〈PHCへの3大攻撃〉 デービッド・ワーナー

〈PHCへの3大攻撃〉 デービッド・ワーナー

プライマリーヘルスケア(PHC)は社会的公正・人々の平等・社会構造
の中の公平を目指した包括的アプローチとして考えられていた。
しかし、そのために、権力や富を持つ人にとって脅威の存在となり、
その始まりからずっと攻撃の対象となってきたのである。

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〈PHCへの3大攻撃〉

1 1970年代後半に導入された選択的PHC

2 1980年代に導入された構造調整プログラムとヘルスサービスの受益者負担制

3 1990年代に始まった世界銀行による第三世界の保健政策の乗っ取り

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1 1970年代後半に導入された選択的PHC

包括的PHCは貧困との闘いであり、
平等な社会や積極的な住民の参加を目指す取り組みである。
従ってそれは、費用がかかりすぎるという者もいた。
そして彼らは、ごく一部の専門分野に焦点をおくことが先決であり、
そうでなければ人びとの健康状態に変化を起こし得ないと考えた。

WHOによる政策”G.O.B.I.”はこうした主張にもとづいて生まれたものである。

”G.O.B.I.”とは、発育観察(Growth Monitoring)、
経口補水療法(Oral Rehydration)、母乳栄養(Breast Feeding)、
予防注射(Immunization)以上4つのプログラム
に限定した選択的なアプローチだ。

これはむしろ社会変革を呼び起こすような考え方や包括的アプローチを破壊する
ーーすなわち本当の革命とはならないと反対する声を無視し、
UNICEFの支援を受け大々的に実施されていった。

包括的PHCは、「肉体的・精神的・社会的健康という広い意味においてすべての人の健康」
を目指している。
一方、”G.O.B.I.”の様な選択的PHCは、「すべての人びとの健康」ではなく、
子どものような特定の年齢層の生存率を伸ばすことのみを目的とする。

ヘルスケアへのアプローチを、この、技術的で選択的なものにすることは
よい結果とはならなかった。
なぜならば、歴史的に見ても、健全な社会における健康レベルの向上は、
最先端技術や医学の導入によって生まれたものではなかったからである。
それは、自らの基本的な権利を求める人びとの活動を通してなしえた、
生活状況の向上によって実現されたものなのだ。

その一例として、イギリスにおける死亡率の推移を示す2つのグラフを見てほしい。
上の図は、抗生物質やBCGの予防注射が導入される前から、
生活レベルの向上により結核の十分な予防・治療がなされていたことを示している。
下の図からも、抗生物質や予防注射が発明される以前から、
幼少時の死亡率が低下していることが読みとれる。

つまり、健康問題を根底から解決しようと思うならば、最先端の生化学や
医学を導入するだけではなく、すべての人びとの生活状況の改善から
取り組まなければならないということがわかるだろう。

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2 1980年代に導入された構造調整プログラムとヘルスサービスの受益者負担制

PHCへの二つ目の攻撃は、世界銀行とIMFによる構造調整プログラムである。
これは、主に北の国々からの負債が重なり経済危機に陥った途上国の政府を維持し、
また確実にその返済を行わせることを目的に、その国の政策に介入するものだ。

政府の財源確保を導くための具体的な指導内容は、以下のようなものである。

公的財政を削減、国営企業の民営化、賃金の凍結、価格自由化、
国内向け生産よりも輸出向け生産の増進(その結果、食料自給率は下がる)、
労働者の賃金引き下げ(の一方で物価の高騰がもたらされることによって、
貧しい人びとが子どもたちに食べ物を十分に与えられない状況を生み出している)、
そして関税の引き下げと規制の緩和など。

ついには、福祉も含めた社会サービスを公共の費用でなく個人負担させる
ことによって、財政赤字を減らそうとしている。
従来政府が供給してきたヘルスサービスが民営化され、貧しい人びとが自分で
負担しなければならないこの政策は、すべて、政府が財源を確保し、
(先進国の銀行への)借金の返済を可能とするために考え出されたものなのだ。

にもかかわらず、こうした「構造調整プログラム」が、南の国々に対して
なんのダメージを与えるものではなく、また貧困を増大させてもいない
というのが世界銀行の主張である。
そして、その根拠として彼らが見せるのは、1965年と1990年の
乳児死亡率を比較するだけのなんとも単純な表だ。

