写真・図版

 日韓関係の悪化が止まらない。日本側がまさかと思っていた、韓国による軍事情報包括保護協定GSOMIAジーソミア〉)破棄。国交正常化から54年、打開策は見えず、深刻な事態だ。

作家・ジャーナリストの冷泉彰彦さん、慶応義塾大学名誉教授の小此木政夫さん、静岡県立大学教授の小針進さんの3人に聞きました。

冷泉彰彦さん 作家・ジャーナリスト

 1993年から米国に住み、国際情勢を観察し続けていますが、日韓の対立については、ほとんど報道がありません。米国の3大ネットワークや報道専門テレビチャンネルでも目にしませんでした。国際報道が比較的豊富な新聞でも「各国の地域ニュース」の延長で解説記事を載せていた程度で、リアクションもまずありません。

 米国務省、米国防総省の専門家は韓国への懸念を表明したのかもしれませんが、トランプ米大統領はさほど関心を払っていません。安全保障での日米韓の枠組みが脆弱(ぜいじゃく)となった事態が露呈してしまったかもしれません。

 究極の自国第一主義のトランプ氏は、北朝鮮がいくらミサイル発射を繰り返しても、自分の国に届かない射程の短距離ならば問題ないと明言してしまっています。米国と日韓にとって戦略的な脅威かどうかよりも、自身と北朝鮮金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長との個人的な関係に、自信を持っているかのようです。

 トランプ氏はもともと、安全保障よりも金銭に換算できる交渉を、それも多国間ではなく一対一でやることが得意と思い込んでいます。ですから、日本と韓国が熱くなっているのは、日本と韓国それぞれからより有利な条件を引き出す好機とすら、思っているかもしれません。

 今回、韓国が下したGSOMIA破棄の先に、日本政府はなんらかの出口戦略を描いているのでしょうか。もし戦略を持たず、ただ韓国との対立をいたずらに激化させ、米国による幕引きを期待しているなら、それは困ったものです。トランプ氏の関心がない以上、米国の調停や圧力を期待するのは難しいからです。

 米国にはかつて、安倍晋三首相に対して、枢軸国日本の名誉にこだわった歴史修正主義者とする批判がありました。2013年12月に安倍首相靖国神社を突然参拝すると、当時のケネディ駐日米大使が「失望」を表明しました。韓国は日本の歴史問題をクローズアップさせようとしているのでしょうが、再び首相による靖国神社参拝といったことがない限り、米国は冷静さを保ち続けるでしょう。

 とにかく日本と韓国には、冷静になって欲しい。対立を激化させ続けることは、日韓両国に損をさせるだけで、何も生み出さないということが分かると思います。

 いまや米中貿易摩擦や世界的な株安を前に、世界的な景気後退を食い止めるため、各国が手を結ばなければならない時です。世界市場に工業製品を輸出することで国が成り立っている日韓両国がなぜ反目しあっているのか、と世界は冷ややかにみています。両国のメディアや世論さえその気になれば、まだまだ自主的な解決が可能だと考えています。(聞き手・池田伸壹)

     ◇

 1959年生まれ。米東部在住で、米社会と日本について考察している。著書「自動運転『戦場』ルポ」など。

韓国司法の「独走」が発端

小此木政夫さん 慶応義塾大学名誉教授

 日韓関係は1965年の国交正常化以来、最も深刻な状況です。昨年10月の元徴用工を巡る韓国大法院(最高裁判所)判決によって、日韓基本条約や請求権協定などの解釈に異論が提起されたからです。「65年体制の危機」といっても過言ではありません。

 国交正常化は、安全保障と経済開発を最優先にした妥協の産物でした。それを可能にしたのは、韓国の軍事体制と東西冷戦でした。しかし、もはや冷戦が終わり、韓国は経済発展し民主化されました。

 一番遅れて民主化したのが司法府です。大法院判決はそのことと関連していると思います。政治権力からようやく独立した司法が、日本による植民地支配の不法性を認めない条約や協定の解釈に異議を申し立てたのです。

 そのような事態が進んだのは文在寅(ムンジェイン)政権の誕生以降ではありません。保守系李明博(イミョンバク)政権期の2011年に、憲法裁判所慰安婦問題での外交通商省の「不作為」を違憲として叱責(しっせき)しました。翌年には大法院も元徴用工個人請求権を認定しました。これが現在の元徴用工裁判の出発点です。

