国家と医療~新型コロナ対策

国家と医療~新型コロナ対策

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

集中治療室(ICU)を新型コロナウイルスによる重症患者専用の病床に改装した聖マリアンナ医科大病院。グリーンエリア(清潔で安全なエリア)のナースステーションには患者を監視する大型テレビモニターが置かれていた=川崎市宮前区で2020年4月30日、佐々木順一撮影

集中治療室(ICU)を新型コロナウイルスによる重症患者専用の病床に改装した聖マリアンナ医科大病院。グリーンエリア(清潔で安全なエリア)のナースステーションには患者を監視する大型テレビモニターが置かれていた=川崎市宮前区で2020年4月30日、佐々木順一撮影

 世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。医療崩壊に陥っているところもあれば、比較的余裕のある国もある。コロナ禍はその国の「医療」を映し出す鏡のようだ。政府による医療政策や提供体制、水準だけでなく、それらの土台にある社会のありよう、国民の政府に対する信頼や死生観まであらゆるものが容赦なくあぶり出される。

都市封鎖をしないスウェーデン

 新型コロナウイルスの感染者が広がるなか、客でにぎわうスウェーデンのレストランが日本のテレビで紹介された。在宅勤務が本格化し、平日の午前中からこの情報番組を見ていた人は多かっただろう。

 「スウェーデンは医療システムがしっかりしていますから」とキャスターは言う。ああ、やっぱり北欧は進んでいるな……と思った人もいたに違いない。だが、「福祉国家」と称されてきたスウェーデンの医療政策はそう単純なものではない。

 スウェーデンの感染者数や死者数の増加は著しい。3月16日、死者数はまだ6人だったが、4月19日には感染者約1万5000人、死者は約1540人になった。

 同時期の日本は感染者約1万1500人、死者約250人だ。スウェーデンの人口規模が日本の10分の1以下であることを考えると、人口当たりの感染者数や死者数は日本の比ではなく、感染者の約1割が死亡するというすさまじさは想像を絶する。

 ただ、厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を取る国が多い中で、スウェーデンは強制的な封鎖をせず、国民に外出自粛を要請するという緩やかな対策を実施している。3月末に50人以上の規模の集会やイベントは禁止にしたものの、町のレストランやカフェなどはふだんのにぎわいを見せている。大学や高校はオンライン授業が基本だが、小学校や幼稚園は通常通りだ。

にぎわうスウェーデンの首都・ストックホルムの市街=筆者撮影
にぎわうスウェーデンの首都・ストックホルムの市街=筆者撮影

 スウェーデン政府のコロナ対策は明確だ。感染拡大を防ぐのが難しいことを前提として、医療体制の維持を優先し、できるだけ拡大のスピードを遅くすることに努めている。

 新型コロナウイルスを抑制するには、有効なワクチンを開発するか、集団免疫といって国民の6~7割が感染してウイルスに対する抗体を持つしかない。スウェーデンは医療崩壊を招かないようにしながら、経済や国民生活にも過度なダメージを与えず、集団免疫を獲得する戦略を実施しているのである。

 英国でも当初は集団免疫戦略を打ち出したが、感染者が急増し医療崩壊が現実のものとなってロックダウン政策へと変更した。新型コロナウイルスの感染力が強く、医療従事者への感染も急速に広がったためだ。米国のトランプ大統領は「スウェーデンは集団免疫戦略を取っており、深刻な状況にある」と批判した。

 しかし、これまでのところスウェーデンでは医療崩壊は起きておらず、集中治療室からの復帰率も約8割と高い水準にある。感染者や死者が増えているのに、医療体制が持ちこたえているのはなぜなのだろうか。

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日本から訪れた福祉・医療関係者にレクチャーするスウェーデンの自治体職員=2018年6月、筆者撮影
日本から訪れた福祉・医療関係者にレクチャーするスウェーデンの自治体職員=2018年6月、筆者撮影

「医療資源」を厳格に管理

 日本では法律によって感染者は入院措置を取ることになっているため、感染拡大によってベッドが埋まり、集中治療室や人工呼吸器が足りないことが問題になっている。軽症者をホテルなどの滞在施設に移すようになったのは最近のことだ。医師や看護師の間にも感染が広がり、患者を救急搬送したくても病院から断られるケースも相次いでいる。