実際は、構造調整プログラムが実施されている国々の統計から正確な何か
を読み取ろうとする時には、期間をもっと細かく区切って見ていく必要がある。
構造調整プログラムが導入される以前、多くの国々では、
少しずつ健康状態は良くなり乳児死亡率は低下してきていた。
しかし、ガーナの例のように、導入後、再び幼児の死亡率が上昇していることがわかる。
同じことが他の多くの国々で起きているのだ。

貧しい人びとを最も強く打ちのめす、この残酷な構造調整プログラムが、
向上しかかっていた子どもの生存率と人びとの生活の質とレベルを
逆戻りさせてきていることは明らかだ。

さらに、構造調整プログラムの政策の一つに、サービスの受益者負担
というものがある。

社会の進歩というものは、長年にわたって、国と国が家族のように協力し合う
ことによって生まれてきた。
幸福な人が不幸な人を助け、また税制が整えられていく段階では、
収入の多い人はその分多く税を納めて貧しい人々の基本的ニーズ
が満たされるようにしてきた。
今、こうして築き上げてきた協力の在り方が失われつつある。
人々が支え合って社会をつくっていくというプロセスは、自分ですべて支払う
(受益者負担)という近代経済政策の中で後戻りしはじめている。

ガーナのように、保健所での実費負担が導入されたところで何が起こっているか
ご存知だろう。
利用率は目に見えて落ちてしまい、子ども達は必要とされるヘルスケアを
受けられず、そのために子どもの死亡率は上昇している。
しかし、世界銀行によればガーナは成功例なのである。

確かに経済は回復した。
しかし、子ども達の生命に対する代償について考える人はいない。
数字の上での経済成長のみに目を奪われているだけである。
つまり、豊かな人々がますます豊かになることによって、
経済が成長したかのように見えるだけなのだ。

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3 1990年代に始まった世界銀行による第三世界の保健政策の乗っ取り

PHCに対する3つ目の攻撃は、世界銀行が第三世界の国の政策を乗っ取ったことである。
その姿勢は1993年の世界銀行レポート「健康への投資」”Investing in Health”
でもうかがえる。
しかし、このレポートは嘘の集大成だ。

たくさんの構造的側面を巧みに組み合わせ、実はごく一部の人々に富が集中するような
仕組みになっている構造調整プログラムを画期的なものにみせているにすぎない。
その悪事についてひとつひとつ細かく検証したいところだが、時間がないのが残念だ。

とはいえ、その健康建て直しのための3つの政策だけをとってみても、
世界銀行の嘘の巧妙さがわかる。

(1) 家族の健康推進のための環境改善・・・素晴らしい

(2) 健康に政府はもっと予算を・・・その通り

(3) ヘルスサービス促進を生み出すヘルスサービスの多様化と競争の促進・・・そうかもね

なんとも、もっともらしく、また良い響きを持って聞こえるフレーズではないか。
しかし、この文章の背後にあるものを更に深く分析してみると次のようなことになる。

(1)のためには、家族は自分たちのヘルスサービスに対して自己負担し、
収入を増やさなければいけない。

(2)は、繰り返し、選択的プライマリーヘルスケアへと集約する結果となる。

(3)は世界中で最もお金のかかる、米国式の医療サービスのような
民営化されたヘルスケアを増長させる。
米国は、豊かな国の中で最も健康レベルが低い。
だから全く意味がない。

世界銀行は、第三世界の政府が有効に予算を使うため、
どんな人の健康改善にお金をかけるべきか判断する指標、
”DALY-Disability Adjusted Life Years”を考え出した。
簡単にいえば、経済貢献度によって人びとをランク付けするものである。

”DALY”が意味するところの「経済」貢献度によって、
豊かな人々は上位に位置付けられ、より豊かになる計算だ。
一生懸命働ける20ー30才代も、最も価値があるとされる人びとである。
一方、乳幼児は経済的な何ものも生み出さないために下位にランクされる。
つまり、子どもや老人や障害者は価値がなく、
ヘルスケアに対する公的な予算をあてるのに値しないということだ。

これは全く非人道的なヘルスケアの解釈である。
事実、このヘルスケアの考え方は、人間をお金を生産するマシーン扱いしているのだ。

結果はすでに私たちが話し合ってきた通りである。
世界中の多くの人々の健康は悪化の道をたどっている。
富める者と貧しい者との格差は急速に広がる一方だ。
「貧しい国から豊かな国に」流れているお金は、今日では600億ドルにものぼる。