 そのような司法の「独走」に待ったをかけたのが朴槿恵(パククネ)政権でした。朴大統領は歴史問題を対日外交によって解決しようとして、司法の介入にブレーキをかけました。現在、その行為が「三権分立」からの逸脱として断罪されています。

 一方、安倍政権はその朴政権との間で15年末に「慰安婦合意」を成し遂げました。文政権がそれを反古(ほご)にしたから不信感が決定的になったのです。元徴用工問題についても三権分立を理由にして、文政権は約8カ月間「放置」し、日本側との協議や仲裁委員会の設置に応じませんでした。

 そもそも、慰安婦問題徴用工問題も、日本政府にとっては請求権協定によって解決済みであり、外交交渉の枠外にありました。韓国に対する輸出管理を厳格化する政策も国内措置として決定されました。現状は、問題を解決するどころか、外交交渉が不可能な状態なのです。

 膠着(こうちゃく)状態の中、韓国側はついにGSOMIAを破棄し、竹島(韓国名、独島)周辺で防衛訓練を実施。日本に外交交渉を拒まれ、安保分野にまで問題を拡大しました。8月15日の文大統領の抑制された演説に、日本側が無反応だったことにも反発したのでしょう。

 残念でならないのは、年間750万人の韓国人が来日し、日本への見方が多様化しつつある「潮目」に、日韓関係が大きく混乱してしまったことです。文政権の対日政策に疑問を抱く大手新聞や知識人も少なくない。彼らを敵にしないような思慮深い対韓政策が求められます。(聞き手・桜井泉)

     ◇

 1945年生まれ。韓国と北朝鮮の政治外交や日韓関係を研究。著書に「朝鮮分断の起源」など。

批判合戦、世論があおる

小針進さん 静岡県立大学教授

 韓国の文在寅政権がGSOMIA破棄を決めたのは、世論への迎合でもあります。

 韓国の国民は、予想外の対韓輸出規制に衝撃を受けました。「してやられた」との思いが、日本製品不買運動や訪日旅行自粛という「報復」の動きにつながったのです。

 この「してやられた感」は昨秋、韓国大法院が日本企業に元徴用工への賠償を命じた判決に対する日本国内の受け止めに似ています。反発した世論が政府の強硬姿勢を支持する。その構図は日韓ともに同じです。

 韓国では、慰安婦問題など過去の歴史をめぐり日本への抗議行動が続いてきました。ただ、日本の統治時代を知る世代は減り、多くはふだん歴史問題にそれほど関心を抱いていないように感じます。

 不買運動は歴史問題ではなく、輸出規制への反発です。韓国経済が狙い撃ちにされ、将来の生活が危ぶまれることに不安が広がったのです。

 そのような世論形成に、メディアの「対日糾弾報道」が役割を果たしています。植民地支配の加害者である日本には、何を言っても許されるとの姿勢です。今回も、1965年の請求権協定には元徴用工への補償も含まれるとの見解を韓国政府も示していた「不都合な事実」には触れず、批判一辺倒の報道です。

 ふだんは過去の歴史に関心が薄い人も、学校の歴史教育で負の日韓関係史を扱う量が多いため、メディアの報道に共感しがちです。政権与党からは世論を意識した対日強硬発言が相次ぎ、自治体も世論を忖度(そんたく)し、日韓交流プログラムの中止や不買運動への支持などの動きに呼応しました。

 当初は「日本ボイコット」の運動に自制を求める意見も散見されました。しかし世の中の雰囲気に押され、そのような意見は「はばかられる」ようになります。SNS上では「スターバックスの飲料で使われる抹茶」「菓子のもち米」「ハンドクリームや化粧品の原料」など、日本産の「発見」をゲーム感覚で競い合う現象も起きています。

 こうした韓国側の反応に、日本でも「韓国疲れ」「嫌韓感情」が高まりました。テレビのワイドショーを中心に、韓国内の動きを積極的に取り上げ、視聴者の期待に応えるように揶揄(やゆ)する報じ方をしています。日韓で悪循環の流れが生じてしまいました。

 日本では茶わんを持ってご飯を食べますが、韓国の食の作法は異なります。隣国で、見た目も似ており、韓国を日本と同じ感覚で見がちですが、外国なのだから思考の違いは当たり前です。日韓を行き来した経験のある人は、相手の国民に親しみを感じる傾向にあります。日韓の対立やわだかまりを解消するには、相手を知るための交流の機会を増やすしかないでしょう。(聞き手・鈴木拓也)

     ◇

 1963年生まれ。専門は韓国社会論。著書に「日中韓の相互イメージとポピュラー文化」(共著)など。