 スウェーデンではそのような話は聞かない。死者数の急増にもかかわらず、集中治療室を利用する患者は微増で推移しており、4月中旬現在は1000人を下回っているという。

 どの患者も集中治療室を使えるわけではなく、「医療資源」を厳格に管理しているからだ。

 スウェーデンでは80歳以上の患者や基礎疾患のある高齢者は「回復困難者」として集中治療の対象から外すガイドラインがあり、それが現場で徹底されているという。社会庁が治療優先順位を定め、助かる見込みの高い人が優先的に集中治療室に送られている。災害などで同時に多数の患者が出たとき、緊急度に従って治療の優先順を付ける「トリアージ」である。

 端的に言えば、助かりそうな人を治療の対象とし、高齢の重症患者は集中治療室ではなく緩和ケアを施しているというのである。死亡者数が多い理由はそういうところにあるのだろう。

 実際、首都ストックホルムでの感染の多くは介護施設で起きており、死者の約半数は介護施設の利用者だ。施設内でクラスターが発生し、集団感染しながら集中治療室では受け入れられず、死に至る人が多いとみられる。

 介護施設のスタッフの感染防護服の不足などで集団感染が多発していることには不満も噴出しており、政府は高齢者の感染防止策を講じる必要に迫られている。施設ではなく、地域で暮らす70歳以上の人に対しては外出しないよう勧告や命令が徹底され、食事は自治体の宅配や地域住民のボランティアによる買い物の代行なども行われている。

 それでも高齢者を中心とした死者は多く、今後も増えていくことが予想されている。にもかかわらず、政府の医療政策は多くの国民から支持されている。そして、50人以下の規模のイベントはふつうに行われ、町のカフェには家族連れや若者が大勢繰り出しているのである。

使用禁止となった遊具の近くでボール遊びをする男の子=東京都江東区で2020年4月29日、幾島健太郎撮影
使用禁止となった遊具の近くでボール遊びをする男の子=東京都江東区で2020年4月29日、幾島健太郎撮影

未来志向型の政策

 こうした現実を理解するためには、スウェーデンの医療政策を知る必要がある。「福祉国家」と呼ばれ、医療や福祉の必要な社会的弱者にとって楽園のように思われることも多いが、ふだんから病気やけがをしても簡単には病院で治療してもらえないのがスウェーデンだ。

 私自身、2年前にストックホルムの医療機関を訪れてそれを目の当たりにした。

 「外来で診るのは1日15人くらいです」とスウェーデンの精神科医が言うのを、日本から同行した知人の医師(精神科)は驚いた顔で聞いていた。日本の診療所で、彼は毎日平均60人の患者を診ていたからだ。大学病院で働いていたころは毎日100人以上の患者を診ることもあったという。

 患者からも話を聞いたが、病院に来るのは年に1度くらいという。薬もまとめて長期間分を出してくれるので、頻繁に通院する必要がないというのだ。

 一般の診療科も同じだ。子どもが熱を出しても「家で寝ていれば治る」と診察を断られる。生命に別条がない病気やけがでは10日待たされることも珍しくない。日本の駐スウェーデン大使がテニスの練習中に転倒してあごの骨を折って病院に運ばれたときには、激痛に苦しんでいることを訴えながら、治療までに6時間待たされたという。

 「救急車やヘリコプターで運ばれる患者でなければすぐには治療してもらえない」とストックホルムの病院で働く日本人医師は苦笑する。

 患者が少ないわけではない。医師や病院がたくさんあるわけでもない。人々は病気になってもめったなことでは病院で治療してもらえないのだ。

青い光で照らされた小倉城=北九州市小倉北区で2020年4月29日、浅野翔太郎撮影
青い光で照らされた小倉城=北九州市小倉北区で2020年4月29日、浅野翔太郎撮影

 医療技術は日進月歩で進化し、高額の医薬品や医療機器が次々登場する。医療費の膨張をどう抑えるかはどの国にとっても重要な課題だ。

 出来高払いの診療報酬で検査や治療の回数が多いほど病院の収益が上がる日本とは違い、スウェーデンでは自治体が決めた予算の範囲内で病院は運営される。予算が少なければ、医師や看護師は少なくなり、診療回数も減る。

 しわ寄せを受けるのは病気やけがをした患者だが、医療という貴重な社会資源を守るために国や自治体による厳格な管理を国民が支持している。高齢者の介護や子どもの保育は家族やボランティアで代替できる部分が多いが、医療は違う。今は盲腸で亡くなる人などほとんどいないが、医師がいなければ患者の命は危うい。そうした医療の特殊性を前提に合理的な政策を国民が支持しているのだ。

