を見舞うために被災地に出向き、また国内外での戦没者慰霊を続けてきたが、そうした行動が国民の天皇に対する親しみの感情を広げてきたのだろう。

 その国民の間には、今日の天皇に対しては政治に関わらない、中立しているというイメージがある。ただ2016年、上皇は国民へのメッセージで、事実上皇室典範を変えることを求めた。政治性を相当帯びた行為だった。

 さらに皇位が継承された平成への代替わりでは、さまざまな儀式で戦前の形式が踏襲された。今回の代替わりでも、政教分離の原則を定めた日本国憲法下で明治憲法体制の慣習が残っていることを確認することになるだろう。

 平成の時代に固まった象徴天皇制が、今後も続くとは限らない。権威主義的な天皇を求める動きは根強いし、天皇個人の意思に関わらず、天皇を政治利用しようとする動きは常にある。我々はそういう意識のもとで、天皇制のあり方に注視していく必要がある。【聞き手・栗原俊雄】

「反省」削除、政権の意思 保阪正康・ノンフィクション作家

保阪正康 ノンフィクション作家

 昭和天皇が戦争への反省を含む「お言葉」を、当時の吉田茂首相に反対されて断念した--。世間的には大ニュースかもしれないが、実は以前から知られていた話だ。そのうえで、なぜ昭和天皇がこうした発言をしたかったのかを読み解くと、象徴天皇と政治との関係など改めて論じるべき点が見えてくる。

 今回NHKが「発見」した「拝謁記」を記した初代宮内庁長官、田島道治については、仏文学者の加藤恭子氏が既に詳細な研究をしている。加藤氏は、田島が昭和天皇の意を受けて書き、吉田に拒否された戦争への反省を盛り込んだ「お言葉」も公表している。「拝謁記」が初めて表に出た意義は大きいが、内容すべてを新発見として扱うのは誤りだ。

 この「反省」を含め「拝謁記」にも記された昭和天皇の発言をどう評価すべきか。一つ一つを切り取って「帝国主義者」「平和主義者」などと評しても意味はない。戦後の歩み総体のなかで理解せねばならない。

 昭和天皇は、初めて近代的な帝王学を学んだ天皇である。その要諦は、大日本帝国憲法下の天皇は、立憲君主として、主権者であり、特に軍の統帥権を持つ大元帥であるというものだ。昭和天皇はこの原則に基づき、たとえば1944年に初の特攻作戦の戦果を報告された際、「そのようにまでせねばならなかったか、しかしよくやった」と述べた。いわば、前半が主権者、後半が大元帥の発言といえる。

 戦後、新憲法で天皇は国民統合の象徴となった。もちろん昭和天皇本人もそれを分かっていたが、染みついた立憲君主としての姿勢は一朝一夕に変わらない。つまり、戦前の大元帥の立場のまま責任を感じていたからこそ、「お言葉」に「反省」を入れたがったといえよう。

 「拝謁記」にあるとおり、昭和天皇は、その後も踏み込んだ政治的発言をしている。これらも「反省」同様、象徴天皇とは何かを模索しつつも、立憲君主の思考から離れられていなかったからと思われる。象徴天皇の立場を明確に体得した発言を表だってするのは、晩年である。

 昭和天皇の戦争責任についての発言といえば、75年の記者会見での「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」が有名だ。自らの戦争責任に無自覚だったなどと批判されがちだが、象徴天皇として、あの戦争についてどう語るべきか定まっていなかったからこその言葉と理解すべきだろう。

 これが在位60年の記者会見では、「この60年の間に、一番つらいことは何といっても第二次大戦の関係のことであります」と、涙を見せた。国民の思いをまさしく象徴する存在として、人間天皇の姿を見せた。

 また、田島の残した記録にのみ、昭和天皇の「反省」が出ている点も注目すべきだ。それまでの天皇側近、宮内府(現宮内庁)長官らは、宮内官僚出身者が占めてきた。長く天皇のそばにいた彼らは、発言がどんな影響を及ぼすかを熟知しており、戦前から、天皇の発言をたしなめたり、記録しなかったりしてきた。

 ところが、田島は元々銀行家で、天皇と接する機会がなかった。だからこそ、昭和天皇が戦争を深く反省していると驚き、本人の意思を尊重して「お言葉」の原稿まで書いた。このナイーブさが「拝謁記」にも表れている。他方、田島と対照的に、天皇退位につながりかねない発言を抑えたい吉田は、自らの意思を昭和天皇の意思に優先させた。

 この点は、現在の天皇と宮内庁や政権との関係を考える際の参考にもなる。私は、今の上皇陛下が、憲法の平和主義や国民主権にのっとった発言や慰霊の旅で、象徴天皇の役割を果たされたことを強く肯定している。だが、もし今後、政権が象徴天皇の言行を妨げたり、逆に、好戦的な、象徴天皇にふさわしくない人物が即位したりしたらどうなるか。70年近く前の記録が残した課題は、今も解決していないのである。【聞き手・鈴木英生】


拝謁記

 初代宮内庁長官の田島道治(1885~1968年)が49年から5年近い昭和天皇との対話を記録した書類。NHKが遺族から提供された。再軍備支持、反米軍基地運動への批判的見解など政治的発言を多く含む。52年の独立回復式典で、戦争への「反省」に言及しようとしたこともわかる。田島は「お言葉」の原稿に「反省」の語は避けつつ悔恨を示す文言を入れたが、吉田茂首相の反対で削った。


 ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp


 ■人物略歴

よしだ・ゆたか

 1954年生まれ。一橋大大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。同大教授などを経て現職。専門は日本近代軍事史、日本近現代政治史。東京大空襲・戦災資料センターの館長も務める。著書に「日本軍兵士」など。


 ■人物略歴

ほさか・まさやす

 1939年生まれ。同志社大卒。日本近代史を題材に約4000人から聞き取りを続け、個人誌「昭和史講座」などで2004年に菊池寛賞。著書に「昭和天皇」「明仁天皇と裕仁天皇」「昭和天皇実録 その表と裏」など多数。

Categories Uncategorized

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google photo

You are commenting using your Google account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this:
search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close