この国はどこへ これだけは言いたい 俳優・仲代達矢さん・86歳 「戦争スイッチ」押させなかった憲法

特集ワイド

この国はどこへ これだけは言いたい 俳優・仲代達矢さん・86歳 「戦争スイッチ」押させなかった憲法

俳優・仲代達矢さん=東京都世田谷区の無名塾で、宮間俊樹撮影

 東京・世田谷の静かな住宅街の一角、重厚なレンガ造りの建物に足を踏み入れると、若い俳優たちが交わすせりふが耳に飛び込んでくる。仲代達矢さん(86)が主宰する「無名塾」の稽古(けいこ)場「仲代劇堂」では、来年3月の公演に向けた立ち稽古が始まっていた。

 稽古場から壁一つ隔てた一室で、仲代さんが語り始める。「単なる一役者の、残り少ない人生ですけれども、戦争と平和という問題を作品の中に込めて生きてみたい。戦争を体験した最後の世代として、そう思っております」。日本映画の黄金期を体現し、なお一線の舞台に立ち続ける名優の声が重く響いた。

 仲代さんが生まれる前年の1931年は、満州事変勃発の年。そして翌年の5・15事件、上海事変と、日本は軍国主義が暗い影を広げる時代を迎えていた。日本が太平洋戦争に突入した41年に父を肺結核で亡くした仲代さんは、軍国少年として戦火の日々を過ごしていた。「年齢的に兵隊にこそ行っておりませんが、戦争に勝つことを信じ、お国のために死ぬことを教育でたたき込まれておりました」

 45年5月25日、中学生だった仲代さんは、3600人を超える死者を出した「山の手大空襲」に遭った。焼夷(しょうい)弾が雨のように降る中、たまたま近くにいた小さな女の子の手を引いて懸命に逃げた。気が付くと、女の子は腕だけになっていた。「恐らくその子が直撃を受けたのでしょう。ほんの10センチほど横に来ていたら、死んでいたのは私でした」。ショックのあまり、その腕を離してしまったことを今も悔いている。「女の子のお陰で自分が生き延びたのに、私はお墓に葬ってあげられなかった」。仲代さん一家も渋谷にあった家を失い、その後も空襲警報の中、一日一日を死と隣り合わせで過ごし、終戦の日を迎えた。

 戦争の犠牲になるのは、結局名もない庶民ばかり。その考えは、俳優としての歩みの中でも貫いてきた。戦後、俳優座付属養成所に通っていた駆け出しの頃、ある映画の出演オファーを断ったことがある。「戦争の英雄」を描く作品であったのが理由だ。「19歳で役者になり、今、自分の仕事を振り返ってみますと、気に入ったものしか出なかった。今の若い世代の方にも、戦争の恐ろしさと人間の命について考えてほしいと思っています。戦後の日本が、日米安保条約の下で、沖縄を含めて米軍基地化されてしまったことを憂えていたのが、私の師である小林正樹監督でした」

 主役に抜てきされ、仲代さんの出世作となったのが、小林監督の「人間の條件(じょうけん)」(59~61年)だった。原作は五味川純平の大河小説。日本支配下の旧満州(現中国東北部)を舞台に、暴力によって中国人たちを苛烈な労働に駆り立てている鉱山で、仲代さん演じる「梶」は、労務管理の責任者として中国人捕虜を「人間として扱う」ことを主張。抵抗する現場や上司との板挟みに苦しむ姿が描かれる。小林監督自身が、戦時中に兵士として満州に駐留しており、自らの軍隊生活と重ねて、主人公の考えに「親近感を覚えた」と書き残している。

空襲で焦土になった東京・新宿付近。仲代さんは「山の手大空襲」に遭ったが一命を取り留めた

 梶は、戦時体制に翻弄(ほんろう)され、結局は心ならずも加害の側に立つことを余儀なくされていく。支配者の側にありながら良心的に振る舞おうとする梶。だが、その心情と無関係に戦争の論理が突き進む。「戦争へのスイッチはいたるところにありますが、一度始まってしまうと止めるのは容易ではない。戦争体験のない政治家による改憲論議が最近また聞こえてきますが、今の憲法のもとで70年あまりかろうじて平和が続いてきたことを考えてほしい。憲法9条が変われば、自衛隊は米軍と行動を共にして戦争に飛び込んでいくことになりかねない。憲法改正だけは絶対に止めたい、と思っています」

