豪邸、55億円の道路、熱帯雨林… 「元助役」の高浜町で見た「原発マネー」の存在感

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豪邸、55億円の道路、熱帯雨林… 「元助役」の高浜町で見た「原発マネー」の存在感

町内を行き交う、関電と大手ゼネコンの旗を張ったダンプカー。奥には高浜原発の原子炉建屋が見える=福井県高浜町田ノ浦で2019年10月10日午後4時8分、吉田卓矢撮影

 関西電力幹部らが福井県高浜町の元助役、森山栄治氏(故人)らから多額の金品を受け取っていた問題は会長、社長を含めた関電幹部の大量辞任という前代未聞の事態に発展した。3億2000万円相当もの金品の原資は、関電高浜原発の立地に伴って地元につぎ込まれた「原発マネー」とも疑われる。舞台となった高浜町とは、どんなところなのか。町の人々は何を思っているのだろうか。【吉田卓矢/統合デジタル取材センター、高橋一隆/福井支局敦賀駐在】

旅館街の豪邸

関電高浜原発

 町を東西に貫く国道27号から北に折れ、高浜原発へ向かう途中にある西三松地区。旅館や民宿が軒を連ねる中に、ひときわ目を引く豪邸がある。

 ブロック塀ときれいに剪定(せんてい)された木々に囲まれた約1000平方メートルの角地。それぞれ延べ床面積180平方メートル超の鉄筋コンクリート2階建てと木造平屋建てが並ぶ。登記簿によると、鉄筋コンクリートの建物は1972年に新築され、81年に増築された。木造のほうは86年の新築だ。裏口には車3台は入るシャッター付きの車庫もある。

 ここが森山元助役の住んでいた家だ。高浜原発が営業運転を始めたのは74年。森山氏の邸宅も、原発の発展と軌を一にして建て増しされてきたかのように見える。

周辺の旅館よりも大きな森山栄治・元高浜町助役の自宅=福井県高浜町西三松で2019年10月10日午後1時28分、吉田卓矢撮影

「雲の上の人やな」

 森山氏は今年3月に90歳で死去。玄関には長女の夫と思われる人物の名前が書かれた木の表札が掲げられている。

 かつてはこの豪邸前の道路に、森山氏を詣でる関電や町幹部らの黒塗りの高級車が駐車しているのを付近の住民がたびたび目撃している。近くに住む男性(85)は言う。「雲の上の人やな。付き合いはなかった」

助役室から怒鳴り声

 京都府綾部市の職員だった森山氏は69年、当時の浜田倫三町長(故人)に引っ張られて41歳で町役場に入る。企画課長や収入役などを経て8年後には助役となった。当時は高浜原発3、4号機誘致の真っ最中で、森山氏はその先頭に立っていたという。

 当時を知る元町職員によると、助役室には毎日のように関電社員が出入りし、森山氏の怒鳴り声が聞こえることもあったという。

 87年に助役を退任した後は、2018年まで関電の子会社の顧問を務めていた。役場を辞めても関電に「顔が利く人」として地元で隠然たる力を持った。町の教育委員長も08年までに計6回務めている。

屈指の海水浴スポット

 旅館に囲まれた森山氏の豪邸。それは、この町の歴史を象徴する風景ともいえる。

 高浜町は福井県の南西端、京都府との境に位置し、町内に八つある海水浴場にはかつて、関西から大勢の客が押し寄せた。町産業振興課によると、最盛期の78年には約150万人もが訪れた。海水浴客向けに当時は町内に約500軒もの旅館・民宿があった。西三松地区もそうした旅館・民宿街の一つだ。

 だが、レジャーの多様化などの影響で海水浴客は減り続け、今年は17万6000人と、最盛期の10分の1程度だ。

夏は多くの海水浴客でにぎわう若狭和田海水浴場。この日はサーファーが10人ほどいた=福井県高浜町和田で2019年10月10日午後0時33分、吉田卓矢撮影

客は海水浴客から原発作業員に

 旅館・民宿も減ったが、それでもまだ100軒ほどが営業している。それを海水浴客に代わって支えてきたのが高浜原発だ。特に13カ月に1回、数カ月にわたって行われる定期検査の時は、全国から多くの作業員が集まる。西三松地区に住む会社員男性(57)は「隣の旅館に入りきれず、うちの部屋を貸したこともある」と振り返る。

