萩生田大臣「身の丈」発言を聞いて「教育格差」の研究者が考えたこと

 

 

萩生田大臣「身の丈」発言を聞いて「教育格差」の研究者が考えたこと

大学入試改革が、格差を拡大する可能性

松岡 亮二 プロフィール

「身の丈」発言と謝罪

萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言に注目が集まっています。

発言があったのは生放送のBSテレビ討論番組。2020年度実施の大学入学共通テストの概要が紹介され、新しく導入される民間英語試験によって受験生の間に「格差」が生じるリスクが取り上げられました。

シンプルに言えば、費用の異なる民間英語試験を2回まで受けることが可能という制度設計や、試験会場が満遍なく準備されていない状況が「不公平」を生むという指摘です。経済的に恵まれていない家庭では試験の受けられる回数も減るだろうし、試験会場から遠方の地域に住む受験生は試験を受けづらいというわけです(交通費の負担も大きくなります)。大臣はこう反論しました。

「そういう議論もね、正直あります。ありますけれど、じゃあそれ言ったら、『あいつ予備校通っててずるいよな』というのと同じだと思うんですよね。だから、裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の、あの、私は身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで、勝負してがんばってもらえば」1

試験会場が少ない地方の受験者に不利であるという点については、会場追加を試験団体に依頼していると言及した上で、「だけど、人生のうち、自分の志(こころざし)で、1回や2回は故郷(ふるさと)から出てね、試験を受ける、そういう緊張感も大事かなと思うんで」と述べました。

これらの発言に対してインターネットでは強い反発が渦巻き、野党も注目2。大手メディアは批判的な論調で報道しました。

発言から4日後、大臣は説明不足であったと陳謝3。翌朝、大臣は発言の撤回を明言し、再び謝罪しました4。そして「身の丈」発言から8日後の11月1日、民間英語試験の導入延期を会見にて表明するに至りました5。今後は1年かけて民間試験の活用有無も含めて制度を再検討し、2024年度からの実施を目指すということです。

〔PHOTO〕iStock

「逆境を乗り越えていけ!」という発想

大臣の発言はどのような考え方に基づいているのでしょうか。

発言撤回翌日の衆議院文部科学委員会6では、

「私は教育格差の拡大を容認している議員ではなくて、どちらかといえば、経済的に困窮されている子供たちの支援を今までもしてきたつもりでおりますので、そういう思いでのエールを送ったつもりだった」

そして、

「いろいろ厳しい環境、いろいろ、それぞれ人によって異なるものがあるけれど、それに負けるな、という思いで発した言葉でございます」

と答弁しています。

これらの弁明も踏まえて、あえて好意的に「身の丈」発言の意図を汲みとるとしたら、こう解釈できないでしょうか。

現状でも予備校などによって教育機会の格差がある。これくらいの制度変更は「身の丈」にあった準備・努力をして、よい結果を出せばいい。それくらいのことはできるはずだ。若者よ、逆境を乗り越えていけ!――そんなところでしょうか。

もしこのような「大丈夫、自分にあったやり方で努力すれば、逆境だって克服できる」という意図が咄嗟の発言の背景にあったとすれば、実のところ少なくない人が大臣の考え方に同意しているのではないでしょうか。「教育機会の格差は周知の事実だが、義務教育があるし、本人のやる気次第。私だって努力してきた」、と。

〔PHOTO〕Gettyimages

「生まれによる格差」は、乗り越えられるか

しかし、日本の教育における不公平さ、いわゆる「教育格差」の実態は、このような激励によって容易に克服できる程度のものなのでしょうか7

詳しくは、拙著『教育格差』(ちくま新書)に様々な視点によるデータをまとめたのでお読みいただきたいのですが、端的に述べますと、戦後日本社会はいつの時代も、「出身家庭」と「出身地域」という、本人が選んだわけではない「生まれ」によって最終学歴が異なる教育格差社会です。

日本全体を対象とした大規模社会調査のデータを分析すると、出身家庭の経済状態などに恵まれなかった人、地方や郡部の出身者が低い学歴にとどまる傾向が、どの世代・性別でも確認できるのです(付け加えておけば、日本の教育格差は、経済協力開発機構(OECD)のデータと報告書に基づいて国際比較すると、OECD諸国の中では平均的——日本は国際的に凡庸な「教育格差社会」なのです8)。

