〈コモン〉の自主管理を基盤とする民主主義的な社会が〈コミュニズム〉
「未来への大分岐」で新しい社会の展望を示した 斎藤幸平さんに聞く
左派ポピュリズムの突破力
生きづらさが増している。
生活が苦しい。
大量消費社会のなか、暮らしに影響が出るほど気候変動が進行している。
でも、政治は遠いし、自分たちの声をどう反映させたらいいのかわからないーー
資本主義が行き詰まるなか、わたしたちはどのような社会を
構想するべきなのだろうか。
ーー資本主義以降の社会(ポスト・キャピタリズム)をどう構想するかに関心が高まっ
ています。
リーマン・ショック(2008年)以降、1%の富裕層と99%の人々との格差の
拡大が、ごく普通の人たちの目にも明らかになってきました。
トリクルダウンは嘘だということが判明し、階級の問題が可視化されたわけです。
特に、欧米では若い世代が社会主義に関心を持つようになっています。
これは貪欲に利潤を追求する資本主義が野放しになっている時代には当然の帰結です。
そして若い世代の社会運動と知識人、政治家の連携のなかで、資本主義ではない
オルタナティヴな社会を構想する試みが次々、登場しています。
その際、参照されているのがマルクス(注)です。
ただし、それはソ連型とは違う、むしろソ連の存在によって見えなくなっていた、
マルクスの可能性です。
マルクスをマルクスとして見直すと、どんな未来が見えてくるかが
「未来への大分岐」で紹介したかったことのひとつです。
資本の略奪を止める
ーーマルクスの魅力はどこにありますか。
エコロジーへのまなざしです。
かつてのソ連型社会主義は、生産力を上げればみんなが豊かになり、
労働者も労働から解放されるという生産力至上主義に縛られていました。
ところが、マルクスは違った。
むしろ、労働者を道具として搾取する資本主義は、当然のように自然も搾取する
と述べています。
資本による地球の掠奪(りゃくだつ)をすでに批判していたのです。
気候変動などの現代の環境危機を考えれば、ひたすら利潤を上げることを目的とした
大量生産・大量消費の掠奪システムを根本的に見直さないといけないのは明らかです。
自然や地球は、民主的に共有されて管理されるべき社会的な富〈コモン〉です。
本来、将来の世代に引き継ぐ共有財産なのに、資本は自然を略奪し浪費する。
マルクスのコミュニズムは、自然との共存を目指す社会なのです。
ーー資本主義も持続可能な経済に移行しようとするのでは?
問題は、資本が環境を破壊して、多くの人々が苦しむようになっても、
資本がそれを新たなビジネスチャンスにつなげていくことです。
たとえば気候変動で干ばつが広がれば、水が貴重な商品となります。
日本でも、種子法の廃止や水道民営化などで、種子や水が商品に
されようとしています。
しかし、種子も水も商品化にふさわしくない〈コモン〉です。
そして〈コモン〉(common)の自主管理を基盤とした民主主義的な社会が必要です。
つまり、そういう意味での〈コミュニズム〉(communism)が資本主義のあとに
求められている社会です。
ーー資本主義経済は歴史のある時期での形態に過ぎないので、終わりがあるはずです。
そうなんです。
ところが日本では、資本主義に代わる社会を構想する左派が減っています。
それどころか、左派リフレ派などは、再分配を行なうためだと言って、
経済成長のための大幅な金融緩和を求めている。
でも、それだけではアベノミクスと変わらない。
このように政策変更だけで社会を変えられるという政治主義、制度主義的な発想が
強くなっているのはとても危ないことです。
たとえば金融緩和を拡大しても、本当に困っている人にマネーが分配されるかは
不透明です。
だからこそ、政治家にプレッシャーをかける社会運動が必要なのです。
選挙重視、マニフェスト重視は、エリート主義ですし、一面的な議論になっています。
また、さまざまな危機が同時多発的に起きているいま、
本当の解決策は社会の現場からこそ生まれてきている。
それも本書で強調した点です。
ーー海外ではどうでしょうか。
たとえば気候変動や地球環境問題に対応するために、欧米では社会運動と
連携するなかでグリーン・ニューディールが熱心に議論され、
政策案として形になってきました。
具体的には、(1)再生可能エネルギー100%の実現、
(2)公共交通機関の無償化、
(3)電気自動車購入促進のための低金利融資というグリーン政策によって、
新産業と安定した雇用を創出し、格差を減らす。
そういった大きなビジョンです。
これが実現すれば新自由主義
(市場にすべて任せ、なんでも商品化し、緊縮財政で社会保障を削減する)
とは違う社会になりますし、運動が広がってゆけば、
ポスト・キャピタリズムの世界が具体的にみえてくるでしょう。
政治リーダーも具体的な社会運動のなかから出てきています。
前回の米大統領選で大旋風となったバーニー・サンダース現象は、
ウォール街オキュパイ(占拠)運動との連続性が重要です。
イギリスのジェレミー・コービン労働党党首もモメンタムという下部組織
との連関でみなくてはいけません。
ボトムアップが重要
ーー山本太郎現象をどうみますか。
社会運動とつながりのない立憲民主党と山本太郎さんは違います。
太郎さんは現場に足を運んでニーズや制度の問題点を学んでいる。
制度から漏れている問題は、制度のなかで解決しようとしている人にはみえませんが、
彼は原発の問題からはじめて、貧困や障がい者が直面する問題に視野を広げ、
制度そのものを変えようとします。
そこに目指すべき、新しいリーダー像がある。
現場や社会運動が主導権を持っていて、それを反映するのが政治家の役割なのです。
とはいえ、れいわ新選組は山本太郎さんのカリスマ性にまだ頼っています。
海外の左派ポピュリズムの日本版と評価する人がいますが、下からの運動がまだまだ弱
い。
あとは、気候変動への取り組みが欠落していることは大きな問題です。
いまは、太郎さんが社会運動を耕している段階なのですべてを期待することはできませ
んが、
いずれにせよ、当事者運動に着目することで、社会運動を耕し、政治とつなげようとし
た点では
ものすごく大きな前進です。
もはや、日本でも左派ポピュリズムの力は否定できなくなっています。
ーーボトムアップが重要なのですね。
そうです、左派ポピュリズムは下からの民衆の力の発現なのです。
私たちは、「民主党の失敗」に学ばないといけません。
賢いリーダーが問題点を考え、マニフェストをつくって、政権交代してもダメだった。
この「政治主義」の反省なくして、野党共闘しても問題は解決しません。
米国でも、オキュパイ運動から約10年かかったのです。
政治に自分たちの声が反映されていないと感じる人たちの声を社会運動として
組織するには時間がかかりますが、そこからやっていくしかない。
経済危機や環境危機が重なった「大分岐」の時代だからこそ、一発逆転ではなく、
むしろ下からの変革に向けた運動を忍耐強く育てていくしかないのです。
(注)カール・マルクス(1818ー83)19世紀最大の思想家の1人。
主著「資本論」「共産党宣言」。
「資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐」
マイケル・ハート、マルクス・ガブリエル、ポール・メイソンの3氏と
斎藤幸平氏の対談 集英社新書
さいとう こうへい・大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。
1987年大阪生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。
博士(哲学)。専門は経済思想。
ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。
(聞き手・撮影 伊田浩之 編集部) 「週刊金曜日」2019・11・15