「桜を見る会」を巡る疑惑で一部マスコミが騒ぐ中、沢尻エリカ容疑者が薬物所持で逮捕された。「国民の目をそらすために芸能人を逮捕した」という陰謀論がまことしやかに流れるのは“お約束”だが、今回、目を疑ったのは首相経験者である鳩山由紀夫氏が、SNSでこの陰謀を事実であると認めたこと。鳩山氏は自身の発言の重みをわかっているのだろうか?(ノンフィクションライター 窪田順生)

沢尻エリカ容疑者の逮捕は
「政権ピンチを救う」ため!?

逮捕された沢尻エリカ容疑者沢尻容疑者は「桜を見る会」疑惑から国民の目をそらすために逮捕された――そんな陰謀論を首相経験者である鳩山由紀夫氏がSNSでつぶやいた。これは驚くべきことである Photo:Imaginechina/JIJI

 女優の沢尻エリカ容疑者が薬物所持で逮捕されたことを受けて、一部の有名人やジャーナリストらが、耳を疑うようなことを言い始めた。

「政権がピンチとなると芸能人が薬物で逮捕される」というのである。

 ご存じのように、ここ最近、安倍政権は「桜を見る会」について、「参加ツアーの金はどこから出てるんだ」「税金を投じる政府の行事を私物化しているじゃないか」なんて感じで野党や一部マスコミから叩かれていた。しかし、それが今回の逮捕で、ニュースもワイドショーもエリカ様一色。「桜を見る会?ああ、そんなのあったね」なんてムードになってきている。

 このあまりにラッキーな展開がゆえに、「これらはすべて安倍政権が仕組んだもので、沢尻容疑者はスケープゴートにされた」――と主張する人たちが現れているのだ。

 これはつまり、警察や厚労省には、いつでも好きな時に検挙できる薬物芸能人リストのようなものが存在して、官邸から「誰か有名どころをパクちゃってよ」という非公式なホットラインを受けた上層部の命を受け、現場が逮捕状を請求する、というドラマ「相棒」で描かれるような権力の腐敗が現実に起きているというのだ。

 もちろん、この主張に対しては冷ややかな見方も多い。「頭は大丈夫か?」「いくら安倍首相憎しとはいえ妄想がすぎる」などと失笑している人たちもたくさんいる。「政権がピンチになると、北朝鮮からミサイルが飛んでくる」説と同じような「陰謀論」だと吐き捨てる人も多いのだ。が、ここにきてこの話を笑い飛ばすことができない展開になってきている。

 なんと内閣総理大臣経験者、しかもちょっと前まで首相の椅子に座ってああだこうだと官僚に指示を与えていた御仁が、この陰謀論を「正しい」と断定したからだ。

首相経験者が陰謀論を
認めたという事実の重み

《沢尻エリカさんが麻薬で逮捕されたが、みなさんが指摘するように、政府がスキャンダルを犯したとき、それ以上に国民が関心を示すスキャンダルで政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的である。》

 このようなツイートをしたのは、鳩山由紀夫氏。そう、2009年9月から10年6月まで、旧民主党時代の第93代内閣総理大臣を務めた人物だ。

 まがりなりにも、この国の最高権力者だった人間が、沢尻容疑者逮捕を「政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的」だと認定したことの意味は極めて大きい。日本の内閣総理大臣は、自分の都合が悪くなると、デスノートに名前を書き込むノリで、芸能人を薬物でブタ箱送りして世間の批判をかわす、という政治手法を使う、と「経験者」が公式にお認めになったということになるからだ。

 これは一部の有名人やジャーナリストのような「外野」がああだこうだと主張するのとは、まったく次元が違う。自身がそのポストに就いていたわけだから、「そこまで断言するということは、あなたもこの裏ワザを使ったの?」という、在職中の「検証」も必要になってくるからだ。

 例えば、鳩山氏は首相に就任する前から、自身の資金管理団体「友愛政経懇話会」の収支報告書虚偽記載問題が叩かれていたのだが、就任して3ヵ月後に、政権を揺るがしかねないスキャンダルに発展している。

 09年12月24日、東京地検特捜部は、政治資金規正法違反罪で、会計事務担当だった元公設第1秘書を在宅起訴、会計責任者だった秘書を略式起訴した。一方、鳩山氏自身は「嫌疑不十分」で不起訴となった。

 誰も逮捕者を出していない「桜を見る会」でもこの大騒ぎなので、当時の野党もマスコミも、「クビの取りどころ」だと鼻息が荒くなった、というのは容易に想像できよう。

 そのテンションをわかっていただくために、今も昔も、野党として政権批判には定評のある「しんぶん赤旗」の怒りのコメントを引用させていただこう。

《虚偽記載総額は4億円を超えました。同事件では、首相はまともに説明責任を果たしておらず、国政の場でも全容解明が引き続き重大課題となります》(2009年12月24日)

鳩山スキャンダルの直後に
覚せい剤で逮捕された赤坂晃氏

 鳩山氏の秘書2人が起訴された5日後、ジャニーズの人気アイドルグループ「光GENJI」の元メンバーである赤坂晃さんが、新宿区内のホテルで覚せい剤を使用していたとして、覚醒剤取締法違反(所持・使用)で逮捕された。超人気アイドルからの転落劇ということに加えて、07年10月にやはり覚醒剤で逮捕されて執行猶予中だったという悪質性から、ワイドショーはこれを大きく報じた。この年に逮捕された押尾学さん、酒井法子さんという2人の有名人に引っ掛けて、ごぞって「芸能人とクスリ」という特集を組んだのである。