このような実態と向き合っていれば、「身の丈」という言葉も咄嗟に出てこなかったのではないでしょうか。

「実態」と「個人の実感」の乖離

では、なぜ、大臣(と無言の賛同をする人たち)は、教育格差の実態を把握できていない、あるいは教育格差が激励によって乗り越えられる程度のものであると過小評価しているのでしょうか。「身の丈」発言の根底にあるのは、データが示す「社会全体の実態」と「個人の見聞に基づく実感」の乖離であると私は考えています。

それはこういうことです。

データは、出身家庭と出身地域という「生まれ」による教育格差が戦後すべての世代・性別に存在していることを明確に示しています。しかし一方で、経済的に恵まれない家庭や地方の出身であっても、大学に進学し卒業して、親と比べて社会的地位の上昇を果たした…そんな知り合いを思い浮かべるのは、それほど難しくはないでしょう。もしかしたら、これを読んでいるみなさん自身が、このケースに当てはまるかもしれません。

 

実際のデータで考えてみましょう。ここでは「家庭の経済状態」と大きく重なる「父親の学歴」を基準にします。具体的に考えるために、対象を、2015年時点の20代(1986~95年生まれ)男性に絞ります。

この年齢層の男性で「父親が大卒」の場合、その80%が大卒になりました9。一方、「父親が大卒でない」場合は、本人が大卒となる割合は35%にとどまります。父親の学歴という粗い分類だけで明らかな格差が確認できるのです。

大きな格差ではありますが、裏を返せば、「父親が大卒でない」場合でも本人が大卒になったという人が35%はいることになります。格差は確実にあるけれども、しかし社会的上昇を果たした実例を見つけられないことはない――萩生田大臣の発言の背景には、こうした状況があると言えるのではないでしょうか。

これほど大きな格差ではないですが「出身地域」でも格差は確認できます。大都市圏や大都市部出身だと大卒となる傾向があるのです。

たとえば、先ほどと同じ年齢層の男性だと、大都市出身だと63%、郡部出身だと39%が大卒になりました。もちろん、地方出身でも大卒になる人たちはいますが、それは同じ地域出身の中では少数派ですし、地方の中で相対的に有利な出身家庭の人が大卒になる傾向があります。

もう一つ例を出しましょう。出身家庭の有利・不利を示す「社会経済的地位(SES)」10という指標があり、このSES指標が高いと高学力であることが知られています。

しかしやはり、少子化とはいえ日本は人口規模が大きいので、相対的貧困層の出身であっても高学力の子を実際に見つけることは、そんなに難しくありません。具体的には、近年の子供の人口規模は1学年120万人前後なので、出身家庭のSESが下位16%の層であっても、そのうちの1.2万人ぐらいは高学力(偏差値60以上)です。

同じく家庭のSESが下位16%で高学力ではない約18万人を無視し、何らかの理由で高学力となった1.2万人だけに視線を注げば、「日本は教育格差を乗り越えられる社会だ」と思い込むことができます。

「生まれ」によって「ふつう」が違う

わたしたちは小学校の時点で「生まれ」によって緩やかに学校間・地域間で隔離されているので、何を「ふつう」とするかの基準が異なります11。ですので、データが示す「社会全体の実態」と「個人の見聞に基づく実感」に乖離が存在するのは自然だともいえます。

社会全体の中で自分がどのような「生まれ」なのかを自覚していないと、「生まれ」によって人生の難易度が大きく違うことを想像することすら難しく、教育格差は乗り越えられる程度のものだ、と考えてしまう。さらにはそうした信念を補強する材料として「実例探し」をしてしまうことになります。

データが示すのは全体の「傾向」です。あるデータが特定の傾向を実証していたとしても「例外なくすべてがそうだ」という意味ではありません。「傾向」と一致しない例を意図的に探し出すのはそう難しくないので、その「実例」をもって、「日本の教育格差はたいしたことがない。頑張れば成功できる」ともっともらしい主張ができてしまうのです。

確かに血の通った実例に説得力はありますが、それでよいのなら、どんなに教育格差がひどい国であっても、全体の「傾向」と一致しない「底辺からの成功」の実例を見つけることができます。自分から探そうとしなくても、アメリカン・ドリームのような成功譚は物語として魅力的なのでメディアを通して実例を知ることになるはずです。

日本では少子化が進んでいますが、それでも1学年あたり100万人近くいれば、困難を克服し突出した「成功者」は出てくるはずです。そのような特殊な事例にスポットライトを当て、「やっぱり本人の志が大切だ」とするのであれば、政府や文部科学省など公共機関は何もしなくてもよいことになります。

