聖域なんてない? 経済記者は見た「菅首相」の恐ろしさ

経済記者「一線リポート」

聖域なんてない? 経済記者は見た「菅首相」の恐ろしさ

大久保渉・毎日新聞経済部記者

自民党の新総裁に決まり、拍手に応える菅義偉氏=東京都内のホテルで2020年9月14日、宮武祐希撮影

自民党の新総裁に決まり、拍手に応える菅義偉氏=東京都内のホテルで2020年9月14日、宮武祐希撮影

 次期首相となる自民党総裁に菅義偉氏が決まり、菅政権が発足する。自民党としては初の「無派閥たたき上げ」の首相で「非世襲」は20年ぶりという。そんな菅氏は安倍政権の路線継承を明言しているものの、いずれ政権運営で菅カラーが出てくるのは間違いない。

 安倍政権の官房長官時代の菅氏で私が印象に残っているのは、時の首相ですら口を挟めなかった自民党税制調査会と全面対決し、「聖域」をぶち壊したことだ。

 権威や慣習をモノともせず、大義や理屈すら無視して、実利を取りに行く姿に空恐ろしさを感じた。

官僚の評価は二分

 霞が関の官僚の菅氏への評価は「骨があって頼もしい」との意見がある一方、「首相の器ではない」と二分されているように見える。当時を振り返り、なぜ評価が割れるのか、読み解いてみたい。

自民党総裁選終了後、安倍晋三首相(左)に花束を渡す次期首相の菅義偉氏=東京都内のホテルで2020年9月14日、長谷川直亮撮影
自民党総裁選終了後、安倍晋三首相(左)に花束を渡す次期首相の菅義偉氏=東京都内のホテルで2020年9月14日、長谷川直亮撮影

 「しっぽ(菅氏)に胴体(政府・与党)が振り回されている。むちゃくちゃだ」。2015年冬、自民党税調幹部は自民・公明の与党間で協議するはずの税制改正を、官房長官の菅氏が陰で操っていることに怒りを爆発させていた。

 当時の課題は、食品など生活必需品の消費税率を8%に据え置く軽減税率制度。自民党は「事業者負担が大きい」と導入に反対だったが、公明党は「消費者の痛税感を和らげるため必要」と譲らなかった。

 そこで動いたのが、公明党と太いパイプを持つ菅氏。翌年の参院選での選挙協力を至上命令に、公明党の願い通り政策を実現させようとウラで糸を引いた。

 まずは、軽減税率に反対していた自民党の野田毅税調会長を「更迭」し、新会長の下で具体的な制度設計の議論を始めさせた。

 野田氏に退任要請の電話をかけたり、新会長に軽減税率の検討を指示したりしたのは安倍首相だが、当時の安倍氏は外交を優先し、軽減税率への関心が薄かった。菅氏の意向で物事が動いているのは「公然の秘密」だった。

メンツより実利

 その後の焦点は、軽減税率の対象範囲。生鮮食品に限定したい自民党と、加工食品にまで拡大したい公明党の間で再びバトルが始まった。

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自民党総裁選後、あいさつする菅義偉氏。新政権ではどんなカラーを打ち出すのか=東京都内のホテルで2020年9月14日、宮武祐希撮影
自民党総裁選後、あいさつする菅義偉氏。新政権ではどんなカラーを打ち出すのか=東京都内のホテルで2020年9月14日、宮武祐希撮影

 軽減税率の対象を広げれば消費者にはありがたいが、その分だけ税収が減り、穴埋め財源が必要になる。公明党案では1兆円規模の財源が必要だが、穴埋めのメドはついておらず、「社会保障の負担増の痛みを皆で分かち合う」という消費増税の基本精神が崩壊する恐れがあった。

 財政規律と社会保障の両立という増税の大義を重んじる自民党税調は、党ナンバー2の谷垣禎一幹事長(当時)の後ろ盾を得て一歩も譲らなかった。

 だが、菅氏はお構いなしだった。公明党や支持母体の創価学会幹部らと接触を重ねつつ、自民党税調とタッグを組む財務省幹部に「公明党案をのめないなら、消費増税そのものを先送りする」と密かに脅した。

 最終局面では、独自に公明党とのパイプを持つ二階俊博総務会長(当時)にも相談。「参院選のためにはやむなし」との党内世論をテコに安倍首相の同意を取り付け、公明党案を丸のみさせた。自民党税調と谷垣幹事長のメンツはボロボロに潰された。

期待と警戒が交錯

 自民党税調は、重鎮と呼ばれる数人のベテラン議員から成る非公式会合(インナー)で重要事項を決めるのが慣習。国の礎をなす税制は中長期の視点で決める必要があり、大衆迎合的(ポピュリズム)な政治から切り離すのが一つの狙いだった。ただ、利害関係者が多い税制にもかかわらず、数人が密室で決めることに「体質が古い」との批判も出ていた。

 菅首相を待望する官僚は、聖域を恐れず、自らの責任で、どんな手を使ってでも政策を実現してしまう姿にほれ込んでいる。ある経済官庁幹部は「菅氏の理解さえ得れば希望する政策を実現できる。族議員や業界団体との調整が少なく済み、やりやすい」と話す。

自民党本部の総裁室で笑顔を見せる菅義偉氏=東京都千代田区で2020年9月14日、竹内幹撮影
自民党本部の総裁室で笑顔を見せる菅義偉氏=東京都千代田区で2020年9月14日、竹内幹撮影

 一方、菅首相を警戒する官僚は、大義や理屈を無視し、個別政策の実現に血眼になる姿に危うさを感じている。党内で「人格者」の誉れ高い谷垣氏の顔に泥を塗るような冷酷さへの恐れも少なくない。

 別の経済官庁幹部は「日本をどんな国にしたいのか、大きなビジョンが見えない。暗い雰囲気で指示が細かい首相は旧民主党政権の菅直人氏以来で、官僚が萎縮しないか心配だ」と話す。

 果たして菅政権はどんなカラーを打ち出し、有権者の支持を得られるのだろうか。

経済記者「一線リポート」は、最前線で取材を続ける毎日新聞経済部記者が交代で執筆します>

大久保渉

毎日新聞経済部記者

 1979年、ブラジル生まれ。2004年、京都大学総合人間学部卒、毎日新聞社入社。山形支局を経て09年から東京本社経済部。自動車などの民間企業、日銀、証券業界、金融庁、経済産業省、財務省を担当。15年から2年間は政治部で自民党などを担当した。19年5月から日銀、証券、金融庁を束ねる金融グループのキャップ。

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