 「無名塾」では一昨年、やはり戦争を中心テーマに据えた演劇を上演、仲代さんが主役を務めた。その舞台「肝っ玉おっ母と子供たち」はドイツの劇作家ブレヒトの作品。17世紀、三十年戦争時代の欧州を舞台に、軍隊を相手に商品を売って生計を立てる女性「肝っ玉おっ母」の姿を描く。「戦争のお陰」で生活している主人公は、戦場から戦場へと渡り歩く中で、3人の子供を戦争によって失う。

 戦時下で「良心」に従って行動しようとしながらも加害者となる「梶」。一方、戦争から「利益」を得ているはずが子供を奪われてしまう「肝っ玉おっ母」。戦争があらわにする人間の悲しさと愚かさを合わせ鏡のように映し出している。

 150作を超える出演映画の中で、仲代さんが「一番思い出のある作品」と振り返るのが、小林監督の「切腹」(62年)だ。江戸時代の武家社会の残酷さを描いた時代劇は、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞するなど、海外でも高い評価を受けた。

 仲代さんが演じたのは、幕府によって主家が没落し、浪人となった主人公・津雲半四郎。幸せな暮らしが一転、病に襲われた娘も孫も、貧苦のために医者に診せることができない。そして、「武士道」の不条理さによって同じく浪人に身を落とした娘婿を失う――。武家社会の虚飾とあしき権力に立ち向かう主人公の姿が観客の共感を呼んだ。

 作品が公開されて以降、日本は高度成長を果たし、ここで描かれたような貧しさは70年代には過去のものとなったはずだった。だが、メディアで「格差」「貧困」の文字が躍る今、この映画が突きつける問いは改めて重い。劇中、切腹を迫られた半四郎が言う。「仮借なき幕府の政略のため罪なくして主家を滅ぼされ、奈落の底にあえぎ、うごめいている浪人ものの悲哀など、衣食に憂いのない人には所詮わからぬ」

 仲代さんは語る。「藩がつぶれて浪人があふれた時代、主人公は社会の不公平に一人で立ち向かう。だが結局、『井伊家は安泰』というところで終わる。現代の政治でも同じようなことはいっぱいあるような気がします」。物語は、半四郎が井伊家上屋敷で起こした事件が、公的記録であるはずの「井伊家覚書」では何事もなかったように記載された、という内容の語りで幕を閉じる。公文書の改ざんや意図的な廃棄が問題となっている現代の日本社会にとってこれほど皮肉な時代劇も少ない。

 最近、仲代さんが案じていることの一つが、韓国との関係だ。「旅で九州辺りを回りますと、炭鉱労働などに朝鮮半島から多くの人が連れてこられた、という話はたくさん残っています。歴史問題として、やはり日本が悪かったということですよ。条約を結んで解決したと言っても、韓国の人たちの心の中というのは収まらないものだと思うんです。相手の気持ちを考えて、日本政府も『済んだこと』と片付けるのではなく、もう少し知恵を出せないか、と思います。マスコミも、韓国との歴史問題はあまり触れないようですが、最悪の状態にならないようにしてほしい」

 日本政府の姿勢について苦言を呈したのは、国連の核兵器禁止条約への対応だ。2017年7月に122カ国・地域の賛成多数で採択されたが、日本は核保有国と同様に参加していない。「世界で唯一、原爆の被害を受けた日本が、世界中の人が集まって禁止しようというのに禁止する側に入らない。広島、長崎には、今も苦しんでいる被爆者の方がいるというのに、非常に腹立たしく思います」

 無名塾で仲代さんの指導を受けた俳優たちも「原爆禍」を正面から描く作品に取り組んでいる。その一つが、広島、長崎両市で「二重被爆」した姉弟の体験を朗読劇にした映画監督の稲塚秀孝さんの作品だ。昨年12月の「長崎国際平和映画フォーラム」で披露された。

 「無名塾は日本の演劇界で一番小さい私塾ですが、私の周りにいる若者だけでも、そういう思いで育ってくれたらいいなあ、と思っております。戦争の恐ろしさを知らない若い人たちが、こうした問題を自分のこととして深く考えてくれるきっかけになれば、と」

 今も自らが先頭に立って走り、若い世代にバトンをつなごうと懸命に手を伸ばす。その姿、その言葉に改めて身が引き締まる思いがした。【井田純】


 ■人物略歴

なかだい・たつや

 1932年、東京生まれ。養成所を経て55年に俳優座入団。舞台「ハムレット」「どん底」、映画「人間の條件」「切腹」「用心棒」「影武者」など数多くの作品に出演。75年、「無名塾」を設立。2015年、文化勲章受章。

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