いや、むしろ教育予算を大幅に削減し教育制度の弱体化を通じて積極的に混沌を作り出し、それでも這い上がってきた者を表彰すればよいのかもしれません。そんな「ディストピア(暗黒郷)ごっこ」をしている間に、他の社会は教育に投資を続けます。

国際競争力が低下することになったら苦しむことになるのは次世代――自分の選択ではなくこの社会に生まれてきた子供たちです。

大学入試改革と「教育格差」

実は、2020年度実施の大学入試改革は、すでに存在する教育格差を拡大すると考えられます。私が限られた紙面で以下お伝えできるのは、とても単純な「傾向」です。

そもそも志・能力・努力は、出身家庭によって大きく異なります。両親が大卒であると、大学進学を具体的に想定し、学力は高く、長時間学習努力をする傾向にあります。たとえば、中学1年生時点で明確に大学進学を期待する生徒は両親大卒だと60%、親のうち1人が大卒だと41%、両親が2人とも非大卒だと23%です。

この「意欲」格差の背景には、学校外の習い事などを含む、出身家庭による教育経験の蓄積量の差があると考えられます。学力も、小学校入学時点で親の学歴による格差があります。また、親の学歴によって子育て戦略に差があり、小学校4年生から「学校外学習時間」の格差は拡大します。

これらの格差はすべて学校間・地域間でも確認できます。前述した「生まれ」の状況を示す指標であるSESが高い地域であることを背景に、大学進学を目指すこと、学力が高いこと、学習努力をすることが「規範」となっている学校があります。一方、小学校であっても、恵まれない地域では、大学進学を目指す児童の割合が低く、学力も低く、学校外学習の時間まで短いことが「ふつう」である学校があるのです。

大学進学意欲を持つ、一定以上の学力に達する、努力することが「当たり前」になるという受験競争で実質的なスタートラインに立つための条件を誰もが持っているわけではないのです。意欲も学力も学習時間も目には見えません。

子供たちは視界に入る同級生を基準にして自分が「ふつう」なのかを判断しているはずです。しかし、小学校や中学校といった狭い範囲で「ふつう」なことは、大学入試のような全国区の競争の中での「ふつう」を必ずしも意味しません。

出身家庭のSESや出身地域によっては、目に見えない障壁が数多くあり、結果として大学進学に至らないと考えられるわけですが、今回実施が予定されていた入試改革はそんな障壁をさらに増やすことになります。

〔PHOTO〕iStock

センター試験に比べれば明らかに試験制度は複雑です。どの民間英語試験をいつ受けるのか、どの大学・学部がどの程度重視するのか、国語・数学の記述式問題で高得点を取るための手法の練習など、選択肢が増えるといえば聞こえはいいですが、ゲームのルールが複雑になると、親、親戚、予備校や家庭教師、進学校といった様々な「支援者」から、上手く立ち回るための援助を受けることができる生徒ばかりが有利になるでしょう12

もともと大学進学意欲を持ちづらい家庭環境・地域の生徒は、そこまでして大学に行かなくてもよい、と「自発的」に受験そのものを諦めたり、背伸びして有名大学を狙う必要はない、と選抜度の低い大学を「志願」したりするようになるかもしれません。

試験制度を単純化し、基準を明確にして筆記試験による選抜にすれば、高SES層の有利さは減ると考えられます。もちろん、高SES層は未就学段階から様々な教育的刺激を受けて育っているので、この層が有利なことに変わりはありません。筆記試験による苛烈な受験競争が話題になった1980年代あたりに大学受験を経験した世代であっても、出身家庭のSESと最終学歴には明快な関連が確認できます。

「生まれ」が最終学歴に変換される経路は数多くあるので、後はどの程度の家庭・地域の有利さ・不利さを社会として許容できるのか・できないのか、という価値判断の問題になります。

では、今回の入試制度改革は、制度を複雑化することで目に見えない障壁を増やし、低SES層と地方出身者を自発的に諦めさせるという代償を払うほど価値のある便益を、一部、あるいは全体にもたらすのでしょうか。

当面は延期になった民間英語試験、それに、国語・数学の一部に記述式問題を予定通り導入したところで、学生が英語を話すことができるようになる、採点可能な範囲の記述式問題の対策をすることでモノを考えることができる、そのような結果を支持する研究はどこにあるのでしょうか13