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故後、高浜原発も運転を停止し、客足は遠のいた。しかし、13年7月に新規制基準が施行され、新基準に合格した各地の原発が順次運転を再開。高浜原発も17年に3、4号機が再稼働した。新基準で求められた安全対策工事や、再稼働前の検査などのおかげで再び客は戻ってきた。

 「うちは観光客と作業員は半々。作業員だけ受け入れている旅館も多いよ」と旅館を営む女性(72)は明かした。記者が訪れた10日も、あちこちの旅館に「なにわ」「京都」「神戸」などのナンバーの車がとまり、庭先や屋内に作業着やタオルなどの洗濯物が干されていた。

トンネルと鉄橋付き1・6キロの新設道路

 西三松地区から高浜原発に向かって車を走らせると、ダンプカーや工事車両と絶え間なくすれ違う。人口約1万人の町とは思えない交通量だ。

 現在1、2号機は再稼働に向けた安全対策工事が行われ、4号機は定期検査中だ。こうした工事や検査の下請けを多くの地元業者が受注するのだ。

 工事は原発の敷地内にとどまらない。福井県は今年3月、原発の横を通る既存の道路と並行する新たな道路を建設した。原発事故対策という名目だ。片側1車線の新道路は全長1640メートル。トンネル(1209メートル)や鉄橋(107・8メートル)もあり、総事業費は約55億円に上った。

原発事故時の避難対策として総事業費約55億円で造られた道路。橋もトンネルも新設された=福井県高浜町で2019年10月10日午後3時52分、吉田卓矢撮影

 「こんな道路で本当に避難できるのかね。原発に向かっていくことになるよ」。音海地区に住む陶芸作家、森島一さん(58)は首をかしげる。

 高浜原発は内浦半島の付け根にあり、音海地区は中ほどにある。事故が起きたら、音海地区の住民は原発の脇をすり抜ける形で逃げなければならない。そのための道路だ。音海地区側から真新しいトンネルを抜けると、原子炉建屋が真横にそびえ立っていた。

高浜町音海地区から見える関西電力高浜原発。事故が起きたら、音海地区の住民はいったん原発のほうに向かって逃げなければならない=福井県高浜町で2019年10月10日午後4時28分、吉田卓矢撮影

17億円の体育館 41億円の町役場・公民館

 町の財政も「原発マネー」で潤ってきた。県によると、財政力を示す18年度の財政力指数は1・05と県内で最も高く、県内17市町の平均0・6を大きく上回る。

総事業費41億7000万円で建設された町役場と公民館=福井県高浜町宮崎で2019年10月10日午後0時48分、吉田卓矢撮影

 立派な公共施設が目につく。17年4月完成の町立中央体育館と野球場は総事業費17億6000万円。体育館は冷暖房完備で観覧席は300席。野球場は夜間照明を4基備えている。16年1月に完成した3階建ての町役場と公民館は総事業費41億7000万円だ。町家の意匠を取り入れたという外観は美術館のようで、エントランスから上を見上げると、県産杉をふんだんに使った天井が目を引く。

県産の杉が使われた高浜町役場・公民館の天井=福井県高浜町で2019年10月11日午前8時57分、吉田卓矢撮影

 原発立地自治体には、国からの電源三法交付金のほか、原発施設の固定資産税収入などが入る。町の19年度の一般会計当初予算105億円のうち、原発関連収入は55億円で実に歳入の53%を占めている。

 立派な施設には相応の維持費もかかる。豪華な体育館や町役場を見ていると、原発なしには成り立たない町の姿が逆に心配になる。

熱帯雨林の保護と4000匹の魚

 国道27号沿いに建つ「若狭たかはまエルどらんど」に立ち寄ってみた。ガラス張りの三角屋根が印象的なこの施設は「地球科学や自然などをテーマにしたサイエンスパーク」を掲げている。

 三角屋根の下は熱帯雨林の保護をテーマにしたエリアだ。水槽に約4000匹の熱帯魚が泳ぎ、熱帯の植物が植えられている。

 しかし、パネル展示をよく見ると、原発の宣伝になっている。発電時に二酸化炭素をほとんど排出しない原子力は地球環境を守るのに優れており、原子力を中心に火力、水力、新エネルギーをバランスよく組み合わせるのがよい、とパネルは説明している。