 沢尻容疑者の逮捕は、政府のスキャンダルを覆い隠すためだと自信満々で断言する“鳩山ロジック”を適用すれば、このタイミングでの赤坂さんの逮捕にも当然、同じ狙いがあったと考えなくては筋が通らない。

 という話をすると、「くだらない言いがかりをつけるな!安倍政権は官僚の人事権を握って、恐怖支配をしているので、鳩山政権とはまったく違うのだ!」とか、「こういう悪事はすべて安倍政権になってから始められたのだ」という方向へ持っていきたい人たちが出てくるが、それはさすがに無理がある。

 これまで旧民主党の皆さんが国会で追及する不正やスキャンダルのほとんどが、きれいな放物線を描いて自らの後頭部に突き刺さっていることからもわかるように、現在の安倍政権が抱えている問題と、旧民主党政権が抱えていた問題の本質は何も変わらない。

 与党も野党も、同じシステム、同じルールの中でつくられた「職業政治家」だからだ。

 たまたまイデオロギーや政策で、Aチーム、Bチームといった具合に異なるユニフォームを着ているだけで、みな同じようにカネを集め、同じように地元や支持団体に利益誘導をする。実際、旧民主党政権の閣僚もたくさん失言したし、たくさんパワハラやセクハラの問題も出たではないか。

 要するに、同じ「政治ムラ」の住人なので、自民党議員だけが悪事の限りを尽くして、旧民主党議員は清廉潔白なんてことになるわけがないのだ。自民の議員がやっているインチキは、他党の議員も多かれ少なかれ似たようなことをしている。政権を担っていないので、タレコミや追及がなくてたまたまバレていないだけである。

 それと同じで、安倍首相が自分の都合で、薬物芸能人を逮捕させているのなら、鳩山元首相だって同じことをしていたと考えるべきなのである。あいつは悪いやつだけど、我々は正義なので清いというのは、あまりにご都合主義的な考え方である。

 というわけで、ぜひとも鳩山元首相にはSNSなんかでつぶやくだけではなく、マスコミなどに登場して、すべての国民の前で「真相」を語ってほしい。

ピエール瀧氏、清原氏の
逮捕時はどうだったか?

 いったいどういう連絡手段を用いて、警察や厚労省麻薬取締部(マトリ)を動かすのか。社会的インパクトのある芸能人というのはどうやって選ぶのか。捜査機関に任せるのか、それとも官邸で指示できるのか。ぜひともつまびらかにしていただきたいところだ。

 ただ、仮にそれを聞いても、個人的にはかなりモヤモヤしたものが残るのも事実だ。サヨ…ではなくリベラルの方たちは、「政権がピンチとなると芸能人が薬物逮捕される」ということは、疑いようのない事実だと声高におっしゃっているのが、過去を振り返ってみると、日本の最高権力者が仕掛ける世論誘導にしては、あまりにもお粗末すぎるのだ。批判をかわすという狙いのピントもズレまくりだし、一貫性がない。もし本当にこれを政府がやっているとしたら、米国、中国、北朝鮮の足元にも及ばないド素人軍団ということになってしまう。

 例えば、この現象を「またか」という人たちが例に出すのが、今年3月のピエール瀧さんの逮捕である。

 ちょうどこの時、国会では、厚生労働省の毎月勤労統計の不正を巡ってやいのやいのと盛り上がっていた。逮捕の前までは、沖縄で基地に関する県民投票も行われ、県民の大多数が「反対」という結果が出て、基地問題が一気に盛り上がるかという機運もあった。確かに、これは“鳩山ロジック”的には納得である。

 また、やはり陰謀論者の人たちがよく引っ張り出すのが、2016年1月に「文春砲」によって、甘利明・経済再生相(当時)の現金授受問題が持ち上がった時だ。甘利氏が引責辞任した数日後、プロ野球選手だった清原和博さんが逮捕されている。清原さんも今回の沢尻容疑者同様に、以前から薬物疑惑が囁かれていたので、「政府のスキャンダルを覆い隠すため」というストーリーもなんとなくフィットする。

安倍政権最大のピンチで
なぜ芸能人逮捕をしなかったのか?

 が、腑に落ちないのは、森友・加計学園問題である。

 ご存じのようにこの問題は、「首相自身のスキャンダル」ということで、野党やマスコミが1年以上の長きにわたって追及キャンペーンをした。また、文部事務次官だった前川喜平氏という「告発者」まで登場して、安倍政権はやりたい放題だと強く世間に印象づけた。

 そのような意味では、安倍政権にとってあれ以上の「ピンチ」はなかったはずだ。

 しかし、この問題の最中に逮捕された“大物芸能人”はいない。2017年5月に、元KAT-TUNの田中聖さんが大麻で逮捕された。しかし、2013年9月にジャニーズ事務所を退所していることに加えて、ご本人も容疑を否認していたということで、マスコミもそこまで大騒ぎしていない。(後に証拠不十分で不起訴処分)

 もしこれでスキャンダルを覆い隠そうとしたのなら、完全に失敗である。あまりにもツメの甘い素人仕事だと言わざるを得ない。

 厚生労働省のデータ不正疑惑、重要閣僚の不祥事という、言ってしまえば政権の致命傷にはならないスキャンダルで、「薬物芸能人逮捕」というカードを切っているのに、なぜ森友・加計学園問題という、政権の屋台骨を揺るがすスキャンダルではこのカードは使われていないのか。

 あの時は使えない理由でもあったのか。官邸しか知らない、このカードを使う条件があるのか。それとも、そんなカード自体もともと存在しないのか――。

 野党の皆さんは、安倍首相の疑惑を追及するのも結構だが、鳩山由紀夫氏を引っ張り出して、あそこまで断言する根拠を尋ねてみてはいかがだろうか。