公明、揺らぐ「平和の党」 自民、公明依存警戒 連立20年を総括する

公明、揺らぐ「平和の党」 自民、公明依存警戒 連立20年を総括する

 1999年の自自公連立政権発足から5日で20年となる。それ以降、憲法改正を党是とする自民党と「平和の党」を掲げる公明党との連立は続き、野党時代を含めて選挙協力が続いてきた。ただ「政治の安定」の代償として、公明は政策面での妥協を迫られ、自民も公明依存への警戒感が強まる。これまでの歩みといまを検証した。【村尾哲、竹内望】

「ビューティフルハーモニー」と「風雪」

 「自公20年、公明党の皆さまに感謝する。まさに風雪に耐え、『ビューティフルハーモニー(美しい調和)』を奏でることになった」。安倍晋三首相は1日の政府与党連絡会議で、公明党の山口那津男代表ら幹部を前に、両党の関係を新元号「令和」の英訳になぞらえて謝意を示した。会合後、山口氏は「大切な連立関係、特に野党の経験、風雪に耐えた経験も生かしながらしっかりやっていこうと心を合わせた」と語った。

 両氏が口にした「風雪」は野党時代に限らない。特に激しく吹き荒れたのは、集団的自衛権行使を容認する2014年7月の閣議決定と15年9月の安全保障関連法成立の際だった。「連立離脱もやむを得ないと思っていた」。公明党幹部は打ち明ける。

 第2次安倍内閣発足から間もない13年2月、首相は集団的自衛権行使容認に向け、自らの私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を再開。公明党は猛反対したが、首相の意向は強く押し切られる形となった。同党は行使可能な集団的自衛権の範囲を「限定的」にとどめてメンツを保ったが、支持母体・創価学会の会員による抗議デモ参加や批判の電話、離党者も相次いだ。

政策実現か首相の憲法改正をのむか

 閣議決定から5年がたった今、再び首相から突きつけられたのが憲法改正議論だ。公明党は必要な条項を加える「加憲」の立場で改憲そのものは否定していない。だが首相が主導する憲法への自衛隊明記は「平和の党」の根幹を揺るがしかねず、抵抗感は根強い。山口氏は「自民党の中で異論を唱える人もいる」と繰り返しけん制するが、公明党がどこまで「抵抗」できるかは不透明だ。

 自民に振り回されながらも連立を維持する公明の姿は「げたの雪」とも皮肉られてきた。連立にこだわるのは政策実現の「実」を取るためにほかならない。

 1日の消費税率引き上げに伴う飲食料品などの軽減税率導入は、公明が官邸を押し切り実現にこぎつけた。幼児教育無償化ももともと同党が06年に掲げた重点項目だ。年金制度など福祉政策は最大のアピールポイントで、山口氏は3日の党会合で「公明党がいることで国民目線に立った小さな声を受けとめる政策実現に結び付いてきた」と強調した。

 ただ、「安倍1強」の状況が続く中、公明の存在感は薄らぎつつあり、自民党関係者は「依存しているのは向こうだ。連立じゃなければ政策も実現できない」と突き放す。公明の苦難は今後も続きそうだ。

自民、集票力低下懸念 公明、安倍政権に嫌気

 自民、公明両党は、衆参の国政選挙のたびに選挙協力を進め、09年の野党転落後も協力関係を維持した。ただ、自民党内では「公明頼み」が常態化したことで自民候補者の集票力低下を懸念する声がくすぶる。公明も保守色が強い安倍政権への不満から支持層離れが進行しつつある。協力関係はきしみ始めている。

 両党は衆参両院選の選挙区で候補者のすみ分けをしている。特に公明党は選挙区での候補者擁立を限定し、多くの選挙区で自民候補者を支援する見返りに、比例での協力を求めてきた。連立当初は自民候補者が「比例は公明に」との呼びかけを拒むなどぎくしゃくした関係も続いたが、小泉純一郎内閣時代は自民候補者による後援会名簿の提供や演説会の相互出席などが各地で活発化し関係強化が進んだ。野党転落後の10年参院選では、公明の山口那津男代表が「党対党の選挙協力は考えていない」と自民候補の推薦を見送ったが、地域レベルでの協力は容認し結束を保った。政権復帰後の安倍政権は国政選挙で勝利を続けている。

公明幹部「連立離脱したら自民は選挙で勝てない」

公明の支持母体・創価学会の支援により、自民候補者の得票は衆院各小選挙区で確実に2万~3万票が上積みされる。だが公明の支援をあてこみ、地元選挙区での活動量が乏しい自民候補者も目立つ。自民幹部は「公明の支持がなくても勝てるように鍛えなくてはならない」と危機感を漏らす。公明幹部は「公明が連立離脱したら自民は選挙で勝てない。政治は一気に不安定化する」と語る。

 公明の集票力にも陰りが見える。公明は自自公連立政権参加後、衆院選、参院選とも比例代表の得票数を伸ばし、衆院選では05年に898万票、参院選で04年に862万票を獲得した。だが、17年衆院選では697万票と現行の選挙制度で初めて700万票を割り、今年7月の参院選は653万票と16年参院選から約104万票減らし、99年以降で最低の得票にとどまった。投票率低下や支持者の高齢化も背景にあるが、党内には「自民との連立によって公明党らしさが失われた」との危機感が広がっている。

世代交代で細る個人のパイプ

 自公連立は両党幹部の個人的な関係で支えられてきた。09年から3年余りにわたった野党時代も、両党の幹事長と国対委員長が毎週顔を合わせる「二幹二国」を続け、共闘関係を維持した。だが、両党の世代交代が進む中で、新たなパイプをどう築くかが課題だ。

 参院選投票日直前の7月17日、公明党で国対委員長を務めた草川昭三氏が90歳で亡くなった。自自公連立発足前から自民と関係を築き、99年の小渕内閣では自民党と自由党の国対委員長だった古賀誠、二階俊博両氏と結束。「だんご3兄弟」と称された。野中広務官房長官を加えた4氏が連立誕生のキーパーソンだが、野中氏は18年1月に死去し古賀氏も引退。現役は自民幹事長の二階氏だけだ。

 その二階氏の呼びかけで今年4月8日、二幹二国の会食に大島理森衆院議長と公明党の漆原良夫元国対委員長が招かれた。両氏は07~09年、自公の国対委員長として信頼関係を構築し、野党時代の自公共闘維持の下地を作った。大島氏は「風雪に耐えた自公連立の意義を若手にも共有していこう」と呼びかけたという。

「考え方に差がある課題をどう軟着陸させるか」

 野党時代を知らない12年以降の衆院選初当選組は、自民党で4割強、公明党も約3割に上る。特に12年衆院選初当選の自民党議員は不祥事が相次ぎ「魔の3回生」と呼ばれ、公明支持層の不満を招いている。漆原氏は「信頼と適度な緊張関係を保ち、常に連立をメンテナンスしなければうまくいかなくなる」と指摘する。

 安倍首相と親密な関係を築いた公明の太田昭宏元代表は次期衆院選小選挙区からの不出馬を表明。選挙対応では菅義偉官房長官と創価学会幹部が直接やり取りするケースも目立つ。公明関係者は「自民と腹を割って本音を話せる関係は弱まっている。憲法改正など考え方に差がある課題をどう軟着陸させるか、真価が問われる」と指摘した。

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