こうした借金の返済のために貧しい国の経済状態は何十年分も後退している。
世界中のすべての人びとが口にできる量の食べ物があるはずなのに、
世界の大半の貧しい人びとが一人としてこれを十分に得られないでいる。
これは、食物供給の問題ではない。
分配の問題なのだ。

拡大し続ける貧しい者と富める者との格差。
事実、最も豊かな358人が、地球上のすべての富と収入の半分を所有するのが今日の世界だ。
貧しい人びとの富を奪うことにより、彼らの富は膨れ上がり続ける。
富める20%の人びとに、ますます富が集中し、
貧富の差が大きくなっているのがお分かりだろう。

本来、世界銀行は「開発銀行」であるべきなのだ。
にもかかわらず、世界銀行は貧しい国々へ貸し出す金額よりも多くのお金を、
利子として貧しい国から得ている。
これこそ、世界銀行が貧しい国の巨大な搾取者となった、その仕組みにほかならない。

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・開発へのオルタナティブなアプローチ

以上のような巨大な世界的傾向にある一方で、経済成長よりも社会の発展を
目指したオルタナティブな開発へのとりくみがなされている。
1985年、スリランカ、コスタリカ、中国、インドのケララ州を対象に、
ロックフェラー財団が行った「低コストでの理想的健康”Good Health At Low Cost”」
がそのひとつである。
それらの貧しい国々では、低コストにもかかわらず、乳児死亡率と平均寿命の統計
では先進国と差がないまでに達した。

さらに、これらの国々には共通するものがあった。
政治思想は様々だが、平等と教育、そして特に、平等なヘルスケアの分配を求める
強い政治・社会参加への意識の向上が、人びとの間に見られたということ。

そして最も重要だと思われるのは、すべての人々に適度なカロリーの摂取が
保証されたことーーすなわち、皆が十分に食べられるようになったということ。
さらに、これが農民たちの伝統的な農法を破壊していないという事実。

これは今日世界の権力者や、世界銀行によって進められてきたものとは
全く異なる開発のあり方であり、大きな意味のあることなのだ。
たとえ、今やこれら4つの国々が、市場の拡大を第一義的とする経済政策へと
方向転換しつつあり、彼らが得たものを失い始めているとしても・・・

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・人々の連帯にむけて

「歴史とは、権力者は自らその権利を放棄することは決してないという、
長く悲劇的な事実の物語である」
というマーティン・ルーサー・キングの言葉がある。
彼の表現を借りれば、これまでの私の話は、自分からは決して大多数の人びとの
ニーズに応えようとしない少数の権力者に対してそれを求めていく、草の根の運動なのだ。

わたしは、あなた達に”The International People’s Health Council(IPHC)”
への参加を薦めたい。
IPHCは「ヘルスを求める活動は、貧困・飢餓・社会経済構造の不公平からの
解放をめざす闘争である」と考えている。

このようなネットワークにこの学会が参加して、民衆の視点から
地球規模的な動きを起こしていくようになることを期待している。

(1998年11月18日、東京都内で開催されたワーナー氏講演会資料より抜粋)

デービッド・ワーナー氏の略歴
1934年8月26日生まれ。植物学者(オーストラリアを専門とする)。
1965年以来、メキシコで貧しい村人のためにピアスラ プロジェクトを実施。
カリフォルニアにあるNGOヘルスライツの理事。

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共著書として「いのち・開発・NGO」(新評論、98年11月刊、サンダース氏との共著)

The politics of primary health care and child survival
Questioning the solution: the politics of primary health care and
child survival with an in-depth critique of oral rehydration therapy

序論 実現しなかった約束 ― 国際保健・開発戦略の失敗
第1部 プライマリ・ヘルス・ケアの勃興と没落 ― 第三世界での西洋医学モデルの失敗と功績
第2部 経口補水療法(ORT) ― 下痢による死への解決策か
第3部 人々の健康を決定する真の原因は何か ― 世界銀行によるアルマ・アタへの死の一撃
第4部 貧しい人々をエンパワーする ― 公正をめざすイニシアティブ
追記  ユニセフとWHOの役割

http://blog.livedoor.jp/share_jp/archives/52033213.html

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