日本の伝統芸「改革のやりっ放し」

私が最も気になるのは、制度を変更する前に、きちんとした「データ取得計画」が作られていないことです。これは「改革を実行する」こと自体が目的であって、そもそも効果を検証するつもりがないことを意味します。こうした点を自覚的に変えない限り、今回の入試改革もまた、戦後日本の教育行政で繰り返されてきた「改革のやりっ放し」になります14

おそらく今回の改革についても、制度変更の後、早くて数年後に研究者が工夫して、低SES層と地方出身者に不利な「改革」だったという実証知見を提出することになると思います。その頃には、制度変更によって不利益を受けた生徒たちは成人となり、変更がなければ受けていたかもしれない教育機会を喪失したまま、人生100年時代を生きていくことになります。

「身の丈」に合わせてしまったせいで、低SES家庭の生徒・地方出身者が、自身の可能性を追求できないことは、社会としても非効率です。ただでさえ少子高齢化で子供の数が減っているわけで、恵まれた家庭出身・都市部出身者の中「だけ」から各分野を将来牽引する人たちが出てくることを期待するのは、とても効率が悪いわけです。

低SES家庭・地方在住の子供たちが直面する有形無形の経済的・文化的障壁を可能な限り取り除き、一人でも多くの子供たちが挑戦する教育的価値のある選抜試験に向かって切磋琢磨することこそが、この社会を強化します。

今回の制度変更は、この方向の真逆に向かっていく「改革」です。民間英語試験の延期だけではなく、記述式問題を含め2020年度の大学入試改革を延期し、もう一度、ゼロから、一人でも多くの子供たちの潜在可能性を最大限に開花させるためには、どのような選抜制度があり得るのか専門家を交えて議論すべきではないでしょうか。

そして、今後ありとあらゆる制度について、それを変更する「前」から専門家と行政が協力してデータ取得計画を練り、すべての「改革」の効果がデータによって検証され、一人でも多くの子供たちに機会を提供できるよう教育政策が改善され続ける体制が構築されることを願っています。

本稿で紹介した知見は『教育格差』(ちくま新書)に基づいています。戦後から現在までの動向(1章)、就学前~高校までの各教育段階(2~5章)、それに国際比較(6章)について、議論の叩き台になるように多角的なデータをまとめてあります。データに基づいて社会全体の実態を俯瞰した上で、みなさんと「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」(7章)を議論することができればと願います。

なお、出口治明氏(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)による朝日新聞掲載の書評の全文が下記に掲載されていますのでご参照ください。
「教育格差」書評 数字で示す「緩やかな身分社会」

*1 「BSフジLIVE プライムニュース」ハイライトムービー(10月24日)から文字起こし(後数日でリンク切れ)
*2  「萩生田大臣の「身の丈」発言追及へ 立憲 枝野代表」
*3  「萩生田文部科学相 「身の丈」発言で陳謝 「説明不足な発言」」
*4  「“身の丈” 発言撤回し改めて陳謝 萩生田文科相」
*5  「萩生田文科相 英語試験 抜本的に見直し 5年後実施に向け検討」 
*6  衆議院文部科学委員会2019年10月30日。動画で確認
*7  「生まれた環境」による学力差を縮小できない〈教育格差社会〉日本(2019年7月24日)
*8  拙著でデータを示しているのは出身階層による格差の国際比較です。地域格差について同等のOECDデータは見当たりませんが、各国の研究を概観する限り、一定以上の人口と地理的な規模があれば地域格差が見られると思われます。
*9  ここでの大卒は、最終学歴が4年制大学あるいは大学院を意味します。
*10  社会経済的地位(Socioeconomic status=SES)とは経済・文化・社会的な有利さ・不利さを統合した概念で、一般的には、世帯収入や親の学歴・職業などで構成されています。前述の現代ビジネスの記事でも解説しています。
*11  前述の現代ビジネスの記事で解説しています。
*12  高SES層の親が制度に対応して有利になろうとする実態を示す研究については、拙著と巻末の引用文献をご参照ください。
*13  入試改革はかなり多岐にわたりますので、各論点については中村高康先生(東京大学)の論稿をご一読ください。シリーズ「学力」新時代3「大学入試をめぐる改革論議迷走の背景:部分的延期を提案する」(pp.148-155)中村高康
*14  議論の詳細は拙著7章「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」をご参照ください。
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