 新型コロナウイルス対策でも、今後数千人規模の死者が出ることを政府は予想しながら、医療体制を守って救える命を確実に救う対策に徹している。独裁国家ならいざ知らず、民主主義の国でこのような厳しい政策を実行するのは強靱(きょうじん)な国民の意思、国への信頼が必要だ。

 全員参加型の労働市場、徹底した情報開示による国家機関や民間部門の透明性の確保、世帯の半数が独居で「独立死」をいとわぬ自立心と自己決定の尊重……。スウェーデンに詳しい識者からはそうした社会の特性がよく聞かれる。近年の社会保障政策の特徴としては、介護は縮小される傾向にあり、子育てや若者の支援など未来志向型の政策に重心を移しているといい、それがコロナ対策にも反映されている。

高齢者や弱者にやさしい? 日本

 80歳以上は集中治療室を利用できないと線を引くスウェーデンの医療から比べれば、日本の方がはるかに弱者にやさしいと言えるかもしれない。年齢によって受けられる医療内容が異なる制度は、日本ではなかなか受け入れられないだろう。

 もともと日本の医師には正当な理由がない限り治療を求められれば拒否できないことが法律で定められている。患者はどの病院にも自由に行けるが、病院では長時間待たされ、ほんの数分しか診察してもらえない。そうした弊害は確かにあり、改善していかなければならないことは言うまでもない。

 一方、症状の重い患者には手厚い医療を提供し、それを国民が支持するというのが日本の特徴でもある。慢性疾患を見ても、人工透析の医療費を総額1.6兆円かけて、33万人の患者の命を支えている。高齢で死が迫っている人にも人工透析が行われていることについては議論があるが、多額の医療費がかかる人工透析は多くの国で限定的な使用をされているのに、日本はこれだけ多くの腎臓病患者に適用しているのだ。

3月下旬に約2年勤めた会社を解雇され、ハローワークに通い仕事を探すのが日課となっているというロヒンギャのモハマド・イスマエルさん(左)。市内の小学校に通う息子のカイルバシャさん(右)も新型コロナウイルスの感染防止のため学校が休校となり、自宅で一緒に過ごすことがほとんどという=群馬県館林市で2020年4月29日、宮武祐希撮影
3月下旬に約2年勤めた会社を解雇され、ハローワークに通い仕事を探すのが日課となっているというロヒンギャのモハマド・イスマエルさん(左)。市内の小学校に通う息子のカイルバシャさん(右)も新型コロナウイルスの感染防止のため学校が休校となり、自宅で一緒に過ごすことがほとんどという=群馬県館林市で2020年4月29日、宮武祐希撮影

 近年は、神経難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)、医療ケアの必要な子どもにも多額の医療費や介護や福祉の費用を注ぐようになっている。

 遺伝子疾患などで重症の新生児に対し、現場の医師や看護師が「見捨てる」ことができず、必要な医療を施して生きることを選択する例が増えている。その結果、新生児集中治療室(NICU)が足りなくなり、家族が自宅で医療ケアをしながら育てざるを得なくなった。それが医療ケア児を専門に受け入れる地域のデイサービスの登場をもたらし、国が必要な補助金をつけて制度として支えることにつながっている。

 全身が動かなくなり寝たきりに近い状態のALS患者や、医療ケアの必要な子どもがこんなにたくさん存在するのは世界各国を見渡してもほとんどないはずだ。

 そうした日本の医療の本質が新型コロナウイルス対策にも表れている。

 政府の専門家会議は4月22日、PCR検査の対象者について「高齢者や基礎疾患のある重症化リスクの高い人は(発熱が続く)4日を待たず、すぐに相談してほしい」と市民に周知するよう提言した。強制的な都市封鎖をせず、国民に自粛を求める緩やかな対策を実施している点は同じだが、日本とスウェーデンの新型コロナ対策の内実は対極にあるといっていい。

 どんなに高齢になっても身体機能の弱い人でも積極的に救おうとする日本の医療を国民は支持するだろう。医療崩壊を防ぐという点では危うさを免れず、救えそうな人を確実に救うという面でもあまり合理的とは言えない。