 熱帯雨林の保護と地球温暖化防止に直接の関係はない。ちょっと無理があるなあ、と思った。何より、ひとたび事故が起きれば、周囲の環境にどんな悪影響を及ぼすかは福島の事故から明らかだと思うのだが――。

町と原発の関係を高らかにうたうナレーション

 入り口から入って右奥には町のミニチュアが置かれていた。その前にあるボタンを押すと、ビデオ映像と女性のナレーションが流れ出した。

 「昭和30年代後半から40年代初期、労働力の流出や過疎化が深刻な問題となりました」

 「原発立地による安定した財政基盤により、町は道路網整備や上水道建設などまちづくりの基本となる事業に取り組んだのです」

 そう。ここは関電のPR施設なのだ。町と原発の関係を高らかにうたうナレーションに、関電の自負を垣間見た気がした。

熱帯雨林保護をテーマにしたエリアにある原子力発電の優位性を説明するパネル=福井県高浜町青戸の若狭たかはまエルどらんどで2019年10月10日午後0時17分、吉田卓矢撮影

年間10万人の来場者

 福井県南部は、高浜原発を含めて15基の原子炉(廃炉中を含む)が集中し、「原発銀座」と称される。同じようなPR施設は原発の立地する4自治体全てにある。かつて福井支局に勤務していた記者(吉田)は、他の3カ所には行ったが、エルどらんどは初めてだった。原子炉の模型や3D映像などが展示されていた他の施設に比べると、ここは古びていて控えめな感じがした。歴史の長さの反映なのかもしれない。

 エルどらんどによると、昨年度の来場者は約10万人。土日は近隣市町から家族連れが訪れ、平日は地元の幼稚園・小学校が遠足などで利用するという。

「必要悪でしょう」

 こうして原発と隣り合わせで暮らしてきた住民は、森山氏をどう思っているのか。それを知りたかった。だが、道行く人に話しかけても、今回の問題や原発について実名で語ってくれる人はほとんどいなかった。

 人づてに話を聞くことができた元食品会社員の貝取繁男さん(72)は「町に働く場所ができて、税収も増えた。大企業の関電相手にこんな田舎でウィンウィンの関係を作ったという点では、力のある人だったと思いますよ。必要悪でしょう」と語った。

「森山さん1人に頼りすぎた」

 森山氏の現役時代を知る町の元総務課長の男性(76)は「『役場の職員はただ頑張るだけではだめだ。相手の立場で考えた上で頑張らないと』と、常々言ってましたね。厳しいけれど筋の通った上司でしたよ」と話す。

 「原発の賛否という意味では、町民の意見が割れるような状況ではなかったです。反対する人はほとんどいません。だからなのか、関電はもっと足しげく通っていろんな人と膝をつき合わせるべきだったのに、森山さん1人に頼りすぎた。そうやって偶像化されたことで、森山さんは道を外してしまったのではないですか」

 一方、町議の渡辺孝さん(71)は「互いに癒着し、利用しあって懐を膨らませた」と森山氏と関電の双方を切り捨てた。「原発は危険なだけでなく、財政にもよくない。いずれ原発は寿命を迎えますが、一度『原発マネー』で膨らんでしまった財政を縮小するのは容易ではないですよ」

「潤ったのは海側の人だけ」

 また、原発マネーの恩恵を主に受けてきたのは、原発関連施設の地域だけだとの声も聞いた。ゲートボールをしていた無職女性(73)は原発から離れた山側に住んでいるという。「潤ったのは海側の人だけ。関電のおかげでできたという道路も私らは使わへん。核燃料の燃えガラの行き先さえ決まっとらんのに、そんな施設を子や孫の世代にまで残したらあかんわ」

 関電幹部の金品受領問題は一部の人間への富・権力の集中というゆがみを白日の下にさらした。「真相解明を」と言う住民は多い。原発マネーだけでは埋められない不信を生んだのは間違いないように見える。

 だが、40年以上原発に依存してきた町は今回の問題で大きく変わるだろうか。大阪市の関電本社が大揺れしている最中も、町内では関電と大手ゼネコンの名を記した旗を張ったダンプカーが絶え間なく行き交い、原発関連の工事は着々と進められている。

吉田卓矢

1976年生まれ、兵庫県明石市出身。2005年入社。奈良支局、高松支局、大阪科学環境部、福井支局次長、水戸支局を経て、2019年秋から統合デジタル取材センター。原発や震災・防災、科学・医療などを中心に取材してきた。

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