 しかし、リスクの高い人を守ろうとする日本の医療や国民性を私たちは捨てることができないだろう。むしろ、誇りに思うべきかもしれない。そのために、どうやって日本の医療を持続可能なものにするかを真剣に考えないといけない。

 医療にはお金がかかる。スウェーデンは間接税(消費税)25%という高い水準を国民が受け入れながら、それでも医療資源を厳しく管理して崩壊を防いでいるのだ。

 新型コロナウイルスに対しては長期戦が避けられないことがわかってきた。自らを鏡に映しながら、良さも悪さも自覚して日本の医療政策を考えていかねばならない。

外出自粛が呼びかけられる東京都内で、飲食店から注文客の家まで料理を運ぶ配達員の男性。新型コロナウイルスの影響でデリバリーサービスの需要が高まっており、この男性も多い日で1日二十数件を請け負うという=東京都豊島区で2020年4月29日、北山夏帆撮影
外出自粛が呼びかけられる東京都内で、飲食店から注文客の家まで料理を運ぶ配達員の男性。新型コロナウイルスの影響でデリバリーサービスの需要が高まっており、この男性も多い日で1日二十数件を請け負うという=東京都豊島区で2020年4月29日、北山夏帆撮影

医療をまもるために

 新型コロナウイルス禍の前から、日本の医療現場はいつ崩壊してもおかしくないといっても過言ではない現実がある。

 少ない医師が多数の患者を診ている病院は多く、若手医師を中心に長時間残業が常態化している。過労やストレスで毎年70~90人の医師が自殺し、病死も含めると100人もの医師が過労で死亡しているのだ。若い研修医の4割程度が抑うつ状態にあるという調査結果もある。

 病院の勤務医師が不足しているのは、開業医に比べて仕事はきつい一方で待遇が悪いことが挙げられる。勤務医が過労死ラインを大きく超える長時間の残業をしても、開業医に比べれば総じて待遇が悪く、専門的な医療技術を身につけた医師が勤務していた病院を去るケースが後を絶たない。

 近年は医療技術や機器の進歩によって救急患者の診断や治療は病院でしかできないものが多くなった。それも患者が病院に集中する傾向が強まっている要因だ。

 ただ、何よりも深刻に考えなければならないのは、「医療依存」ともいえる私たち国民の過剰で偏った受診行動かもしれない。休日などの時間外に病院を訪れる患者が多いことが勤務医の疲弊を招いている大きな要因だ。必ずしも救急治療が必要ではない患者も多い。「休日の方が空いていて長時間待たなくても良いから」「昼間は用事があるから」などの理由でわざわざ夜間や休日に病院を訪れる患者までいるという。

 スウェーデンのように病院での受診を厳しく制限することが日本ではできないとすれば、患者の意識を変えなければならない。実際、患者の受診行動を変えることで医療崩壊から立ち直った地域もある。

ロイヤルホテル長野が客室の明かりで浮かび上がらせた「キボウ」のメッセージ=長野市松代町のロイヤルホテル長野で2020年4月29日、坂根真理撮影
ロイヤルホテル長野が客室の明かりで浮かび上がらせた「キボウ」のメッセージ=長野市松代町のロイヤルホテル長野で2020年4月29日、坂根真理撮影

 宮崎県立延岡病院は医師の退職に伴う診療科の閉鎖が相次ぎ、一時は医療崩壊の状態に陥った。夜間・休日の救急患者が10年余りで3倍に増えたことが大きな原因だった。そこで、自治会や商工会議所が中心となって『不要不急』の受診を控えるよう住民への啓発活動を始めた。医師や看護師による『救急医療ダイヤル』も開設し、夜間・休日の受診の前に必要性を相談できるようにした。その結果、時間外受診はピーク時の半分に減り、地域の医療体制を守ることができたという。

 新型コロナウイルスでは医療従事者への院内感染が広がり、救急指定病院が新規患者の受け入れができない事態をもたらしている。コロナではなく、他の病気やけがで瀕死(ひんし)の状態になっても受け入れてもらえる病院がなくなるという現実に私たちは直面しているのだ。

 軽症者や症状のない患者は医療機関ではなくホテルなどに滞在するなど、医療の負担を減らす努力をもっと進めなければならない。感染症予防法などの改正、医療提供体制の改革とともに、平時における患者の受診行動の改善も連動して進めることが必要だ。

 医療は国民の命を守る最後のとりでである。政府と医療界、患者が貴重な医療資源を守るために協力しなければならない。

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